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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第19話 これからのこと

「……どこだここ?」


 王牙が頭痛によって意識を引き戻され、目を開いた時、最初に映ったのは見覚えのある我が家の天井ではなく、ペンキで真新しく塗りたくったかのようなシミ一つない白の天井だった。

 周りを見渡せば、周囲の壁もベッドも白い。それはどこか空気すら消毒されてそうな白で、若干の居心地の悪さを感じる。

 そして肝心の体は包帯でぐるぐる巻きにされてあった。それも全身。もはやハロウィンにそのまま行っても通じそうなぐらいの量である。


「……ここってもしかして病院?」

「正解よ。ま、一般のじゃないけどね」


 独り言を呟いた途端、ドアが勢いよくスライドされ、いつもの凜とした態度の夜美が入ってきた。その手にはフルーツ詰めのバスケットが握られている。

 ずいぶんタイミングよく来たような気がしたけど、もしかして待っててくれたのだろうか? あの夜美が? なんて一瞬思ったが、それはないだろうという結論に至る。

 あの初対面だろうが誰であろうが関係なく毒舌浴びせる夜美さんだぞ? そんな気遣いがこのクール系わがままお嬢様にできるとは到底思えない。


「なんか侮辱されたような気がしたのだけど?」

「気のせいだろ。それよりも一般じゃない病院って、どういうことだ?」

「ここは独立術師御用達の病院なの。独立術師っていうのは陰陽師院なんかの組織に属さないフリーの術師のことね。ま、金さえ払えばなんでもやる傭兵みたいなものと考えてもらっていいわ。そんな奴らの使う場所だからここでは割高だけど身元は隠されるし、世間にもいろいろごまかしが効くってわけ」

「そんな病院あるんだったら、前の怪我の時に紹介してくれよ」

「ここは忠則の紹介よ。私も紹介されるまで知らなかったのだから仕方ないじゃない」


 あの忠則が……。

 最初の出会いは最悪だったけど、今思えばあれも色々な葛藤の末の行動だったのだろう。あれだけ痛めつけられても彼女が一切の嫌味を言わないあたり、根はいいやつなのかもしれない。

 ふと、王牙は窓に目をやる。外は暖かい日差しで満ちていた。眠る前に見たあの冷たい夜の面影はまるでない。


「あれからどれくらい経った?」

「二日ってところね。診断結果は首から下全ての骨の骨折及び粉砕。そして主要な臓器の大半の喪失。よかったわね。ただの人間だったら死んでたところよ」

「いや、お前らと比べるとまだ人間の自覚があったんだが……」

「そういう意味じゃないわよ。能力者ってのは異類の先祖返りって言ったでしょ。あなたは性質はともかく肉体的には半分妖怪のようなものよ」

「マジか……知らんかった」

「でなかったらこんな怪我して全治二週間で済むはずないわ」

「ご先祖様ありがとう。本当にありがとう」


 たしかに、振り返ってみると王牙は昔から傷の治りが早かった。喧嘩して派手に血を撒き散らしても明日になれば傷は癒えてるし、骨折も三日程度で治ってしまう。てっきりそういうものだと受け入れていたが、どうやら祈祷術でも使わない限りそれは異常なことらしい。

 しかし今回の怪我はそれだけでは補いきれないものだった。この病院では治療系の霊術による回復もできるらしいので、それ込みで全治二週間とのことだ。

 そんな感じである程度話したことで、現状がわかってきた。というわけで王牙は最も重要な話題に移る。


「で、結局だ。ジェネシスはどうなったんだ?」

「……生死は不明。ただ、いくら破壊魔神とはいえジェネシスは分霊。あの爆発に巻き込まれて無事とは思えないわね。仮に生きていたとしても、次の夢幻祭が行われるのは百年後。幻想召喚で本体が呼び出される危険は当分ないわ。それでも心配だったら、次に備えて少しは修行しておくことね」

「……俺、百歳以上も生きられる自信ねえよ」

「先祖返りって言ったでしょ? 能力者は度合いに応じて違うけど、おおむね数百年は生きられるわ」

「マジか」


 ここにきて発覚した新事実に目を丸くする。

 百年か。ジェネシスはもういないとしても、また夢幻祭を悪巧みに使う者が現れるかもしれない。

 思えば夜美と出会ってから散々な戦いばかりだった。毎回のようにボロ雑巾にされてたし。地元じゃ負け知らずだったから、伸び切った天狗の鼻がポッキリと折られた気分だ。

 だが、この世の裏を知ってしまった以上、後戻りすることはできない。世の中にはああいう化け物みたいな存在が潜んでいて、理不尽な理由で人々を殺し続けている。そんなやつらにみすみす知っている誰かを奪われるなんてのは死んでもごめんだ。

