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歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット  作者: Aramaki_mai
第3部 欲望の値段
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37/68

第37話 近いから急げ

挿絵(By みてみん)

葵が投げたボールは、ほとんど真ん中から十本のピンへ突っ込んだ。


乾いた音が重なり、一瞬遅れて全部のピンが倒れる。


「よし」


戻ってきた葵が小さく拳を握った。


新宿コパボウルのレーン脇で、玲司はスコアの表示を見上げる。


「お前、さっきから調子よすぎない?」


「実力」


「二ゲーム目で急に実力出てくんのかよ」


「玲司が下手になってるだけじゃない?」


「なってねえよ」


「さっき七本だったじゃん」


「あれはボールが悪かった」


「ボールのせいにする人、初めて見ました」


隣に座っていた朝倉にまで言われ、玲司は振り返った。


「朝倉、どっちの味方だよ」


「どちらの味方でもありません」


「じゃあ黙ってろよ」


「黒瀬さんの番ですよ」


朝倉がレーンを指す。


「分かってるよ」


玲司は立ち上がり、ボールを取った。


平日の夜だったが、フロアにはそれなりに客がいる。隣のレーンでは大学生らしい四人組が騒ぎ、その向こうでは仕事帰りらしい男女が写真を撮っていた。ピンの弾ける音とボールが床を転がる低い音が、途切れることなく続いている。


