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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第10話 夕暮れの問答

「んじゃ、俺はここで」

「今日の夜絶対来いよな! 富士宮泣かせたら承知しねーぞ!」

「わかってるって」


 放課後、王牙は面倒くさそうに手を振って下竹と倉伏の二人から別れた。彼らと王牙では帰宅路が違うのだ。

 騒がしい二人が見えなくなり、ひとっこひとり見えない住宅街の道を歩んでいく。足音の一歩一歩が、蹴飛ばした小石の転がる音がよく聞こえる。車すら今日は見当たらない。そのせいで妙な静寂が発生しているのだ。

 真っ赤に燃え上がる夕日と空、そして日が差し込んだことによってその赤が浸透している道を進んでいくと、どことなくノスタルジックな雰囲気を味合わせてくれる。それを美しいとらしくもなく思いながら――それでもわずかな違和感を嗅ぎ取り、ぼんやりとしていた思考を覚醒させた。


「おかしい……放課後すぐの帰宅路だぞ? いくらなんでも人が少なすぎる……」

「『遮境門』を張っているからね。普通の人間には中を認識することはできない」

「っ……!」


 背後から、音が聞こえた。その声に聞き覚えがあった。

 背筋を凍らせながらその場を飛び退く。そしてすぐさま『駆動心音(マキシマムハート)』を発動。桃紫色のオーラをその身から噴出させた。


「いい反応だ。だけど安心しろ。今の僕はお前と戦うつもりはない」

「……そんな殺気ばら撒いておいて信用できるかよっ」

「それはそうだ。本心だったら僕もお前を討伐したい。だけど彼女がここに来るまで五分程度といったところか。残念ながらその時間内でお前を殺し切る自信は僕にはない」

「……そりゃ自信喪失させてすまなかったな。とでも言えばいいか?」


 後ろにいたのは忠則だった。

 王牙は夜美から話された忠則対策を思い出す。

 まず大前提として、一対一での戦いでは王牙に勝機はない。前回王牙が忠則と正面から渡り合えたのは、彼が油断して霊器を解放する前に致命傷を与えられていたことが大きい。それがなかったらなす術なく燃やし尽くされていたことだろう。現に三倍化での攻撃ですらまともなダメージが入っていなかったので、そこははっきりと理解できる。

 だから、この状況で王牙がすべきことなのは攻めることではなく生き延びること。回復し切った今の夜美の陰陽術なら浄海の炎を貫通できるらしいし、王牙が時間を稼いで彼女が駆けつけてくれればそれでおしまいだ。応務鴉を近くに飛ばしていたはずだし、すぐに異変に気づいて飛び出してくれるはず。

 王牙は心を落ち着かせて冷静になり、そう判断した。


「で? 戦う気がないんだったらなんで俺の前に姿を現したんだ?」


 王牙は構えを解かないまま、時間稼ぎのために彼に質問する。忠則もそれを知った上でか、口を開く。


「……少し、聞きたいことがあってね。彼女の様子はどうだ?」

「……どうってのは?」

「何か隠れてやっているとか、隠れ家を一人で抜け出したりだとか。そういう怪しい行為をしているかということだ」

「お前、夜美のことが気になったからここに来たのか?」

「……違う。監視対象が怪しいことを企んでいないか探るのも陰陽師の仕事だ」

「あいつは監視じゃなく討伐対象だろ。現に前だっていきなり殺しに来てたじゃねえか」

「……」


 そう指摘すると、忠則の顔はわずかにだが歪んだ。

 王牙はそれを見て、彼は根っからの悪人などではないのだと悟る。思えば夜美は彼のことを脅威だとは考えていても、そこに嫌悪のような感情は抱いていなかったように思える。むしろできれば戦いたくないようであった。

 彼もまた陰陽師である前に一人の人間なのだ。だから幻魔になった上司の夜美に複雑な感情を抱いてしまっている。少なくとも、王牙にはそう思えた。


「前にも言ったが、やっぱり俺にはあいつが悪人には見えねえよ」

「っ……幻想召喚で召喚された存在の中には善人のように振る舞う者もいた!」

「知ってる。全部夜美から聞かされた。そうやって生前と同じ性格を偽って、犠牲が出たことがあるってのも。それを含めても、やっぱり俺はあいつを信じるぜ」

「……今君に見せている振る舞いが、偽物だとしても?」

「ああ。信じる」

「……僕には、それはできそうもない。どうして、そこまで彼女を信じられるんだ?」


 理由を尋ねられ、王牙は少し困ってしまう。

 王牙は頭で考えるタイプではない。直感を信じ、動くタイプだ。だから彼女のことは信じられるといっても、その理由は直感で彼女が悪人ではないと断定しているからに過ぎない。

 しかしあえて言葉にするのならば……。


「信じて後悔するか、信じないで後悔するかだったら、信じた方が百倍マシだから、か?」

「……は?」

「俺がお前の立場だったら、信じるにせよ信じないにせよ、たぶん後悔すると思うんだ。だってどっちも正しい判断だと思うしな。だったら俺は俺の心に素直になる。人を信じて後悔する方を選ぶぜ。だって裏切られたら諦めもつくけど、信じないで後悔したら、俺は俺を許せなくなると思うから」


