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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第4話 駆動心音

「あなたは……王牙……!?」

「おう。王牙さんだぜ。にしても熱いなこれ。マジモンの炎かよ。靴が焦げちまったじゃねえか」


 王牙は炎球を蹴り飛ばした際に燃え移った靴をグリグリと地面に押し付け、消火する。

 あの時直感に従って行動してよかった。おかげでこうして最悪の事態は防げたのだから。


「ど、どうして……ここに……?」

「決まってんだろ。お前を守るためだ」

「……独立術師? いや、民間人か! 『遮境門』はどうした!? なぜ中に入ってこれた!?」

「しゃきょーもん? ああ、あの透明な壁のことか? 普通に素通りできたけど?」

「なっ」

「……遮境門は霊力の低い人間から……情報を遮断する結界。術師の素質があるような……霊力の高い人間には効果がないの、よ……」

「って、無理して喋んなよお前! そこの電柱の影で休んでろ!」


 夜美は明らかに普通じゃない火傷をしていた。少なくとも日常生活をしていたらお目にかかれないような怪我だ。そしてそれを与えたのが目の前の男だと悟った時、王牙は無意識のうちに拳に力を入れて構えた。


「とりあえず、お前をぶん殴ればこいつは助かるってことだな」

「……やめておけ。いかに霊力が高かろうが、僕には勝てない。周りの被害を見ただろ? 僕はお前程度の命なら簡単に消し炭にできる。お前とそこの彼女がどのような関係かは知らないけど、それほど深くはない縁のはずだ。そんなもののために命を落とすなんて、バカバカしいと思わないか?」


 たしかに、王牙と夜美の縁は薄い。せいぜい数十分前に一緒に飯を食べて話し合った程度だ。

 だけど……。


「誓ったんだよ、あの時に。二度と嘘をつかないって。自分の目が届く限り、もう誰も見捨てないって……!」


 しかしそれで十分なのだ。少なくとも王牙にとっては。

 世界中の人々を救えるなんて思っていない。だけど、自分さえ助かればそれでいいだなんてそんな身勝手な人間にはなりたくない。


「目の前で倒れてるやつがいて、威勢のいい啖呵だけ切って逃げたとあっちゃ、俺は本物の嘘つきになっちまうんだよ!」


 恐怖はある。

 いくら王牙が喧嘩慣れしていても、いくら超能力があったとしても、相手も超常の力を使えるであろう存在だ。しかも王牙と違って明らかに場慣れしている。まともに戦っても勝ち目は薄いかもしれない。

 だが……。


(助けるって決めたんだろ? だったら絶対助けろ! 自分だけ助けるような嘘は絶対つくんじゃねえ!)


 そう己に言い聞かせながら両方の拳を打ち鳴らし、覚悟を決めた。


「……たしかに、この状況を第三者が見れば僕は悪者にでも見えるのだろう。しかし君は状況すら理解もしていないくせに、ただ女が倒れているというだけで彼女を守り、僕に敵対するというのか?」


 それに対して忠則は無知で無謀なものを見るような、呆れと蔑みが混じった目線を向ける。そして電柱にもたれかかって息を荒げている夜美を指差す。


「その女の耳をよく見ろ。あれはどう見ても異形の者だ。人間ですらない彼女がなぜ悪人じゃないと判断できる? なぜ人に害を与えないと信じられる?」

「うるせえよ。誰かを助けるのにいちいち見極めなんざしてたら、助けられる命も助けられねえんだよ。悪人かどうかは助けたあとで決めればいい」


 忠則としてはなんの事情も覚悟もない一般人を説き伏せ、戦意を削ぐつもりだったのだろう。

 だが王牙に理屈は通じない。

 王牙は己の信念を貫くためなら、たとえそれが側から見れば間違っている道でも迷わずに踏み抜ける男だからだ。

 彼の進むべき道も、正しさも、全ては自分が決める。

 ゆえに『我道』。

 その決意は、忠則の言葉程度で揺らぐようなものでは決してない。

 王牙は忠則の問いかけを、微塵の迷いもなく、バッサリと切り捨てた。


「それにな、知ってるか? そいつはな、腹を空かせて路地裏でぶっ倒れてたんだ。その気になればこれだけの惨状を起こせるんだ。他人から財布を盗むぐらいわけなかったはずだろうに。なのにこいつは何もせず、飢えに耐えていた」

