信任
師っ匠、師っ匠殿〜!
ジョンは異様なほど浮かれていた。
声は一段高く、足取りも軽い。正直、気味が悪い。
「ユリ殿のマシンのドレスアップの件でござるが、拙者を指名してくれて本当に嬉しく思うでござる」
胸に手を当て、過剰なほど大仰に頭を下げる。
「ジョンくらいしか適任者が思い浮かばなくてね。それでどうなの? 出来そう?」
そう尋ねると、ジョンは一瞬だけ表情を引き締めた。
「ユリ殿の意見をまとめると、かなり難しいレベルかとは思われるでござるが……拙者がなんとかフォローするでござるよ」
少し間を置いて、静かに続ける。
「後は本人の根気次第でござるな」
「ちなみに、ドレスアップはどう進めていくの?」
その問いに、ジョンは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「ユリ殿が描いた絵を使うつもりでござる」
そう前置きしてから、言葉を慎重に選ぶように続ける。
「以前拝見したユリ殿の絵――あれは、正直に申せば達人レベルにござる」
その言葉と同時に、あの時の光景が鮮明に蘇る。
ユリは絵の原案が描かれたスケッチブックをジョンに差し出した。
角が少し丸まり、何度も開閉された跡がある。
ジョンはそれを受け取ると、ページをめくる手を止めた。
――一瞬、言葉を失う。
「……これは」
メガネの奥で、視線が忙しく線を追っている。
「構図に無駄がないでござるな」
「主線も、影も、全部が意味を持っている」
ページを戻し、もう一度だけ確認する。
「正直に申して、拙者は驚嘆しているでござる」
ユリは少しだけ、誇らしそうに口角を上げた。
「言ったでしょ、あたしの右に出るものはいないって」
ユリの絵を見ていたジョンが、何かを閃いたように表情をぱっと明るくする。
「ところでユリ殿」
胸の奥で、嫌な予感がした。
「もし可能であれば――」
ジョンは妙に姿勢を正し、それはそれは丁寧に、しかし妙に熱を込めて言った。
「虹野たんを描いてほしいでござる」
ユリの眉が、ぴくりと動く。
「描いて欲しいイメージがあるでござる」
嫌な予感が、確信に変わる。
「目は少し潤ませ気味で」
「頬はほんのり赤く」
「構図は上目遣い」
そこまでは、まだ耐えられた。
だが――
「セリフも入れてほしいでござるな」
ジョンは、わざとらしいほど間を置いた。
そして、やけに甘ったるい声で言った。
「『ジュンイチさん……大好き♡』でござる」
沈黙。
ユリは、ゆっくりとスケッチブックを引き寄せた。
「……あたし、それ描かない」
「え?」
「無理」
即答だった。
ジョンは固まったまま、なぜか天井を見上げた。
「……乙女心と、秋の空」
「は? 今夏だし」
冷静なユリのツッコミが入る。
誰も、次の言葉を探せなかった。
⸻
「……いい思い出でござるな」
小さく呟いてから、首を振る。
(いかん。話を戻すでござる)
ジョンは咳払いを一つして、表情を引き締めた。
「しかしあの繊細な絵を直にボディへ描くのは至難の業にござる」
メガネをクイっと上げる。その動きに、過去の失敗が滲んでいた。
「ゆえにまず、あの絵を原画として完成させるでござる」
「そこから縮小し、デカール用のフィルムに刷る」
「水転写デカールでござるな」
ユウの反応を確かめるように、ほんの一瞬だけ言葉を切る。
「やり方は、プラモデルと同じでござる」
「水に浸し、台紙から滑らせ、平らなところに据える」
「位置を決めたら、気泡を抜く。ここで焦ると、すべて台無しでござる」
淡々とした口調だが、そこには経験に裏打ちされた確信があった。
「貼り終えた後は、クリアを吹く」
「一度ではなく、吹いて、乾かし、また吹く」
「境目が分からなくなった時点で、ようやく完成でござる」
少し言い添えるように、ジョンはさらに続ける。
「もちろん、その前段として――マスキングテープを使い、エアブラシで全体塗装も行うでござる」
「下地が整っておらねば、どれほど良いデカールでも映えませぬゆえ」
「流石ジョンだね。とにかくよろしく頼むよ」
ユウは、ジョンに任せて大丈夫だと確信した。
そう言うと、ジョンは満面の笑みを浮かべた。
「承知!」




