五話「旅立ち前の日々」
特異個体との戦いから幾らか日が過ぎ、ギルドからも特に呼ばれないのでまったりとした日々が続く。
「ルティア、ちゃんとお風呂に入りなさい」
「泡が目に入ると痛いから」
「冒険者を続けていくと貴族の臭い奴らとも会う機会が増えるの!身だしなみを整えてるのも、女の子としての仕事の一つ」
「分かった」
ルティアが村にいた頃は水浴びが普通だったので、お風呂に連れてこられた時は裸でアマテラの元まで逃げ出すという事案も発生していた。流石に何回も入れば慣れ、今ではアージュと一緒に入るようになった。
「アージュもお姉さんらしくなってきたなノーマン」
「団で最年少でしたが、自分より年下で純粋に慕ってくれる子が来ましたから」
「そうですよ!今までは私たちが甘やかしてたのに、今ではあれですもん」
「アージュさんの笑顔も増えて私は嬉しいですよ」
団のメンバーも二人のやりとりに微笑ましく見守る。
もっぱら最近は王都近くの平原でファイアーウルフを狩り、夜はアージュからポーション作りと魔法を学ぶ。時には酒場でアルバイトして手紙の費用と稼ぐ。
そうして団に来てたから半年が過ぎた。
*
「楽しいよ」
「それは良かった。うちの団員が心配して皆メソメソしてたもんでな」
久しぶりに王都にやってきたガーディーと昼食を食べながら今までのことを話す。
「ルティアは行く先々で大変な目に遭ってるな...ギルドの鍛冶師さんがお前を見る度に頭を悩ませてると聞いてる」
「マスターにも迷惑かけちゃった」
「迷惑かけ続けろ!鍛冶師はそれが嬉しいと相場が決まってるからな!!」
ガハハと笑う彼を私も思わず笑ってしまう。
毎月の月末は家に帰ってパパとママと一緒にいるけど、なんだかんだガーディーは二人目のお父さんのような存在になっている。ゴツゴツした硬い手も嫌いじゃないし、持ち上げてくれた時に見える景色が好きなのもある。
だから伝えたいと思った。
「私、旅に出たい」
アーシュを守る為に強くなる。そして魔王を倒し、あのふざけた大予言を叩き折る。
「そうか。そう言ってくると思っていた」
驚かず、静かにガーディーは私の思いを受け入れる。
「ルティアはいつも『勇者』の言葉を聞くと反応していた。気づかないフリをしても良かったが、お前がガムシャラに進んでいくのを見て納得したよ」
「何が」
「魔王を倒したいんだな」
声にならない声が漏れる。
確かに分かり易かったかもしれない。でもなんでも魔王を倒すに行き着いたのか。
「アージュに頼まれてな、お前のことを調べたんだ。嫌われても仕方がないことだと思っている。でもあいつらにも恩があるから断れなかった」
だからそんな反応だったんだ。
「全然嫌じゃない。おじさんは私の師匠だもん、剣を教えてくれなかったら私もう死んでるよ」
「そりゃあそうだ。俺はこの国でも随一の鉄槌使いで、お前の師なんだからな」
「頭..撫でないで」
「撫でたくなるさ。お前は俺たちにとって娘みたいなもんだ。だから」
「だから?」
手を下ろし、一人の冒険者としてガーディーは私に言う。
「これからはお前にしっかり教える。子供だから、女の子だからじゃない。一人の冒険者が死なない為に、師としてお前に叩き込む。いいな」
「分かった!」
きっと、本当の意味で私とガーディーはこのタイミングで師弟になれたんだと思う。
だって、彼の背中がとても大きかったから。
*
毎週一日はしっかり休みを取るようにアマテラに怒られた。
その数日後、アーシュから『今週末王都で遊べるから、一緒に遊ぼ』と手紙が届いた。しかも普段なら郵便屋さんが運ぶのに、今回の手紙は王家直属の護衛騎士が持ってきた。対応したアージュから「あんた何したの!?」と肩を掴まれて問い詰められた時は本当に焦った。
「ルティア久しぶり」
「アーシューーー」
ぎゅうっと抱きつくと彼女もお返しと言わんばかりに抱き返してくる。
大広場の噴水前でそんなことしてるから、行き交う人々から「あら〜」とか言われてるけど関係無い。会えなかった鬱憤と会えた興奮で目の前にアーシュ以外捉えていないルティアに、流石の彼女も「私のこと好き過ぎじゃん」と恥ずかしそうに笑う。
