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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第12話 夢幻祭

 王牙たちはたわいもない会話をしながら、町中を歩いていた。

 町は王牙の人生でも見たことがないくらい人で溢れている。おかげでどこの店も忙しそうだ。

 過疎化が進んでいたこの町に今夜のみ人が集まるのも、その百年に一回という珍しさゆえなのだろう。それは渇きに飢えていたところに大雨が降り注いだようなもので、町の商売人たちはどこか生き生きしているように見えた。夢幻祭様様である。

 しかし王牙としては町の景気などどうでもよく、ただ人混みの多さに煩わしさを感じて辟易としていた。

 雨は一方では恵みなのかもしれないが、王牙にとっては飲めない濁流のようなものだ。行き過ぎた雨は氾濫を起こし、洪水をもたらす。おそらく言葉にしてないだけで、他の四人もそう思っていることだろう。

 そうやって歩いていくこと数分。

 王牙たちは交通規制のされた車道の横の歩道を歩いている。そこで彼らはいかにも『和』という文字を連想させる音楽を聴いた。


「お、見ろよ王牙! ちょうどいいタイミングだ! ありゃ神輿だぜ!」

「へぇー。百年も経ってるからどうなるかって思ってたけど、けっこう本格的だな」


 先頭を行くのは演奏集団。

 彼らが奏でるは笛、鉦、太鼓。軽快で、初めて聞くのに、どことなく本能が慣れ親しんでいる。

 これこそが祭囃子だ。

 演奏集団の背後にあるのは、本命の神輿。それらを担ぐのは上半身裸で刺青が身体中に刻まれている、明らかに一般人ではない風貌の者たちだ。そんな彼らが喉が枯れそうなほど力強く叫びながら、気合を入れて神輿を担いでいる。


「ひょえー。マジもんこっわ。あれが本当のヤーさんなんだね」

「……極道は反社会的組織ではありますが、昔は愛される傾向がありました。香霊町のような古い町では、今でも地域と密着して行事を行なっているのも珍しくないと聞きます」

「うーん、見えないよー! うーん!」


 各々が神輿を見て感想を述べる中、桜は一人ぴょんぴょんと跳んでいた。

 しまった。身長が140センチ弱しかない彼女のことを忘れていた。彼女は人混みが邪魔して見れないようだった。


「……よし。桜、俺の背に乗れよ。それでお前にもあれを見せてやる」

「ふぇ!? い、いいの?」

「祭り、楽しみにしてたんだろ? ならお前が見れなくてどうする」


 王牙はそっとしゃがみ込み、彼女に背中を差し出す。

 しかし彼女は華も恥じらう高校生。いくら親しい友人とはいえ、男子高校生と触れ合うのは生理的に嫌なのだろう。その証拠に彼女は顔を酷く赤らめている。

 ――なお、彼女が中々乗ろうとしないのは別の理由があるのだが、そんなことは朴念仁の王牙にはわかるはずもないのであった。


「さっさとしてください。チャンスじゃないですか。それにもうすぐ神輿が通り過ぎてしまいますよ?」

「……ええい、ままよ!」


 彼女はようやく王牙の背に乗ってくれた。……乗ってくれたのはいいのだが、なんか体勢が違くね? これじゃあおんぶじゃなくて背中から恋人みたいに抱きつかれているように見えるんだが? 

 ……まあいいか。

 王牙は触れれば折れてしまいそうなほど細い彼女の足を手で支えると、ひょいっと彼女を持ち上げた。その時の彼女の一声が「……ぁんっ」と、大変色っぽいものだったので、ちょっとドキッとした。

 他の男子二人に至っては目を血走らせてこちらを睨みつけてきている。だが関わると面倒なことになるのはわかっていたので、あえて無視をした。


「どうだ?」

「……わぁ! すごい迫力!」


 彼女は目を輝かせて神輿を眺めていた。興奮しすぎて手まで振っている。しかしそれで崩れるほど王牙はやわではない。しっかり踏ん張って、彼女が満足するまで馬となる。

 彼女は心の底から笑っている。それを見ていると、無理にでも来てよかった。そう思えるのであった。


 やがて、神輿が通り過ぎていき、祭囃子が遠のいていく。そこで桜も冷静になったらしく、恥ずかしげに手で顔を隠していた。

 王牙はゆっくりと彼女を下ろす。


「……その、重くなかった?」

「なんだ? 俺の心配してくれたのか? だったら大丈夫だ。一応鍛えているからな」

「じゃ、じゃあやっぱり重かったんだね!?」

「どうしてそうなる!? 旅行用のバッグよりも軽く感じたぞ。むしろ心配になってきたぜ。ちゃんと食ってるのか?」

「いっぱい食べてるつもりなんだけど……なぜか大きくなれないんだよね」


 ……別のところは急成長しているみたいだが。なんて言いかけて、やめた。さすがの王牙でもデリカシーというものは持っている。というか今の彼女の発言を聞いて顔の下を凝視しているバカ二人と同じようにはなりたくなかったからだ。

