消尽
「ファイナルラップだあああーーー!!」
実況の声が割れ、会場の熱をさらに煽る。
観客席から一層大きな声援が飛ぶ。
もう3台に差はない。
誰が勝ってもおかしくない、まさに紙一重の状況だ。
先頭は、わずかにソニックセイバー。
そのすぐ後ろに、スピンアックスとトムゴディスペシャルが食らいつく。
ユリは、歯を食いしばった。
(まだ……まだよ、がんばって)
コーナーに差しかかる。
ここは、これまで何台ものマシンが減速しながら駆け抜けたセクション。
だが、ソニックセイバーは違った。
姿勢を崩さず、綺麗な弧を描いて抜けていく。
「ユリ選手、完璧なコーナーリングだぁ!!」
その瞬間。
コーナーに入ったスピンアックスが、一段ギアを上げたかのように加速する。
(……来た)
積み重ねてきた調整。
FMシャーシの特性。
そして、走らせてきた時間。
すべてが、この一瞬のためにある。
トムゴディスペシャルも並びかける。
3台が、ほとんど同時に最終ストレートへ。
「並んだぁぁ!!
3台、横並び!!
勝つのは誰だーー!!」
歓声が、悲鳴に近い音へと変わる。
ゴールまで、あとわずか。
その時だった。
スピンアックス、そしてトムゴディが並ぶように前へ出る。
「抜いたー!ここにきてトップが入れ替わった!!
最後まで目が離せない展開だー!!」
実況の叫びが、現実を突きつける。
その時、ユリは目を閉じていた。
周囲の喧騒が遠のき、世界が一瞬、静まり返る。
小さく、耳を澄まさなければ聞こえないほどの声で、ユリは呟く。
黄昏よりも――
血の流れより――
――――等しく滅びを与えんことを。
ドラグ――!
叫びかけた、その瞬間。
「ゴーーーール!!
わずかの差で勝者、スピンアックス!!」
無情にも、ゴールのアナウンスが響き渡った。
(あれ……?)
ユリの詠唱は、わずかに間に合わなかった。
勝敗は、すでに決していた。
「あああー!!」
ユリは膝に手をつき、深くうなだれる。
やってしまった。
最後まで自分らしく走り切ったはずなのに、それでも悔しさは残った。
でも、どこか晴れやかな笑顔で。
「……やるじゃない、ユウ」
一方、歓声の中心にはユウがいた。
「Vジャパンカップ’95、チャンピオンはユウ選手だぁぁぁ!!」
会場が、揺れた。
歓声と拍手が、嵐のように巻き起こる。
ユウは3年連続、ジャパンカップ制覇。
FMシャーシで成し遂げた前人未到の偉業だった。
だが当の本人は、周囲の熱狂とは裏腹に、ただ戸惑っていた。
次々と向けられるマイク。
矢継ぎ早の質問。
「えっと……その……」
言葉にならない声が、口の中で迷子になる。
対照的に、ユリは違った。
質問、サイン、記念撮影。
どんなリクエストにも即座に応え、笑顔を崩さない。
負けたはずなのに、いや、負けたからこそ。
ユリは誰よりも輝いていた。
「……さて、いくか」
コウスケが小さく呟き、ジョンに視線を送る。
それは、ユウをこの場から救い出す合図だった。
ジョンは無言で頷き、ゆっくりと人の輪に割って入る。
大会の予熱を感じながら、4人は会場を後にする。
車に乗り込んだ瞬間、ようやく全員が肩の力を抜いた。
車内には、不思議な静けさが流れる。
やり切った。
それだけが、全員の表情に共通していた。
FMシャーシで3連覇を成し遂げたユウ。
3位に甘んじたものの、自分のやりたいことをすべてやり尽くし、最高の最終回を迎えたユリ。
コースアウトという結果に終わりながらも、スピードではユウ以上の速さを見せたコウスケ。
そして、そのすべてを、ずっと前から見届けてきたジョン。
4人は祝勝会の場所を探しながら、車中でいつまでも話し込んだ。
あのレースのこと。
この夏のこと。
そして、これからのこと。
ミニ四駆が繋いだ時間は、更なる未来へと走り出していた。