「騎士も一緒なんだね」
「二人きりが良かったけど王様が許してくれなかったんだよね。『息子と婚姻を結んでくれ』とか言ってくるし、その息子もキモいぐらいに擦り寄ってくるし」
「そんな奴いるんだ」
魔王倒したらアーシュに擦り寄る害虫も全て駆除しなくては。アーシュが好きな人と結ばれるのは構わないけど、求めてもないことを要求してくる輩には容赦はしない。
「顔怖いよ。今日は一緒にパーっと楽しまないと損だよ」
「うん」
ケーキ屋さんで食べ合いっこしたり、服屋が展示しているショーケースを見てどんな服がお互い似合うか話し合ったり、王都中を周りながら色んなことをした。
子供の無尽蔵な体力に途中から騎士が付いてこれず何度か静止を求められたが、アーシュがベーと揶揄いながら私の手を取って走り続けてくれた。
村にいた時と変わらない彼女の暖かい手。
(好き)
この気持ちは隠すけど、それでも思わずにはいられなかった。
楽しい時間は直ぐに終わる。日は沈み、夜の王都が姿を表すとアーシュが笑う。
「こっちこっち」
導かれるように足を動かすと小さな庭園に出た。
「前来た時も誰もいなくて、逃げたくなった時はいつも此処に来るの。私の秘密の場所。それをルティアに教えたかったんだ」
「こんな場所あったんだ。アーシュいつも変な場所見つけるの得意だよね」
「足が勝手に動いちゃうの!」
そんな風に笑顔を見せてくれるから、私は進める。
「絶対に倒すよ」
聞こえないように、足音にかき消すようにそう呟いた。
王城にアーシュと戻ると慌ただしくしており、どうやら帰ってこないせいで捜索隊が編成されている真っ最中で、普通に帰ってきた彼女を見て全員が安堵していた。
そんなのでアーシュに未来を託そうとしているこの国は本当に大丈夫か心配になる。
「じゃあまたね」
「またね」
初めて王城に入ったけど、夢に見ていたような感じでは無かった。どちらかというと嫌な空気が充満してる感じで、そこにいるだけで息が詰まりそう。
「貴族...アマテラさんのような人の方が少ないのかな」
帰ったら聞いてみようかな。
*
「ただいまー....死ぬほど疲れた」
「アージュ姉さんお帰りなさい。食事もう出来てます」
「ルティアも板が付いてきたな。これなら我らの団の家事担当で欲しくなってきた」
「アマテラさん何言ってるんですか!?」
私が参加出来ないダンジョン探索の日は家で彼女らが帰ってくるまで家事を担当するに至った。専らアーシュが教えてくれたミルクシチューが人気で私も嬉しい。
料理のバリエーションも酒場の店主が教えてくれたおかげで増え、冒険者が常用する干し肉やパンを使った料理も学べ、これからの旅に大いに役に立ちそうだ。
今回『不死鳥の羽』は朝帰りだったので食事の料理に手間取ったが、これからバイトなのでテーブルに並び終えたら準備をして出かける。
「行ってきまーす」
「「「「行ってらっしゃい」」」」
酒場は朝から開かれ、ギルドから来た冒険者で溢れている。
人手を募集していたので受けに行ったら一発合格し、街で学んだ接客技は王都でも通用してひとまず安心した。
「ルティアちゃーーん、俺にお酒酌んでくれよー」
「うちのルティアはこっちの注文取ってるだろうが!すまん鳥のハーブソテー一つ」
「嬢ちゃんこっちも酒」
「順番に行きますからーーー」
エプロン姿のルティアが酒場の中を駆け巡る。
彼女が働き始めてからというもの、その酒場で食事を取ると幸運が訪れると言われ始めた。全くの偶然でルティアとは関係無いが、今では看板娘になってしまい噂と無関係と言える立場では無くなってしまった。
「でもあの子『不死鳥の羽』に所属してるとか聞いたぞ」
「それは嘘だぜ。『辺境の英雄』に所属してると俺は聞いたからな」
そのどちらとも所属してないのが真実だがそれどころではない。
(後半年でお仕事辞めますとか言えないよーーーー)
