第5話 最後の平氏
そこに立っていたのは、血まみれの顔面を憤怒の形相に染めた忠則。
見た目と違ってガッツありすぎだろクソッタレ。
忠則の体は見るからにボロボロだ。『駆動心音』で身体能力が2倍になった拳であれほどしこたま殴られたのだ。顔面と拳は間違いなく折れ曲がり、おそらくあばら骨にもヒビが入っていることだろう。
だが、彼から感じられる殺気は、先ほどの何倍もの威圧感を王牙たちに与えてくる。
「能力者でも人だからと、殺害ではなく捕縛を選んだ自分がつくづく甘かった。その力は危険だ。ここで排除しなければ必ず、人間への害をなす」
「夜美の言葉から察するに、陰陽師ってのは人間を守るやつらなんだろ? それが俺を殺していいのか?」
「ハッ。笑わせてくれる。まさか自分が純粋な人間だとでも思ってたのか?」
「なんだと……?」
王牙は訝しげに眉をひそめる。忠則は血に濡れた口を三日月に歪め、そんな彼を嘲笑する。そしてゆっくりと歩みを進めてくる。
「お前、なぜ能力者なんてものが生まれるか知っているか?」
「……その口ぶりからすると、やっぱり能力を持ってるやつは俺以外にもいるのか?」
「いるさ。嘆かわしいことにな」
忠則は殺気を陽炎のようにゆらめかせながら、ある質問をしてきた。
能力者が生まれる理由。そんなもの考えたこともなかった。王牙にとってはそれがあって当たり前だったからだ。王牙はそれをギフテッド、つまりは生まれつきの才能のようなものだとあやふやに考えていた。しかし彼の口ぶりから、それは違うということがわかった。
「能力者は、その先祖に必ず異類が含まれている。つまりお前たち能力者は先祖返りなんだ。それが神なのか、妖怪なのかはわからない。けど、現存する能力者の由来は九割以上が妖怪だ」
「何が言いたい?」
「結局、お前もそこにいる彼女と同じ、世界の穢れということだ。そして穢れは消毒しなければならない。僕のこの浄化の炎によってね」
忠則は虚空を掴むような仕草をする。そして先ほどの術とは違った言霊を紡いだ。
「霊装解放――『浄海』!」
「っ、下がりなさい王牙!」
その声を聞いて即座に跳び退いたのは英断だった。
瞬間、忠則の体が噴火した。
比喩ではない。文字通り、彼の体から炎が噴き出たのだ。不思議なことにそれは彼の衣服を燃やすことはない。しかし肌を焦がす確かな熱を感じる。
そして忠則の手には、不思議な気配の漂う銀の蛭巻の薙刀が握られていた。
それを、一振り。
途端、火炎が噴き出し、王牙たちの頭上を通り過ぎる。そしてその後方で爆発を巻き起こした。
「喜べ妖怪ども。火葬されて死ねるなんてお前らには滅多にない機会だぞ」
「第二形態とか、ありかよ……」
あまりの理不尽に、王牙はヤケクソ気味に笑みを浮かべる。そして両拳を打ちつけ、震える闘志に火をつけようとする。
「ちっ……あんだけ能力者ディスっといて、テメェも能力者だってオチかよ!」
「いいえ、違うわ。あれは忠則の能力じゃない。忠則の霊器『浄海』の能力よ」
「はぁ? なんだよ霊器って?」
「それは――っ!」
夜美が説明しようとした途端、炎の斬撃が飛んできた。王牙は彼女を抱き抱えると、急いでそれを飛び越えて回避する。
「悠長に話してる時間はねえな! こうなったら俺が突っ込んで一撃入れてやる!」
「ばっ……待ちなさい王牙!」
「おぉぉぉぉっ!」
『駆動心音』再起動。桃紫色のオーラを噴出しながら王牙は急加速し、忠則に肉薄する。
いくら炎を纏っているといっても、炎自体に質量はない。だったら火傷覚悟で殴れば一撃を入れられるはず。それが彼の導き出した答えだった。
迫る王牙を迎撃しようと、忠則は炎を纏った薙刀を振るう。彼はそれをスライディングで回避。そしてそのまま逆立ちの要領で蹴りを繰り出した。が……。
「甘い」
「なっ……がァァァァッ!?」
王牙の目論見は外れ、彼の足はまるで強烈な気流に逆らったかのように止められ、押し戻された。そしてお返しとばかりに炎が足を飲み込み、そのあまりの熱に絶叫をあげてしまう。
たまらず王牙は手で大地を叩き、距離を取る。そして下を見ると、彼の右足は真っ黒に染まっていた。
「なんだありゃ……! 俺の蹴りを弾いただと……!」
「ただの炎だと思ったか? やっぱり素人だな」
「なんだと……!」
その不遜な物言いにムカつき、すぐに飛び出そうとする。が、それを夜美が肩に手を置いて押しとどめた。
「あなたって本当に愚か者ね。二回も無策に飛び込んでどうするのよ?」
「だったらお前はあれがなんなのか知ってるのかよ!」
「もちろん」
夜美は得意げな笑みを浮かべるとともに、王牙を嘲笑した。ムカッ。
「だったら最初から言えよ!」
「あなたが聞かずに飛び出していったんじゃない」
「ぐっ……!」
「まるでイノシシね。いや、それはイノシシに失礼かもしれないわ。じゃあダチョウ? いや単細胞なんだしそれ以下か。それならミジンコね」
こいつはどっちの味方なんだ……!
