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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第9話 束の間の平穏

 そんなこんなで一週間が経った。

 あれ以来、王牙たちはインスタント類の食べ物でなんとかやりくりしている。夜美もあの後気絶したらしく、二度とあのような暗黒物質を生み出すようなことはなかった。

 あの時試食させていれば、あんなことにはならなかったのに……。

 後悔するたびに癒えたはずの舌から独特の味覚が蘇ってきて、王牙は思わず吐きそうになった。

 ともかく、一週間だ。何が言いたいかというと、復学の時期ということだ。


「本当に行くの? 私としてはおすすめできないのだけれど……」

「これ以上休んだら逆に怪しまれるだろ。特に俺が一人暮らしなのは知り合いに伝わってるし、この前みたいに見舞いで押しかけられたら困る」

「……まあいいわ。あなたなら忠則がやってきてもすぐにはやられないだろうしね」


 そう言うと彼女は袖から護符を取り出す。どうやらあれは忠則から拝借したものらしい。そして霊力を注ぎ込むと光が発生し、何かを形作っていく。それがやむと彼女の手の中に真っ黒な鳥、すなわち鴉が現れた。


「『応務鴉(おうむがらす)』。これにあなたを監視させるわ。何かあったらすぐに話しかけなさい」

「うぉっ。マジで本物みたいだ。これも陰陽術ってやつか?」

「正確には式神術ね。陰陽術とは五行術、護法術、式神術、隠形術、祈祷術の五つをまとめた総称よ」


 構築した術式に霊力を注ぎ込むことによって、現実を改変する技術。それが霊術だ。国際的には魔法や魔術と言うこともある。陰陽術はその一つにあたった。

 その他にも、彼女はそれぞれの術について簡潔に教えてくれた。


 『五行術』。

 五行思想にある火、水、木、金、土の五つの属性を使う術のことらしい。

 曰く、最も才能に偏りが出る術。人間が持つ霊力にもこの五つの属性が存在する。しかしそれは均一的なものではないらしく、人によっては水属性の霊力が多くて火属性の霊力が少ないなんてこともあるらしい。その場合は水行が得意で火行が苦手になるという感じになるらしく、だから最も才能の有無が顕著になるのだとか。

 ちなみに夜美はどの属性も満遍なく得意らしいのだが、見た目が好きで水行をよく使うとのことだった。


 『護法術』。

 こちらは無属性の霊力を使った護身用の術。

 護身、とつくようにこの術は防御や敵の無力化などに秀でている。一応攻撃用の術もあるにはあるらしいのだが、五行術に比べると威力が劣ってしまうらしい。だから攻撃用として使われることはほとんどないのだとか。ただ、この術は無属性ということで誰であろうが平等に扱うことができる。五行術が才能に依存するものなら、護法術は努力に依存するものとのことだ。


 『式神術』。

 先ほど見ての通り、護符を霊力でできた肉体でコーティングすることで、命令通りに動く傀儡を作り出す術。

 五種類の術式の中では最も難しいらしく、たいていの者は『応務鴉』などの始式の式神術しか覚えていないらしい。それゆえに陰陽師の家の中には式神術を専門とする一族なども存在し、偉ぶっているのだとか。最後の一言は私怨が混じっている気がする。


 『隠形術』。

 こちらは非戦闘用の術。

 隠形というものは本来は何かを隠す時に使われる言葉らしいのだが、時代が進むにつれて他に分類できないような特殊な術が次々と生まれていき、ここに統合されるようになったという。

 ちなみに陰陽師たちの戦いを世間に隠すための『遮境門』もこれに分類されるのだとか。今でも王牙たちの霊力が陰陽師たちにバレないように隠蔽したりなど、地味だけどかなり重宝される術らしい。


 最後に『祈祷術』。

 これはもはや説明不要だろう。傷を治すための術式。

 祈っているわけでもないのに『祈祷』と名がつくのは、古くは病気にかかった際にお祈りやお祓いなどをして治療しようとしたことの名残らしい。その治療は現代医術を一部では凌駕しており、神経まで焼け切れた王牙の両腕を三日で治せるほどだ。しかし祈祷術はあくまで傷を治すことしかできないらしく、ウイルスなどによる病気の治療は苦手らしい。起源と矛盾していると考えるのはヤボだろうか。


