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歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット  作者: Aramaki_mai
第1部 歌舞伎町
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13/68

第13話 回収

挿絵(By みてみん)

ドアがもう一度、強く叩かれた。


玲司は覗き穴から離れたまま、葵を見る。


「間違いない?」


「間違えるかよ。ホテルで警官ぶん投げて逃げた奴だぞ」


奥にいたミサキが、不安そうに二人を見た。


「誰なの?」


玲司が答えるより先に、ドアの向こうから声がした。


「瀬尾拓真のことで来た」


ミサキの顔色が変わった。


「拓真の……?」


玄関へ近づこうとしたミサキを、玲司が手で止める。


「来るな」


「でも――」


「ホテルで俺らを襲った奴だ」


その言葉で、ミサキの足が止まった。


葵が玄関まで来たが、ドアには触れなかった。


「瀬尾に何したの」


「……お前もいんのか」


戸倉の声が少し変わった。


「昨日まで普通に生きてた奴が、急に事故で死んでる。で、次の日にあんたがここに来た。偶然?」


しばらく返事はなかった。


やがて戸倉が言った。


「俺はギアを取りに来ただけだ」


玲司と葵が同時にミサキを見る。


ミサキもその場で固まっていた。


瀬尾の死が本当に事故だったのかどうかまでは分からない。


それでも、瀬尾が死んだ直後、その部屋へ戸倉がギアを回収しに来た。


無関係なはずがなかった。


「どこにあるか知ってんのか」


玲司が聞く。


「知らねえから来てんだろ」


「じゃあ帰れよ」


「ふざけんな」


戸倉がドアを叩いた。


「こっちも遊びで来てんじゃねえんだ。瀬尾が残した分、全部出せ。それで終わりだ」


「終わり?」


葵が鼻で笑う。


「瀬尾は終わったけどね」


「葵」


玲司が止めたが、遅かった。


戸倉の声が低くなる。


「余計なことに首突っ込むな」


「そっちから突っ込んできたんでしょ。ホテルでも、今も」


玲司はドアから距離を取りながら、ミサキを振り返った。


「絶対開けるなよ」


「開けないよ」


葵が先に答える。


「お前に言ってねえ」


「分かってるって」


そのとき、玄関から小さな金属音がした。


玲司が動きを止める。


鍵穴の方から聞こえた。


カチャ、と錠が回る。


「……え?」


ミサキが声を漏らした。


もう一つ、鍵の外れる音が続く。


玲司は一瞬理解できなかった。


「何で……」


ミサキが玄関を見つめる。


「拓真しか持ってないのに」


ドアが僅かに動いた。


「押さえろ!」


玲司が叫ぶより早く、葵がドアノブを掴んだ。


外開きのドアを開けさせないよう、内側へ引く。


玲司もすぐ横から加わった。


外から戸倉が引いた。


二人がかりでも、ドアが少しずつ廊下側へ開いていく。


「こいつ……!」


玲司が両手に力を込める。


戸倉はギアを使っていない。


ホテルのような異常な力ではない。


それでも大柄な男が外側から体重をかけて引けば、二十歳の玲司と小柄な葵だけで完全に押さえ込むのは難しかった。


隙間が広がる。


戸倉の顔が見えた。


額にはまだ傷が残り、左腕も不自然に下がっている。


葵がその顔を睨んだ。


「……なんであんたが拓真の鍵持ってんの?」


戸倉は答えなかった。


「答えろよ!」


玲司が怒鳴る。


戸倉はさらにドアを引いた。


葵の手が滑り、玲司だけでは支えきれなくなる。


ドアが大きく開いた。


戸倉はそのまま玄関へ入り込み、玲司が後ろへ下がる。


葵もすぐに距離を取った。


「マジかよ……」


玲司は戸倉を見る。


瀬尾の部屋の鍵を持っている。


昨日まで瀬尾は生きていた。


そして昨夜、事故で死んだ。


その事実が頭の中で嫌な形につながり始める。


「その鍵、どこで手に入れた」


