映画館9
ユリのマシンは、まだ走っていた。
残りバッテリーは、あとどれくらいあるだろう。
明らかに力が落ちている。
それでも、ユリは自分のマシンを信じて走り続けた。
直線。
伸びは鈍い。
コーナー。
わずかに速度を落とし曲がる。
モニターにはトップの表示。
だが、その差は少しずつ削られていた。
「まだ行ける……」
ユリは自分に言い聞かせるように呟く。
——後続が近い。
ローラー音が重なり、背中に気配を感じる。
それでも、抜かせない。
——一瞬、失速。
——すぐに立て直す。
1周が、やけに長く感じる。
(……もう十分だ)
「ユリ先輩! 交代!」
ピットで見守っていたユウが、交代フラッグを上げる。
ユリのマシンが戻ってくる。
マシンに触れた瞬間、指先に伝わる高熱が、限界まで使い切られたことを物語っていた。
ユウの役割は明確だった。
無理に差を広げない。
ただ、現状を維持したまま、時間を削る。
スタート。
——直線。
マシンが伸びる。
速度は十分。だが、抑えている。
——コーナー。
ギリギリまで攻めず、マシンへの負担を減らす。
——周回数が増えていく。
モニターの順位表示は変わらない。
ユウは、マシンではなく時計を見ていた。
——残り時間。
——作業台の様子。
——後続との差。
すべてが、頭の中で重なり合う。
速さではなく、安定。
勝ちに急がず、維持。
「いいぞ、そのまま!」
コウスケの声が、遠くで聞こえる。
ユウは愚直に自分の走りを続けた。
どれほど走っただろう。
マシンは限界を迎え始めていた。
——一瞬、後輪が跳ねる。
——着地。問題なし。
——ローラーがかすかに鳴く。
——バッテリー残量、限界。
「戻る!」
コウスケに交代の意思を伝える。
交代スペースへ走りながら、コウスケへ短く指示を飛ばす。
「トップ維持。無理するな。時間を削れ」
コウスケは一瞬だけ頷き、走り出す。
ユウは作業台のユリの元へ行き、はっきりと告げる。
「僕たちのバッテリーは、これで終わりです。――あとは、ユリ先輩が勝負決めて下さい」
ユリは、わずかに息を整え、覚悟を決める。
「……任せなさい!」
モニターを見る。
——コウスケ、粘る。
——抜かせない。
しかし、残り少ないバッテリーで走る小覇龍は、2番手の関西チームに抜かれる。
(大丈夫だ。一喜一憂するな)
コウスケは抜かれても落ち着きを失わず、自分の仕事を全うする。
上り坂が、いよいよ厳しくなる。
コウスケは交代を求めた。
「交代!!」
「ユリ先輩! あとは任せた!!」
「あたしが決めてやるわ!」
赤いプラグスーツで長い後ろ髪を揺らしながら、スタートポジションへ走る。
ユリはマシンをスタートさせながら、カメラに向かって、
「ATフィールド、全開!!」
と、キメ顔で叫んだ。
ユリのソニックセイバーは、パーツ交換したての全快の走りを見せる。
仕事を終えたユウとコウスケは、交代スペースでその様子を見つめていた。
「……あの人は、本気なのか冗談なのかわからんな」
「……うん」
ユリの最後の走行が、始まった。
残り時間のすべてを背負って。