 以上の五つが陰陽術とのことだ。

 これらの術には威力に応じて四つの階級があり、下から順に始式、順式、終式ついしき、極式というようになっている。そして階級が上がれば上がるほど霊力の消費量と術の難易度が増大するため、注意が必要とのことだ。


「俺にも使えねえかな」

「理論上は誰でも使えるわよ。ただ、陰陽術は感覚で使用できる能力とは違って頭の中で術式を構築する必要があるわ」

「うーん、あんまりイメージ湧かねえな」

「数式を解きながら戦闘するようなものよ。あなたにできるとは思えないのだけれど」

「うっ……否定できねえ」


 忠則も夜美もポンポン使っていたが、そんなに難しいのか。毎回赤点ギリギリな王牙では到底できそうにない。

 王牙も男だ。魔法とかに憧れはあったので少しガッカリした。


「まあいいわ。さっさと行って戻ってきなさい。私は引き続き町の監視に徹するわ」

「あれから一週間だけど、なんかわかったか?」

「何も。忠則以上の霊力を持った人間は観測できていないわ。怪しい呪具や研究所があるわけでもない。はっきり言ってお手上げね」

「……本当に災厄なんて起こるのか?」

「起こるわ。今でも私の心臓とのつながりを感じるもの」


 そう語る彼女の目に嘘は見えない。なので王牙は彼女を信じることに決めた。何も起こらないと決めつけるよりは、何かが起こると備えていたほうがいいし、何よりも信じないで後悔するよりも信じて後悔したほうがいいと考えたからだ。


「じゃ、行ってくるわ」


 王牙は軽く手を振り玄関の扉を開くと、春の暖かな日差しが差し込んでくる。路上では新学期に慣れた学生たちが談笑しながら歩いており、いつも通り平穏な町並みが見えた。そこに、不穏な影はかけらも見えない。

 だが、直感がざわめいている。何か嫌な予感がする。

 その不安を抱えながら、王牙は学校に向けて歩みを進めるのであった。


 ♦︎


「いよー! 復活おめでとー! 記念に俺お気に入りのブロマイドをやるよ!」

「お前先週に没収されたばっかりなのに、まだこりてないのか……」

「あたぼうよ! 三大欲求は理性なんかじゃ止められねえんだぜ!」


 くそ。復学早々やかましいやつに出会ってしまった。

 気だるそうな王牙の席の前でマシンガントークをぶっ放しているのは下竹だ。どうやら彼は今日も絶好調のようである。


「よしなよ下竹。王牙が困ってるじゃないか」

「……倉伏、お前……」

「じゃあはい、これ。回復記念のアイカちゃんフィギュアナース服バージョン。少なくともそんなゴミよりかは役に立つと思うよ」

「いや変わらねえから。俺にとっちゃどっちもゴミみたいなもんだから」


 少しはまともになったかと思えばこれだ。周囲からの目線が痛い。同類だと思われたくないから彼らだけ名字呼びにしているのに、これでは意味がない。目先の課題はどうやって『三バカ』のくくりから脱出するかだと王牙は真剣に考えていた。


「王牙君、復学おめでとうございます。バカでも病気になるんですね。驚きです」

「ありがとよ。出会って早々毒を吐かれるとは思ってなかったぜ」

「ふふ、素直じゃないなぁ。正直に『病気が治って嬉しい』って言えばいいのに」

「なっ!? わ、私がそんなこと思ってるわけないじゃないですか! 適当なこと言うのやめてください風評被害です!」


 顔を真っ赤にしてわめき散らす形見に、桜は可愛いものを見たとでも言うような優しげな目になっている。


「よーし! 授業始めんぞー! 四バカどもはちゃっちゃと席につけー」

「ちょっと!? なんで四バカ定着してるんですか!? 」


 形見はいつも通りテーブルを叩いて抗議していた。そういう叩けば面白く鳴るところがいじられる原因だと、彼女は気づいていないようだ。

 ちなみに桜は形見を囮にしてちゃっかり着席していた。さすがの彼女も五バカにされるのは嫌だったらしい。

 さんざん声を張り上げた後、疲れ切って荒い呼吸をする形見の両肩に、そっと優しげな手が置かれる。


「ようこそ、この領域へ」

「今日から僕たちベストフレンドだね」

「い、いや! いやぁぁぁぁぁああああ!!」


 そ、そんなに嫌だったのか……。ショックで泣き叫ぶ形見を放っておいて、牛丸の授業が始まるのであった。


 ♦︎


 昼休み。王牙は校舎の屋上で一人、背中をフェンスに預け、黄昏れていた。

 だらんと首をフェンスの外に放り出す。そこから自然と見えてくる青空と、そこを泳ぐ雲。その雲を数えながら、穏やかな風に首を撫でられる感触を楽しむ。

 屋上は好きだ。ルールと欺瞞に縛られた社会、その箱庭である学校。その中でこの屋上だけは檻の外へと突き出し、どこまでも自由な青空を見せてくれる。どこで見ても変わらないはずなのに、学校にいる時は閉じ込められていると錯覚するせいか、この屋上の空だけは格別と思えるのだ。


