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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第15話 共闘

 忠則はボロボロの王牙たちを見てつまらなそうに鼻を鳴らすと、メガネをクイッと上げる。その手には銀の蛭巻の装飾が施された見事な薙刀『浄海』が握られている。刃先からは先ほどの一撃の余韻か、地獄の炎が蛇の舌のようにチラチラと出ては消えていた。


「町を見張ってたら異界の門が開かれたのを感知してね。何を企んでいるかと思ったら……まさかここまでいいようにされているとは」

「忠則、お前……」

「でも、それももう終わりだ。真っ先に障害となり得るものは焼却した。次はお前たちだ。痛めつける手間が省けて助かるよ」



「――この程度の火で誰を焼いたと?」


 その声が聞こえたと同時に、巨大な火柱が消し飛ばされた。中から現れたのは、やはり無傷のジェネシス。その顔は道化でも見ているかのように楽しげである。


「なっ!? バカな……最大チャージの地獄柱だぞ!? まともに直撃して無事で済むはずがない!」

「そいつは破壊魔神。生前の私を殺した張本人で、世界を滅ぼそうとしている邪神よ」

「せ、生前の巫女姫様を殺した相手だと……!?」

「私たちが言いようにされている理由、納得できたかしら?」


 夜美は皮肉げにそう言った。どうやら部下にコケにされたことに多少なりとも苛立っているらしい。だがそんなことはどうでもいい。

 これで三人。忠則が来てくれたことは嬉しい誤算のはずだった。

 彼の実力はよく知っている。二人で協力してようやく倒せたほどの強敵だ。忠則が味方にいるだけで戦力は間違いなく増加しているはず。

 だがそれでも、勝てるビジョンが浮かばない。浮かんできてくれない。恐怖か怒りによって震える忠則の背中は、以前とは別人に見えるほど頼りなく映った。


「忠則。手遅れかもしれないけれど、陰陽師院に連絡を取りなさい。私たちはここで道連れにしてでもこの男を封印するつもりだけれど、万が一の時には……」

「無駄だ。ここは異界。電話だろうが霊力を用いた通信だろうが、世界が断絶されている以上、それが外に届くことはない」

「っ……!」


 当てにはしていなかったが、陰陽師院からの援護もなしか。忠則は独断専行で光天京に来ているため、他の仲間もいない。今この瞬間、この町を守れる総戦力はこれで全てというわけだ。


「お前が……っ! お前がぁぁぁっ!」


 忠則は心の奥底に溜まっていた怒りを吐き出すように吠え、浄海を握りしめた。

 無理もない。王牙も夜美が先に冷静さを失っていなければ、あのように取り乱していたことだろう。

 だが、不幸中の幸いか、忠則の憎悪は偽物の夜美へのものよりもジェネシスへのものが大きいらしい。今なら呉越同舟で手を組むことができるかもしれない。そう考え、王牙は血が滲むほど強く浄海を握りしめている忠則に声をかけた。


「おい! ここはひとまず休戦だ! なんとか協力してあの野郎を――」

「ふざけるな! 僕は陰陽師だ! 誰が幻魔と妖怪くずれと手を組むものか! 巫女姫様の仇は僕が取る!」

「って、おいバカ!」


 しかし、彼はなんと王牙の提案を振り切り、一人突っ込んでいってしまった。

 陰陽師にはプライド高いやつらしかいないのか! 王牙は心の中でそう吐き捨てた。

 一方のジェネシスは何もしてこない。先ほどのようにレーザーを放つわけでもなく両手をポケットに突っ込みながら、強者の余裕をその顔に浮かべている。

 忠則もさすがにその舐めきった態度にイラついたのか、体中に炎を纏いながら薙刀の一閃を放った。

 しかしそれは案の定、彼の体の表面に張られている障壁によって弾かれてしまう。


「まだだぁっ!!」


 忠則は浄海を引き戻し、そこから流れるような連撃を放っていく。突き、薙ぎ払い、振り下ろし。

 薙刀には基本この三つしか攻撃方法はないが、忠則はその三つから無数のパターンを作り出し、予測困難な連撃を可能にしていた。まさに、計算し尽くされた武術。無数のパターンの中から即座に一つを選び出し、状況を的確に支配しようとする忠則の武術は、間違いなく一級品と言えるものだった。