 だがそれをいち早く察したのか、形見が鋭い目つきで二人を牽制する。それに焦った下竹が話題を強引に変えた。


「よ、よし! せっかくだしこのまま神輿追って神社に行くぞ! そんでもって道中の屋台で楽しもうぜ! みんな、金の貯蔵は十分か!?」

「僕あんまりかなー。少し貸してくれない?」

「しょうがないな。いくらだ?」

「十万」

「それ絶対返すつもりないよな!? 借りパクする気だろお前!」


 というかバイトもしないで毎日エロ本買い漁っている下竹がそんな金持っているわけない。ふと周りを見渡すと、祭りからの帰りなのか、たこ焼きやらりんご飴やらを持っている人がちらほら見える。それらを見ていると、王牙も少し腹が減ってくるのであった。


「見えてきた見えてきた。あの鳥居が麓の目印だな。あそこから山道を登れば境内だ」

「夢幻神社は詳しい歴史がまだわかっていない神社だそうです。少なくとも平安時代にはあったらしいのですが、小さい神社であるがゆえに書物にもほとんど残っていなくて、口伝で伝説が伝わっているだけだとか。神主もおらず、今はちょうど反対側の山にある八百神社の方々が代わりに管理していると聞きます。そういうわけで所有者もあいまいなままなので、普段は月に一回の掃除以外に人が寄りつくことはほとんどないらしいです」


 形見はそうやって夢幻神社に関するうんちくを語っていたが、正直男三人衆はほとんど聞き流していた。そんなことよりも彼らは鳥居までの道のりに並んでいる屋台が気になっていた。ふらふらと匂いに誘われて買いに行こうとしたが、形見に引き留められる。


「あ、私も少し知ってるよ。たしかそこの神様って白くて長い髪をした男の人なんだよね?」

「ええ。その通り……?」

「……どうした形見?」


 桜の言葉を肯定しかけて、形見は唐突に続きを言うのをやめた。その顔には何か違和感に気づいたのか、訝しげな表情が浮かんでいる。


「いえ……この神様に関する話って、いったい誰から聞いたのか思い出せなくて……」

「……そういえば私も……。まだ町に来て三年くらいしか経ってないし、そういうのに詳しそうな知り合いもいないのに……」


 ……たしかにそうだ。いったい王牙は誰からこの話を聞いたのだろうか。それがまるで思い出せなかった。

 王牙がこの町に来たのは少年院を出た後。一応血縁関係にある祖父に引き取られ、厄介払いとしてちょうど持っていた空き家がある場所へ送り出されたのだ。それ以降は喧嘩に明け暮れていたので、王牙にそのような話をしてくれる人など一人もいなかったはずだ。なのになぜ……。


「別にどうでもいいでしょ? どっかの本とかに載ってたんじゃないかな」

「そんなことよりさっさと行こうぜ! 俺、腹減っちまったよ!」

「……そうだな。たしかにどうでもいいことか」

「……まあ、たしかにここで考えても仕方がないことですね」


 そう。結局違和感があったとしても、その真実が明かされたところで何かあるわけでもない。王牙たちはそう考えてその疑問を頭の片隅に追いやることにした。

 そんなことよりも今は祭りを楽しむことのほうが大切だ。


「ここ以外にも山道の途中に屋台があるみたいですし、買い物や遊びは一通り回って、拝殿に着いてからにしましょう。その方が後悔なく遊べるはずです」

「えー。行き当たりばったりでメシ食うのも屋台の醍醐味だろ」

「そうだそうだー。横暴だー!」

「だまらっしゃい。あなたたち三バカが行き当たりばったりな買い物をした結果、最終的に私たちに泣きついてくるのは目に見えてるんです。高校生にもなるんですから、もうちょっと金銭管理くらいしっかりしてくださいよ」


 身に覚えがあるのか、そう言われると三バカは何も言えず、黙りこくってしまった。

 彼女の言うことも一理ある。他の二人とかはくじ引きで全財産使い切りそうだし。

 ――などと王牙は思っているが、他の二人も「王牙はくじ引きで全財産捨てそう」と考えているとは露にも思っていないのであった。

 そういうわけで、屋台はしばらくお預けになりそうだ。こうなったらさっさと登りきって、拝殿を拝んだ後に屋台に直行するしかない。王牙たちははやる気持ちを抑えながら、鳥居をくぐった。