戸倉は答えず、室内へ入りきるとドアを閉めた。


「何でまたお前らがいんだよ」


「こっちの台詞だ」


玲司がミサキの前へ出る。


戸倉は玲司と葵より、その向こうにいるミサキを見ていた。


「瀬尾のギア、どこだ」


ミサキが息を呑む。


「知らない」


「嘘つけ」


「知らないって」


戸倉が一歩踏み出した。


玲司も前へ出る。


「そこで止まれ」


「邪魔すんな」


「お前が帰れば邪魔しねえよ」


戸倉は玲司を見る。


「ホテルでもお前だったな」


「覚えててくれて光栄だよ」


「お前に用はねえ」


「だったら帰れ」


その瞬間、戸倉の右手が玲司の胸元を掴んだ。


玲司も腕を掴み返したが、力では敵わず、体ごと持っていかれる。背中が壁にぶつかり、息が詰まった。


「玲司!」


葵が戸倉の脇へ踏み込み、右脚を低く振り抜いた。


蹴りを太腿に受けた戸倉の体が崩れ、その隙に玲司は胸元を掴んでいた腕を振りほどく。


戸倉が苛立った顔で葵を見た。


「またお前かよ」


「そっちが来るからでしょ」


戸倉が右腕を振る。


葵は身を引いて避けたものの、続けて肩を押され、ソファへ倒れ込んだ。


玲司が横から掴みかかる。


二人の体がテーブルへぶつかり、上にあったペットボトルやスマートフォンが床へ落ちた。


「ミサキ、下がれ!」


玲司が叫ぶ。


ミサキは壁際へ逃げる。


戸倉は玲司の腕を振りほどくと、その腹へ拳を入れた。


鈍い衝撃に玲司の体が折れる。


「ぐっ……!」


昨日、瀬尾に殴られた場所と近かった。


痛みで動きが止まった玲司へ戸倉の手が伸びる。


その前に葵が戻ってきて、横から蹴りを入れた。


戸倉は左腕で受けようとして、顔を歪める。


葵がすぐに気づいた。


「左、痛めてる」


「見りゃ分かる」


玲司も息を整えながら答える。


「じゃあそっち狙って」


「容赦ねえな、お前」


「襲ってきてる奴に言って」


葵が戸倉の左側へ回り込む。


意図に気づいた戸倉は、左腕をかばうように右肩を前へ出した。


葵が踏み込む。


正面から殴り合わず、腕の外へ抜けながら脇腹へ拳を入れた。戸倉が振り向いたところへ、玲司が右腕に組みつく。


「今!」


「分かってる!」


葵の蹴りが腹へ入った。


戸倉が大きく後ろへ下がり、棚へ肩をぶつける。置かれていた箱や雑誌が床へ落ちた。


その音に、ミサキが小さく声を漏らす。


戸倉がそちらを見た。


ほんの一瞬だったが、ミサキの視線が床近くにある引き出しへ動いた。


戸倉はそれを見逃さなかった。


「そこか」


「違う!」


ミサキが言ったときには、もう遅かった。


戸倉が引き出しへ向かう。


玲司が背後から肩を掴んだが、戸倉は体ごと振り返り、その勢いで玲司を押し返した。


玲司の腰がテーブルの角へぶつかる。


「いってえ!」


戸倉は引き出しを開け、中を探って小さな袋を取り出した。


中には灰色の錠剤が入っている。


「あ……」


ミサキの顔が強張った。


戸倉は中身を確認すると、そのままポケットへ入れる。


「これで全部か」


「知らない」


「お前の部屋だろ」


「拓真のだったから!」


「残ってるなら出せ」


「ない!」


葵が戸倉へ飛び込む。


拳を戸倉が右腕で受けると、葵はすぐに足を払うように蹴りを入れ、姿勢を崩させた。


そこへ玲司も横から押し込む。


二人に挟まれた戸倉が壁へぶつかった。


「クソが!」


戸倉が右腕を大きく振る。


玲司が避けた隙に、葵は自分のバッグへ手を伸ばした。


その動きを見た玲司が声を上げる。


「おい」


葵は返事をせず、バッグの中から小さなケースを取り出した。


「葵、やめろ!」


「このままじゃ逃げられる!」


蓋を開け、灰色の錠剤を一つ指で摘まむ。


戸倉の目がそこへ動いた。


「お前、それ……」


葵が口へ運ぼうとした瞬間、戸倉が踏み込んだ。


玲司も間に入ろうとしたが、間に合わない。


戸倉の右手が葵の手首を掴み、上へ弾いた。


「痛っ!」