 ――だが、それが意味を成すことはない。


「ゼアァァァァッ!!」


 地獄の炎を纏った刃があらゆる角度からジェネシスを襲う。

 しかし、まるで効果がない。ダメージどころか衝撃すら与えられていないらしく、ジェネシスはポケットに手を突っ込んだまま、その場で身じろぎすらしていなかった。

 王牙はその圧倒的な光景に叫び出したくなる。

 今の彼にはあれほどの武術を身につけていた忠則の演舞が、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶がもがいているように見えてしまっていた。


「『血騰流けっとうりゅう』!」


 浄海の刃先に、鎧として纏っていた分の炎が集積していく。溜まりに溜まった炎は輝きを増していき、溢れた火花を浴びて地面がジュワッという悲鳴とともに白煙を上げた。そして忠則が浄海を杖のように両手で掲げると、そこから凄まじい熱量の閃光が放たれた。

 当たれば、灰しか残らない。本能でそう察せるほどの閃光を、しかしジェネシスは笑いながら、片手で受け止めた。閃光は花火のように拡散し、その時点で彼の周囲を照らすイルミネーションに成り果ててしまった。


「なっ……!?」

「格の違いが理解できたか? ならば、その絶望を噛み締めたまま、消え失せろ」


 渾身の一撃が通じない。

 散々その事実を突きつけられてとうとう忠則は音を上げてしまったのか、ショックを隠しきれず足を止めてしまった。

 それが致命的だった。

 ジェネシスは一瞬で忠則の目の前に移動する。慌てて忠則は炎の鎧を纏うが、遅い。

 まるで虫でも払うかのような動作で放たれた裏拳が、炎の鎧を貫通し、忠則の顎を砕いた。


「ブガハッ……!」


 メガネが割れ、端正な素顔が露わになる。だがその顔はおぞましいほど血濡れになっており、とても見れたものではない。

 忠則は一瞬気を失いかけて、前のめりにバランスを崩した。それをなんとかこらえ、倒れる直前で踏みとどまる。

 ――しかし、顔を上げた彼の目前に見えたのは、ジェネシスの指先だった。


「『ハレイ』」

「しまっ……!」


 そこから霊力の奔流が迸り、極太の白き閃光が放たれる。

 忠則にはそれを避ける余力はなかった。目の前の光景を認識はしたが、ダメージのせいで足が動かない。そのまま、彼は閃光に飲まれ――。


「どけぇぇぇ!!」


 ――る前に、忠則の体は王牙によって突き飛ばされた。

 そして、閃光が代わりに彼を飲み込み、そのまま空の彼方を穿つ。


「王牙ぁっ!」

「ゴハッ……! き、気にすんな……っ! かすっただけだっ!」


 夜美が思わず悲痛な叫びを上げる。

 だが、王牙は生きていた。彼の体は閃光から漏れ出て、境内の端の地面に転がっていた。

 彼は閃光に飲み込まれる直前、体を捻ることによって直撃を避けたのだ。そして数秒間は巻き込まれたものの、斜めに吹き飛ばされたことによって閃光の中から脱出することができた。

 だが……。


「ぐっ……ゲホッ……ゲホッ……!」


 王牙の口から大量の血反吐が吐き出される。

 既に大半の骨と筋肉と内臓が潰されていた状態で、もう一度『ハレイ』の閃光を浴びたのだ。直撃ではなかったとはいえ、ダメージは大きすぎた。もはや立っていることも困難となり、王牙は膝をついてしまう。

 だが、その目の輝きは消えていない。まだ拳は握ることができる。なら、一撃を放つのに支障はない。命一つに比べれば安いものだと、王牙は軋む体に力を入れ、再び立ちあがろうとする。

 そんな王牙を、忠則は信じられないものを見るような目で見つめていた。


「お前、どうして……?」

「目についちまったんだ。見過ごすわけにはいかねえだろ」

「……僕たちは敵だぞ?」

「本当にお前は、そう思ってるのか?」

「……」


 忠則は一瞬夜美を見たあと、言葉を詰まらせた。

 それを見て王牙は自分の考えが間違ってはいなかったと理解する。そしてその嘘を許さない目をまっすぐ彼に向けた。


「いいかげんこの際はっきりさせとこうぜ。お前は夜美を殺したいのか?」


 ♦︎


 忠則にとって彼女は、神にも等しき存在であった。


 平忠則は下級貴族、平家に生まれた。

 平家、と言えば聞こえはいい。おそらく義務教育を受けた全ての日本人がその名を知っていることだろう。

 かつて平安末期、武家でありながら政界を支配した大物一族。彼は間違いなくその末裔であった。

 だが、そう事は単純ではない。壇ノ浦の戦いで敗北が確定したあと、平家はまるで賞金首にでもなったかのように女子ども関係なく捕らえられ、処刑されていった。もはや一族根絶の危機にまで追いやられ、家財を根こそぎ奪われ、残ったのは傍流も傍流な忠則の先祖のみ。