鍛えたおかげでジョッキが乗ったトレーを運べている。注文したお客のテーブルに置いていくと、チリンと鈴が鳴り新しくお客が入ってきた。
「空いてる席にお願いします」
笑顔で迎えようと入り口を振り向くと、いかにも悪そうな輩で少し引いてしまう。
「こいつが幸運の女神様だって。チンチクリンなガキじゃねえか」
「でも俺は子供好きでっせ。抱いた時のあの感触は替えが効きませんから」
「「あはははははは」」
「あちらのテーブルが空いていますお客様」
「うなこと分かってるんだよ!」
無理やり腕を掴まれそのまま引っ張られる。
ここ最近この手の客が増えた、だから慣れてしまった。
「騎士流剣術・無剣の構え」
引かれた勢いを使い跳躍、男の襟首を掴みそのまま背負い投げる。
アージュに教えられた身体強化魔法とガーディーに教えられた瞬間的に力を引き出す作法で、自分の一回り大きい体を床に叩きつける。
「【双斧】。」
空いた手にアースレイヴが現れ、残った男の首に剣先を立てる。
「ひいいいいいいい」
「逃げちゃった。しまった、これ片付けないと」
落ちたトレーを拾いカウンターに戻す。すると酒場内が一斉に盛り上がる。
「頭撫でないでください。なんでも大人は寄ってたかって同じことするんですか〜」
今のやりとりで冒険者達は酒を飲んでは私を褒め散らかす。店主も止めてくれず、結局本来帰る時間よりも遅くなってしまった。その分バイト代は貰えたので有り難かったけど、あのような事態が続くとギルドにお願いしないといけない。
「アージュお姉さんに怒られる」
魔法の勉強の約束をしていたから急いで帰る。
「ただいまー」と玄関の扉を開けるとアージュが立っていた。
「貴方また酒場で絡まれたと聞いたわ」
「そ、それは」
「言い訳は無用。お風呂入って夕食取りなさい!!」
「ひゃい」
プンプンと怒りながら、とても丁寧に夜遅くまで魔法を教えてくれた。
*
今日はギルドに向かい、ガレオンに武器の手入れを学びにやってきた。
彼には既に旅に出ることを伝えており、今の時点で色々と教えてもらっている。
「【成長】と【捕食】がかなり育ってるな。特異個体も倒したと聞いてるし、お前は波瀾万丈な人生をその年齢で歩むと本当に命知らずだな」
「運が悪いだけ。」
「『鑑定』は使えるな」
「アージュお姉さんに教えてもらいました。」
初めて使った時、ありとあらゆる鑑定結果が頭に入ってきて一週間頭痛に陥ったのは嫌な思い出。でも練習の甲斐もあって使えるようになった。
【属性耐性・成長+4】【強度強化・捕食+3】
隣に付いている数字が恐らく強化された回数。マスター曰く成長に関しては半年に1上がれば上々らしく、4という数字は私が命を落としかけた戦いの多さを示している。確かにこれは冒険者の命となる武具を作っている人からすればハラハラしても仕方ない。
「お前が巣立ちする前に防具を強化しといてやる。金は持ってきたよな」
「うん。特異個体の討伐報酬でかなり貰えたから、それ全てでお願いします。あっ、ちゃんと生活費と旅代とは分けてますから安心してください!」
ポンと胸に握り拳を置いてフンと鼻息を鳴らす。
「アースレイヴの手入れを教えてやる。少しでも聞き忘れたら金槌で頭に叩き込んでやるから覚悟しろ」
「スパルタ...」
「オーガンからは装飾品の見分け方を教えてもらえ。あいつはそっちで腕が立つ」
「知ってます!鞘の手入れもしてくれますし助かってます」
言いながら受付の方から覗いていたオーガンに手を振ると、嫌な顔されて引っ込んでしまった。
「今日は暇なんだろ。夜まで付き合ってもらうぞ」
「体力なら万全です」
砥石での研ぎ方と血が付いた際の拭き取り方の二つを重点的に教えられ、オーガンからは装飾品の付属スキルの中で私に有用なスキルを教えてくれた。
鍛冶師は職業上様々なスキルに遭遇する。珍しいスキルもあったりし、そういう武具や装飾品は大金を積んで買いに来る貴族が多いそうだ。そのせいもあってかガレオンは基本的に自分が打った武具は売らない方針らしい。
(それなら私に売ってくれたのは認められたで合ってるのかな?)