「本日も香霊町は平穏なり、と。……ん?」


 適当なことを口ずさんでいると、ふと青空の中に混じった一点の墨が目に入った。それがなんなのか気になって目をこらすが、その必要はなかった。なぜならその黒点はだんだん大きくなっていったのだから。


「いや、大きくなってるわけじゃねえ。だんだんこっちに近づいて……おわっ!?」


 その正体に気がついた時には遅く、黒点は羽ばたき音を撒き散らしながら王牙の顔面に衝突。そして着地した。


「いだだだだっ!? 爪、爪が引っかかってる! ……って、鴉?」

『呆れたわ。あなた外でもそんな間抜け面晒してたの?』

「のわっ!? か、鴉が喋った!?」


 驚いて王牙はフェンスから飛び退いてしまった。しかし鴉は足場を失いバランスを崩したかと思えば、あっさりとフェンスに飛び乗る。そしてそのガラス玉のように感情のうかがえない瞳で王牙を見つめてきた。


「な、なんだこりゃ? ってこいつは……たしか、応務鴉?」

『正解。この応務鴉は使役者の声や視界を共有することができるわ。言わば連絡用の式神ね。陰陽師院で最も使われる式神よ』

「ってことは……お前夜美か?」

『わかりきった質問をしないでくれるかしら?』


 鴉から聞こえてくるこの冷たい声はたしかに夜美のものだ。はぁ、と王牙は安堵のため息をつき、肩の力を抜く。そして再度彼女の隣のフェンスに寄りかかった。


「で、わざわざ話しかけてくるなんて、なんかあったのかよ?」

『いいえ。進展はなしね。三十羽程度を放って監視してるけど、怪しい人物や妖怪はまったく見当たらないわ。まあ、白昼堂々とやってるとは思ってないけど』


 普段の彼女からは想像もつかないような、弱々しげなため息が聞こえてくる。これは無意識のものだろう。プライドの高い彼女が他人に弱みを見せるとは考えられない。そういえば、彼女の声にはいつものような張りがなかったようにも感じた。

 これは……気落ちしているのか? それとも疲労?


「そんなに式神を操って大丈夫なのか?」

『数が数だけにけっこう霊力を消費するけど、私の霊臓は頑丈だから。少し休めばすぐに回復するわ』

「霊臓? なんだそりゃ? 冷蔵庫に顔でも突っ込んで涼んでたりするのか?」

『そんな下品なことするわけないでしょうが! 臓器の一つよ! 霊力を生み出すための!』


 突然響いてきた大声に、王牙の髪の毛が逆立つ。

 なんだ。思ったより元気そうだ。心配して損した。

 彼女は怒りで乱れた呼吸を整えたあと、霊臓とやらについて教えてくれた。


『まあ、せっかくだから少し講義してあげる。あなた、大気中には酸素とか二酸化炭素の他にも、霊素というものが含まれていることを知ってるかしら?』

「霊素? そんな物質あったか? 窒素とかだったらギリギリ知ってるけど……」

『まあ、霊力の低い人間には感じられないし、そもそも浮世の精密機械でも観測できないからね。科学の教科書とかには載ってないと思うわ』


 王牙は試しに肺いっぱいに息を吸ってみた。

 ……うーん、王牙は霊力の高い側の人間のはずだが、何も感じられない。そもそも王牙は霊力の感知が苦手だ。夜美と出会うまではそんな不思議パワーを他人に感じたことはなかったし、意識できるようになった今でもおぼろげにしかわからない。