 平家伝説の有名な話に、平家の落人や平家の隠れ里と呼ばれるものがあるが、彼らがまさしくそれだった。彼らは壇ノ浦でなんとか生き残ったあと、人の目につかない山奥で里を作り、時代が変わるまでの間隠れて暮らすことになった。そうやって命を繋いできたのだ。


 その後、源平合戦のことなどすっかり昔話になったころ、里を出た当時の棟梁が優れた実力者であったため、平家はその血筋の珍しさもあって光天京でなんとか貴族の席を与えられた。

 だが、貴族とはいえ、ほぼ末端だ。大半の優れた霊器も喪失してしまった平家はすっかり衰え、落ち目の貴族となってしまっていた。

 逆に、昔のライバル関係であった源氏の流れを継ぐ源家は比べるのがおこがましいほどの栄華を誇っていた。

 もともと源氏といえば妖怪退治の逸話が多い一族。最強の妖怪退治屋、源頼光をはじめ、平家物語にも出てくる鵺退治の源頼政、天下無双の乱暴者、源為朝など、数えればキリがない。そんな一族が妖怪退治を生業とする陰陽師が集う光天京で栄えるのは当然のことであった。

 ただでさえ肩身が狭いのに、源家と比較され、平家は常に軽んじられてきた。落ち目になったのも仕方のないことだ。


 そんな時勢の中で、忠則は平家と陰陽師の誇りを持って生まれてきた。

 忠則は誰よりも真面目だった。学院時代は座学も武術も誰よりも長く居残り、修行をこなした。全ては誉ある陰陽師として。何よりも平家の武士として。貴族たちなら誰もが持って生まれるその使命をむしろ彼は歓迎し、人類の守護者として戦うことに誇りを持っていた。

 だが誰も彼を認めようとはしない。どれだけ努力しても、どれだけ実力を得ても所詮落ち目の平家、軟弱者の一族と揶揄され、相手にされなかった。

 そうやって本来得るはずだった主席の座を逃して卒業し、陰陽師院に入ってからしばらくして。

 彼は運命と出会う。


『……ふーん。今期入隊の中ではあなたがトップかしらね。誰もあなたを推薦してこなかったのが謎だけど』


 集団の中にいてはいつも通り笑われるため、光天京の外にある森で鍛錬をしていたある時。

 彼女は忠則の集中を川を流れる水のようにすり抜けて、現れた。


 光天京を支配する二つの最高貴族、両儀宗家。

 その片翼、陰を司る出雲の巫女。

 『月姫』出雲夜美。

 その風貌は、まるで女神のごとく美しく、神秘を携えていた。足元まで垂れた長く艶やかな桃色の髪。黄金の瞳は、まるで闇世に浮かぶ満月を思わせる。

 光天京において神の代行者として信仰されている彼女は、しかし忠則にとっては神そのもののように見えた。

 彼は人間とは思えぬその存在を前に、緊張で喉が焼き切れそうなほど声を震わせながら、自分の家柄と現状について語った。

 最高貴族たる彼女のことだ。てっきり他の者と同じように、忠則を嘲り笑うのだと諦観していた。


『くだらないわね。政担当の司京議会ならまだしも、ここは武が何よりも優先される陰陽師院よ。まったく、人材不足だっていうのに、まだそんなことを言っている者がいるなんて。学院の方にも手を入れる必要がありそうね』


