一番
「コウちゃん!」
みつば屋の入り口から、気安い声が飛んでくる。
ユウバブル――
そう呼ばれ始めた頃から、店は少し賑やかになった。
その中心には、いつもコウスケがいる。
昔から、こうだった。
誰とでも壁を作らない。
気づけば名前を呼ばれ、肩を叩かれ、輪の中にいる。
人見知りのユウでさえ、気がつけば普通に話せるようになっていたのだから相当だ。
「チャンピオンは今日は来ないの?」
「それとさ、あの可愛い子」
笑いながら差し出されたのは、ファンタのぶどう味。
礼を言って受け取ると、コウスケは少し困ったように笑った。
「あいつ、人見知りなんです。悪気はないんで、あんまり気にしないであげて下さい」
「話しかけると、多分フリーズしますから」
場が和む。
ユリのことを聞かれれば、
「先輩は忙しいみたいです」
と、それ以上踏み込ませない返しをした。
そんな空気の中で、ふいに声が落とされる。
「ところでさ、アレ知ってる?」
そこから先は、ユウからは一度も聞いたことのない話ばかりだった。
モーターを電池で直結して慣らすと速くなる。
シャーシをお湯で温めて曲げるといい。
タイヤを紙やすりで削ると最高速が伸びる。
理屈はもっともらしい。
だが同時に、どれも危うい匂いを含んでいた。
――俺がユウに勝つには。
――ユウの知らない改造で行くしかない。
そんな考えが、胸の奥で芽を出す。
だが、すぐに別の声も浮かんだ。
――鵜呑みにするのは危険だ。
――ちゃんと試してからだな。
勢いだけで突っ走らない。
一度、立ち止まって考える。
それは、今までのコウスケにはなかった感覚だった。
小さな変化。
けれど、確かな成長の兆し。
コウスケは、ユウたちとは少し違う場所にも足場を作り始めていた。
別のコミュニティ。
別の情報。
別の視点。
チャンピオンの隣にいても、世界は思っていたよりも広い。
⸻
その夜。
コウスケの部屋。
――何故、ミニ四駆なのか。
サッカーも、バスケも、ゲームも。
色々なスポーツや遊びをやってきた。
それなりに、うまくこなせた。
それでも、ミニ四駆の楽しさには敵わない。
ミニ四駆で1番になりたい。
視線を横にやる。
学習机の上。
ケースに収められた、古びた1台。
アバンテJr.
隣には、首から下げていた参加証。
「こいつから始まったんだよな」
呟きながら、ケース越しに眺める。
今の新型マシンと比べれば、荒削りで、不格好だ。
それでも、あの頃の自分には精一杯だった。
「今ならさ……」
あの頃より、もっと速く走らせられる。
そんな確信が、静かに胸に広がる。
アバンテの夢を、次のマシンに託す。
この夏は、全国へ行く。
部活の時間を削ってでもいい。
今は、ミニ四駆に向き合いたい。
その覚悟は、もう揺れていなかった。