「っ……」

「そんなやつを俺は悪人だとは思えねえよ」


 その揺らぐことのない意志の強さに、逆に忠則の心が揺らいだ。迷いのない瞳を見て、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 その一連の表情に、王牙は自らの最も嫌いな嘘を感じ取る。


「その反応見りゃわかる。お前も本当はわかってるんだろ? こいつが悪人なんかじゃねえってことは」

「……っ!」

「反吐が出そうな嘘つき野郎だ。そんなに良心が痛むんだったら、殺しなんてやろうとしてんじゃねえよ!」


 迷いを見せる忠則に王牙は一喝する。

 彼は一瞬、泣き出しそうな顔をした。だがそれは幻だったかのように、次の瞬間には元の氷の表情に戻っていた。

 ――言葉じゃいくら言っても意味ないか。なら……男らしく、別の手段で語り合うまでだ。

 王牙は首を数回鳴らして気合いを入れると、手首を二度捻った。


「『駆動心音(マキシマムハート)』、ダブルアクセル!」


 エンジン音が鳴り響き、体から桃紫色のオーラが噴き出す。

 身体能力強化、二倍。

 そして常人を超えた加速をしながら、王牙は飛び出した。


「お前に何がわかる!? 護法始式『口縄』!」


 忠則が護符を投げつけると、それは霊力でできた蛇となる。走り出した王牙はそれを避けることができず、両腕ごとそれに巻きつかれ、拘束されてしまった。


「ふん。口ほどにもない。これで――」

「――終わるにはまだはえーよ」


 その一言をつぶやいた後、なんと王牙はその縄を腕力だけで無理やり引きちぎった。

 忠則は唖然と口を開く。

 いくら始式とはいえ、『口縄』は妖怪を縛るためのものだ。ただの霊力が高い一般人程度にちぎられるはずがない。


「俺の『駆動心音(マキシマムハート)』は身体能力を倍にする。この程度の縄で俺を縛れると思うなよ!」

「ぐぅっ!」


 近づいて、殴打。

 それを忠則は両腕で防御するが、あまりの威力に顔をしかめた。まるでトラックでも受け止めたかのような衝撃だ。一撃。たった一撃で腕が悲鳴をあげてしまっている。

 そしてまだまだ王牙の攻撃は続く。


「オラオラオラオラァッ!!」

「っ……!」


 連打連打連打連打。

 息もつかせぬ猛攻。

 マシンガンのような拳のラッシュ。

 だが、それらが一発も忠則に当たることはない。

 今度の彼は受け止めるのではなく受け流すことで、王牙の攻撃を捌き切っていた。その妙に道に入った動きに、おそらく古武術か何かを会得しているのだろうと王牙は悟る。そして冷や汗を垂らした。

 王牙の拳は独学の喧嘩殺法だ。さすがに洗練された武術には敵わない。

 だったら、どうするか。

 そんなものは決まっている。

 技なんて使う暇もない泥試合に持ち込むだけだ。


「っ……調子に乗るなぁ!」

「ガッ!?」


 カウンター。王牙が振り切った拳は腕によって受け流され、代わりに忠則の拳が王牙の顔面を捉えた。そこから忠則は反撃に打って出てきた。

 だが、怯みはしない。痛みには慣れている。王牙も負けじと拳のラッシュで応戦する。

 両者の拳が何度も交差し合う。そのたびに衣服が擦れ合い、焦げ目がついていく。だが王牙の拳はことごとくが外され、逆に忠則のものは全弾命中していた。それでも王牙が拳を緩めることはない。蚊に刺された程度だと言わんばかりに何発打たれても何倍の量の拳を返す。その光景に、次第に忠則は背筋を凍らせていた。