 ――そしてその一瞬、王牙の中の直感が胸騒ぎを起こした。


「……なんだ? なんかが……」

「どうしたの王牙君? ボーッとしちゃって」

「い、いや、なんでもねえ。俺の勘違いだったみたいだ」


 それはほんの少しの違和感。

 鳥居の間を通った時、別の場所に降り立ったような感覚があった。

 しかしそれはほんの一瞬の出来事。すぐに違和感は消え去り、王牙は首を傾げる。しかし考えても仕方ないと切り替え、彼は長い長い階段を登ることに集中するのであった。


 ♦︎


 王牙たちが鳥居を通過したころ、夜美は近くの鉄塔の上に立ち、麓全体を見下ろしていた。その手にはソースとマヨネーズがたっぷりかけられたたこ焼きが収まっている。


「呑気な人ね。今こうしている間にも町が滅ぶかもしれないのに……はふっ」


 彼女は串に突き刺したたこ焼きを次々と口に放り投げていく。その目は応務鴉を通して、談笑する王牙たちに向けられていた。


「友だち、か……」


 気づけば夜美はその言葉を口にしていた。

 夜美はああして友人と一緒に遊びにいったことはほとんどない。幼少期より陰陽師として頭角を表していた彼女は仕事に追われて、息つく暇などほとんどなかった。ましてや出雲家は光天京を支配する最高貴族の一つだ。そもそも天上人である彼女に気軽に話しかけようとする者などほとんどいなかった。

 だが、羨んではいない。生まれは天意だが、その道を進むと決めたのは自分自身だ。そこに後悔はない。

 ただ、もし自分が身分などないただの一般人だったら、どうなっていたのか。王牙たちを見るたびに、それを想像せずにはいられなかった。


「……たるんでいるわね」


 夜美は食べ終えたたこ焼きの容器を燃やし尽くすと、軽く自身のほおを叩く。

 今は仕事中だ。王牙を狙って刺客が現れないとも限らない。それを防ぐために自分がいるのだから。

 夜美は鉄塔から跳躍し、重力など感じないかのように、ふわりと民家の屋根に着地する。そんな姿を見られれば大騒ぎになること間違いなしだが、隠形術を使用している今、一般人が彼女を目撃することはない。彼女はそのまま屋根から屋根に飛び移って人ごみを避け、鳥居の前に到着する。


「かなり古い鳥居ね。何十回も修理されているのがよくわかるわ。平安から鎌倉辺りにできたものかしら?」


 だとしたら少し気にしておく必要がある。平安時代といえば神代が去ったものの、神秘がまだ根強く残っていた時代だ。それでいて神の力が人に直接干渉できなくなり始めた時代であるが故に、妖怪最盛期とも言える。