錠剤が指から離れて床を跳ね、ケースも手から落ちた。


蓋が開いたまま床を転がっていく。


「葵!」


玲司が戸倉へ体当たりした。


戸倉は二歩ほど下がったものの倒れず、玲司を押し退けると、足元に転がった錠剤へ目を向ける。


「まだ持ってやがったのか」


「触んな!」


葵が手を伸ばしたが、戸倉の方が早かった。


落ちたケースを拾い、転がっていた錠剤も掴む。


「返せ!」


葵が戸倉の腕に掴みかかる。


戸倉はその手を振りほどき、葵をソファの方へ押した。


玲司には拳を振るった男が、葵にはそれ以上手を出さなかった。


玲司は一瞬、その違いに引っかかった。


ホテルでもそうだった。


傷つけるな。


あの男たちは、そう言っていた。


「それ、葵のだ!」


玲司が叫ぶ。


「知るか」


戸倉はケースをポケットへ入れた。


「こっちは全部回収しろって言われてんだよ」


玲司の動きが止まった。


「誰に?」


戸倉も一瞬、動きを止める。


余計なことを口にしたと気づいたような顔をした。


「誰に言われた」


玲司がもう一度聞く。


「うるせえ」


「瀬尾のこともそいつらか?」


「知らねえよ」


「じゃあ、その鍵は何なんだよ」


戸倉は答えない。


「瀬尾が死ぬ前に取ったんじゃねえのか?」


戸倉の表情が変わった。


葵も睨みつける。


「事故じゃないんでしょ」


それでも戸倉は何も言わなかった。


そのとき、廊下から声が聞こえた。


「警察、呼びましたから!」


戸倉が玄関を見る。


続いて別の部屋のドアが閉まる音がし、遠くからはサイレンも近づいてきた。


騒ぎは完全に外へ漏れている。


戸倉が舌打ちする。


玲司は構え直した。


「今度は逃げんなよ」


「お前、俺捕まえてどうすんだよ」


「聞きたいことが増えた」


「こっちは減らしたいんだよ」


戸倉が一歩下がる。


葵もソファから立ち上がった。


「返して」


「何を」


「ギア」


「薬欲しがってる時点で終わってんぞ、お前」


「そういう意味じゃない!」


戸倉は玄関へ向かった。


玲司が追おうとする。


戸倉は振り返りざまに玲司を押し返すと、ドアを廊下側へ開いて外へ飛び出した。


葵もすぐに後を追おうとした。


そのとき、背後で鈍い音がした。


玲司が振り返る。


壁際に立っていたミサキが、床に倒れていた。


「ミサキ!」


葵は戸倉を追うのをやめ、すぐに駆け戻った。


玲司もその場に膝をつく。


「おい、聞こえるか」


呼びかけても返事がない。


「ミサキ、ねえ!」


葵の顔から血の気が引いた。


玲司は玄関へ目をやる。


戸倉の背中は、もう見えない。


追えば、まだ間に合うかもしれなかった。


だが、目の前ではミサキが意識を失って倒れている。


「……クソ」


玲司は追跡を諦めた。


葵がミサキの顔を覗き込む。


「息はしてる」


「なら動かすな。警察ももう来る」


「分かってる」


さっきまでの勢いは消え、葵の声には焦りが混じっていた。


玲司はもう一度、玄関を見る。


戸倉は消えた。


ミサキのギアも、葵が持っていたギアも、全部持っていかれた。


代わりにサイレンの音だけが、すぐ近くまで迫っていた。


*


最初に部屋へ入ってきたのは、制服姿の警察官と救急隊員だった。


玲司と葵は指示に従って両手を見える位置に出し、救急隊員は倒れていたミサキの状態を確認する。


しばらくしてミサキの意識は戻ったものの、まだ顔色は悪かった。


「この二人は違います」


横になったまま、ミサキが警察官へ説明する。


「私を助けに来てくれたんです。襲ってきたのは別の男で……」


「戸倉慎吾ですか?」


警察官が聞いた。


ミサキが玲司を見るので、玲司が頷く。


「たぶん。ホテルで見た男と同じです」


「ホテル?」


警察官の表情が変わった。


室内の大きな物音を聞いた住人からの一一〇番に加え、マンション周辺では戸倉慎吾に似た男を見たという通報も入っていたらしい。


その直後、廊下が少し騒がしくなった。


別の警察官が部屋へ入り、その後ろから男女二人が続く。


