第16話 魂の王牙会心撃
……そうだ。嘘は防衛本能だと夜美は言ったが、真実もまた人を導くためにあるのだ。
世の中は複雑だ。白黒はっきり分けられるほど単純ではない。時には望まざる嘘をつくことも必要となるのだろう。
だからこそ、譲るべきでない部分にだけは嘘をついてはならない。
俺はもう見たくないんだ。自分を偽って、その結果後悔するやつを。
だから、真実を突きつけよう。たとえそれが独りよがりのエゴイストだとしても、嘘で苦しむやつらに手を差し伸べてやりたい。
全ては無理でも、この目が届く限りでは。
それが俺があの時、生き残った意味。その宿罪なのだから。
それでいいんだよな? 魅喜……。
「……さて、その前にまず片付けなきゃならねえやつがいるな」
拳を打ち合わせたまま、王牙は境内で佇んでいた脅威に向き直る。
その男、ジェネシスはさして興味もなさそうな顔でたたずんでいる。
「……終わったか? ならばゲームを再開するとしよう」
「律儀に待ってくれるとはな。意外といいやつなのか?」
「言っただろう? これはゲームだ。コントローラーも握っていないプレイヤーを倒すことほど虚しいものはない。私はお前たちの足掻きの中の輝きを見たいのだ」
「そうか。なら、俺たちに時間を与えたこと……後悔させてやるぜ」
王牙はすでに半分以上の面積が消し飛んだ自身の衣服を引きちぎり、適当に脱ぎ捨てる。幸い、黒ジャケットの両袖だけはなんとか無事のようだ。それを腰に巻き付けて結び、腰巻とした。
最後の局面なんだ。あんなボロッボロの服、防御力も期待できそうにないし、そもそも肌に張り付いて気持ち悪い。それにこっちの方が気合いが入る。
そんな王牙の左右に、夜美と忠則が並び立つ。忠則はその赤く腫れ上がった目を隠すためか、割れているにも関わらずメガネをかけている。そこで、今まで黙っていた夜美が口を開いた。
「忠則。あなたが陰陽師として私を切らなければならないのはわかっているわ。だから私の心が闇に堕ちた時は迷いなく切りなさい」
「巫女姫様……」
「ただ、今はまだその時じゃない。目の前に人類に仇なす脅威が立ちはだかっている。だから、今だけは陰陽師として、私の手を取ってくれないかしら?」
「あなたは、そんな姿になってまで、まだっ……! それに目を背けて、僕は……!」
二人はもう大丈夫だろう。過去に殺し合ったわだかまりはすでに解けている。元通りにとはいかないだろうが、あとは時間が解決してくれるはずだ。
彼女はそう語り終えたあと、今度は王牙の方にその顔を向けた。
「……あなたにはたぶん、人の心を動かす才能があるわ」
「なんだよ、藪から棒に」
「私じゃ忠則を説得することなんてできなかった。むしろそういうものとして受け入れて、諦めてしまっていた」
「巫女様、それは……」
「いいのよ。それはたぶん、私にはない才能。太陽のように凍りついた心を溶かし、動かしてくれる。正直、少し羨ましいわ」
「お前……」
彼女は陰陽師であることを誇りとしている。忠則の行動理念も痛いほど理解できていたのだろう。
だから、受け入れた。
だが、王牙は認めなかった。
立場も経験も違うのだし、同じような思考を持てないのは当然だ。だけどあれだけ敵対していた忠則を説き伏せた王牙に、夜美は自分にはない心の熱のようなものを感じていた。
「ま、他の全てじゃ負ける気はしないけど」
「一言余計だぞおい」
褒めてるんだか、けなしてるんだか。
上げては落とされて、王牙はガックリとうなだれる。
「その……少しは認めてあげるってこと」
「そ、そういうことかよ。わかりにくい」
「だから……私よりも先に死なないでよ?」
「誰に言ってやがる。お前と、忠則と、桜と。三つも約束背負ってるんだ。負けるわけにはいかねえんだよ!」
「そうだ。陰陽師として。そして一人の人間として。僕はお前を倒す!」
王牙は手首を捻り、エンジン音を響かせる。夜美は護符を構え、忠則は体に炎を纏う。
そして、決死の覚悟を決め、彼らは突撃した。
「ラァァァァッ!!」
