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副将軍記  作者: 淳A
就任前
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37/39

家紋

 朝、カイザー侍従長が皇王旗はためく御用馬車で迎えに来てくれた。 御用馬車での出迎え自体は驚くべき事じゃないが、ただの御用馬車なら皇王家の家紋が付いているだけで旗は使われない。 旗が使われるのは皇王陛下か皇太子殿下がお乗りの時だけだ。 因みに皇王旗と皇太子旗は色も大きさも違う。 

 皇王旗の御用馬車に乗れるのは陛下だけのはず。 唯一の例外は陛下の代理人でいらっしゃる祭祀長だ。 もっとも祭祀長にも専用の御用馬車があるから、何か事情がない限り陛下の御用馬車にお乗りになる事はないと思うが。


 陛下から同乗のお許しがあれば誰でも、俺でも乗れるらしいが、陛下がお乗りではないのに誰かが乗っていたとは聞いた事がない。 たとえ皇王妃陛下であろうと。 皇王族の皆様は夫々専用の御用馬車をお持ちだし、馬車に相乗りはなさらないしきたりと聞いている。 なんでも昔、馬車の中で喧嘩なさった御方がいらしたとかで。


 ともかく、今ではサダも皇王族。 専用の御用馬車に乗れる立場だ。 ところが皇王庁の役人がサダに馬車の内装の好みを聞きに来た時、馬車ならもうあるからいらないよ、と言ったのだ。 その場には俺もいたので又聞きや噂ではない。

 もっともレイによればサダの馬車は作り始められている。 乗るか乗らないかは本人の自由だし、皇王族に専用の御用馬車があるのはしきたりだから。 さすがはしきたりの塊の皇王庁と言うべきか。

 ただ御用馬車には設がどうの家紋がこうのと色々面倒なしきたりがある。 完成するまで何年もかかるから、出来上がる頃にはサダの気持ちが変わるだろうと思っているのかもしれない。


 今回の旅は隠密だからサダの実家、ヴィジャヤン伯爵家別邸には立ち寄っておらず、馬車もそこに置いたままだ。 それで今ここにサダの馬車はない。 陛下への御目通りの後、神域内へ向かう時は北軍祭祀長用の御用馬車を使用した。 スティバル猊下がネイゲフラン好みに作られた中央祭祀長用の御用馬車にお乗りになるのを嫌がられたので。

 両猊下は神域内にあるテーリオ猊下の御宅にお泊まりになるし、俺達が泊まるサリの家はその隣だから行きは同乗でも問題ない。 しかし御相伴に行くためサダと俺がテーリオ猊下の御用馬車を使ったら俺達が戻るまで両猊下は徒歩か馬でしかお出掛け出来ない事になる。 スティバル猊下は馬にお乗りになれるが、テーリオ猊下は北にいらしてから乗馬の練習をなさり始めた。 お乗りになれると言えばなれるが、万が一落馬なさったらたとえ猊下は御無事でも周囲にいた誰かの首が飛ぶ事になるだろう。 と思えば、テーリオ猊下の事。 お出掛けなさりたくとも出掛けたいとは仰るまい。

 陛下が事情を御存知で、御自分の馬車を回して下さった? だとしても俺が相乗りしていいのか? お相伴には俺も招待されているが、御用馬車に乗るお許しは戴いていない。 これがサダの御用馬車ならサダが乗れと言えば乗れるが、陛下の御用馬車にサダの許しなんて通用しないだろ。


 カイザー侍従長が恭しい態度で馬車の扉を開け、サダが乗るのを待っている。 皇王族の礼儀など今でもからっきしのサダは皇王旗を見ても少しも臆せず、さっさと乗り込んだ。 後に続かない俺を見て不思議そうに訊ねる。

「あれ? 乗らないんですか? 馬の方がいいから?」

「陛下の御用馬車だぞ。 お許しを戴いていない俺が乗ったらまずいだろ」

「はあ? まずくないからこれで迎えに来てくれたんでしょ。 カイザー侍従長、そうですよね?」

「仰せの通りでございます」

 と言われたからって素直に乗っていいのか? 向こうは俺が遠慮すると思っているのでは? 遠慮しなかったら常識知らずと責められる筋書きとか? そんな引っ掛けがあったとしても驚かない。 だから陛下の朝食のお相伴なんて面倒なもの、断れるものなら断りたかった。