ここぞとばかりに夜美はノリノリで棘のある言葉を吐いてくる。人を嘲り笑うその様はまさしく悪魔だった。いや、彼女は妖怪か。
「ああもう、うっさいわ! さっさと情報をくれ!」
「それが人にものを頼む態度……いいえ、そんなこと言ってる場合じゃなかったわね。仕方がない。その足りない脳みそをかっぽじって聞きなさい」
「脳みそほじくったら死ぬわ!」
そんな王牙の抗議を無視し、夜美は忠則の持つ炎の薙刀について解説し始めた。
「あれは霊器。異類の存在や能力者の魂を封じ込めた武器よ。陰陽師の中でも選ばれた者のみが契約することができ、契約者はその魂が持つ能力を行使できるようになるの」
「魂って……とんでもないな。まあなんとなくはわかったぜ。で、あいつの武器に封じられてるのは誰なんだ?」
それを聞いた時、彼女はしかめっ面を浮かべた。そしてその偉人の名を語る。
「平清盛。悪逆を尽くした結果、生きながら地獄の業火に焼かれたかつての平家の頭よ」
「はぁ!? 清盛って、あの……誰だっけ?」
「なんで童でもわかるようなことを知らないのよ……!」
「いや、ちょーと待って! たしかに俺もどこかで聞いたことがあるんだよ!」
「清盛って言ったら『平家物語』の清盛に決まってるでしょうが!」
呆れと怒り混じりに夜美は『平家物語』における平清盛について話してくれた。
曰く、諸悪の根源。
平安時代末期に平氏を束ね、武士としては初めて太政大臣に任命されたことで政権を握り、さらには娘を天皇と結婚させることで平氏の世を作り出した偉人だ。彼の存在なくして後世の武士という存在の台頭はなかっただろう。
しかしその後に独裁をし、数々の悪行を重ねたことで、平氏は源頼朝や義経率いる源氏によって最終的に滅びることとなる。
「ついでに言えば彼は平忠則。その滅んだはずの平氏の子孫ね。まあ傍流らしいけど」
「でも、その清盛と炎がどう関係あるんだ?」
「さっきも言った通り、清盛は悪行のせいで地獄の炎に焼かれて死んだ。でもそれは嘘よ。本当は死ぬ間際に生き残るため、自身の魂を霊器に変えたのよ。体を焼かれながらね。その結果、平清盛を宿す霊器『浄海』は地獄の炎を扱えるようになった」
「そうだ。地獄の炎をその身に纏う。それが僕の『浄海』の能力だ」
「ちっ……たしかに勢いと熱が自然じゃねえくらいやばいな。それこそ俺の蹴りをも弾き返すなんてよ……!」
たしかに、とんでもない炎だ。
王牙は改めて黒焦げになった自身の足を見下ろす。『駆動心音』で強化された足。それを噴射の勢いだけで押し返し、一瞬で焼き焦がすなど、普通の炎にできるわけがない。
「無駄話はここまでだ。お前の武器は拳。しかし触れられなければ意味がない!」
忠則は焔を撒き散らしながら王牙に迫ってきた。そして薙刀を何度も振るう。その振りは機械のように精巧であり、そして一切の隙がない。そこには王牙の喧嘩殺法とは違った、何世代にも受け継がれてきた歴史の重みを感じた。
「くそっ……拳の時よりもキレがやべぇ!」
王牙はなんとか強化された身体能力で斬撃を避けようとする。だが忠則は口から血を流しながらも、どこまでも冷静だった。場慣れしておらず、刃一つに大雑把な動きで避けようとする王牙の習性を利用し、わざと回避できる斬撃をいくつも放ったのだ。
避ければ避けるほど、体勢を崩していく。薙ぎ払いをしゃがんで避ける。すると今度は足元を狙って薙ぎ払いがくる。膝を畳んだ状態の王牙には横に行くことも後ろに下がることもできない。だから上へジャンプする。
しかしそれこそが忠則の狙い。身動きのできない空中に王牙が自ら飛び込んだのを確認して、彼は全力で薙刀を振るった。
そう、先ほどまでの手抜きではなく、全力で。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
「王牙っ!」
急な速度アップに既に限界だった王牙が対処できるわけがなく、彼の胴体に深く灼熱の刃がめり込んだ。