 だが、彼女はそんな不安を一蹴した。そして手を差し伸べてくれた。


『しょうがないわね。あなた、私の軍に来なさい。幸い才能はありそうだし、ここまま腐らせておくのももったいないし』


 その時の興奮は生涯忘れることはないだろう。

 彼女の修行は殺人的で、腑抜けた貴族の坊ちゃんには到底こなせないものであったが、忠則は文句を言わずに食らいついた。そこには何よりも充実感があったから。


 彼女はまさに、忠則にとっての理想の陰陽師だった。

 その志は高く、規律を守り、誰よりも陰陽師として正しくあろうとする。

 家柄も。実力も。他より抜きん出ており、忠則の望む全てを彼女は持っていた。

 そんな彼女に忠則が崇敬の念を抱くのは当然のことだっただろう。それは恋愛のような邪なものではなく、神に対する信仰に近かった。


 だから、彼女の死を耳にした時、大地の全てがひっくり返ったかのような感覚を味わった。

 そして彼女の幻魔が召喚されたと知った時、誓った。彼女の美しい志を。彼女の名誉を汚さぬため、他ならぬ自分が幻魔を討伐してみせると。

 だが――。



「いいかげんこの際はっきりさせとこうぜ。お前は夜美を殺したいのか?」


 その言葉を聞いた時、時が止まったかのような感覚が忠則に走った。心の奥底にある、探ってはならないものに触れられた気がした。

 忠則は目だけを動かして『彼女』を見る。

 長く艶やかな桃色髪。満月を思わせる瞳。それらは記憶の中から蘇ったかのように一致している。

 ただ一つ、横髪に紛れるように垂れている桃色の兎耳だけは、忠則には異質に映った。それを見つめるたびに、彼の中で憎悪が湧き出てくる。


「……もちろん。彼女は幻魔、偽物だ。殺すのにどうしてためらいがあると思う?」

「嘘だな。目が揺れてるぞ。よく見ろ。こいつの目を。その奥にある心を。お前の記憶の中の夜美とよく見比べてみろ!」

「……」


 王牙は夜美を指差して吠えた。

 彼女は、何も口を開かなかった。弁明も、泣き言も。ただ氷のように曇りなき目で忠則を見ている。

 ……違わない。その瞳に宿った気高い意志の輝きは、微塵も色褪せているようには見えなかった。


「心も同じで記憶も同じ。だったら種族が違おうが、一度死んでいようが、そいつは本人に決まってるだろうが!」

「……だが! 陰陽師は私情に流されてはならない! 僕は人類の守護者だ! 少しでも危険があるのなら、僕はそこの幻魔を切る! 切らなきゃならないんだ!」

「っ……いい加減、目ぇ覚ましやがれ!」


 突如、顔面に強烈な衝撃がはしった。

 能力による強化もない、平凡な拳の一撃。だがそれでも龍魔の拳で骨折していた忠則には堪えきれない痛みと化す。あまりの激痛に頭が真っ白になっていると、王牙が襟首を掴んできた。


「何が使命だ! くだらねえ! そいつはテメェに嘘ついてまで貫かなきゃならねえもんなのかよ! 仲間切ってまで守るもんなのかよ!」

「お前に何がわかる! 平民生まれで、なんの使命もなくのうのうと暮らしてきたお前に! 僕たちの使命の崇高さの何が!」

「わかるわけねえだろうが! ……ただ、お前が今すっげえ辛そうだってのはわかる」

「っ……!」


 辛い? 自分が? 

 指摘され、手を顔に当ててみる。

 そこで気づいた。被っていたと思っていた心の仮面は先ほどの拳で砕けており、自分がどれだけ醜い顔をしていたかを。

 その顔は怒っているとも泣いているとも言えぬ、歪んだ形をしていた。口から垂れる血は打撃によるものではない。骨が軋むのも無視して歯軋りした結果、出血したものだ。同じように、浄海を握る両手は力の入れすぎで肌が裂け、血を流している。

 それほどまでに感情が乱れている。それが彼の答えだった。


「正直に言えよ。お前、夜美を殺したいのか?」

「っ……殺したいわけないだろうがっ!」

「そうだよ! だったら叫べ! 声を張り上げろ! どんなに取り繕うたって、その中にあるのがお前の本音だ! 後先のことなんざ考えるな! そんなの誰にもわからない! 未来がどうなるかなんてのは、お前次第だろ!?」


 ――僕の本当の気持ち……?

 ――そうだ、僕は、本当は……!

 心を覆っていた闇が太陽のような光に照らされていく。

 気がついた時には、もう理性では手遅れだった。


「頼む……! 彼女を……巫女姫様を守ってくれ……!」


 忠則は叫んだ。今まで心の奥底に押し込めていた感情。それが蓋をこじ開け、せり上がってくるのに任せて。それは彼の、魂の吐露だった。


「おうっ!」


 短く、一言。その惨めで無様な請願に、王牙は拳を打ち合わせて、頷いてくれた。

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