『その霊素というのは霊力の元となる物なの。生物は呼吸とともにこれをある臓器に取り込み、吸収することで霊力を生み出すわ。それが霊臓よ』

「なるほど」

『霊臓があるのは左脇腹あたりよ。とはいえこっちも、霊素同様に霊力の低い人間には感じられないし、見えないから、一般的には知られてないわね』


 王牙は自分の左脇腹を触ったり、つねったりしてみた。が、こちらもその存在を明確に意識することはできない。


「そもそも、今さらだが霊力ってなんなんだ? なんか魔力とかの超パワーっていうふんわりした認識でいるんだけど……」

『生命力とも精神力とも言えるもの、かしらね。一般社会の人間たちは血が流れて体が健康なら大丈夫って考えてるけど、霊力がなければ生きていくことはできないわ』

「じゃあ陰陽師とか俺みたいな能力者って、生命力とかバンバン削って技とか出したりしてるのか。そのうち化石燃料みたいに空気中の霊素が枯渇したりしないか?」

『いい質問ね。答えは『いいえ』よ。生きるためであれ、術や能力に使われるためであれ、消費された霊力は分解されて霊素となり、大気中に戻るの。そしてまた誰かの霊臓に取り込まれ、霊力を生み出す。そういう循環になってるわ』


 うーん、すごいエコロジー。化石燃料とかも見習ってほしいものである。とりあえず霊力回復の原理は理解した。要するに植物と酸素、二酸化炭素の関係のようなものなのだろう。取り込まれて、排出されるところなどだいたい似ていると思った。


『話がズレたわね。経過報告の続きよ。さっき言った通り不審な人物は確認できなかったけど、山にある神社で数十人の人間が集まって作業をしているところを見たわ』

「なんかの儀式の準備でもしているのか?」

『いいえ。あれはおそらく……屋台かしら? 祭りでもやるのでしょうね』

「祭り? それってまさか……」


 この時期に祭りと言えば一つしかない。頭に思い浮かんだものを話そうとする。

 しかし次の瞬間、誰かが話しをしながら屋上に続く階段を登っている音が耳に入った。王牙は急いで応務鴉を掴み上げると、外へ放り投げる。


「話は帰ってからだ! お前はバレないようにどこかに隠れとけ!」

『ちょっと、投げないでよ! 目が回ったじゃない! ああもう勝手なんだから!』


 夜美が文句を口にするが、そう言っている暇もないとすぐに理解したようだ。すぐさま屋上を離れてくれた。

 これでいい。喋る鴉なんて大事件である。王牙は夜美が来る前の体勢に戻り、何事もなかったかのように空を眺める。そうしているとようやく扉が開いた。


「お、いたいた。待たせたなー王牙ー!」

「やっぱり食べるんだったら屋上だよね。王牙がいるから縄張り扱いで誰も入ってこないし、特等席って感じがするよ」

「おせえぞお前ら。パン買ってくるのにどんだけ……なんでそいつらもいるんだ?」

「王牙君、お邪魔しまーす!」

「お邪魔します。王牙君」


 いつも通り下竹と倉伏が来たと思い、首を持ち上げる。ところが予想外の来客が彼らの隣にいた。桜と形見だ。彼ら彼女らはそんな王牙の疑問を無視し、いつも通りであるかのように王牙の近くに来て自由に座り始める。その反応で王牙も観念し、床にあぐらをかいて座った。

 王牙はポケットから飲料ゼリーを、男二人はビニール袋からパン類を取り出す。

 王牙たちの様子を一言で表すなら、雑だ。座り方も、用意した昼食も、全てが無作法。男子高校生らしいと言えばらしいが、それに比べて女子二人の方はどちらも気品のようなものを感じた。

 桜は可愛らしい女の子座りを、形見は正座をしている。昼食も買ってきたものではなく、手作りのお弁当だ。ありていに言えば女子力が高い。その様子はまさに男子高校生が求める女子の理想そのものであった。


「え? 王牙君のお昼ご飯って、それだけ?」

「ん? ああ。今は金がねえからな。これで十分だ」


 王牙の手持ちの大半は夜美に渡したあと、昨日の戦いで燃え尽きてしまった。銀行口座は残っているので暮らしには困っていないのだが、最近は色々あり過ぎて引き出すのを忘れていたのだ。


