六話「三人目の師」
12歳になった。
旅を始めて三年、禁域が王都から国を三つ跨いだ先にあるので時間がかかるのは承知の上だった。お金も必要だから道中のギルドで依頼をこなしては旅を続ける日々。
最低でも月に一度は手紙を出しているが、王都から離れれば離れるほど費用が嵩み、前みたいに沢山書けることは無くなってしまった。
「アマテラさんとおじさんの話にあった火山都市がこの先にあるんだよね」
禁域前の最後の国、アルロスカと今いるヴェルアーテの国境にその都市はある。
竜人族が収め、この大陸に現存する生きた厄災『エルダードラゴン』が住まう渓谷が隣接する町トリトン。
それが今の私が目指している場所だ。
火山地帯近づいてるのもあってか馬車に乗車している他のお客さんは水魔法や氷魔法で暑さを凌いでいる。『不死鳥の羽の団衣』のおかげで私は快適だけど、一度脱ぐとスキルが解けて途端に汗だくになる。ガレオンが作ってくれたバックパックのおかげで着替えから何まで全て持ち運べているけど、着いたら宿と飲料水を補充しないと。
「とうちゃーく」
街の出入り口の門でギルドカードを見せて検査を受ける。
門番らしき二人組の竜人族がバックパックと武具を『鑑定』して唸る。
「【スキル】を持ち合わせていないのに、よくもまぁこんな装備を揃えられたな」
「沢山の人に助けられました。ギルドカードもちゃんと本物ですよ」
「・・・・問題無い。ようこそ装飾と鍛治の街トリトンへ」
*
トリトンに来た理由は二つ。
一つはガレオンの旧友であるスラーザルがこの街で鍛治をしていて、スキル付与に特化した技術者らしく、その人に会いにきた。
二つ目はアマテラとガーディーから「エルダードラゴンは一眼見た方がいい」と凄い念を押されたこと。生きた厄災だが温厚、手出ししなければ話すことも出来るとか。
そんな訳でギルドで宿を取り、早速一つ目の目的を果たすことに。
「ど、何処にもいない」
住民やギルド職員に聞いても情報が得られず、装飾品屋や武具屋に聞きに行くと皆嫌な顔して断れる。スラーザルさんそんなに嫌われることしてきたの、ガレオンマスターの旧友と聞いてたから堅物そうなイメージはあったけど、ここまでになると会いたく無くなってきた。
最後に街の隅のポツンと立っていた一軒家にまで足を運ぶことに。
「すみません」
コンコンと扉をノックするとゆっくりと開き、中から黒い鱗の竜人族が出てきた。
「俺に何か用かいお嬢ちゃん。こんな呪われた奴の家に来るとか命知らずかな」
「呪い?とかは分かりませんが、スラーザルという名前に聞き覚えはありませんか。今その人を探していて、私の知り合いの人の旧友なんだとかで」
「知ってるぜ!あの頑固で腕は良いのに『友人の客以外には打たん』のセリフで有名だ。あの人は『白の厄災』に続く道の近くに家があるから誰も寄らないんだ」
「でしたら案内をお願いしてもよろしいですか」
「こんな俺でいいなら」
彼はリューグと名乗った。竜人族は本来赤と青のどちらか二種類の色の鱗を持って生まれてくるが、ごく稀に彼のような全く異なる色を持つ人が生まれてきてしまう。言い伝えではそのような色を持つ者は厄災を齎らすとされ、忌避され続けてきた。
「観光客ですら俺に近寄ってこないのに、あんちゃんは凄いな」
「私に魔法を教えてくれた師匠が偏見だけは許さない人だったので」
魔法の真髄を突き進む人ほど伝承や言い伝えによる差別を憎む。アージュが育った魔法国家エンディバラでは、森妖精から排斥されてきた闇妖精が持ち込んだ闇魔法の技術によって今まで開拓出来なかった領域まで魔法を進化させたとされ、国で彼らを保護した歴史すらある。
「見た目で差別とか排斥してる種族は大抵不老長寿なの!ルティアも街中で吸血鬼とか淫魔に会っても敵視しない。彼らも必死に生きてるんだから」
耳にタンコブが出来るぐらいに聞かされたものだ。
