↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット  作者: Aramaki_mai
第4部 匿名の暴力
PR
55/68

第55話 連れて帰る

挿絵(By みてみん)

店の前で足を止めていた男が、入口から離れるように後ずさった。


人の間から見えた陳列ケースは、上のガラスが大きく割れていた。白い台の上に破片が積もり、店員らしい男がその脇で片膝をついている。立とうとしてカウンターに手を掛けたところへ、黒い袖の男が拳を振り下ろした。


店員が奥へ倒れ、何かにぶつかる音がした。


「レナ、見たでしょ。今の」


葵が振り向くと、レナはバイクの男に声をかけられていた。返事をしながら一度だけ店を見て、すぐに目を戻す。


「分かったから。ミオ、こっち寄って」


店の入口から、黒い袋を抱えた男が出てきた。茶色い髪の、さっき薬を飲んでいた男だった。マスクが少しずれ、口元が見えている。葵たちを見つけると、袋を片手に持ち直して近づいてきた。


レナはヘルメットをバイクの後部座席へ置き、両手を空けた。


「これ、持って」


渡された袋を、レナが受け取った。重かったのか、胸へ抱え直す。閉じきっていない口から、細い鎖のようなものが垂れていた。


「それ、中入れとけよ」


男に言われ、レナは袋の口へ押し込んだ。葵が名前を呼んでも顔を上げず、そのままバイクへ向かう。


葵は右手を伸ばし、レナの腕をつかんだ。


「乗らないで」


「ちょっと、引っ張んないでよ。落とすじゃん」


レナは袋を左腕に抱え、つかまれた右腕を引いた。葵は放さず、バイクから離そうとする。運転する男が振り返り、通りにいた宮下もこちらへ戻ってきた。


「どうしたの、ミオちゃん」


「レナを連れて帰ります」


言い終えるより先に、レナが葵を見た。


「は? 何言ってんの」


「もうやめて。置いて、そんなの」


「今それ言う? 自分でやるって言ったんじゃん」


宮下が二人の間へ手を出した。


「帰りたいなら、あとで話すから。今は手、放して」


葵は首を振った。あとで、というのがどこなのかも知らない。バイクが走り出せば、レナが嫌だと言っても降ろしてもらえるとは限らなかった。


「帰る。レナも一緒に」


腕を引いたところで、左肩を後ろからつかまれた。


痛みが走り、葵はレナの腕を放した。茶髪の男が上着ごと肩を握り、こちらへ向かせようとしている。葵がその手を払っても、指は外れなかった。


「お前、荷物どこ持ってく気だよ」


「そんなのいらない! 手、放して!」


右手で男の手首をつかみ、体を引いた。だが、男は離すどころか、葵を壁際へ押しつけた。左肩が壁に当たり、息が詰まる。押し返そうとしても、左腕に力を入れられなかった。


「放せって!」


横から玲司が割り込み、男の腕を両手でつかんだ。葵への押さえが緩んだので、体を横へ抜く。男は玲司へ向き直り、胸を突き飛ばした。


玲司はよろめいたが、倒れずに足を止めた。男を睨み返しながらも、もう一度つかみかかろうとはしなかった。


「こっち来い!」


呼ばれても、葵はすぐに動けなかった。レナがまだバイクのそばにいる。宮下に何かを言いながら、袋を抱えたままこちらへ背を向けていた。


肩からずれた鞄を下ろし、葵は内ポケットを開いた。


指先に触れた小さな袋を引き出し、一錠を口へ入れる。飲み込んだあとも、壁にぶつけた肩は痛かった。レナの方を見たが、相手は宮下との話をやめず、こちらを振り向かなかった。