「だ、ダメだよ! それだけじゃ絶対足りないよ! ちょっと待ってて!」


 桜は慌てて箸を止めた。彼女の弁当はしきりによって半分が白米、半分がおかずに分かれて詰まっている。おかずの色はサラダ、ウィンナー、卵焼きと色とりどりで鮮やかだ。


「私がおかずを分けてあげる」

「い、いや悪いって」

「そうですよ。これじゃあなたの食べる分が少なくなってしまいます」

「大丈夫。私少食だから。それにダイエットにもなるしね!」

「ダイエット?」

「する必要……ありますか?」


 王牙と形見は同時に彼女に目を向けた。

 彼女の身長はとても低く、そして体は少しでも触れれば折れてしまいそうなほどほっそりしている。

 ……ある一部分を除いて、だが。

 下竹と倉伏は案の定、彼女のウエストではなくその上を凝視していた。


「いや、ダメだ! これ以上痩せて万が一でもあの人間国宝のメロンが萎んでしまったらどうする!?」

「そうだね。二・五次元少女は間違いなく人類の宝。守護(まも)らねば……」

「じゃああなたたちのパンを彼に分けてあげてくださいよ」

『嫌です』

「あなたたち本当に友達なんですか……?」


 言うと思った。彼らが優しいのは女にだけだ。イケメンは反吐が出そうなほどに大っ嫌い。俳優の記事が出るたびにしょんべんかけて踏みにじり、金持ちの痴話報道に涙を流して大爆笑するやつらが男に手を差し伸べるわけがない。


「だったら委員長が餌やればいいじゃん」

「い、嫌です! 三バカ菌が移ってしまいます!」

「さりげなく人をばい菌呼ばわりしてんじゃねえよ……」

「というかもう手遅れだと思うなー」


 誠に遺憾なことだが、彼らのクラスに三バカならぬ四バカの概念は定着しつつある。

 かわいそうに。成績優秀で生徒会役員もやっているほど真面目なのに、リアクションが面白いというだけで学校一不名誉なグループに入れられてしまうとは。なんだか言ってて涙が出てきた。


「やっぱり私のおかずをあげるよ。見過ごせないもん」

「っ……ああもう! わかりましたよ! 私のおかずも分けてあげます!」

「い、いやだから大丈夫だって……」

「私のお弁当が食べれないって言うんですか!?」

「どうしてそうなるんだよ!? ああもうヤケになったお前ってほんと面倒くせえな!」


 まずい。このままでは本当に『彼女たちの弁当が不味そうと思ってる』と勘違いされてしまう。桜も形見の発言を聞いて「そうなの……?」と瞳を震わせているし。

 なので仕方なく、王牙は形見の弁当に手を伸ばした。するとぺしんと彼女に手を叩かれる。


「このお馬鹿! 素手で取る人がいますか!?」

「つっても、じゃあどうやって食えばいいんだよ」

「それは……っ」


 桜と形見。二人の目線はそれぞれの右手に握られているものに向けられた。

 すなわち、自らの箸に。

 しかもうっすらと濡れているそれらに。

 途端に二人の顔が真っ赤に染まる。


「どどど、どうやってって……!」

「ほらな? そっちとしても手で取った方がいいだろ」

「ダメです! 不潔です!」

「じゃあどうすりゃあいいってんだよ!?」


 ああもう面倒くさいなこの女は! 

 彼女はあー、やら、うー、やらと言葉にもならない声で唸り続ける。そして数十秒後、覚悟を決めたかのように再起動した。


「し、仕方ないです! 今回だけは特別ですからね!」

「そんなに無理すんなって」

「無理じゃありません! 私は一度言ったことは守ります! さあどうぞ!」

「むぐおっ!?」


 形見は箸でおかずのミートボールを掴むと、それを強引に王牙の口に突っ込んできた。そしてそれは見事に喉奥に直撃。おかげで変な声が出てしまった。なんかデジャブ感がある。家で留守番の汚物メイカーといい、どうして女子は普通に食べさせてくれないのか。