そしてその勢いのまま彼の体を吹き飛ばし、地面に叩きつける。
「安心しろ。血は出ない。高温すぎるのも問題でね、刃が肉を切り裂くと同時に傷を焼け塞いでしまうんだ。……まあその代わり、死ぬほど痛いだろうけどね」
「ぐっ……がぁぁぁ……!」
体が沸騰したかのように全身が熱くなる。特に傷口だ。これまでの人生で味わったことがないような、壮絶な痛みが彼を蝕んだ。そのあまりの熱と激痛に体は悲鳴をあげ、涙のごとく汗を大量に流す。しかし体に刻まれた地獄の火炎を消すには到底足りない。
「ハァッ……ハァッ……ぐっ……! くそったれぇ……!」
だが、それでもなんとか歯を食いしばって王牙は立ち上がった。
このまま寝てれば、死ぬ。
それは本能が告げた警鐘だった。それが彼の意思に関わらず彼の体を動かす。
「無理をしないほうがいい。割り切ったつもりではいるが、お前は一応人間だ。お前の悲鳴を聞くと僕も少しは心が痛むんだ」
「へっ……もう勝ったつもりかよ……! まだ第二ラウンド開始直後だろうが!」
「つもりじゃなくて確定事項だ。お前の能力では僕に傷をつけられない。それはさっき証明されただろ?」
「こっちだってな……切り札の一つぐらいは持ってるんだよ!」
王牙は勢いよく左手で右手首を掴む。その構えは能力発動の合図。だが王牙の顔は苦々しさに満ちていた。
「これやると明日が地獄になるが……今さらだ! 『駆動心音』、トリプルアクセルゥッ!」
王牙は三度、手首を捻った。
すると心臓から勇気の湧き出るエンジン音が三回鳴り響く。そして彼の体を覆っていた桃紫色のオーラがさらに色濃くなった。
その体で、王牙は軽く一歩を踏み出す。
それだけでコンクリートは砕け、衝撃波でガレキが一瞬浮かび上がる。
呼吸が苦しい。無理やり強化されたことによって肉体はビキビキと悲鳴をあげ、血管が浮かび上がっていた。
それでも王牙は白い息を吐き出しながら目の前の敵を見据える。
「今日生きられねえやつに……明日が来るわけねえだろうが!」
「っ……!」
身体能力、三倍。
それを存分に注ぎ込んだ足で、王牙は足元の瓦礫を蹴飛ばした。それは風圧の壁を貫き、弾丸のような速度で忠則の顔面に迫る。
当然こんな石ころであの炎の鎧を射抜けるとは王牙も考えてはいない。その予想が示す通り、顔の直前に展開された炎に触れた途端、瓦礫は溶けてなくなった。
だが、たとえ安全だと思っていても、不意に顔面に何かが飛んできたら人間は反射的に顔を逸らす。そういう本能が刻まれているからだ。
その例に漏れず、忠則はダメージを受けるわけがないのに顔を逸らし、上半身を後退させてしまった。
その隙に、先ほどまでとは段違いの速度で王牙は忠則の懐に潜り込み、拳を打ち込む。
「がぁぁぁっ!!」
「ぐふっ……!?」
それは壁越しに相手を殴りつけるようなもの。
だが、通った。
ほんのわずかだが拳の威力が炎の防御力を上回り、忠則の脇腹に衝撃を与えた。しかし炎で威力がほとんど殺されており、致命傷にはならない。
そしてなにより――その代償は大きかった。
「っ……!」
王牙の右拳は真っ黒に焦げ染まっていた。防御力も三倍になったおかげで、前ほどの痛みはない。だがそれでも悲鳴をあげたくなるほどのダメージだった。二人の傷を見比べれば明らかに攻撃した側である王牙の方がダメージを受けたと言えるだろう。
だが、これしかないのだ。
勝機はある。敵は霊器を解放したが、それ以前のダメージはちゃんと残っている。つまり忠則の方も既に死に体であるはずなのだ。わずかでもダメージを蓄積させ続ければ、勝てる。
ここが正念場だと、王牙は凶暴な笑みを浮かべて自らを奮い立たせる。そして両足が地面にめり込むほど踏ん張り、不動、不退転の意思を忠則に見せつけた。
「っ……いいだろう……そこまで地獄に行きたいのなら、送ってやる!」
「地獄を見るのは、テメェだ!」
そこから地獄の泥試合が始まった。
薙刀の一撃を腕で受け止める。そして殴り返す。