 彼女の言う通り、そのためには修行するしかないだろう。どうやればいいのかはわからないが、今までのようになんとなくの筋トレだけでは足りないというのはわかる。


「これで私の役割は終わり。あとは自害すれば全てが丸く収まる」

「っ……!?」

「……はずだったのだけれど、ね」


 突然の発言に、思わず王牙はベッドから飛び出しそうになってしまった。しかし激痛が彼を引きとめる。

 声にならない悲鳴をあげ、のたうち回る王牙を見て、夜美は呆れにも安堵にも似たため息をついた。大きく、見せびらかすように。

 そして初めて、王牙を安心させるかのように、穏やかな笑みを見せる。


「これだけ私のことを信じて、命をかけてくれたバカがいるんだもの。そいつの頑張りを無駄にしないために、もう少し長く生きてみようと思うわ」

「っ! そうか……!」

「差し当たっては、私も独立術師になるつもりよ。たとえ幻魔であっても、私は陰陽師。妖怪退治から離れるつもりはないわ」


 そこで、彼女は一つ話に区切りを入れた。そして王牙から視線を逸らし、なぜかもじもじし始める。まるで何か口に詰まっているかのように、そこから先の彼女の言葉は途切れ途切れになって……。


「それで……だけどね。私は、あなたも、その……」

「その仕事、俺も手伝わせてくれねえか?」

「へっ?」


 彼女は鳩が豆鉄砲をくったように目を見開いた。

 今日は彼女の新しい顔をよく見るな。なんてくだらないことを思いながら、王牙は包帯だらけの拳を握りしめる。


「今回の件でわかった。俺は弱ぇ。めちゃくちゃ弱ぇ。今回はお前の作戦のおかげでうまくいったけど、次同じようなやつが現れたら間違いなく死んじまうだろうな」

「……そうかもね」

「そうなったら俺の大切なものも、誓いも守れなくなっちまう。それじゃあダメだ。だからお前の戦いについていって、俺も強くなるつもりだ」


 そしてもう一つ、理由がある。王牙は脳裏に泣きながら懇願してきた男の姿を思い出し、彼女を見つめる。


「それに、約束したからな。お前を守るって。だから嫌でも俺はお前についていくぜ」

「〜ッ!? そ、そう? な、ならせいぜい足を引っ張らないよう努力することね。い、今はひとまず怪我の治療に努めなさい。そ、それじゃあ今日は私帰るわねっ」


 彼女は顔を真っ赤にして、早口でそう言うと、バタンと病室の扉を開けて走り去っていってしまった。

 そのせいで開けっぱなしになってしまった扉に困り果てていると。


「――入るよ」


 機を見計らっていたかのように、入れ違いでメガネの男が部屋に入ってきた。

 忠則だ。

 彼は近寄るでもなく、壁際に立ったまま、寝たままの王牙を見下ろす。


「……お前も見舞いに来てくれるなんて、意外だな」

「僕も来たくはなかったさ。ただ事後処理の報告をどうしてもしなければならなくてね」


 しばらくの間、沈黙が流れる。お互い親しいわけではない。王牙は何を話せばいいのかまるでわからなくなっていた。しかしその沈黙を打ち破ったのは、彼の方だった。


「陰陽師院の方は僕が説得してきたよ。『下手に刺激したら危険。今は監視に努める』ってね。上も破壊魔神の出現で混乱してたし、その隙になんとか許可をもらってきた」

「おお! これであいつはもう狙われなくなるのか?」


 わずかな希望。しかし忠則はすぐに首を横に振る。


「いや、陰陽師院も一枚岩じゃない。特に巫女姫様は光天京の最高貴族だ。これからもしがらみはついてくることだろう」

「……そうか」

「今回の破壊魔神ほどではないにしろ、これから巫女姫様の元には多くの刺客が送られてくることだろう。僕よりも上の陰陽師だって当然来る。――それでもお前は、彼女のために戦えるというのかい?」


 品定めするような忠則の問いかけ。それを王牙は鼻で笑った。


「ハッ。俺の信条くらいは聞いてるだろ? 俺は我道王牙。誰かのためにならねえ嘘は絶対つかねえ。どんなやつが来ようと、俺はあいつを守り抜くと誓うぜ」

「……そうか。そういう男だったな、お前は」


 聞きたいことは終わった。そう言わんばかりに、忠則は王牙に背を向ける。


「……僕の方でもできる限りのことはする。だからお前も、約束は守れよ」


 それだけ言い残すと、彼は部屋から出ていった。別れの言葉一つないのがなんとも彼らしい。

 静寂が訪れる。一人孤独の中、王牙は思いっきりベッドに体重を預けるように寝転んだ。そして拳をかかげる。

 上等だ。何が来ようが返り討ちにしてやる。約束も、仲間も、絶対に守り抜いてやる。この目が嘘で悩む人間を助けるためのものだとしたら、この力はきっとそのためにあるのだ。

 決意を胸に、王牙はゆっくりと瞳を閉じる。

 ……だが、しばらくは、少し休んでもいいだろ。

 そうやって、体中の力を抜いて、正直者の鬼は深い眠りについた。

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