「な、なんだ……なんなんだお前は!」

「知るかよ! 俺は、俺だぁ!」


 もはやこれ以上は付き合いきれない。忠則はさっさと王牙の意識を断ち切ろうと、より拳に力を込めた。その分、威力は増すが動きは大振りとなり、ラッシュが途切れる。

 ――ここだ。王牙はそれとほぼ同時に、真っすぐ拳を突き出す。

 そして、両方の顔面から血しぶきが舞い上がった。


「がァァァァッ!!」

「へっ、騒ぐなよメガネ君。いい顔になったぜ?」


 二人の拳は二人の顔面を見事に捉えていた。

 すなわち、相打ち。

 だが、両者のダメージの差は明らかだ。

 現在の王牙は『駆動心音(マキシマムハート)』の効果によって身体能力が二倍に、同時に防御力も二倍になっていた。それが何度忠則が拳で叩こうが倒れなかった理由だ。

 一方の彼は相打ちとはいえ、まともにその二倍となった拳を受けてしまった。陰陽師といえども所詮は人間。特殊な術でも使わない限り、それをくらって平然としていることはできない。


「ォォォオッ!!」

「ぐっ……!」


 王牙渾身の右振り下ろし。まるで地獄の大鎌のように巨大な弧を描きながら振り抜かれたそれは、間一髪のところで忠則が下がったことで外れ、地面に激突。その衝撃に大地が震える。

 だが、これで終わりではない。王牙は地面に突き刺したその拳を軸に逆立ちすると、まるでブレイクダンスでも踊るかのような豪快な蹴りを彼の横面に向かって繰り出した。

 間一髪のところで忠則は甲羅の中に顔を引っ込めるかのように両腕で顔を覆い、それを防御。だが拳の三倍の威力を誇る蹴りを受け止めたことで、数メートル吹き飛んでいく。

 それを追いかけ、王牙は牙をギラつかせながら走る。


「ご、護法順式っ――」

「おせぇっ!」

「ゴハッ!?」


 忠則が手で構えを取りながら護符を撒き散らす。至近距離で見たそれはまるで彼を守る壁のように見えた。

 だが、王牙の拳は目の前の何もかもを突き破った。その先に拳が肉にめり込む感覚が走る。

 忠則はみぞおちを押さえて悶絶する。同時に術は途切れ、コントロールを失った護符が花弁のように虚空に舞い散った。


「き……さま……!」

「口調が崩れてんぞメガネ君」


 だが、文系な見た目をしておいて忠則は意外にもタフネスがあったようだ。すぐにこちらに殴り返してくる。それに合わせて王牙は自分の肘を突き出した。

 ――そして忠則の拳に、王牙の肘が突き刺さる。


「ああああああっ!?」


 エルボーブロック。

 骨の硬く尖った部分に自らの拳を叩き込んだのだ。痛いに決まっている。腫れ上がった青あざから考えるに、骨折したのだろう。鈍い音が響き渡り、彼は絶叫して自らの右拳を押さえた。

 そしてそれは彼が見せた、初めての明確な隙だった。


「ラァッ!」

「ゴッ……!」


 まずミサイルのような勢いの飛び膝蹴りが腹部に命中。忠則の体がくの字に曲がる。そして落ちた顎を、今度は左アッパーがかち上げた。強制的に真っ直ぐ背筋を伸ばされた彼の顔面を、容赦のない右ストレートが貫く。彼の顔面から血が噴き出す。たまらず忠則はたたらを踏んで後退した。