再び受ける。殴り返す。
それが何回も、何回も続けられる。
王牙はなんとか刃部分を避け、柄に腕を当てて攻撃を凌いでいた。それでも炎だけは防げない。一撃一撃を受けるたびに彼の腕に黒い模様が刻まれていく。
しかし忠則にもほとんど余裕はなかった。一撃の衝撃は小石を投げつけられた程度。だがそれが折れたあばら骨や顎に当たるたびに、痺れるような痛みが体中を這い回るのだ。それでも両者弱みを見せず、互いに腕を動かし続ける。
一進一退の攻防。二人は互いの意地を通すために、気力尽きるまで戦い続ける。
♦︎
命を糧に燃え上がっていく戦況。
そんな戦況を、夜美は後ろで見守り続けていた。
(私がなんとかしなければ……! でも、どうすれば……!)
元はと言えばこれは夜美の戦い。王牙は巻き込まれたに過ぎない。なのに王牙は命をかけて夜美のために戦ってくれている。こんな突き放すばかりで冷たい女を。
だったら夜美がここで膝をついているわけにはいかない。ここで黙っていたら、本当に夜美は『偽物』になってしまう。
――しかしどうすれば……。
夜美にはもう動き回るだけの体力も霊力もない。護符があれば気絶覚悟でギリギリ一発、有効そうな術が撃てそうだが、残りのストックは全てさっきの『造鉄鋳』で使ってしまった。これではどうしようもできない。
夜美は頭を悩ます。しかし何か役立つ物はないか周りを見渡したその時、彼女の視界の端にとあるものが映った。
(あれは……そうか、あれがあれば!)
これでなんとか前提条件が整った。これなら残った霊力でもギリギリ順式クラスの陰陽術を発動させることができる。
(あとは、タイミングと術の選択。チャンスは一度切り。失敗は許されない……!)
初めての経験だった。目の前で人がなぶられているのに見ているだけなんて。誇り高き陰陽師である彼女には、何よりもそれが耐えがたい。自分の盾になってくれている人がいるのに、そんな彼を眺めていることしかできない自分に心底腹が立った。唯一のよすがであった誇りさえもヒビ割れていくのを感じ、彼女は自分への怒りで唇を噛み締める。
それでも彼女はじっと、その時を待ち続ける。
♦︎
一方、王牙たちの泥試合は佳境を迎えていた。
「ゼェ……ゼェ……!」
「ハァッ……ハァッ……!」
互いに荒い呼吸を繰り返しながら、睨み合う。
両者は既に満身創痍だった。
王牙の両腕は肌色を見つけるのが難しいほど黒に変色しており、忠則の方も何度も口から血を吐き出し、そしてその勢いであばら骨が軋んで、また吐血を繰り返している。
だが、最初に膝をついたのは王牙だった。
「ぐっ、くそ……腕が動かねえ……!」
「ケホッ……! そ、それだけ炎を受けたのなら当然だ。ガワは保てても、中の神経が焼け切れてショートを起こすに決まっている!」
「なにっ。くそ、動け、動け……動けぇぇぇっ!!」
根性だけで王牙は右拳を握りしめる。途端に腕が焼け落ちそうになるほどの激痛が走ったが、歯を食いしばって耐える。そしてなんとか立ち上がり、右腕を持ち上げた。
動かないはずの腕を動かしたその精神性に、忠則は目を見開く。
「バカな……!」
「ハァッ……ハァッ……!」
「っ……だが、おそらく次が限界のはず……! これを耐え切れば……僕の勝利だ!」
その通りだった。おそらく、撃ててあと一発。その一発で終わらせなければならない。そしてそれは今のままではたぶん無理だろう。これまでのドツキアイで一発が大したダメージを与えられないことは散々理解している。
だから、この拳に全てを注ぎ込む。
王牙はひたすら拳を握りしめ、精神を集中させた。
『駆動心音』を発動した時に纏うエネルギー。あれを全身に均等に行き渡らせるのではなく、この右拳に全て注ぎ込む。そんなイメージを繰り返していると、彼の体を覆う桃紫色のオーラが徐々に移動していき、右拳に集中していった。
忠則たち陰陽師が必須とする霊力の操作。それを王牙は生命の危機に瀕して、本能で会得したのだ。