「オオオオッ!!」
「ハァァァッ!!」
気炎万丈。
三人は雄叫びをあげながら疾走し、気合いを込めた一撃をそれぞれ放った。
王牙は拳を。
忠則は薙刀を。
夜美は陰陽術を。
三方向からの一撃は抵抗もなくジェネシスの体に吸い込まれていき、轟音が鳴り響く。
だが……。
「学習しなかったか? 何度やっても同じことだ」
『っ……!』
茶番は終わりとばかりにジェネシスは顔を上げ、その両の腕を薙ぎ払った。途端にドーム状の霊力が放出され、王牙たちはまたもや吹き飛ばされる。
「くぅっ……淡い期待だったけど、一方向の攻撃に一瞬霊力を集中させているわけじゃないみたいね!」
「常時展開で全面あの防御力なのか……化け物め!」
「おい、次の手どうするよ!?」
なんとか三人は無事に受け身を取る。
未だに打開策はない。王牙は足りない頭を必死に回転させるが、やはり良い手は浮かばなかった。
そもそも、彼は頭脳派ではない。フェイントやカウンターといった戦術を使い分けられるセンスはあるが、戦略となるとまるっきり役に立ちそうもなかった。そして今はその戦略が必要な場面だ。あの霊力の鎧は小手先の戦闘技術だけで突破できるものではない。
ゆえに、何もできない自分に腹が立ち始めていた。
「……このままやっても埒があかないわね。なら……忠則!」
「はい!」
命令も何もないその一言。しかしそれだけで彼は自分のやるべきことを理解し、術式を構築する準備に入った。
まさに阿吽の呼吸。それは両者の間に確かな絆がなければ成り立たない連携だった。
「隠形始式『煙遁幕』!」
「隠形始式『音切』」
忠則が地面に手のひらを叩きつける。と、次の瞬間、視界を遮る黒い煙幕が発生し、境内中に充満した。
「ほう……茶番の次は軍議ときたか。いささか悠長な気もするが、まあいい。王とは座して待つ者。いくばくか時間をやるとするか」
周囲を見渡しても何も見えない。そのことに王牙が困惑していると、腕を白い手に引っ張られる。それに最初驚いたが、その雪のような白い肌で誰のものかを理解したため、抵抗はしなかった。
そしてしばらく走った後、黒煙に包まれた王牙の視界に二人の姿がようやく映り込む。
「……やっぱりね。あいつの性格上、絶対追撃は来ないと思ったわ」
煙遁幕の黒煙は通常の空気より重い上に、周囲に絡みつくような性質を持っている。術者が解除しない限りは、ちょっとやそっとの風でかき消されるようなことはない。しかしジェネシスならこの程度の煙は一撃で吹き飛ばすことができることだろう。それをしないということは、要するに舐めプをしているということだ。
ムカつくが、実力差は歴然としている以上、もはや怒る気にもなれない。
「音の拡散を防ぐ結界を張ったわ。今のうちに指示を出すわよ」
「作戦なんかあるのか!?」
「ええ。1パーセントもない、絶望だらけの作戦よ。それでも乗るかしら?」
夜美は意地悪い笑みを浮かべていた。これは彼女なりの最終警告というやつなのだろう。三人いてもこの戦力差だ。いくら戦術といっても、その差を覆すのは容易ではない。実力差の溝が深ければ深いほど、代価として払うリスクは高くなる。1パーセント未満とは誇張に見えて、彼女なりに正しく戦況を分析した結果なのだ。
だが王牙は臆することなく、むしろ不敵な笑みを浮かび返して頷いた。
「やってやろうじゃねえか。たとえ可能性が小数点の向こうにあっても、奇跡ってやつを起こせばいいだけの話だ!」
「決まりね。じゃあ作戦を伝えるわ」
こうして、夜美は王牙たち二人に作戦を伝えた。
ただし、あくまで手短に。
さすがのジェネシスでも五分も十分も待ってくれることはないはずだ。なので作戦の意味だけ省かれて、あくまで何をすればいいかだけを王牙は聞きとる。
「……なるほど。さすが巫女姫様です。これなら一矢報いることができるかもしれない……!」
「え、えーと……まったく俺には意味不明なんだが? これ、なんの意味があるんだ?」