空の袋を鞄へ戻し、葵はファスナーを閉めて壁際へ置いた。


茶髪の男は、玲司に何か言いながら近づいていた。その脇を抜け、葵がレナへ手を伸ばそうとすると、男の腕が行く手を塞ぐ。


今度はつかまれる前に右手で払い、踏み込んで腹へ拳を入れた。


男が息を吐いて体を折った。葵の指の付け根にも、硬い感触が残る。相手は下がりながら腕を振ってきたが、肩が動くのを見て、葵はその外へ避けた。


「レナを連れてって!」


玲司が男の横を回り、レナへ向かった。追おうとした茶髪の男の前へ、葵が立つ。


「どけよ!」


伸びてきた手を避けると、男はそのまま体ごとぶつかってきた。葵は押し流され、壁へ背中を打ちつける。腕を突っ張って離そうとしたが、左肩に力を入れた途端、肘が落ちた。


すぐそばに男の顔があった。赤くなった目が、葵を睨んでいる。


葵は男の上着を右手でつかみ、腹へ膝を入れた。相手が身を引くと、腕の下から抜け、通り側へ回り込む。


「何すんの! 放してよ!」


レナの声がした。


玲司がレナの右腕を引いていた。宮下が正面に立ち塞がり、玲司の胸へ手を当てる。二人の顔は近かった。


「お前、誰なんだよ」


「どけ。そいつを帰らせる」


玲司が手を払い、レナを自分の後ろへ引こうとした。そのとき、店から出てきた別の男が、レナの抱える袋へ手を掛けた。


「それ置いてけ!」


袋が引っ張られ、レナが足をもつれさせた。


「レナ、放せ!」


葵が叫ぶと、レナの左手が袋から離れた。男は奪い返した袋を抱え、バイクへ向かう。レナは空いた手を伸ばしたが、玲司に腕を引かれ、追えなかった。


葵がそちらへ動こうとすると、茶髪の男が再びつかみかかってきた。


今度は右腕を取られた。引き寄せられた勢いで鞄を置いた壁際まで戻され、靴底が舗装を擦る。男は葵の顔を殴ろうと腕を振り上げた。


葵は顔をかばうより先に、相手の腹を蹴った。


手首が放れ、男が後ろへよろめいた。倒れるまではいかなかったが、すぐに戻ってこられず、腹を押さえて葵を睨む。その向こうで、玲司が宮下の横を押し通っていた。


宮下は追おうとして一歩出た。だが、バイクのエンジン音に続いてサイレンが聞こえると、通りの方へ顔を向けた。


「もう行くぞ!」


仲間の声に、茶髪の男も振り返った。


葵は追わず、足元の鞄を拾った。右肩へ掛け直したとき、玲司が振り向き、早く来いと叫んだ。レナはまだその手を振りほどこうとしていたが、葵が近づくと、こちらへ怒鳴った。


「何なの、ほんとに!」


「あとで聞くから、走って!」


葵はレナの背中を押し、玲司と一緒に脇道の奥へ走った。背後でバイクが動き出す音がしたが、振り返らなかった。


*


二つ目の角を曲がったところで、レナが玲司の手を振り払った。


「もう放して!」


玲司が止まり、葵も足を緩めた。店の騒ぎは見えなくなったが、サイレンはまだ聞こえていた。通りの端へ寄ると、レナは乱れた髪を直し、つかまれていた右腕をさすった。


「痛いんだけど」


「止まってたら、連れ戻されるだろ」


玲司の返事に、レナは顔を上げた。


「そもそも誰なの、あんた」


「私の知り合い」


葵が間へ入った。レナは玲司を見てから、葵へ目を戻した。


「呼んでたんだ」


「一人じゃ、何かあったら――」


「私には言わないで?」


葵は口を閉じた。レナは二人を見比べ、笑うように息を吐いた。


「何それ。二人で決めて来てたわけ?」


「レナを連れて帰りたかったの」


「私、帰りたいなんて言ってないじゃん!」


通りを歩いていた人が、こちらを見た。葵は気づいたが、レナから目を外せなかった。肩に掛けた鞄が重く、左腕はさっきより動かしにくかった。それでも、目の前にレナがいて、ちゃんと話せていることに、少し前までは安心しかけていた。


「今日のお金、どうなるの。あそこまでやって、何ももらえないかもしれないんだけど」


葵はレナを見つめた。


「……今、それ?」


「今でしょ。タクヤさんにも、何て言えばいいの。ミオがやるって言うから、私が頼んだんだよ」


「あんなところに残せるわけないじゃん。店の人が殴られてたんだよ」


「だから、それ私がやったの?」


レナは右腕から手を離し、葵へ一歩近づいた。


「私、受け取っただけじゃん。ミオが止めなかったら、そのまま行って終わってたよ。あの人だって、急に持って帰るとか言うから怒ったんでしょ」


つかまれた肩の痛みが、まだ残っていた。葵は鞄の紐を握った。あの男に押さえつけられている間、レナは帰ることよりも、仕事を続けることを考えていたのか。


「私が悪いって言うの」


「邪魔したの、ミオじゃん」


葵は息を吸ったが、言葉が出なかった。レナの顔が、さっきより近い。少し前まで並んで歩いていたのに、今は道を空けろと言われているようだった。


「嫌なら最初から断ればよかったでしょ。一緒にやるって、自分で言ったくせに」


「そう言わなきゃ、会わせてもくれなかったじゃん!」


声を上げると、レナが黙った。


葵も、続けて言おうとした言葉を止めた。レナは何か確かめるようにこちらを見て、それから玲司へ目を向けた。


「……最初から、やる気なかったんだ」


葵は答えられなかった。


レナはもう一度、葵を見た。


「じゃあ、私が一緒にできるように頼んだのも、タクヤさんに会ってもらったのも、全部それに使ったんだ」


「レナがやめてくれないからでしょ!」


レナの眉が上がった。葵は止まれず、その顔へ言葉を重ねた。


「何回言っても、運ぶだけだからって。人が殴られてるの見ても、お金のことばっかり!」


「仕事しに来たんだから、当たり前じゃん!」


「あんなの、仕事じゃない!」


レナが口を閉じた。葵はその顔を睨んだまま、呼吸を整えようとした。少し離れたところで、玲司が来た道を見ていたが、何も言わなかった。


「……ミオがそう思うのは、分かったよ」


レナは葵から一歩離れた。


「でも、私が何するかまで決めないでよ」


「決めてない。危ないからやめてって――」


「嫌だって言っても、引っ張って連れてきたじゃん。これ以上、何て言えばいいの」


葵が伸ばしかけた手を見て、レナは自分の腕を引いた。


さっきまで、何度も向こうから触れてきた手だった。葵は途中で止めた右手を下ろしたが、レナはまだ距離を取ったままだった。


「もう帰る」


「送るよ」


「来ないで」


返事を待たず、レナは通りを歩き出した。葵も一歩出たが、レナが振り返ったので足を止めた。


「今日はもう、ミオといたくない」


レナはそのまま行ってしまった。葵は追えずに立っていたが、やがて見えなくなった背中から目を外し、隣の玲司を見た。


「……放っとけっていうの?」


玲司は口を開きかけたが、すぐには答えなかった。


葵は返事を待たず、レナが去った方へ向き直った。さっきつかんだ腕の温かさが、まだ右手に残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。