 そんなものの遺物があれば、嫌でも警戒してしまう。

 だからだろう。夜美はじっと鳥居を見つめているうちに、その違和感に気づいた。


「これは……」


 鳥居の下の空間にゆっくりと手を差し出す。すると手が何かに触れたかと思うと、何もなく通れるはずの空間に、まるで水面でも触れたかのように、小さな波紋が発生した。


「これ……まさか、異界に繋がっている?」


 さらに詳しく調べるため、二、三度虚空に手を伸ばす。すると波紋がさらに二重三重に広がり、波を立てた。


「なるほどね。道理で町中を間接的に見て回ってもわからないわけだわ」


 応務鴉が共有するのは視覚だけだ。それ以外の五感や霊力知覚は、この式神には備わっていない。だからこうした違和感も応務鴉では察知できなかったのだ。


「金行順式『造鉄鋳(ぞうてっちゅう)』」


 夜美がそう唱えると霊力が形を成して集い始める。それらは棒状になったかと思うと、その姿を全身鉄でできた大鎌に変化させた。

 幸い、前回の忠則戦と違って霊力は十分に回復している。切り札の護符も忠則からいくつか拝借することができた。戦いの準備は整っている。


「決着は……今晩よ」


 脳裏に、今を楽しんでいるであろう王牙の姿が一瞬浮かぶ。それに多少の罪悪感を抱きながら、夜美は式神に意識を集中させるのであった。


 ♦︎


「ふぅーひぃーっ、ふぅーひぃーっ……! お、おい……今何段登った……?」

「いや数えてるわけねえだろ。何段あると思ってやがる」

「というか体力なさすぎでしょ。見てごらん。女子陣ですらまだまだ元気なのに……」

「中学時代運動部だったやつらと、万年帰宅部の俺を比べるんじゃねえよ……うぷっ」


 天龍寺に至る参道の中腹にて。

 多くの人々がにこやかに階段を登っている中、一人見るからにグロッキーな男がいた。下竹である。


「だ、だいたいなんだこの神社は……人が登る作りしてないじゃん……」

「お、今幼稚園児がお前の前を通り過ぎていったぞ」

「下竹君の体力は幼稚園児以下かぁ。尊敬するね、ある意味」

「さすがシャトルラン二十回脱落の男」

「持久走で最下位から二番目の人に十周周回遅れさせられた偉業は伊達じゃないね」


 もちろん、この山が特別険しいというわけではない。歩けば二十分程度で境内に辿りつけるくらいの距離だ。小学生でも十分登り切れるだろう。

 エロ関連のことになると無尽蔵のスタミナを発揮するくせに、どうして普段はこうも貧弱なんだか。

 呆れながら王牙は石造りの階段を上がっていく。

 夜だというのに参道にはいくつもの提灯が飾られており、道を明るく照らしている。それと活気に溢れる人々を見ていると、今が夜であることを忘れてしまいそうだ。

 だが、ふと空の暗闇を見上げると、その恐ろしさも思い出してしまう。そして辺りを照らす提灯が今度は酷く頼りなさげに見えてくる。

 そう、これは仮初の平穏だ。暗闇に包まれつつある世界の中で、一時的に灯りが満ちているだけなのだ。

 暗闇はいずれ来る。どれだけ名残惜しくとも。こちらの意などお構いなしに。

 王牙は夜美の話を思い出しながら、彼女の名を表す空を眺め続ける。

 すると、黒い何かがどこからともなくやってきて、ぼんやりとしている王牙の顔に飛びついてきた。


「ぶはっ!? な、なんだこりゃ!?」

「うぉっ! 鴉だ! 人間に突っ込んでくるなんて珍しいな」

「いや、この目。もしかしてこいつ、応務鴉――」


そこまで言ったところで、鴉は王牙のポケットをくちばしで綺麗に漁り始めた。そして何かを取り出すと、それを咥えて一目散に逃げていく。


「な、なんだったんだ、ありゃ……?」


 式神の暴走か? なんて思いながら、ポケットをまさぐる。しかしその手は虚空を掴むのみだった。


「まさか……俺の財布ぅぅぅ!?」

「ど、どうしたの王牙君!?」

「俺の財布があのクソ鴉に取られた! この前新調したばっかなのに!」

「へ? ……ええ!?」

「てことで、ちょっと追いかけてくる!」


 迷っている暇はなかった。王牙はすぐに先ほど登ったばかりの階段を駆け下りる。鴉が向かったのは麓の鳥居の方だ。都合がいいことに跳べば掴めそうなほどの低空飛行で逃げている。


「すぐに戻ってくるから、お前らは先に上がっておいてくれ!」


 そう言い残し、王牙は跳躍。階段をすっ飛ばし、夜の底へ飛び降りた。


「待てってこのクソ鳥! 待てってば!」


 もはや駆け下りるのもわずらわしい。参道の階段はそこそこ急だ。一般人が同じことをしたら数十メートル下にある地面に体をミンチにされることだろう。

 だが王牙はそうはならない。

 ――『駆動心音マキシマムハート』発動。

 体から桃紫色のオーラを噴出させ、さらに加速しながら地面に着地する。しかし二倍になった身体能力のおかげで、彼の体には傷一つついていなかった。

 ここまで来れば、財布を奪った鴉は目と鼻の先。心なしか鴉も王牙の行動に驚いているように見える。そして鴉は動きを止めた。

 チャンスだ。王牙は拳でも放つかのように手のひらを突き出し――すんでのところで急停止した。

 鴉の停止した場所。それは見覚えのある白い手だったからだ。


「遅いわよ。呼びかけたのならすぐに来なさい」

「なんだ、やっぱりお前かよ! というか財布返せ!」


 若干息を切らしながら文句を言う。そして鴉の口から強引に財布を奪い返した。

 そこでふと、彼女の雰囲気がいつもより鋭くなっていることに気づく。片手にはどこから取り出したのかもわからない巨大な大鎌が握られており、それが月光を反射して自己主張しているかのように輝いていた。まるで「早く切らせろ」と言っているように。

