第23話 八百神社
王牙たち五人は境内へ戻る道を歩いていた。どうやらこの道は神社裏の森をまっすぐ開拓し、湖に続くように作られているらしい。ゆえに一本道の左右には壁のように木々が生えていた。
「お、あれは……」
そんな森の中を見ていると、うごめく二つの何かを見つけた。一つは人間の顔を持った気持ち悪い犬。二つは長い舌を持った子どもだ。
「『人面犬』に『あかなめ』ね。ほんと、ここはいつ見ても妖怪で溢れていること」
「この山には数多くの妖怪が住んでるっス。みんなイタズラ好きっスけど、ヤオ様のお客人に悪さをすることはないと思うっスよ」
「そうだといいわね。うっかり切っちゃって協力関係が破綻するのは私も避けたいし」
妖怪が暮らす山に、妖怪神社か。
一見違和感を感じるが、先ほど夜美や夏転が妖怪と国津神は同質の存在と言っていたのを思い出す。ならば意外と相性は悪くないのかもしれない。
そんなことを思っていると境内に戻ってきた。
「では拝殿の方が会議室となっておりますので、ついて来てください。ちなみに後ろにある本殿は私の家になってますので入らないでくださいね」
「本当に本殿に住んでる人を初めて見たわ」
「へー、どれどれ……」
本殿というのは御神体を置くための建物である。言うなれば神の居住スペースなので、ヤオが住むのは間違いではないのだが……。夜美はなんだか腑に落ちなかった。
ちなみに王牙が中を覗いたところ、畳が敷かれた一室というような感じだった。部屋の中央にはちゃぶ台が置かれており、壁際にはテレビやら本棚やらが置かれている。神聖さのかけらもない場所であった。それでいいのか神様。
「ああ!? なんで見るんですか!?」
「だって入るなとは言われたけど見るなとは言われてねえし」
「それはそうですが……!」
その後、顔を真っ赤にしたヤオにポカポカ殴られながら、王牙たちは拝殿の中に入っていった。
普段はお賽銭箱の前から覗くだけなので新鮮な気分だ。キョロキョロと彼は室内を眺める。
床は板張りであり、周囲の壁には紙垂や注連縄などの神具が飾られており、奥には立派な祭壇が置かれている。そして用意するまでもなく二列に座布団が敷かれている。
ヤオは二列の中央、祭壇の前に置かれている一際大きく豪華な座布団に正座して座った。
夏転は気を利かせてその場の座布団二枚を持ち上げ、ヤオと対面できるように移動させてくれた。そこに夜美は正座で、王牙はあぐらをかいて座る。
「ではさっそく、依頼の話に……といきたいところですが、王牙さんもいることです。今一度ここ八百神社について説明してもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。私が説明するのも面倒くさいし」
「じゃ、頼むぜ」
ヤオは「かしこまりました」と一礼すると、彼女たちが暮らす八百神社の目的などについて語り始める。
「ここ八百神社は弱小妖怪の保護のために作られた場所です」
「保護?」
「ええ。妖怪と聞くと恐ろしいイメージがあるかもしれませんが、中には先ほど出会った方々のように、人間一人も殺せず、不快感を与える程度の力しか持たない者も少なくありません」
「そんな妖怪もいるのか……」
「たとえばさっきのあかなめさんなんかは家の垢を舐めるだけの妖怪ですし、人面犬さんも戦闘能力はチワワぐらいしかないっス」
「……なんか、かわいそうになってくるな」
妖怪なのにチワワと同じくらいの強さって……。これが俗に言う四級妖怪というものなのだろう。
「そんなFラン……じゃなくて四級妖怪を主とする全国の弱小妖怪たちを保護、支援するのがここ八百神社なのです」
「今Fランって言ったよな?」
「……いえ、そんなことは」
ダウト。嘘である。澄まし顔をしているが王牙の目は誤魔化せなかった。
ちなみにFラン妖怪という言葉は実際にあるものらしい。国際版だと階級はFからSSの八段階に分かれており、Fランク妖怪というのは世界的に見れば正しい言葉なのだとか。もっともここ日本ではもっぱら蔑称として使われることが大半らしいが。
「で、その保護団体がなんで独立術師の依頼の斡旋なんてやってるんだ?」
「人間が人間と争うように、妖怪も全員が仲間というわけではないのです。中には弱小妖怪たちの縄張りを荒らし周り、人間を襲うなどした結果、陰陽師に目をつけられる妖怪などもいます。その場合周りの妖怪たちもとばっちりで退治されることも多いので、妖怪が妖怪退治の依頼を出すこともあるんです。陰陽師は基本どんな妖怪であれ、退治しますからね。調査されたら彼らも困るんです。私たちはそんな依頼を主にまとめています」
「なんか、妖怪社会も人間と同じで世知辛いな」
「人間から生まれた存在ですから」
そう返されると何も言えなくなってしまう。