「私からしたらリューグの鱗はカッコいいよ。私の剣も黒いから、なんだか似てる」
「あんちゃんみたいな別嬪さんに褒められたら、今まで苦労とかパーだぜ」
とは言っても身長が2倍近くあるおかげで歩幅が大きい。結局彼の肩に乗ることになり、荷物を全て持ってる私を背負ってるのに軽々歩く竜人族に驚かされ続けた。
「ほら此処だ」
「ボロボロ...本当に住んでるのかな」
廃屋と言われても仕方ないレベルの家に案内され、ビクビクしながらノックする。
「誰だ」
「ルティアと言います。ガレオンマスターから紹介を貰いました」
「ガレオンから....おお、お前があいつの言っていたガキか!」
扉がバンと開かれ、私の視界を埋め尽くしたのはリューグよりも大きい赤い竜人族。片手にはハンマーが握られ、圧倒されてしまう。
「ほら入れ入れ。あいつが可愛がってる未来の英雄を立たせるなんて出来ねぇ」
「話と全然雰囲気違いますよリューグさーーーーん」
「俺もこんな元気なスラザール初めてだわ」
逃げれそうにない。
*
家に入ったら開始早々防具を剥がされ、武器を取られた。
あまりにも勢いがあったものだがら抵抗出来ず、肌着のみになった時にリューグに怒られてバックパックから普段着を取り出す。
「あいつの逸品、やっぱすげえな。だが相変わらず装飾品が付いていない。そこは俺に任せる寸法かー、憎めない野郎だぜガハハ」
「どんな関係なんですか」
「友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。戦友とか同じ職場の知り合いとかじゃなく、好きなものが同じで話が合う。そういう仲なんだよ」
嬉しそうに話すスラザール。ガレオンもスラザールの話をする時はこんな感じで話すのだと確信が持てる。
隣に座ったリューグはソワソワしながら工房内の武器を眺めている。男の子は武器が大好きとパパが言っていたけど、それは全種族共通らしい。
「装飾品が出来てないから今は強化出来ないな...二ヶ月とかかかっちまうぜ」
「そこまで居座る予定も無いかな」
「見違えるレベルにしてやれる保証があるが、時間が無いのか」
「・・・・まだ五年は残ってる」
「なら生き急ぐな。防具はお前を生かしてくれる」
単眼鏡で防具の凹みなどに印を付け、優先度を決めていく。これは職人の成せる技と見つつ、防具にここまで無理させてしまった気持ちも湧いてくる。
(ガレオンがいつも怒ってたな)
「どうせ防具の修繕で一週間は待たせてしまう。まだこの町に来た用事はあるんじゃないか。冒険者なら見ておきたい代物があるだろ」
「ある。でもそこの行き方が分からなくて」
「ガハハハ。なら運が良い、お前さんの隣にそいつが案内出来るぞ」
「あの方にこの子を会わせろと。貴方はそう言いたいのか」
「だが冒険者なら見た方がいい。それで心が折れたのなら、お前の旅はそこまでだ」
「行きたい。リューグ案内して」
「マジか」
もしかして押されると弱いタイプかもしれない。
彼の膝に乗り、顔を近づけてもう一度お願いする。バイトしてた時に、踊り子の冒険者に「男性にお願いを聞いて欲しい時は、これをするの」と教えてくれた。
耳元で優しく呟いて、更に吐息を当てれば男は皆落ちるのだとか。
「分かった!分かったからあんちゃんは一体誰からその際どい誘い方を習った!?」
「知り合い」
作戦大成功。
*
街の端にある洞窟を抜けると渓谷に出た。
「霧が出てる」
「この渓谷は『白の厄災』の力で年中霧で満たされている」
リューグの尻尾が私の腕に巻きつき、何も言わずに先行してくれる。
やはりこの場所は異質に感じる。生物の気配を一切感じず、進めば進むほど息が苦しくなっていく感覚に見舞われる。
まるで誰かに見られているような、そんな感覚だ。
「少しすると切り込みが入った場所が見えてくる。そこから先は俺は案内出来ない」
「ダンジョンにある試練的な物?」