「……あなた。私が前に教えたことすっかり忘れてるでしょ。まったく、この作戦はあなたが一番ズタボロになるんだから、しっかりしなさい」
「ズタボロになるのは確定なんだ」
「当然よ。むしろ神風特攻で囮にしてないだけ感謝しなさい」
はぁ。この後祭りが残ってるんだけどなぁ。
どうやっても一番危険な目に遭うことが確定し、王牙はため息をつく。
だが、不満はない。むしろ感謝してるくらいだ。この状況で、勝てると思わせてくれる作戦を立ててくれただけで。それだけで王牙にとっては救いだった。
上等だ。全員生き残れるハッピーエンドへの道がこれしかないのなら、いくらでも苦行を背負いこんでやる。
全員、覚悟は決まった。もはや口を開くことはない。目だけで頷き、そして最後の大博打に出る。
最初に行動したのは夜美だった。『音切』の結界を解除すると、その両袖から百枚を超える護符が撒き散され、光の粒子へと変換されていく。それらは作戦会議中に忠則から全てもらったものだ。
境内に映る光景は、まさに星の雨の如く。その中で夜美は莫大な霊力を放出し、術式を組み始める。
陰陽術の発動には『完全詠唱』と『無詠唱』が存在する。
前者は基本的かつ最も効果の高い発動方法だ。頭で術式を描きながら詠唱を唱えることによって、術の安定性や威力を高めることができる。陰陽術を学ぶ者は誰であれ、まずはこの完全詠唱を覚えることから始まる。
対して後者は高等技術だ。詠唱を省くことで安定性と威力は半減するが、それでも発動までの隙をなくすことができる。しかし無詠唱は高度な術式の演算技術が必要となり、ゆえに陰陽師院内でもその半数は無詠唱ができていないでいる。順式以上の術で無詠唱ができる者となると、もはや二割もいないだろう。
しかしそれは逆に言えば、確かな実力者にとっては有用な技術ということだ。夜美ほどの陰陽術の腕前なら、ほぼ全ての術を無詠唱で扱うことができるだろう。
しかし今の夜美はその滅多に使わないであろう完全詠唱で、術を放とうとしていた。
その恐ろしさを嫌というほど知っている忠則は周囲の地面を切りつけて炎の壁を発生させ、それで自身と王牙を囲い込む。
「いいか! 一ミリでも僕の側を離れるんじゃないぞ! 離れたら死ぬぞ!」
「お、おい、そんなにヤバいのかよ……」
「当たり前だ! 巫女姫様は陰陽師院で一、二を争う陰陽術の使い手なんだ! 巫女姫様が完全詠唱の術なんか使ったら……町一つ軽く吹き飛ぶぞ!」
そうこう言っている間に、夜美の霊力が集中していくのを二人は感じ取る。
忠則はそれで準備が完了したのを察し、全ての霊力を炎壁に注ぎ込んだ。その熱量は囲い込まれている王牙からすれば、苦しいという一言では言い表せない。空気を吸うたびに喉が焦げつき、肺が焼かれていると錯覚するほどだ。まさに地獄で釜茹でされているような気分になり、意識が薄れていった。
だが、それで忠則は熱量を下げることはしない。汗すら一瞬で蒸発するような環境に身を置いて自らも苦しみながらも、必死に熱量を引き上げ続ける。
そんな中、清らかな少女の声が境内にこだました。
「――“命は巡り六天に至る
罪着せられし魂 導きの船頭 終わりなき紅蓮の園へ
黄金、白銀、硨磲、珊瑚、瑠璃、玻璃、瑪瑙
蓮の花は赤く染まり、凍てつく涙宝玉の城を撃つ
されど救いを せめて祈りを”」
「水行極式――『極楽鏡土』」
そして、その言の葉が紡がれた途端――王牙の眼前の全てが白銀に染まった。
目の前にあった炎壁も。
周囲の地面も。
その色は驚くほど白に塗り変わった。
そしてそよ風が吹いただけで、壁も、境内に残った本堂の残骸も、全てが砕け散り、粉雪と化した。
木々も、大地も、山すらも。
全てが例外なく白に覆われている。
その上には隙間なく白銀の睡蓮花が咲き誇っており、彼らはこの世に存在する全ての命を吸い取って咲いていた。
――水行極式『極楽鏡土』。
その効果は、半径数キロに存在する全てを巻き込み、完全凍結させる。
王牙は驚愕の声を上げることができなかった。舌が凍りついて息をすることができないのだ。それだけでなく、彼の下半身は大地と同じように、白銀の睡蓮花で覆われている。