不完全な存在から生まれた存在が不完全であるのは当たり前か……。となると人間を生み出した神も不完全ということにも逆説的にならないだろうか。ジェネシスのような傍迷惑な存在がいるからあながち間違ってないのかもしれない。
結局、完璧な存在などいないということだ。
「あとは陰陽師院の手が回らなくなったり、報酬が低くて無視された依頼や、陰陽師院には通されない妖怪たちの依頼なんかもまとめています。昔は江戸内でしか依頼がこなかったのですが、今では全国どこでも依頼を受け取ることができるんです。これもネット様様ですね。以上が私たちの仕事と八百神社の紹介となります」
王牙は全てを聞き終えて、うんうんと頷く。
だいたい理解できた。人間じゃない管理人なんて不安でしかなかったが、思いのほかマトモだったようで安心した。妖怪も悪い連中ばかりではないということか。こんなことを言えば夜美に怒られそうなので口にはしないのだが。
「説明は終わりね? なら依頼の話にしましょう。昨日更新されたばかりのリストを見たわ」
「リスト?」
「これよ」
夜美はポイっと自身のスマホを王牙へ投げ渡した。
いつ買ったんだという疑問は置いておいて、さっそく画面を覗く。そこには全国各地からの依頼が数十件、ズラリと並んで表示されている。
少し弄ってわかったのだが、どうやらこの依頼リストは限られた者しか使えないアプリとなっているようだった。そこで依頼の発注や受注などのやり取りを行なっているらしい。試しに目についた依頼をタップしてみると、その依頼内容の詳細が表示された。
「リストの十六番の依頼主について聞きたいのだけれど……」
「十六番ですね? 夏転」
「十六番十六番……あった! これっスね!」
夏転は書類の束をめくると、その中から一枚を取り出してヤオに渡した。
「ああ。この人は隣町に住むトイレの花子さんですね。常連ですよ。かれこれ十回以上依頼を発注してますけど問題一つ起こしたことはありません。本人も四級で大した力もないので、そう警戒する必要はないと思いますよ」
「そう……参考にさせてもらうわ」
夜美はそう言い終えると、座布団を立った。
「……もしかしてこれで終わりか?」
「ええ。今日はあなたへの説明がメインだもの。呪具の貯蓄も十分だし、これ以上ここに用はないわ」
「呪具? 霊器とは違うのか?」
「別物よ。言ってしまえば呪具は霊器以外の術師が使う道具全般を指す言葉ね。霊的な加工が施された武器だったり、護符だったり。まあ量産できる代物とでも考えてくれればいいわ」
当たり前だが、霊器は持っている者自体が少ない。それは霊器を作るには能力者や異類の魂が必要となるという理由もあるのだが、一番の理由は霊器は契約者を選ぶという点にあるだろう。霊器があったとしても、それと契約できるかはわからないのだ。
現に陰陽師院は一万を超える霊器を保有しているのだが、その契約者は千人程度しかいない。これだけで契約の成功率の低さがわかるだろう。
だから大半の術師は霊器ではなく呪具をメインウェポンとしている。そんな説明を王牙は彼女たちから受ける。
「そしてここでは護符はもちろん、私が各地のツテで取り寄せたさまざまな道具を扱ってます」
そう聞いて少し王牙の心は弾んだ。
戦うための道具というのはいつだって男を惹きつけるものなのだ。彼もその例に漏れず、呪具と聞いて興味津々という顔をしていた。
「……ちょ、ちょっと見てもいいか?」
「いいですよ。夏転、春水。宝物殿に彼を案内してあげてください」
「……承知」
「ラジャーっス! さーさー王牙さん! ウチが仕入れた商品の数々! ご覧あれっス!」
「私は遠慮しておくわ。今さら買うものはないし」
「では少しお茶を飲んでいきませんか? ちょうど暇……じゃなくて休憩したかったんです」
「いや、だから私は……」
「いいじゃないですかいいじゃないですかー」
夜美は強引にヤオに腕を抱き抱えられて、そのまま広間から姿を消した。氷の心を持った夜美も、邪気のない親切には弱いらしい。
王牙も夏転に腕を掴まれ、本殿の外に連れ出された。
「さー! 好きなのを言ってくださいっス! どれも面白いもの揃えてまっスよー!」
宝物殿の内部は駄菓子屋のようになっていた。中に入ると大量の呪具が種類ごとに分けられて箱に入れられている。種類はさまざまだ。護符の束もあれば刀や槍が粗雑に筒の中に丸ごと入れられていたりする。中には豆のようなものからけん玉、ヨーヨーと一見なんの役に立つのかわからない道具まであった。
「これはなんだ?」
「音楽再生機能付きヨーヨーっス! ヒップホップの軽快な音楽とともに敵を撃ち倒せるっス!」
「……その行為に戦闘面でのメリットは?」
「ないっス! 雰囲気が楽しめるっス!」
……オーケイ。まだワンアウトだ。
「……こっちは?」