 人に裏切られたのなら、その原因と嘆きを他人のせいにすることができる。しかしもし夜美が本当に善人で、それを信じられなかったのなら、その原因は間違いなく自分だ。その後悔は誰でもなく、自分の弱さが招いたことになる。王牙にはそれが耐えられない。嘘のない世界を目指していると言いながら、人を疑ったなど、滑稽にもほどがある。だから王牙は信じているのだ。

 忠則は王牙の言葉を黙って聞いていた。話し終えた後も、彼は何も言わず、ただ目を瞑ってそこに立ち尽くしていた。まるで思考の海にでも浸っているかのようだ。

 だがその時間は長くは続かなかった。彼は結論を出したのか、ゆっくりと目を開く。


「お前の戦う理由はわかった。はっきり言ってお前はバカだ。きっと長生きできないだろうな」

「バカじゃなかったら命張ったりしてねえよ」

「それもそうか。だが……正直僕はお前のその思考が、羨ましいよ」


 彼はそう言い捨てると、背を向けて歩き出す。王牙はそれを追おうとは思わなかった。追っても一人で勝てるとは思えなかったし、なにより彼の葛藤した目を見ていると戦う気がなくなってくるのだ。


「……早いな。予想よりもずっと。腐っても出雲の巫女か」

「おい忠則!」

「それでは失礼する。次に会わないことを祈るよ。――隠形順式『遮光』」


 護符を構えながら、忠則がそう唱える。すると彼の姿は瞬く間に消えてしまった。

 瞬間移動……いや、たぶん透明化の一種だ。その証拠に、足音だけは消えていなかった。あの術はおそらく姿を包み隠すといったものなのだろう。

 緊張した空気が和らいできたのを感じ、深く王牙はため息をつく。すると一陣の風とともに黒いシルエットが一瞬で目の前に現れた。


「無事かしら!?」

「……ああ、なんとかな。あっちが勝手に帰ってくれた」

「……そう。せめて私が来るまで足止めぐらいできなかったのかしら。役立たずね」

「はぁ。可愛げがねえな、お前は」


 さっき駆けつけてくれた時、こちらを心配して慌てていた顔を王牙は見ていた。それで無事だとわかるとすぐにこの態度だ。気丈というか、プライドが高いというか。

 この少女にとって、嘘という仮面は他者を傷つけるのではなく、自分を守るためのものなのだろう。それを暴こうとするのは昔はともかく、今は無配慮だとわかっているので、あえて王牙はその目で見たことを黙っておくことにした。