(だが……まだ足りねえ……)
たしかにこのまま殴っても炎の鎧を突破し、忠則に深手を与えることはできるだろう。しかしそれだけだ。彼を倒し切るまでにはいかない。今まで散々殴り、その防御力を把握している王牙はそう悟る。
あとは一つ、何かきっかけがあれば……。
「“青魔虫の縛り首
波打つ潮騒 心を留める“
――水行順式『蛇鞭海竜』!」
その時、背後から突如水でできた大蛇が飛んできた。それはあっという間に忠則に巻きつくと、彼を拘束する。
忠則は慌ててそこから逃れようとするが、水によって炎が打ち消され、彼はそのまま腹部を圧迫する水流にうめき声をあげた。
「な、『蛇鞭海流』だと……! どこにそれを発動するだけの護符が……!」
「あなたがさっき落としたんじゃない。環境にも悪いし、リサイクルさせてもらったわ。いや、これはリユースって言うのかしら?」
「ガァァァァァァ!?」
「あら、ごめんなさい。キツくしすぎたわね。あばら骨が折れてるの忘れてたわ」
今までの仕返しとでも言うように夜美は実に悪どい笑みを浮かべていた。
夜美が拾ったのはさっき忠則が術を発動しようとして失敗し、結果地面にばら撒かれていたものだ。術が不発に終われば、当然護符も消費されることはない。それらの護符が路上に散っていたのだ。忠則も泥試合に必死になり過ぎたあまり、もはや戦闘不能と思われた夜美に注意する余裕などどこにもなかった。だから気づかれることなく回収できたというわけだ。
急に締め付けが強くなったせいであばら骨が圧迫され、忠則は拷問でも受けているかのような絶叫をあげる。夜美はその声を聞くたびに楽しそうな笑みを深めていく。
やっぱり悪魔だわあいつ。
「ば、バカな……順式程度で地獄の炎が破れるはずが……!」
「私ぐらいの超一流の陰陽師になると、護符を使って順式を撃てば終式ぐらいの威力が出るのよ。あまり舐めないでくれるかしら?」
消える。消えていく。
忠則を覆っていた炎の鎧がみるみると小さくなっていき、次第に消えていく。
後に残ったのは、水蛇に拘束された忠則のみ。
そこになって、夜美は叫ぶ。
「今よ! 私がお膳立てしてあげたんだから、最後はきっちり決めなさい!」
「わかってらぁ!」
能力を発動する時のように、王牙は手首を捻る。するとエンジン音が鳴り響き、力が右拳に集中していく。
今まで感じたことのない、少しの衝撃だけで爆発してしまいそうなほど膨大なエネルギー。それらがパンパンに右拳に詰まっていく。
そして王牙は全身全霊を持ってそれを突き出した。拳はうなりをあげて加速し、桃紫色の霊力の衝撃波を纏う。それはそのまま目の前のあらゆる障害物をぶち壊し、突き進んでいく。
「『王牙会心撃』!」
「ゴォッ……!?」
拳が忠則の腹部に突き刺さる。と同時に桃紫色の衝撃波が解き放たれ、彼の腹部を抉った。
そのまま衝撃波は彼の体を丸ごと飲み込み、視界の彼方まで連れ去っていく。
防御も、回避も、受け流しもできない。
何もかもが遅すぎた。
必死に耐えようと忠則は足を地面に突き刺すも、その地面ごと剥がされ、吹き飛んでいく。
そして突き当たりの塀の壁にめり込んだところで、忠則はようやく動きを止め、その後はピクリとも動かなくなった。
「終わった……か……」
王牙は全ての力を使い果たし、眠るように地面に倒れ伏した。
もう一歩も歩ける気がしない。幸いアドレナリンが分泌されまくっているのか、痛みは麻痺している。が、明日になれば三倍も強化したことも重なって地獄の続きがやってくることだろう。
しかし王牙はまあいいか、と満足げな笑みを浮かべていた。この少女を助けられたのならば御の字というものだ。その夜美は王牙の元まで歩みを進めると、一言。
「……ネーミングセンス、ださっ」
「一言目がそれかよぉ……」
――やっぱこいつ助けたの間違ってたかも。若干涙目になりながら王牙は目を閉じた。
「……本当にありがとう、王牙」




