決断
1996年。
ジャパンカップ予選まで、残り1ヶ月。
ユウは深い迷いの中にいた。
去年のジャパンカップ、そしてTVチャンピオンでの激闘。
その経験が、彼に1つの現実を突きつけていた。
FMシャーシでは、もう勝てない。
FMを極めると決めて走ってきた3年間。
限界まで煮詰め、工夫し、試し、壊し、また作り直した。
あのシャーシと共に積み重ねた時間は、ユウにとって“努力”ではなく“物語”だった。
だからこそ認めたくなかった。
FMシャーシの性能を限界まで引き上げたとしても、どれだけ工夫を重ねても、全国の強豪たちと真正面から渡り合える未来が見えない。
コウスケの走り、各地の猛者たちのマシン。
それらを思い返すたび、胸の奥に重たい影が落ちる。
(ここまでなのか…)
その問いが、何ヶ月も頭の中で反響し続けていた。
そんなある日。
気分転換のつもりで立ち寄った模型屋で、ユウは運命のような光景を目にする。
ブロッケンG ― 新発売。
スーパーFMシャーシ搭載。
思わず足が止まった。
胸の奥がざわつく。
(これなら…勝てる可能性がある)
しかし同時に、別の声が囁く。
(いや、逃げじゃないのか?
FMの伝説を、自分の手で完結させるんじゃなかったのか?)
葛藤が渦巻く中、ふいに“シグナル”が届いた。
久しぶりに感じる、あの直感のような、導きのような感覚。
――FMの物語を、新しい形で終わらせろ。
そんなメッセージを受け取った気がした。
ユウは迷いを断ち切るように、ブロッケンGを手に取った。
購入したその足で、すぐに試作に取りかかる。
だが、スーパーFMの知識はほとんどなかった。
未来でも“ギア鳴りが酷く、駆動性に難があるシャーシ”という評価が一般的で、YouTubeでも位置出しや駆動改善の動画は少ないと記憶している。
(なるほど…これは相当手を焼くシャーシだな)
仮組みを進めるほど、問題点が次々と浮かび上がる。
作りの粗さ、プロペラシャフトとピニオン、剛性の低さ、干渉の多さ。
しかし、ユウは眉をひそめながらも、どこか楽しそうだった。
この時代に来てからの3年間。
ミニ四駆漬けの日々が、ユウの感覚を確実に研ぎ澄ませていた。
(ここは、これで改善できるな…)
ひとつひとつのパーツを分解し、問題点を洗い出し、メモを取り、改善策を考える。
時間はかかるが、確実に前へ進んでいる実感があった。
そして、ギアの面取り工程に入ったとき。
ユウは、ついに“あのパーツ”を開封する。
超速ギア。
去年まで、自分を苦しめ続けた因縁のパーツ。
それを、ついに堂々と使える日が来た。
「…ようやく、使える」
胸が熱くなる。
テンションが上がりすぎて、気づけば深夜まで作業を続けていた。
机の上は分解されたパーツとメモで埋め尽くされていた。
それでもユウの目は輝いていた。
机の上に並ぶパーツのひとつひとつを、ユウは静かに見つめた。
指先で触れるたびに、これまで積み重ねてきた時間が蘇る。
何度も壊し、何度も作り直し、それでも手放さなかったFMシャーシ。
そのすべてが、今この手の中にある。
ユウは、ゆっくりとスーパーFMシャーシを持ち上げた。
「――終わらせるんじゃない」
小さく呟く。
「繋げるんだ」
その言葉は、自分自身に向けた確認だった。
かつてのFMが積み上げてきたもの。
その意地も、工夫も、悔しさも――全部、この1台に乗せる。
そして、いつか。
この先に続く誰かが、さらにその先へ進めるように。




