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副将軍記  作者: 淳A
就任前
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36/39

熟睡

 俺の隣でサダが寝息を立てている。 今俺達はサリ宅で夜番をしている最中なのに。

 そりゃ今日サダは朝から晩まで色々やってくれた。 疲れてはいるんだろうさ。 だが夜番の最中にぐっすり眠る奴がいるか?

 ここにいる。 羨ましくなるくらいぐっすり眠って。

 そもそも俺達が夜番をする羽目になっているのは、身元のしっかりした剣豪を二十名も付けてくれた近衛将軍の御厚意をこいつが遠慮しやがったからだ。 こちらは大丈夫だからスティバル猊下の護衛を優先して、と。 二、三人こっちに回してもらったって誰も文句は言わないだろうに。

 おまけに護衛を断るならしっかり夜番をするのかと思えば、サリの家に着いた途端。

「あー、疲れた、疲れた」

 サダのやつ、そのまま廊下で横になった。 リネが慌てて枕と上掛けを持って来る。 それを受け取ったら朝まで起きない事は確実だ。 じゃあ受け取らなかったら起きているのか? 否。 クポトラデルへの旅でも似たような事があり、しかも自分はしっかり夜番をしたと思っているらしく、たっぷり熟睡した夜番明け、俺に臆面もなく言った。

「ふう、夜番は疲れるなあ」

 腹が立ったものだから次の夜番の時、キンキンに冷えた手拭いを寝ているサダの目の上に乗せてやった。 それをもし覚えているなら明日の朝、ふざけたセリフは言わないかもしれないが、何も言われなかったとしても腹が立つ事に変わりはない。 かと言って風邪でも引かれたら始末が悪い。 風邪なんか引いた事がない男だが、万が一引かれたら陛下のお相伴が出来ず、俺一人でお相伴する事になる。 それだけは避けたい。 仕方なく枕と上掛けを受け取った。


 なにしろこいつを叩き起こしたところで、起きてますう、と言う。 起きているならあそこに見える狐を射ってみろ、と言った事もある。 するとサダはよく見もせず弓を射、狐に命中させ、狐なんかほっときゃいいのに、と文句をたれながら熟睡へと戻った。

 寝る子は育つと言うが、こいつの場合育った後が問題だ。 そりゃ神域には常駐の警備兵がいるし、サリの家周辺は巡回警備もされている。 しかし俺が見たところ全員並みの剣士だ。 俺達二人だけなら煩い事は言わないが、今は家族連れ。 いくら神獣が付いていようとバートネイアとネシェイムがいないし、誰が敵か味方か分からないのに何かあったら護衛が俺だけじゃまずいだろ。


 第一サダこそ夜眠れなくなるほどの心配事があるじゃないか。 明日の陛下との朝食、飯を食べて終わりのはずがない。 絶対家族旅行した理由を聞かれる。 それにどう答える気だ? スティバル祭祀長の暗殺未遂事件について奏上するのか? 何をどこまで?

 黒い霞については? 祓った時の気の流れを陛下もお感じになっただろうからサダが祓える事については信じて下さるとしても、祓い終わりましたと奏上するのか? その後で祓われていない人が見つかったらどうする?

 それに霞は祓い終えようと神官の不満が消えないだろ。 不満の主な原因は人減らしなんだから。 それは中央祭祀庁だけの不満じゃない。 なら中央の神域から黒い霞が消えようと神官数が増えないなら不満なままなんじゃないのか?

 中級神官との握手だって無事に済むという保証はない。 おまけにその後、下級神官と下働き全員の検分もある。 握手は終わろうと上級神官に恨まれるんじゃないか、どう恨まれるんだろ、とサダだって心配していたくせに。

 夢は見ないタイプなのか? サダは赤ん坊みたいに、いや、赤ん坊のサナより安らかに眠っている。

 それを見てむかつくのは俺がちっとも眠れないでいるからだ。 もっともそれは夜番をしているからじゃない。 俺は元々物音や人の気配に敏感だ。 夜番をしていない時でも気配を感じたらすぐに起きられる。 だから夜番だろうと起きている必要などないんだが、テーリオ猊下の御宅から辞去する前にレイと話した事が頭の中で反芻されて眠れないのだ。


「レイ。 明朝のお相伴、あの宝玉を献上すれば丸く収まるよな?」

「と思うが、確約は出来ぬ。 皇王陛下の侍従長が皇王陛下以外の誰かの出迎えをした前例はない。 朝食のお相伴とて遥か昔に遡ればともかく、ここ数百年、今回のようなお誘いは誰に対してもなかった。 そして石が宝玉になったとは前代未聞。 これを慶事と判断なさるかどうかは陛下次第。 予想するのは難しい。