「ジェット噴射機構付き松葉杖っス! これがあれば歩く必要なんてないない! 最高速度マッハ一の快適な空の旅を楽しめるっスよ!」
「……安全ベルトは?」
「ないっス!」
……ツーアウト。
「……これは?」
「ボタンを押すと最大三メートル伸びる槍っス」
「お、こいつは使えるかも」
「あと接近された時用に自爆スイッチが五つあるっス! これで死なば諸共できるっス!」
「スリーアウトだバカやろう!」
「ヘボにゃん!?」
勢いあまって槍を彼女に叩きつけてしまった。その時、手元でカチッという音がなる。
……まあ五つもつけられてるんだし、槍握ったらそりゃそうなるよな。
「ちくしょぉぉぉぉがぁぁぁぁっ!!」
「ひぎにゃぁぁぁぁっ!?」
次の瞬間、二人の視界が真っ白に染まり――宝物殿で爆発が起きた。
♦︎
「うにゃーん! 許してっスー! 勝手に注文外の物まで仕入れたのは謝るっスからー!」
数分後。武器庫では縄で縛られた夏転が天井から吊り下げられていた。
体重で縄が食い込むのが痛いようで、彼女は涙目になっている。しかし王牙の中に同情の心は一滴も生まれることはなかった。
「……迷惑をかけた」
「いや、その……お前も苦労してるな」
「……本当に迷惑をかけた」
気のせいか春水の頭上にどんよりとした雲が浮かんでいるように見えた。表情はまったく変わっていないのに彼の心労が伺える。
「もうちょっとマシなやつはいないのかよ……」
「……俺は職業柄、この神社にいないことが多い。神社の整備は夏転の仕事だ。となると必然的にやつに回ってくる仕事が多くなる」
「だから毎回好き勝手されても気づけないってことか……」
忍者といえば潜入任務である。見るからに身軽であるし、動き回る仕事はたしかに彼が向いているのだろう。
「……外? そういえばお前たちって夢幻祭の時はどうしてたんだ?」
「……あの時は俺もヤオ様も他県に遠出していた。それで参戦できなかったのだ。ゆえにこの土地を救ってくれたことに感謝する」
「いやいいって。ここに住んでるのは俺も同じだしな」
それに、あのジェネシスの前では誰が参戦しようと結果は変わらなかったことだろう。極級というのはそれだけデタラメな存在だったのだと、階級の概念を知ってからは理解できるようになった。
春水は店内の隅っこに隠されるように置かれていたスペースの前まで連れてきてくれた。
「……ここだ。ここには俺が実用的だと思った道具をまとめてある」
「ここならマシなものがあるってことか……」
たしかに手裏剣や手榴弾など、見た目だけで用途がわかりやすいものが多い。並べられているものは消費アイテムが大半のようで、先ほどの道具のような派手な飾りは少なく、無骨な印象があった。しかし戦場においてはそれが性能を保障しているように感じられる。
「……これは?」
王牙が手に取ったのは黒く塗られた立方体の道具だった。表面には線が正確に刻まれており、どこかルービックキューブに似ている。
「なんだそれは? そんなもの入れた覚えは……」
「それは『簡易遮境門』。使い切りっスけど、起動すれば遮境門を張れる呪具っス! お値段なんと10万ポッキリ! 結界張れない人でも安心っスよ!」
「……遮境門は初歩中の初歩の術だ。遮境門でなくとも似たような結界術は世界中にある。術師をやっている連中でそれすら張れない存在がいるとは思えないがな」
「やめてくれ春水。その言葉は俺に効く」
うぐっ、と王牙は自分の胸を押さえた。
春水としては遮境門を張れない術師はほぼいないため、こんな木偶の坊を大量に仕入れた夏転を叱りたかったのだろう。しかしその言葉は意図せず王牙の胸を切り裂いたのだった。
財布の中を確認する。ちょうど中には諭吉が十枚入っている。昨日夜美からもらった金のうち、いくつかを財布に入れておいたのだ。もちろん残りは貯金してある。
(……おい。この簡易遮境門、一個もらうぞ)
(まいどありっスー!)
春水がガラクタの確認をやっているうちに、王牙はこっそり10万円を夏転の服に忍ばせる。彼女はその札束の感触を味わい、満足げな笑みを浮かべた。
「よ、よし。じゃあ見るもの見たし、俺はそろそろ帰るぜ」
「……何か買わなくていいのか?」
「い、いやー。それが持ち合わせがなくなっちまってよ……」
嘘は言ってない。たった今、財布の中は空っぽになったのだから。
「……そうか。呪具は一般人からすれば高額な物が多い。独立術師になったばかりではそれを知らなくて当然か」
「……ほんと高いよな。値札見たけど一万切る商品が一個もねえんだもん」
「ちなみにさっき爆発した槍はお値段150万っスよー」
「あんなもの売りに出せるか!」
「ごぺっ!?」
拳を受けて、夏転を吊るす縄がギシギシと揺れる。
弁償代を請求されたら嫌なので、夏転が目を回しているうちに、王牙は宝物殿から出ることにした。