 しかし陛下のお誘いを断るなんて臣下に出来る事じゃない。 既に招待されているのに馬車に乗るのを遠慮したら代わりの馬を調達するしかない。 テーリオ猊下は余分な馬をお持ちでないから、どこから調達するにしてもすぐに出発するのは難しい。 お忙しい陛下をお待たせする事になるか、お待ちにはならなくともサダを遅刻させた事で御不興を買うだろう。

 仕方なく俺も乗った。 辺りの誰からも叱責の声は上がらなかったが、後で叱責されないという保証はない。 内心深いため息をついた。


 すぐ食堂へ通されると思っていたら、俺とサダが連れて行かれたのは城の奥まった一角にある部屋だ。 置いてある椅子やテーブルは美しいが、どう見ても食事用ではない。 衣装箱がいくつも置いてあり、その後ろに侍従八名が控えている。 カイザー侍従長がサダに一礼して言う。

「陛下より青竜の騎士のお召し物をお預かりしております。 こちらでお召し替え下さい。 尚、タケオ北軍軍葬施主の軍服も用意してございます」

 カイザー侍従長がパンと手を叩くと同時に侍従六人が手早く衣装箱を開け、二人がサダの側に来て着ている服を脱がせ始める。

「え? その、えーと、え、えん、」

 遠慮しますと言いたいのだろうが、陛下からの贈り物を遠慮するのは失礼だと思うからか言葉に詰まっている。 サダが目で俺に縋ってきたが、どう遠慮すれば角が立たないかなんて俺だって知らない。

 サダはサリの代理でオスティガード皇王子殿下からの贈り物を受け取る儀礼を学んでいる。 相手が皇王子殿下でさえ覚えきれないほどの作法があった。 なら陛下より服を頂戴するのに、ありがとうございます、で済む訳がない。 送り主が違えば同じ儀礼作法ではまずいという事だけは確か。 だが皇王子殿下からの贈り物を代理で受け取る作法なら学んでいても、陛下から自分への贈り物を受け取る作法なんて学んでいない。

 どうすればいいか。 サダの頭で考えつけるはずもなく、ただ目を白黒させている。 侍従を止められたらいいが、陛下の御命令に従っている者を止める権限などサダにもない。 俺は目を逸らす事にした。


 侍従の一人が俺に軍服を差し出す。 一見普通の北軍大隊長儀礼服で誰に聞いたのか俺のサイズだ。 ただ俺が持っている儀礼服とは一箇所、大きく違う。 家紋が付いている。

 俺以外の大隊長は全員貴族の出だから軍服に家紋を刺繍しているが、平民の俺に家紋などない。 なのにこの軍服には牙を剥き出した虎と剣、その背後に星が輝いている家紋が刺繍されていた。 俺が知る限り他の大隊長でそんな家紋を持っている人はいない。

「カイザー侍従長、これは?」

「皇王陛下より、タケオの家紋は虎と剣、そして星をあしらったものに、とのお言葉がございまして」

「爵位がない私に?」

「大隊長は準伯爵位を頂戴します」 

「それは退官した時では?」

「退官まで待っていては何かと不都合があるからでしょう」

「不都合? 例えばどんな?」

「お召し物に家紋がないと奥様、お嬢様が平民扱いされる恐れがございます」

「ヨネは侯爵令嬢だったから貴族に顔を知られているし、娘は一人歩きする年齢じゃない」

「貴族にお顔を知られていようと平民にまで知られてはいないのでは? それに一人歩きする年齢ではなかろうと、既に縁談があったとか?」

 それがどうした、俺はリヨを貴族に嫁がせるつもりはない、と言えたらいいが。 今のところ打診は全て断っている。 だがいずれ断り切れないところからお声がかかるだろう。 陛下や皇王族とか。 あり得ない話ではない。 皇王妃陛下の血縁の従姉妹。 青竜の騎士の義理の姪となれば。