玲司は助走をつけ、ボールを放った。


最初は悪くなかったが、途中から少し右へ流れた。


「あ」


葵が声を出す。


「言うな」


ボールは右端のピンを巻き込み、八本を倒した。


玲司は振り返らずに戻る。


「二本残りましたね」


「見りゃ分かる」


「惜しかったね」


「お前、笑ってるだろ」


「笑ってないし」


明らかに笑っている。


玲司はもう一投して一本だけ倒した。


席へ戻ると、葵がスコアを確認している。


「これ、私勝つんじゃない?」


「まだ終わってねえから」


「負けたらジュースね」


「いつ決まったんだよ」


「今」


「勝手に決めんな」


言い返していると、テーブルの上に置いたスマートフォンが震えた。


玲司は画面を見る。


非通知。


一度目の振動で切れるかと思ったが、そのまま鳴り続けている。


「誰?」


「知らねえ」


葵が画面を覗こうとする。


玲司はスマートフォンを取った。


「もしもし」


『黒瀬か』


聞き覚えのある声だった。


玲司は姿勢を変えた。


さっきまでスコアを見ていた葵が、その変化に気づいてこちらを見る。


「……真壁?」


朝倉も顔を上げた。


電話の向こうで、玲司の問いには答えず、真壁が言った。


『今、コパボウルにいるだろ』


玲司の眉が寄る。


反射的に周囲を見た。


レーンの後ろ、ゲーム機の並ぶ方、出入口。こちらを気にしている人間がいるようには見えない。


「何で知ってんだよ」


『戸倉が危ない』


「は?」


葵が立ち上がった。


玲司はスマートフォンを耳に押しつける。


「どういうことだよ」


『場所送る』


「待て。何が――」


『近い。急げ』


「だから何があったんだよ」


『急げ』


通話が切れた。


「おい」


玲司が画面を見る。


非通知の表示だけが残っている。


「真壁?」


葵が聞いた。


「ああ」


「何て?」


「戸倉が危ないって」


「戸倉?」


朝倉が立ち上がる。


「場所は」


「送るって」


言った直後、玲司のスマートフォンに別の通知が入った。


匿名のメッセージアプリだった。


開くと、見覚えのないアカウントから一件だけメッセージが届いている。


文章はない。


位置情報だけだった。


「……誰?」


横から葵が覗き込む。


「知らねえアカウント」


「真壁?」


「たぶんな」


玲司が地図を開く。


歌舞伎町二丁目。大久保公園の北東側、一本入った通りにピンが立っている。


「ここから近い」


玲司が言うと、朝倉が画面を覗き込んだ。


「真壁さんは、戸倉さんがここにいると言ったんですか」


「危ないって言っただけ。あとは急げって」


「何が危ないかは?」


「言ってねえ」


「何で私たちがここにいるって知ってたの?」


葵が周囲を見る。


「知らねえよ」


玲司ももう一度店内へ目を向けた。


さっきまで何とも思わなかった客の顔が、急に気になってくる。この中の誰かが見ていたのか。それとも店へ入る前からなのか。考えても分からない。


「行くぞ」


玲司が言った。


「ちょっと待ってください」


朝倉が止めた。


「何だよ」


「行かないとは言ってません。先に警察へ連絡します」


朝倉はもうスマートフォンを取り出していた。


玲司と葵は急いでボウリングシューズを脱ぐ。


「こんなときに靴……」


葵が紐を引っ張る。


「それで外走る気かよ」


「分かってるって」


玲司も自分の靴へ履き替えた。


急いでいると、普段なら数秒で終わることまで妙に長く感じる。


三人がフロアを出た頃には、朝倉はもう電話をかけていた。


エレベーターを待つ。


表示されている数字がなかなか変わらない。


「階段」


葵が言った。


「行くぞ」


三人で非常階段へ向かった。


朝倉は走りながら、電話の相手に場所を伝えている。


「歌舞伎町二丁目、大久保公園の北東側です。位置情報が送られてきています。そこで暴力沙汰になっている可能性があります。男性一名が危険な状態かもしれません」


階段を下りる足音が重なる。


『現場を確認されていますか』


「まだです。こちらも今向かっています」


玲司が振り返った。


朝倉は通話を続けながら階段を下りてくる。


「先行くぞ!」


「待ってください!」


朝倉の声が飛んだが、玲司と葵はそのまま一階まで駆け下りた。


外へ出ると、歌舞伎町の夜は店内よりさらに騒がしかった。


客引きの声や外国人観光客の話し声、店から漏れる音楽が入り混じっている。道の端では酒に酔った男が友人に肩を借りて歩いていた。


玲司と葵は、その間を抜けていく。


「こっち!」


葵が地図を見ながら曲がった。


「お前、場所分かってんの?」


「地図見てる!」


「ならスマホ見ながら走るな!」


「玲司より速いから平気!」


「そういう問題じゃねえよ!」


後ろから朝倉の声が聞こえた。


「二人とも待ってください!」


交差点を越えたところで玲司が一度振り返ると、朝倉はすでに人波の向こうまで離れていた。スマートフォンを耳に当てたまま、通報先から聞き返されたことに答えているらしく、その場で足を止めている。


玲司は前へ向き直った。


「行くぞ」


「うん」


二人は速度を落とさなかった。


届いた位置情報の地点までは、それほど距離がない。


大久保公園の近くまで来ると、派手な店が並ぶ通りから外れた。大通りを一本入っただけで人通りが減り、地図のピンもすぐそこまで近づいている。


玲司と葵が角を曲がると、四階建ての古い雑居ビルが見えた。一階のシャッターは閉まっており、上の階にも明かりはほとんどない。入口だけに小さな照明が点いている。


「ここ?」


葵がスマートフォンを見る。


「合ってる」


玲司が答える。


警察車両のサイレンはまだ聞こえない。


朝倉もまだ来ていない。


「待つ?」


葵が聞いた。


玲司は建物を見上げた。


そのとき、二階から鈍い音がした。


二人が同時に顔を上げる。何か重いものが壁か床へぶつかり、続けて物が倒れる音が響いた。


「……今の」


葵が言いかけた。


今度は男の声が聞こえた。


「離せ!」


くぐもっていたが、玲司にも聞き覚えがあった。


葵が入口へ向き直る。


「戸倉」


もう一度、二階で大きな音がした。


お読みいただき、ありがとうございます。

日本の指定薬物制度について、4回に分けてわかりやすく説明いたします。

そして、新宿コパボウルについてご紹介します。


【4回目 実際には、どんな薬物が指定されている?】

具体例には、次のようなものがあります。

・エトミデート

「ゾンビたばこ」と呼ばれる危険ドラッグに含まれる成分。海外では麻酔薬として使われていますが、日本では未承認で、2025年5月から指定薬物として規制されています。


・亜硝酸イソブチルなど

「ラッシュ」と呼ばれる薬物に含まれる成分です。2007年から指定されています。


・CBN(カンナビノール)

2026年6月から新たに規制が始まった成分です。指定される物質は、調査や危険性の評価に応じて追加されています。



【新宿コパボウルとは?】

新宿・歌舞伎町の中心で、1971年から営業を続けてきた老舗ボウリング場。新宿エリアでは最後まで残った唯一のボウリング場で、54年間にわたり歌舞伎町の遊び場として親しまれてきました。

大きな特徴は、夜の街らしく朝まで遊べたこと。時期によって営業時間は異なりますが、「ほぼ24時間営業」「オールナイト営業」と紹介されていた時代もあり、近年も午前11時から翌朝6時30分まで営業。終電を逃した人や、始発までの時間を過ごす人たちにも利用される、歌舞伎町らしい深夜スポットでした。

昼は学生や家族連れ、夜になると会社員や歌舞伎町で働く人たちが訪れるなど、時間帯によって客層が変わるのも特徴でした。


そして2026年9月30日、契約満了により閉店。1971年10月28日の開業から続いた54年間の歴史に幕を下ろしました。

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