だがその姿ですら、王牙の前方に見える二人の男の惨状に比べれば、はるかにマシだった。
「ぁ……っ……!」
忠則は首から下全てが凍てつき、睡蓮花づけになっていた。あれほど盛っていた炎は見る影もない。
なぜ炎使いの彼が重傷を負い、王牙は無事なのか。
決まっている。彼は身を守る分の炎すら王牙を守ることに使っていたからだ。
そして肝心の標的、ジェネシスはと言うと、原型すらとどめていない。足の付け根から頭の頂点まで、肌の色や服、髪も見当たらないほど睡蓮花で埋め尽くされていた。もはやあの中に人がいるとは到底考えられなかった。あの頑丈な結界もどきも、さすがにこれは防ぎ切れなかったということか。
だが、まだ終わりではない。これで安々と死んでくれるほど、王牙たちが感じた絶望は浅くない。
王牙はふと、忠則と目が合った。彼はもはや身動きを取ることはかなわない。だが、その目だけは何を言わんとしているかがわかる。
「ぃ……け……」
「行きなさい王牙! これで終わらせるのよ!」
夜美は膝をつきながら、顔だけ上げて叫んでいる。彼女も霊力が限界なのだ。
二人の意思が伝わり、それが王牙の心を燃え上がらせた。足に咲いた睡蓮花が徐々に揺れていく。そして雄叫びとともに凍りついた足を踏み出すと、花は砕け散って消えた。
「うぉぉぉおおおおっ!!」
王牙は左手を右手首に添え、吠えた。そして手首を五回、エンジン音を撒き散らしながら捻る。すると骨が肌を突き破ったかのような痛みが全身を駆け巡る。
「『駆動心音』……クイントアクセル!!」
――身体能力強化、五倍。
その激痛によって生まれた熱すらも燃焼力に変えて、王牙は地面を蹴り、駆け出す。荒れ狂うエネルギーの奔流が暴れ回り、体が破裂してしまいそうだ。額には血管が浮かび上がり、いつちぎれてもおかしくないほど震えている。
――だが、この程度の痛み……忠則のに比べたら、かすり傷にも及ばないんだよ!
限界突破した右足で大地を蹴り、ジェット噴射するかの如くジェネシスだったオブジェに接近する。そしてその右拳に、ありったけの霊力を注ぎ込む。
――その時、睡蓮花の花弁が散っているのが目に入った。
睡蓮花の集合体の中から、肌色の片腕が突き出てくる。まるで卵から孵化したトカゲのように。
そして次の瞬間、睡蓮花が弾け飛び、中から五体満足のジェネシスが飛び出してきた。
――どうして!? 早すぎる! 体内すら凍結させたはずなのに……!
夜美はその光景に肝を冷やす。
だが、それに気づいたところで全てが遅い。足を地面から離し、突撃してくる王牙を嘲笑い、ジェネシスは睡蓮花に隠されていた右手を引き抜く。その指先は、まばゆいばかりの白い光を放っていた。
「――『ハレイ』」
そうして、紡がれてきた希望の糸を断ち切るかの如く、粉砕の一撃が放たれた。
王牙の両足は宙に浮いている。着地からの方向転換は不可能。
死が眼前に迫ってくる。風切り音がまるで魔物の唸り声のように聞こえる。目の前から迫ってくる閃光が、竜の顎のように見える。死に際になると走馬灯を見るというのは本当だったのか、この時、王牙の視界はスローモーションのようになっていた。
頭の中に流れるのは、過去の記憶。夜美との出会い。そして共闘。短いながらも一緒に過ごした日々。
夜美は一生分以上の不幸を背負っていた。一度死んで、憎むべき妖怪となって蘇り、古巣の陰陽師院から討伐依頼が出され、誇りと矜持もズタズタにされていたはずだ。
しかし、彼女は気高くあり続けようとしていた。陰陽師としての誇りを忘れず、どれだけ仲間だった者から石を投げつけられても、平然な顔をして耐えていた。辛くないわけがないのにだ。
そんな彼女が、このままではこいつに殺されてしまう。そんなのは許せない。約束うんぬんだけじゃない。これ以上この少女が不幸になるなんて、許していいわけがない。
――俺はこのいじっぱりで虚勢ばっか張ってるこいつにも、嘘偽りのない笑顔を浮かべて欲しいんだ!