 カイザー侍従長の実家であるカイザー公爵家だって娘が生まれた翌日にサダの甥のサムと婚約させた。 公爵家が伯爵家の長男との婚約をなぜそれほど焦ったのか俺は知らないが、青竜の騎士の血縁の甥となれば公爵令嬢であろうと正妻の座を掴むのは難しかっただろう。 当時のカイザー公爵家が近い将来そうなると知っていたはずはないのに知っていたかのような先見の明。 そこが上級貴族の侮れないところだ。


 サダから見ればカイザー公爵令嬢は甥の妻でリヨは義理の姪だ。 カイザー公爵家から見れば俺も親戚となるが、成り上がりの俺と親戚付き合いなんかしたくないんじゃないのか。 そんな本音はちらとも見せず、カイザー侍従長は丁寧な態度で言う。

「婚家がどちらになろうと実家に家紋があるかないかはお嬢様にとって大きな違いとなりましょう。 また、タケオ家の奉公人も家紋なしでは平民扱いを免れられません」

 リヨを知らない貴族から平民扱いされ、実は俺の娘だと分かったら困るのは俺の娘より相手の方では? とは思うが、せっかくの助言だ。 素直に受け取っておいた方がいいだろう。

 ヨネから聞いたが、陛下主催の舞踏会でサダが踊れるような簡単な楽曲が演奏されたのは、カイザー侍従長が事前に楽団へ手を回してくれたおかげなのだとか。 何をどうやったらそうなるのか説明されても俺にはさっぱり分からなかったが、肝心なのは陛下の侍従長ならやろうと思えばそれが出来る、という事だ。


 サダ繋がりで俺まで親切にされる事は今まで何度もあったし、これからもあると思うが、だからって俺の貴族嫌いが治ったか? と聞かれれば、うんとは言えない。

 そりゃ貴族の親戚が出来たし、友人らしき奴もいる。 だが貴族が優先するのは人じゃない。 家だ。 家のためなら友人だろうと踏みつけにする。

 平民だって様々な理由で人を踏みつけにする奴はいるし、泥棒も人殺しもいるから、貴族だから特別にワルとは言わない。 しかし平民ならワルじゃない奴はいくらでもいる。 だが家を優先しない貴族はいないか、いてもごく僅かだ。 貴族に嫁げばたとえ正妻であろうと自分の気持ちより、時には善悪を無視してでも婚家の損得を優先する事になるだろう。

 俺としてはそんな結婚をリヨに強いる気はない。 惚れた男が貴族だったら仕方がないが、結婚なんてしたくなけりゃしなくていい。 娘が生涯独身だろうと食わせてやれる金はある。

 俺自身は貴族と結婚し、家庭を持てた。 愛する妻、舅と姑にも恵まれ、家と金にも不自由していない。 それでも子育てを楽しむ暇などないし、自分のやりたい事は後回しになっている。 世間からはやりたい放題と思われている俺でさえそんな有様だ。


 リヨにとって何が幸せか俺が選ぶつもりはない。 とは言え、誰に嫁ごうと独身を貫こうと平凡な幸せは得られないだろう。 俺が親で、サダが叔父である限り。 この家紋は俺とサダが死んだ後もリヨを守る盾となってくれるのでは? 良い事ばかりではないとは思うが。 俺は無言で家紋付きの軍服に着替えた。


 サダの着替えも終わったらしく、姿見をまじまじと見ている。

「うーん。 これは、ちょっと。 その、派手じゃない?」

 上着に刺繍されているのは絢爛豪華な青竜だ。 上着の正面、肩、袖、背中を青竜の全身で覆っている。 まるでサダを抱いているかのように。 刺繍に覆われ、上着にあるはずの縫い目が見えない。 これほど見事な刺繍は派手と言うより芸術品だ。 この一着を仕上げるのに何十人のお針子が手を掛けたのか。