三十代くらいの男と、それより少し若い女だった。


男――久世凌介は部屋の中を見回し、散乱した家具へ目を向けた。


「また派手にやってるな」


隣にいた榊美冬がすぐに返す。


「今回は壁は壊れていません」


「比較対象そこ?」


「前回よりはましです」


玲司は二人の会話を聞きながら眉を寄せた。


「誰?」


葵が小声で聞く。


「俺に聞くな」


久世が二人の方を見る。


その視線が玲司で止まり、次に葵へ移ったところで、軽かった表情が変わった。


「あ」


榊も同じように二人を見る。


「久世さん」


「うん」


その反応に、玲司は嫌な予感がした。


久世がこちらへ歩いてくる。


「やっと会えたな」


「……誰と?」


「君らと」


玲司と葵が顔を見合わせる。


久世は玲司を指してから、葵にも目を向けた。


「歌舞伎町のホテルから走って逃げた二人」


玲司の顔が固まり、葵も目を見開いた。


「何で知ってんの」


「防犯カメラ」


榊が答えた。


葵が露骨に嫌そうな顔をする。


「最悪」


「俺も今同じこと思った」


玲司が呟くと、久世は少し笑った。


「安心しろ。今のところ、逮捕しに来たわけじゃない」


「今のところって何だよ」


「そのままの意味」


榊が玲司に尋ねた。


「お名前を聞いてもいいですか?」


玲司は少し迷ったが、ここで偽名を使っても仕方がない。


「黒瀬玲司」


「黒瀬玲司さん」


榊が葵へ目を向ける。


葵は黙ったままだった。


玲司が横を見る。


「おい」


「分かってる」


葵は嫌そうに息を吐いた。


「篠崎葵」


榊が一拍置く。


「篠崎葵さん」


「はい」


久世は二人の名前を聞くと、改めて部屋を見回した。


「ホテルの件も聞きたい。今日ここに戸倉が来た理由も聞きたい。たぶん、そっちも俺たちに聞きたいことあるだろ?」


玲司は答えなかった。


聞きたいことなら山ほどある。ただ、警察にどこまで話していいのかは別だった。


久世が続ける。


「重要参考人として、署まで一緒に来てもらいたい。任意で」


葵が玲司を見る。


玲司も葵を見返し、数秒の沈黙のあとでため息をついた。


「……今回は走らねえぞ」


「走らないよ」


葵が即答する。


「もう疲れた」


久世が笑った。


「前回は元気だったみたいだけどな」


「見てたんですか」


「映像でな」


「ほんと最悪」


榊が二人を促す。


「では、行きましょう」


玲司はミサキを見る。


救急隊員と警察官がそばについている。少なくとも、今ここに一人で残すよりは安全だった。


「ミサキ」


呼ぶと、ミサキが顔を上げた。


「またあとで連絡する」


「……うん」


葵も一度だけミサキの肩へ触れてから立ち上がった。


玄関を出ると、廊下には何人かの警察官と、様子を窺う住人がいた。


玲司は玄関を通りながら、一度だけ鍵穴へ目を向けた。


戸倉は、瀬尾の鍵を持っていた。


瀬尾が死んだ翌日に。


玲司はその事実を頭から追い出せないまま、廊下を歩き出した。


ホテルでは、警察が来た瞬間に逃げた。


今回は違う。


逃げた戸倉とは反対に、玲司と葵は自分たちの足で警察の車へ向かった。

挿絵(By みてみん)

『ギア23区』をお読みいただき、ありがとうございます。

第13話までが第一部となります。


まずは第一部として、考えながら、ここまで描いてみました。どうでしょうか。

ここまで読んでいただけた方には、本当に感謝しております。


第2部については、第一部を踏まえながら、どのような展開にしていくか改めて考えていきたいと思います。


不定期投稿になりますが、

引き続き『ギア23区』を、どうぞよろしくお願いいたします。

※タイトルを『歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット』に変更しました。2026/10/01

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