――だから、だから俺は……!
「……ぉぉぉぁぁぁあああああああっ!!」
見苦しく足掻くように。腹の底から声を捻り出しながら、王牙は左足を虚空へ突き出した。
そこには一見何もない。しかし王牙の足には、確かに何かを蹴った感触があった。
そう、この世に満ちた大気を。正確にはそこに含まれる霊素を。
そして閃光が彼を消し飛ばす直前、王牙の体は右に勢いよく曲がった。
閃光は王牙の顔に迫り――その首の皮一枚を剥ぎ取ったところで、彼の背後を通り過ぎていった。
一瞬の空白の時間。
ジェネシスは指を突き出した状態で停止している。王牙は敵の懐近くで着地。手首と同時に右足から腰にかけて、体全体を捻り――その溜めに溜めた拳を、ついに解き放つ。
「『王牙ッ……会心撃』ィィィッ!!」
図らずとも、それはカウンターの形となり、ジェネシスの左脇腹に突き刺さる。
ゴギィッ! という鈍い音と鈍痛が響いた。
その発生源はジェネシス……ではなく、王牙の拳から。
限界を超えた身体能力強化で障壁を叩いた結果、その衝撃に体が耐えきれなかったのだ。だが今の王牙には、それは拳を引っ込める理由にはならなかった。
霊力の火花が二人の顔を照らす。発生した衝撃波は気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。王牙は血管がちぎれそうなほど歯を食いしばり、拳に力を込める。
しかしそれでも見えたのは、ジェネシスの脇腹のわずか数ミリ前の空間がひび割れている光景だった。
「ヒビを入れるか!? だが、足りない! お前の能力だったら、せめて十倍は持ってくるべきだった!」
「そうか! だったら……百倍だァァァァッ!!」
絶叫。そして拳を壁に押し当てながら、王牙は手首を限界まで捻った。
次の瞬間、轟音。
空気の振動。
一秒間の強化。
それだけで王牙の肌という肌が引きちぎれ、全身から血が噴き出した。真っ赤になった顔面の中、それでも彼は牙を煌めかせ、獣の如く笑みを浮かべる。
――『駆動心音、100倍
ジェネシスは侮っていた。『無窮障壁』の耐久性に上限はない。しかしその耐久値は百にするか千にするか、それとも万にするかというように毎回設定しなければならない。
今回、ジェネシスは王牙の最高火力である『王牙会心撃』を基準に、その数十倍の耐久度にまで『無窮障壁』を設定していた。それだけあれば十分だと思い込んでいたのだ。
――ゆえにその拳は障壁を、想定を突き破り、ジェネシスの脇腹に突き刺さった。
「ゴォッ……!? バ、カッ、なッ……!?」
「らぁぁあああああっ!!」
時が動き出す。
伸びきる手前の腕が徐々に加速。
拳から桃紫色の光が膨張する。
そして王牙は、残る全ての力を込めて拳を振り抜き、ジェネシスの体を山の大地ごと抉りながら、彼方まで吹き飛ばした。
「がぁああああああああっ!?」
そこで全てだった。王牙の全身約二百本の骨、全てが砕け散り、糸が切れた人形のように王牙は倒れ伏す。
もはや一歩も動けない。息をすることすら苦しかった。
王牙は目線をなんとか前に向ける。そこには境内の半分が山ごと崩れた景色しか見えず、あの恐るべき破壊神は見えない。
そこでようやく心でため息をつき、全身の力を抜いて、重力のあるがままに身を任せるのだった。




