静岡県
8月1日。
「悪い! 待たせちまった!」
息を切らせて駆け込んできたコウスケが、ようやく集合場所に姿を現した。
額にはうっすら汗が浮かんでいるが、その表情は不思議と晴れやかだった。
「今日の主役が遅刻してどうすんのよ」
腕を組んだユリが呆れたように言う。
「マシンは完璧でござるか?」
ジョンが、いつもと変わらぬ調子で問いかけた。
「へへ、まあ見てなって」
短く笑いコウスケは胸を張る。
その声には、これまでになかった自信が滲んでいた。
ジョンの車に乗り込み、一同は静岡県浜松市、松菱で開催される東海大会の会場へ向かう。
……!!
会場に足を踏み入れた瞬間、ユリが思わず立ち止まった。
「ちょっと待って。何この人数……」
視界の端まで埋め尽くされた人の波。
今年の参加者数は、明らかに今までの比ではなかった。
「レツゴー人気でござるな。四駆郎の時とは比較にならぬでござる」
時代の変化を噛みしめるようにジョンが呟く。
だが、コウスケは驚きながらも気圧された様子はない。
その目は静かに燃えていた。
ここでコウスケの大会用マシンが初めて姿を現す。
「おお! 小覇龍でござるか!」
「スーパー1シャーシね」
「すごく丁寧に作られてるね」
3人がマシンを囲み、それぞれが感想を口にする。
その間にも周囲からの視線が集まってくるのを感じた。
「おい、あれ2年連続でジャパンカップ制覇してるユウじゃないか?」
「マジかよ。今年は静岡から出るのか?」
「周りの仲間も大会に出てるのかな?」
ざわめきは次第に大きくなっていく。
「周りは関係ないでござる」
ジョンは穏やかに、コウスケに囁いた。
「そうよ。あなたはあなたのベストを尽くしなさい!
炎となったガンバスターは無敵よ!」
わかりづらいアニメネタを当たり前のようにスルーする一同。
「コウスケなら大丈夫だよ」
ユウの一言が最後の後押しになる。
コウスケは一度、深く息を整えた。
「ありがとう、みんな。行ってくる!」
そう言い残し、車検の列へ向かう。
そして、間もなくレースが始まった。
出場マシンの7割以上はスーパー1シャーシ。
2割ほどは、ユウの影響なのかFMシャーシが混じっている。
「用意……スタート!!」
グリーンシグナル。
コウスケは落ち着いた手つきでマシンを放った。
……速い!!
スタート直後、誰もが気づいた。
明らかに、1台だけ次元が違う。
「速い! 早くも独走状態!
青いマシン、小覇龍! このまま一気に決めてしまうのか!」
実況の声が、会場に響き渡る。
「行け! そのまま!」
ユリが思わず身を乗り出す。
声に力が入りすぎて、周囲の視線も気にしていない。
「……加速が素直でござるな」
ジョンは腕を組んだまま、冷静にコースを追っている。
「立ち上がりが軽い分、最高速までの伸びが美しいでござる」
(速い……コーナーはまだ荒削りだが、スピードは相当仕上げてきたな。
今の時代なら、文句なしだ)
ユウは、素直にそう感じていた。
マシンはコーナーでわずかに暴れながらも、壁に押さえつけて立て直す。
直線に入るたび、差はさらに広がっていった。
「ちょっと! 今の危なかったでしょ!」
ユリが叫ぶ。
「いや、あれを許容するセッティングでござる。
攻めているが、破綻はしておらぬ」
ジョンの声は落ち着いている。
「勝ちに行く走りでござるな」
観客席から、別の声が上がり始める。
「速いのに……静かだ」
それは、去年、一昨年のチャンピオンマシンを思わせる走りだった。
結果は、独走状態のままコウスケの勝利。
その後のヒートでも、小覇龍は安定して速かった。
荒さを残したまま、先頭でゴールする。
「またトップだ……」
「ユウの周りって、こんなのが普通なのかよ……」
ざわめきは、感嘆へと変わっていく。
そして予選決勝。
最後のレースでも流れは変わらなかった。
スタート。
加速。
コーナー。
直線。
荒削りな走りで最後まで踏み切る。
ゴールを駆け抜けた瞬間、会場の空気が一段階変わった。
東海大会代表。
その名前が、コウスケのものとして呼ばれる。
会場には、ユウ以外にもとんでもない存在が現れた。
そんな空気が生まれていた。
「お疲れ!」
真っ先に駆け寄り、ユウがハイタッチする。
「流石ね。でも正直、見てる方はヒヤヒヤよ。
さっきのコーナー、サイバーフォーミュラで壁にキスする直前のやつだったわよ」
「はは。あれが俺の持ち味なんだよ」
悪びれもせず、コウスケは笑った。
「おめでとうでござる。祝勝会はどこがいいでござる?
拙者が奢るでござるよ」
「ありがとうジョン。でも祝勝会は……全国が終わったらでいい、かな」
その言葉に、場の空気が少し引き締まる。
ユウは何も言わず、コウスケのマシンを見つめた。
小覇龍は、静かにボックスに収められている。
(さすがコウスケだよ。
まさか、このレベルまで登ってくるなんて……)
コウスケは代表証を握りしめ、
会場のざわめきを背に出口へ向かう。
その背中は、確かに一段上のステージへ足を踏み入れた者のものだった。
一部では、
「あの小覇龍はユウより速いのでは?」
そんな声さえ上がり始めていた。
レーサーたちの夏は、まだ始まったばかりだった。