 カイザー侍従長が満足気に頷く。 

「大変よくお似合いです」

「そ、そう? リネにも見せたかったかも」

「お見せになる機会はこれから何度もございましょう。 こちらは正式なお席は勿論、非公式のお席でもお気軽にお召しになれるよう、裾持ちがいらないデザインとなっております」

「でもこんなにきれいな刺繍入り、気軽に着るって訳には。 冬物だし」

「新年の催事に間に合うよう冬物を急ぎましたが、春物が間も無く出来上がります」

「え? 春に何か、あったっけ? あ、皇太子殿下の舞踏会用?」

「どの会と限定なさらず、お気の向くままお召し下さいませ。 北の冬は長いので冬物は複数、夏物と秋物も仕立てております」

 それを聞いて呑気なサダでさえ不安になったらしい。

「そんなに沢山? それは申し訳ないです。 遠慮したいので、いつ、どのように陛下へ申し上げればよいのか教えて下さい」

「どうか陛下の御厚意を無碍になさいませぬよう。 服がだめなら他に何が良いか、陛下が悩まれる事になりましょう」

「そう、ですか。 では陛下にお礼を申し上げないと。 すぐの方がいいですよね? でも今日の朝食の前や後に申し上げたら、ついでに言ったみたいで失礼になりませんか? お礼を申し上げる機会は別に頂戴すべきでは?」

「お召し物は全て陛下のお礼のお気持ちの発露との事。 お礼に対するお礼は必要ないかと存じます」

「はあ」

「カイザー侍従長。 私の家紋に対するお礼を陛下に申し上げる機会を頂戴したいが」

「そちらも陛下のお礼のお気持ちの発露と伺っております」

「お礼? 何をした事に対する?」

「その点に関して私は伺っておりません。 お召し替えがお済みのようですので、どうぞこちらへ」

 

 ようやく朝食の部屋へ案内されるようだが、内心は飯どころじゃない。 陛下の意図が読めないから。

 飛竜の鳴き声を取り戻したのも宝玉を手に入れたのもサダで、俺は側にいただけだ。 それに家紋のデザインはすぐに出来たとしても、これほど手の込んだ刺繍、一日や二日では無理だろ。 軍服だって上等な仕立てだから縫いあげるのに二、三ヶ月はかかったはず。 なら今回の登城でした事どころか、先月の軍葬に関する礼でもない。 クポトラデルと開戦せずに済んだ事に対する褒美なら分かるが、それもサダのおかげだ。 クポトラデルに殴り込み、下手をすれば開戦原因になった俺を褒めるのはおかしい。

 皇王陛下から頂戴するのは何であろうと必ず理由がある。 単なる気まぐれや好意の現れではあり得ない。 第一、皇王陛下から好かれていると感じた事など今まで一度もなかった。

 ではサダがクポトラデルから無事に生還した事に対するお礼? そりゃサダが死なないよう護衛に気を遣ってはいたが、生きて帰れたのは偶々。 そんな偶然で家紋を頂戴した兵士がいたとは聞いた事がない。

 過去をどれだけ思い巡らしても家紋を貰う理由が一つも見つからないのは、これから何かあるからか? リヨを皇王族の妻か妾に望んでいらっしゃる? まさか。 と、打ち消そうとして、たった今自分でいずれそういう事になると予想した事に気付き、愕然とした。


 サダの側にいると、いや、側にいなくともサダのせいでいつも予想外の事に巻き込まれる。 そういう意味で言えば、サダのせいでリヨの縁談が持ち上がっても予想通り。 お約束。 いつもの事と言える訳だが。 だからって諦められるか? サダの奴、どうしてくれよう。

 すると脳裏にサダが浮かび、愚痴る。

「家紋を作ってとか、俺、誰にも言ってないんですけど」


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 師範が、良き夫、良き婿、良き父であることが読み取れて、あんなに荒々しかった師範が幸せを得て、一読者として物凄く嬉しいし感慨深いです。ポクソンさん、見てますかー!
更新ありがとうございます。 師範は少しだけ貴族に対する気持ちが柔らかくなったような?彼のいう通り友人でなければ、わざわざ情報を教えてくれませんよね。 師範がリヨちゃんを心から愛しく思っていることが …
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