「そんな認識で構わない。だが無理だと感じたら直ぐに帰ってこい」
リューグの表情が暗くなる。そんなにこれから行く場所は危険なのだろうか。魔物の気配も感じないのに。
足を動かすと話に上がっていた場所が姿を表す。まるでそこから先は別の世界と教えてくれるように、霧が消えて壁は水晶で埋め尽くされていた。
「頑張れ」
「行ってきます」
その線を越えた時、文字通り世界が変わる。
空気が変わったのを気づき後ろを向けば、水晶で満たされた道に変わっていた。渓谷にいたのに、今は天井まで水晶で覆われた一本道の洞窟に私は立っていた。
(幻覚、でも触れる。アージュお姉さんが話していた転移魔法とか)
内容がまとまらず、頭をブンブンと降って奥に進む決心をする。
どうせ立ち止まっても帰れなそうだし、やることやってから後悔しよう。
「それにしてもなんでリューグはあんなに心配してたんだろう。見たところ場所以外変なとこ・・・ろ」
「なんでルティアは魔王を倒したいの」
「アーシュ....どうしてこんな場所にいるの」
村で遊んでいた時の記憶に残っている彼女が立っていた。
「私は大丈夫だよ。ちゃんと魔王を倒して、世界を救う」
悲しい笑顔、あの時と同じ表情を私を向ける。
「貴方じゃ魔王は倒せない。【勇者】の力を持たない貴方ではどうせ道半ば死ぬよ」
「アーシュはそんなこと言わない!」
耳を塞いでも頭の中に響くようにアーシュの声が届き続ける。
幻覚魔法の最上位、多分今の私じゃ突破出来ない。なら耐えて進むしかない。
重りが付いたように動かない足を無理矢理引っ張り、彼女の横を抜ける。
「私じゃ止まらないよね」
煙のようにアーシュが消え、今度はパパとママが私の前に現れる。
「家に待とう。ルティアは剣なんて似合わないさ、パパも側にいる」
「ママも絶対に貴方を守るわ。ルティアが傷つく必要は無いの」
背中を押してくれた二人がそんなこと言うはずがない。そんなに私の思いを否定したいのならやり続ければいい。私は足を止めない、こんなので止める理由にならない。
優しく抱きしめられる。感触も温もりも、大好きな家族の匂いもする。
「でもごめん。私は行かなきゃ」
振り払って駆け抜ける。
全てが終わったらいっぱい甘えるから、だから待ってて。
ガーディーもアマテラもアージュもガレオンもオーガンも、王都の皆も街の皆も。
私が出会って私の手を取ってくれた人が私を止めようと手を掴む。
「言わない。誰もそんなこと言わない....私の知ってる人たちは」
涙を流しながらも足を動かす。止まれば楽になるのかもしれない、でも止まったら。
「誰がアーシュを救うの」
「アーシュは自分で勝手に救われるよ」
私がいる。村にいて、アーシュと出会う前の心閉ざしていた私がいる。
「知ってるでしょ。アーシュにとって貴方は友達の中の一人、それがルティア」
「それでもいいよ」
「勝手に救うとか自分勝手じゃん」
「でもアーシュは自分勝手に私の手を引っ張って連れ出してくれたよ」
「あの出来事だけでここまでする必要ないよ。彼女は【勇者】なんだから」
確かにあの出来事は人生の転換点としてはあまりにも小さいものかもしれない。
それでも、あの日暗闇から明るい世界を教えてくれたのは彼女だから。
「【勇者】でも関係無い。だって私はアーシュの親友だもん」
「そう、そうだね。アーシュも絶対にそう言うね」
「じゃあ行くね」
「行ってらっしゃい」
消える時の私は、とても安心した顔だった。
自分を越えた時、急に体が軽くなり勢い余ってそのまま転んでしまう。
「いたーーーーい」
「あの試練を越えたのがこんな子供とはな。世界はやはり面白い」
頭の上から声がして急いで上を向けば、真っ白な美しい龍が、じーと私を見ていた。
*
「カッコいい!お話に出てくる龍にそっくり!!!」
「子供じゃな。それにしてもどうしてこんな場所に来た。訳ありだろう」