 その雰囲気は二回目に会った時、つまりは忠則と戦闘をしていた時のものと同じだった。


「……その顔。悪ふざけじゃないみたいだな。敵が来たのか?」

「いいえ。ただ、手がかりを見つけたわ」

「……マジか」


 王牙はついに来たかと、唾を飲み込む。

 前々からわかっていたことだ。だがいざ町の命運をかけて戦うとなると、さすがの彼も体が硬くなってしまう。なにせ先日死にかけたばかりなのだ。神経が焼け切れるほど腕を燃やされた時など、王牙の人生で一番の痛みだったと言える。それを超えるダメージを受けるかもしれないと思うと、正直恐怖が湧いてくる。

 だがすぐに誓いを思い出し、その感情をおくびにも出さずに平静を貫こうとする。

 一方の夜美はゆっくりと階段を降りていく。その先にあったのは、つい先ほど通ったばかりの鳥居だ。彼女はそれの柱に手を添えた。


「巧妙に隠されているけどこの鳥居、別の場所に繋がっているわ」

「は? 別の場所?」

「あなたみたいなバカにもわかりやすく言うのなら、ワープゲートかしら?」


 そこまで言われてようやく王牙も理解ができた。しかし次に懐疑的な表情を鳥居に向ける。王牙はノックするように軽く鳥居を叩いた。


「うんともすんとも言わねえぞ。スイッチみたいなものもないみたいだし、本当にワープゲートなんかあるのか?」

「正確には人工的に作られた異界を出入りするための門よ」

「異界って、異世界ってことか?」

「ま、そうとも言えるわね」

「そ、そんなのが本当にできるのかよ!?」


 信じられなかった。いくら術師とはいえ同じ人間が世界を作り出してしまうなど。だが夜美にとっては特に珍しいことでもないようで、驚きより忌々しげに鳥居を睨んでいる。


「できなくはないわね。実際、陰陽師院がある光天京も異界にあるのだし。ただ、異界というのは作るのに膨大な霊力が必要となるわ。それこそ個人ではどうしようもないくらいのね。だから普通は土地の龍脈に流れる霊力を利用するのだけれど……」

「何か問題があるのか?」

「その龍脈が使われた形跡が全くないのよ。考えられるとすれば数百人の術師が自前の霊力で異界を作ったって可能性なのだけれど、そんな数の術師を国防の要たる陰陽師院が気づかないはずがないし……」

「単純に敵の組織の技術力が陰陽師院より上なんじゃねえのか?」

「まさか。現存する世界最古の国家の術師組織よ? 魔法技術は古ければ古いほど優れていることを考えると、陰陽師院を超える魔法技術を持った組織なんて存在しないわ。それでも絶対はないかもしれないけど、数百人単位の身元不明の術師が動いていて気づけないはずがない」


 陰陽師院ってそんなにすごい組織だったのか。今さらになってとんでもないものを敵に回していたのだと王我は理解する。

 しかしそれだけだ。そこに驚きはあっても後悔はない。一度守ると決めた以上は、組織だろうが神だろうが絶対に守り通す。嘘をつかないとはそういうことだ。

 王牙は両頬を叩いて、よりいっそう気合いを入れた。


「でもなんで鳥居が異界のゲートに使われてんだ? たしかに見た目は門っぽいけど」

「逆に、鳥居は異界への出入り口にするには最適な建築物よ。鳥居は本来、神が住まう聖域と俗世を隔てるための門の役割を果たしていたわ。世界と世界を隔てる門。俗世を浮世と言うのなら、神域は間違いなく異界の一種よ。神隠しが神社で起こりやすいのも、鳥居をくぐった結果、なんらかの要因で本当に世界を超えてしまったからなのよ」

「へー。身近にも神秘って溢れてるもんだな」

「無駄話はここまでよ。私の心臓が奪われてもう一週間以上経ってしまっている。いつ災厄が起こるかわからない以上、今すぐにでも元凶を叩くわよ」

「おう。さっさと終わらせて、祭りを楽しむとしようぜ!」


 夜美は鳥居の下の空間に手を差し出すと、目を瞑って霊力を込め始めた。修行を始めたばかりの王牙には、かろうじて彼女が緻密な霊力操作を行い、何かの術を行なっているのだとわかる。

 そして彼女が鍵穴から鍵を抜くように手を引き戻すと、鳥居の下の空間が突如ねじ曲がった。向こうの風景が螺旋を描いて渦を作り、霊力の火花を散らし始める。


「……行くわよ」

「おう」


 王牙たちの口数は少なくなっていた。だがそれは緊張からではなく、集中しているため。言葉を交わさなくともやることはわかっている。

 二人は横並びに立ち、足を踏み出す。そして同時に渦の中へ飛び込んだ。

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