 だが、王牙はそれを逃しはしない。

 コンクリートにヒビが入るほど強く、地面に踏み込む。そして再度、右拳を叩きつけた。


「がァッ!」


 だが、まだだ。

 吹き飛ぶことすら許さない。

 王牙はここが勝機とばかりに拳を握り、息の続く限り渾身の一撃を撃ち続けた。

 左拳が直撃。彼の鼻骨が歪む。

 右拳が直撃。彼の顎が砕ける。

 左拳が直撃。彼の頭蓋骨にヒビが入る。

 そして……。


「終わりだぁぁぁあああ!!」


 トドメの右拳。それはもはやストレートなどという上品なものではなく、荒ぶる野生を解放した、暴力の一撃だった。

 それを受け、忠則は抵抗もできずに数メートル吹き飛ぶ。地面に落ちた後もその勢いは止まらない。おびただしい量の血を流しながら、コンクリートの地面にしばらくの間背中を削られ続け、ようやく停止した。


「……プハァッ!」


 それを見届けた後、ようやく終わったとばかりに王牙は息を深く吸い込み、膝に手をついた。その額からは汗が大量に流れている。

 完全に敵の強さを見誤っていた。王牙は最初は服装から、てっきり相手がゲームでよくある魔法使い的なステータスをしていると思ったのだ。だからそんな術を使う時間を与えないように、徹底的に距離を詰める戦法を取った。

 しかし相手が近接戦もできるとは思わなかった。あの陰陽師装束にメガネともやし体型であれほど格闘ができるのは完全に予想外だった。型にハマった拳法だったので、相打ちやらエルボーブロックやらのダーティープレイを決めればこっちのリズムに持ち込めたのが唯一の幸いか。

 考えることは色々あるが、とりあえず今は夜美のことだ。王牙が振り向くと、彼女は目を丸くして王牙を見つめていた。だが、その視線に気がつくと、わざとらしく咳をする。


「……言っておくけど、私が敗れたのは霊力が枯渇寸前だったからよ。私だって万全な状態だったら忠則くらい軽く撚れるんだから。だから、決してあなたが私より強いわけじゃない。いいわね?」

「プライドがエベレスト級に高いなおい……。まあ別にどうでもいいんだけどよ……」


 ビシッと夜美は早口でまくし立てながら、指差してそう忠告してくる。それに少し彼はムカついたが、言い合う気力はなかったので黙っていることにした。


「……でも、ありがとうね」

「あ? なんか言ったか?」

「い、いえっ! 空耳よ空耳! 耳の近くを殴られて鼓膜でも破れたんじゃないかしら? それとも脳が揺さぶられて記憶障害? あ、元から頭が悪いって可能性もあるわね」

「なんで俺は助けたのにこうもボロクソ言われなきゃなんねえんだ……」


 どうやら刺客を倒したことで彼女は調子が戻ってきたらしい。自らの失態を誤魔化すように毒舌を連発していた。そこにはさっき別れた時のような儚さはなく、プライドの高い女王様のような雰囲気がある。

 これはこれで問題ありそうだが、少なくともあんな雪みたいに消えてしまいそうな弱々しい雰囲気よりはマシだと思うことにした。

 そうして彼女がある程度の活力を取り戻したところで、王牙はこの場から離れるために夜美に肩を貸そうとする。


「立てるか?」

「必要ないわ。歩く程度の気力はあるわよ」

「そのわりには足が産まれたての子鹿みたいに震えているんだが」

「うるさい。死ね」


 このように強がってはいるがもちろん嘘である。彼女の体力はもう限界だ。医者でなくともわかる。

 ということで王牙は無理やり彼女に肩を貸した。それを彼女は嫌がっていたが、しばらくすると限界だったのか、諦めて体を預けてきた。

 そのまま王牙は彼女を連れて帰ろうとする。



「どこに……行く……!?」


 ――その時、後ろから強烈な殺気を浴び、反射的に飛び退いた。


「……マジかよ」

「悪夢ね」


 二人は錆びついた機械のようにゆっくりと後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは、血まみれの顔面を憤怒の形相に染めた忠則だった。

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