「私の知り合いが、一度は貴方を見た方がいいと」
「我は見せ物じゃないぞ」
『白の厄災』と呼ばれているらしいけど、私が話してる感じとても優しい龍のおじいちゃんにしか感じない。それにしても大きいし声もカッコいいし、バサーとか翼を広げてみて欲しい。
「名は何と言う」
「ルティアです」
「ルティアか....其方からは【スキル】を感じない。持ち合わせていないな」
「その通りですが。もしかして何か心当たりとか、原因を知ってますか」
龍は目を閉じる。喋るまでの少しの間がとても長く感じた。
「【理から外れた者】、それがお前を封じ込めている力だ」
「知ってるの?」
「女神ソルの脚本から外れ、真の意味で未来に歩みを進めた者にのみ与えられる、この星そのものが其方に託した力だ」
龍は語る。
魔王復活の兆候として世界各地で異変が起きていて、本来なら【勇者】を持つ人間が世界を渡り歩きそれらを解決する。その過程で力をつけ、選ばれた英雄達と蘇った魔王を倒す。それが本来の筋書きだった。
だが【理から外れた者】を手にした私の存在によって、女神が想定していたものと大きく異なり展開を繰り広げている。
その代表例がアースの討伐。本来ならガーディーは死に、あの街は滅んでいた。
「女神ソルはその在り方故に直接介入が出来ない。予言などとふざけた言葉で操っているらしいが、ルティアの存在でもはやそれも意味を成していない」
「そんなに凄い【スキル】なんだ。」
「大方そのスキルを動かす前提条件は気づいているようだな」
「知ってるよ。好きな人を思い浮かべると体が自由になった感覚がする」
「・・・・・我の知る起動方法と全く異なるが、まぁいい」
龍は私の旅の理由を聞いてきたので包み隠さず話す。その間も時折考える素振りを見せ、時には大笑いしていた。そんなに私の旅には面白いのだろうか。
「そうだな、其方を鍛えてやろう。今のままでは禁域で一瞬で死にかねん」
「うぐっ....分かってたけど、いざ言われると辛い」
「だが我に出来るのはせいぜい契約を結ぶのと、殺し合いで体に覚えさせることだけ。前者はお主の体に馴染ませないと死ぬから今からやる」
「急に言われても困るんだけど!?」
どうなるのかとか契約の対価とか聞く前に魔法陣が私の下に浮かび上がる。
アージュが洞窟で見せた魔法の比じゃないほどの魔力。これ終わった後に私は原型を保っていられてるのかこれ。
視界が白で埋め尽くされ、数秒後には元に戻った。
「あれ?なんか呆気ない」
「接続しただけだ。『鑑定』を自分に使え、今は我の権能でこじ開けているから全容が確認出来る。」
そういえば自分に使った事がない。
「『鑑定』」
ルティア・アーリン
職業・□□を救う者
魔法適性・妨害(雷)
保有スキル
【理から外れた者】
【抗う者】【女神を否定せし者】
【剣術】【剣技・速】【直感】【思考加速・弱】【鎮痛・微弱】
【龍心接続・祖龍】【魔力回復・龍血】【転換・龍脈】
「いっぱい出てきたーーー!!!」
「外の世界を長いこと見てきたが、子供いつも自分の中身を見るとなんであんなに嬉しそうにするのか。」
「だってこんなにいっぱい【スキル】があるんだよ。もっともっと頑張ればアーシュだって届く。それが嬉しくないわけないじゃん!」
嬉しすぎてピョンピョン飛び跳ねてしまう。流石にはしゃぎ過ぎたのか鼻息で吹き飛ばされそうになったので落ち着くとしよう。
「暫くは我と修行に付き合って貰う」
「どれぐらい?」
「大体4年ぐらいか。それぐらいあればひとまず安心出来るだろうな」
「じゃあ2年でマスターする」
「本気か。」
「スパルタ生活なんて、これまでと同じ。魔王を倒して勇者を救うんだ」
Vピースすると「フッ」と笑われる。こちらは大真面目に言ったつもりだったけど。
「なら文字通り死んで覚えさせなくてはな」
「えっ?」
風が吹いたと思ったら、私の上半身と下半身がバイバイした。