「あ、ず、ずるい! 次は私も!」

「富士宮! こっち、こっちにも!」

「哀れな子羊に神のお恵みをお与えください!」


 うげっ。苦しんでいる王牙の横では、二人が雛鳥のように口をパクパクさせて桜に突き出していた。特に倉伏はチューの形になっている。キモっ。


「お食事中になんてもの見せるんですか!」

『ぶごはっ!?』


 だが残念。彼らは形見のボディブローによってノックダウンした。さすがは形見。期待を裏切らない。


「これが青春の味、か……」

「酸っぱい……ほんのりと酸っぱい気がするよ……」

「これが甘酸っぱい恋の味ってやつ、か……」

「いやただ単に胃液が逆流しただけだろ」


 要するにただのゲロ味である。あの様子じゃ、二人が復活するまで時間がかかりそうだ。あっちは放っておいていいだろう。今は……。


「じゃ、じゃあ王牙君、口開けて?」

「そうです。どうせあなたのことだから一人暮らしを良いことに不摂生な食事をしているのでしょう。この際野菜をたっぷり食べさせてあげます」

「いやそれお前が野菜食いたくねえだけじゃ……」

「な に か ?」

「……イエ、ナンデモナイデス」


 その後は形見にほぼ全ての野菜を食わされた。

 その点桜は本当に天使だ。彼女はちゃんと野菜以外のおかずをくれた。だけど、これで彼女の食がさらに細くなってしまったと思うと少し罪悪感が出てしまう。来月の小遣いが送られてきたら彼女に何か奢ってあげるとしよう。王牙はそう決心した。


 その後、昼食を食べ終え、王牙たちは残りの時間を談笑に費やすことにした。

 その途中で、ちらりと周囲を伺う。応務鴉の姿はどこにも見えない。気を利かせてあえて監視から外れたのか。それとも見つからないように隠れているのか。

 夜美の性格的には、おそらく後者だろう。王牙としても、いつどこでまた忠則と出くわすかわからない以上、監視はむしろありがたいと感じていた。


「そういえば、今日の待ち合わせ場所はどこにしますか?」

「へ? 待ち合わせ?」

「ほら。夢幻祭に皆さんで行くって約束したじゃないですか」

「……あっ」


 それを思い出した時、王牙の全身から冷や汗が噴き出てきた。

 まずいまずいまずいまずい。

 今王牙は夜美と協力して町の存亡を賭けた戦いに身を投じているのだ。当然祭りなんかに行く余裕はない。むしろ祭りで夜美と離れた時に襲撃されでもしたら、周りの人間を巻き込んでしまう。だが、行かなければ王牙は約束を破ることに……。


「どうしたんですか? 何やら難しい顔をしてますが……」

「い、いや、なんでもねえよ」

「もしかして王牙君、予定があるの? だったらその、無理して来なくても大丈夫だよ」


 と、そこでこちらの顔をジーッと見ていた桜が思わぬ一言をかけてきた。突然の言葉に王牙や形見は目を疑うように彼女を見つめる。


「しょ、正気ですか!? このお祭りはもともとあなたと王牙君が……!」

「ううん。いいの。王牙君、忙しそうに見えたから」


 ギクリ、と王牙は一瞬体を硬直させる。

 そういえば、彼女には前に家に来た時に王牙が何か厄介ごとに巻き込まれていることを知られていたのだった。その情報とあまりよい返事をしない反応から、王牙の今の状況を推測したのだろう。

 桜はその場を立つと、屋内に戻るための扉を開けた。そして手招きしてくる。どうやら二人で少し話したいということらしい。王牙は三人の方を見た。彼らは事情はわかってはいなかったが、なんとなく大事な話があることを理解してくれたようだ。目で『早く言ってやれ』と言われた気がした。

 そして二人きりになった時、桜は扉を閉める。


「王牙君、今助けが必要な人がいるんだよね? じゃなかったら約束を破るかどうかなんて迷うはずないもん」

「……」

「だったらその人を優先してあげてよ。私との遊びはいつでもできるからさ」


 彼女はそう言って、微笑んでいた。まるで何事もなかったかのように。

 だが、嘘だ。

 いや、彼女の発言に嘘はない。

 しかしその笑みが嘘なのはなんとなくわかる。

 王牙は誘いを了承した時の、彼女のあの弾けんばかりに嬉しそうな笑みを覚えていた。なぜだかはわからないが、それだけ王牙と祭りに行くことを非常に楽しみにしていたのだろう。それが他人の理由で勝手にふいにされて、なんともないはずがない。


「……いや、俺は約束を守る男だ。予定に変更はねえ。今日、駅前で集合だ」

「――へ? で、でも……いいの?」

「おう。死ぬほど文句言われるだろうが、這ってでも行ってやるさ。それに最近は調査に進展がなかったからな。きっと許してくれるはずだ」

「……ありがとう」


 今度も彼女は笑ってくれた。それは先ほどのように痩せ我慢のようなものではなく、心からの笑み。少なくとも王牙にはそう思えた。

 これでいい。彼女には十分な借りがある。ここで約束を破ったら、誓い云々よりもクズになってしまう。

 あとは説得するのみだ。家に待ち構えている氷結魔王のことを思い出し、王牙はこっそりため息をついた。

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