そんな疑問も一瞬で頭から抜け落ちてアースレイヴに真っ直ぐ目を向ける。
「俺にもこんな可愛い弟子が出来るなんて」
「何か言った?」
「何も。腕を動かせ、体に覚えさせろ。子供の体は覚えるのが早い」
「言われなくても!」
家に帰ったら玄関先でノーマンさんが苦笑いしながら風呂場に案内された。そんなに臭かったかのかな私。
*
時間はどんどんと過ぎ、気づくと後少しで一年が経とうとしていた。
パパとママに旅をすることを伝えたら二人から抱きしめられて、「頑張れ」と優しく背中を押してくれた。
ガーディーとアマテラの二人から修練を受けたし、アージュのおかげで別人のように魔法が使えるようにもなった。酒場の冒険者達から小道具の作り方や穴場のお店を知れたし、武具の手入れも出来るようになった。
「今の自分に出来ることは全てやった。後は魔王がいる場所を探すだけ」
そんな事を考えながら過ごしてると運命の如く再び大予言が降り立った。
『禁域の先、封絶の間にて魔物の王は目覚める。勇者と共に戦う者も王都に集まる』
この大予言はたちまち国中に広がり、直ぐに私の耳にも入ってきた。
「禁域、大陸の北の果て。そこに魔王、私の目的がいる」
お世話になった人達にお礼をし、『不死鳥の羽』の皆にも一年間お世話になった事を伝える。
「一年よく頑張った。ルティアは誰が何と言おうと我が団の一員だ」
「料理も美味しかったしね。もう食べれないと思うと辛くなってきた」
「貴方に女神ソルの加護がありますように」
「体に気をつけてね」
「アージュお姉さんは?」
「「「「あれ?」」」」
すると上の階から凄い物音を立てながらアージュが階段から転げ落ちてくる。
「大丈夫ですか!?」
「このぐらいへっちゃ。それよりもルティア、私から貴方にプレゼント」
渡されたのはマントと腕輪。マントは『不死鳥の羽』の団証が刻み込まれ、腕輪は角度を変えると様々な色に変わる不思議な物だった。
「私が徹夜続きで作り上げた逸品。賢者の私でしか作れない代物、この二つを貴方にあげる。ただし!これからも私は貴方の魔法の師匠として敬うこと」
「勿論です!!!!ありがとうアージュお姉さーーーん」
思いっきり抱きつき、自分の気持ち全てを曝け出す。どれぐらい時間が経ったか分からないけど、アージュが限界を迎えそうになったのでアマテラに剥がされた。
「これの見てもいいですか」
「驚くわよ」
《不死鳥の羽の団衣》
状態・『完備』
【環境適応】【自己修繕】【風纏い】
【保護色】【状態異常耐性・弱】
《アージュ特性魔法補助リング》
状態・『完備』
【不壊・瞬間】【妨害・補助】【増幅・雷】
『コネクト・アースレイヴ』
二つのスキルもそうだが、『コネクト・アースレイヴ』がなによりも嬉しかった。
『コネクト』が付く魔法は魔力注ぐ間だけ、対象に己のスキルを与える。この腕輪をしてるだけでアースレイヴが更に強くなる。
「こんなプレゼント、私には勿体無いです」
「私の弟子よ。しっかりとした物を身につけて、世界に私を知らしめなさい」
「勿論です!」
「絶対に帰ってくるのよ」
その日はパーティーが開かれ、夜はアージュと同じベッドで頭を合わせて寝た。
*
旅立ちの日。
整備された防具とアースレイヴを身に付け、その上からマントを羽織る。
不死鳥のように真っ赤なそれは私の背中を押してくれるように熱い。
腰にポーチを付け、靴の紐を占める。
少し早めに王都の出入り口に向かい、乗る予定の馬車の停留所に足を運ぶ。
「おじさん」
「来たかルティア。おっ、そのマント凄い似合ってるぞ」
「えへへ。アージュお姉さんが作ってくれたんだ」
「俺からもお前にプレゼントだ」
「本当に?」
私に差し出されたのは大きな地図。しかも国や町の名前が精細に書き込まれている。
「これ凄い値段するんじゃ」
「安心しろ。これは俺達が時間かけて足を運んで作り上げた地図だ。必ずお前の力になる。そしてそれを持ち帰ってお前の手で完成させたのを見せてくれ」
ヒヒーンとタイミング良く馬車が私達の隣に止まる。
「じゃあ行ってきます」
「残念だが俺だけ独り占めとは行かないらしい」
「えっ。」
後ろを振り向くと今まで王都で知り合った人がいた。
「お前がここまで結んだ縁だ。誇れ、そして魔王を倒して帰ってこい」
「うん、うん」
馬車に乗り込むと直ぐに走り出す。
皆が私に手を振ってくれる。私も全力で振り返す。見えなくなるまでずっと、ずっと振り続けた。
地平線に消えていったのを最後に私を馬車の隅っこに体を寄せる。
ポロポロと涙が流れ、勢いが強くなる。
「あれ、止まらない。止めなくちゃ、止めないと....うぅああ」
一人が辛い、一人が苦しい。いつも隣に誰かいたのに、今は誰もいない。
それがなんでこんなにも心を締め付けるんだ。
「ガーディー、アージュ、アマテラ、ガレオン、オーガン、パパママ、アーシュ」
全部吐き出そう、吐き出して今度は笑顔でまた会いに行くんだ。
だから今は。
「あああああ、うあああああ」
泣いてもいいよね。