「まあいいわ。とりあえず帰るわよ。家以外に結界は張ってないんだし、外にいたら別の敵に気づかれるかもしれないわ」


 王牙も特に反対はなく、もともとそのつもりだったので、家に帰ることにした。その道中、気になることがあったのか、彼女が珍しくこちらに質問してくる。


「ねえ。忠則と何を話したの?」

「……なんで俺がお前を信じられるのかっていう話だ」

「……それ、私も気になるわね。どうしてあなたは私を信じてくれるのかしら?」

「嫌だ。言いたくない。お前絶対鼻で笑うだろ」

「式神の内心を伺うのも主人の役目よ」

「誰が式神だ。……まあ、つまんない理由だよ。お前が悪いやつに見えない。だから信じてる。それだけだ」

「……」

「……? 夜美?」


 王牙は顔を逸らしながら、拗ねるようにそう言った。

 だから彼は気づかなかった。その言葉を理解した時、夜美の雪のように白い顔が真っ赤に染まっていたことに。

 だがそれは一瞬の出来事。返答がないことを訝しんで王牙が再度彼女を見た時には、夜美はいつも通りの冷たい表情に戻っていた。


「何それ? ナンパのつもりかしら。だったらごめんなさいね。私あなたに一切の興味がないの。ハッ」

「笑った! しかも鼻で笑った! だー、もう! だから言いたくなかったんだ!」


 やけになって頭をぐしゃぐしゃに掻き乱し、羞恥心のあまり王牙はうずくまる。それを見て夜美が嘲笑を浮かべているのが見なくても彼にはわかった。

 あと数日は少なくともこのネタでからかわれそうだ。今後のことを思い憂鬱になりながら、王牙は家に到着した。


 ♦︎


「はぁ? 祭りに参加したい?」

「……ああ」

「バカなのかしら? いやバカだったのね。ごめんなさいね。私、あなたがそこまで考えが及ばないとは思わなかったから」


 散々な言い草である。しかし自覚はあるので反論できそうになかった。

 町の危機と祭りへの参加。どっちが取り返しがついて、どっちが重要なのかは小学生でもわかることだ。それでも王牙は土下座して頭を下げ続ける。


「前からの約束だったんだ。そいつ、今日の祭りすっげぇ楽しみにしててさ! 普段世話になりっぱなしだし、今日ぐらいはどうしてもあいつを楽しませてやりたいんだ!」

「それは町一つを天秤に乗せられるほど重いことなのかしら? それとも私の言うことを本当は信じてない?」

「お前のことも、町のことも全部信じてる! だけどこれは俺の信念の話だ! 俺は絶対に嘘はつかねえ! 約束は絶対に守るって、俺は俺の魂に誓ってんだよ!」


 理解しがたい誓いだろう。実際、桜以外に肯定されたことはなかった。だけど、それで信念を捻じ曲げるつもりはない。

 王牙はただひたすらに彼女の瞳を見つめた。夜美も王牙の瞳を見つめてくる。冷たい目だ。睨みつけるだけで人を凍てつかせられそうな寒気がしてくる。

 それに耐えること数十秒。我慢比べに耐えかねたのか、先に彼女が目線を逸らした。そして呆れたように手で頭を押さえる。


「救いようのないほどのバカね、あなたは。嘘は人間の防衛本能よ。それを捨て去るなんてのは、剥き出しの獣に成り下がることと変わりないわ。人間でありながら嘘をつかないなんて、矛盾してるとしか言いようがない」

「難しいことはわかってる。けどよ……」

「仮にあなたが守ると誓った二人の人間がいて、その二人が殺し合いを始めたら、あなたはどうするのかしら?」

「どちらも助けて、殺し合いを止める」


 寸分の迷いなく、王牙はそう答えた。その答えを夜美は鼻であしらう。


「やっぱりバカね。殺し合いなんてのは基本、物事の解決の最終手段よ。そこまで至った問題を今さら止められるわけないじゃない。世界っていうのはね、ハッピーエンドで終わることの方が少ないのよ」

「それでも、ハッピーエンドは存在するんだろ? だったら俺が諦める理由はねえよ。命かけろって言われたら賭けてやるし、死ねって言われたら散々足掻いて死んでやる。それで約束が果たせるならな」

「……理解不能ね」


 彼女の声がさらに冷たくなる。きっと彼女のことだ。このあと王牙の夢について散々心ない罵倒を浴びせてくるのだろう。そう思って、王牙は身構える。

 しかし帰ってきたのは、真正面に相対していても聞こえないほど小さなつぶやきだった。


「けど、誇りと現実が矛盾してるのは、私も同じか……」

「えっ?」

「……なんでもないわ」


 彼女がそう言うと、途端に部屋を包み込んでいた冷たい雰囲気は霧散した。恐る恐る彼女の目を見ても、今はそこに先ほどまでの冷たさは感じられない。


「しょうがないわね。どうせ却下しても勝手に行ってしまうだろうし、許可してあげるわ。仕方なく、ね」

「……いいのか!?」

「ええ。仕方なく、だから」

「なんか最後の部分がすっげえ強調されてんのが気になるけど、サンキューな! これで桜をがっかりさせないですむぜ!」


 なぜあの女王様気質の夜美が折れたのかはわからないが、ラッキーだ。王牙は予想以上に簡単に了承を得られて、無意識にガッツポーズをとった。


「ただし! 条件があるわ。私も連れて行きなさい」

「……マジ?」

「当然よ。あなたと私、どっちが一人でいても危険なのよ? それにあなた、隠形術使えないでしょ? 今日忠則に居場所がバレたのも、結界で隠しもせずに霊力がダダ漏れになっていたからよ。だから私がついていくの」

「たしかに……それはお前に頼むしかないよな」


 王牙はもちろん、霊力の細かいコントロールなどできるわけがない。一応荒事の経験が多いので鍛えてはいたが、それは『駆動心音マキシマムハート』に耐えられるだけの体を作るためのものだ。霊力なんてオカルトチックな力を操作するトレーニングなどしたこともない。

 しかし、そうは言っても王牙は難色を示した。考えてみればわかることだ。友人たちの遊びに一人、知らない人間が混ざる。気まずくなること間違いないだろう。それに夜美ならその凍てついた空気を自前の毒舌によって氷河期にまで押し下げてしまうかもしれない。


「安心しなさい。さすがにあなたたちと混ざるようなことはしないわ。近くで式神を出しながら別行動するわよ」

「なんだ。それならいいか」

「ってことでお金を渡しなさい」

「……ん?」


 ちょっと待て。なぜ今の話の流れで金が必要になる?

 本気で疑問に思う王牙の顔を見て、夜美は表情を崩さずに答えた。


「勘違いしないでくれるかしら。これは必要経費よ。現代社会では何があるかわからないから、念のために持っておくってだけよ」

「……お前、もしかして屋台とか満喫するつもりなのか?」

「……これも周囲に違和感を持たれないためよ」


 こいつスッゴイ浮かれてやがる! 

 無表情で誤魔化そうとしているが、バレバレであった。

 しかしここで追求して逆ギレされたら、せっかくもらえた許可も取り消しになってしまうかもしれない。

 王牙は泣く泣く新調した財布に入っている金の半分を彼女に渡したのであった。

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