 ただ主賓は明らかにサダ様。 其方は同席を命じられただけと解釈出来る。 上官としてより準大公お側役として振る舞った方が無難であろう」

「元々俺の任務はサダの護衛だ。 上官である事に何の意味がある」

「其方にとって意味はなかろうと世間にとって、おそらく陛下にとっても大有りだ。 北軍軍葬施主は来月北軍副将軍に任じられ、三年後には史上最年少の将軍となるのだから」

「ふん。 本当に昇進するか分かるものか」

「なんと。 とうに腹を括ったと思っていれば、この体たらく」

「けっ。 腹なら括ったさ。 施主を押し付けられた時に。 だがそれと実際昇進するかしないかは別だろ」

「史上最長の任期記録を樹立する将軍とは思えぬ気弱な発言」

「青竜の騎士のお守りを一日やらされたら誰だって気弱になる」

「戯言を。 それこそ強気になれる理由ではないか。 因みにお守りをやらされた事がすごいと言っているのではないぞ。 やり遂げた事がすごいのだ。 しかも一日や二日ではない」

「へえ。 道理で道を歩けばお偉いさんから御挨拶される。 平民上がりに御丁寧な事で」

「当然至極の儀礼と言えよう。 其方は陛下の治世を支える礎」

「北軍副将軍が治世の礎?」

「北軍副将軍が、ではない。 次期北軍将軍だからでもない。 たとえ其方が無階級の兵士であろうと其方は陛下の治世を支える礎として尊崇されたであろう。 サダ様が其方を尊崇している限り。 それも私に説明されねば分からぬか? 其方とて内心それを理解しているから副将軍就任前に祭祀庁の揉め事に首を突っ込んだのであろう?」

「いつ俺が祭祀庁の揉め事に首を突っ込んだ? 俺は巻き添えを食らっただけだ」

「その言葉、他の誰にも言うなよ。 家族旅行を提案し、実行したのは其方であろう? スティバル猊下は二十年以上登城なさらず、中央で何があろうと疎遠を貫かれた。 昨年から祭祀庁内の諸問題に関わり始めていらしたが、隠密の上京となると御本人以外の誰かが進言し、準備万端調えての決行にしか見えぬ。 世間から見ればこの旅は軍事を完全掌握するつもりの其方が自分の後ろ盾になる中央祭祀長を擁立したくてやった事」

「確かに進言したのは俺だし、俺が画策したと思う奴がいたとしても仕方がないが、スティバル聖下が暗殺されたら困るのは俺だけじゃない。 サダだって」

「その通り。 サダ様がお困りになれば、それは陛下に波及し、いずれは国内全域に波及する。 だから其方の任務がサダ様の護衛だとしても、それさえしていれば済むとはならぬ。 今回のように」

「だからって祭祀庁のごたごたをなんとかしろ、と俺に言われても。 副将軍でさえまともにやれるとは思えないのに」

「知らぬ存ぜぬ、で済むと思うな。 スティバル聖下が中央祭祀長となられた事により、北の猛虎は剣のみに在らずとなった」

「はあ?」

「それが世間の評価であり、事実でもある」

「おいおい、中央祭祀長の首の挿げ替えたのはサダだぞ。 あの時ただ突っ立っていただけの俺が何かしたとなぜ思われる?」

「其方はサダ様が中央祭祀長の交代を画策したと言う気か」

「それは言わんが。 言ったって誰も信じないだろうし。 しかし俺だって画策なんかしていない。 それはお前だって知っているじゃないか」

「世間が信じるのは私の言葉ではない。 結果だ。 其方はスティバル聖下がネイゲフランとの対決を御決心なさった時スティバル聖下側に付く事を選んだ。 対決なさるための隠密旅行。 その旅行を実現するための根回し。 影武者の手配。 本物の護衛。 いずれをしたのも其方であろう? そこまでしておいて自分は無関係と言ったところで誰が信じる」

「だが退任した北軍祭祀長が中央祭祀長に就任すると誰が思う? 少なくとも俺はこうなるとは夢にも思っていなかった。 俺の首が飛ぶかもとは思ったが」

「にも拘らず、なぜ其方はスティバル聖下側に付いた?」

「ネイゲフランに付いたら首が飛んだ方がましという目にあわされる」

「私もそう思う。 相手が誰であろうと偏見のない目で御覧になり、人に嫌われる事はあっても嫌う事など滅多にないサダ様が、ネイゲフランを不気味と評されたくらいだからな。 神域でのサダ様誘拐事件とておそらくネイゲフランが一枚噛んでいる。 だが証拠がない以上、こちらが何を言おうと無駄。

 加えてネイゲフランはサダ様が近衛に移籍する事を望んでいたが、サダ様はそれに抗った。 其方が近衛へ移籍する事を望まなかったから。 普通の大隊長なら中央祭祀長に抗ったと同時に首が飛んでいる。 なのに其方の首は未だに無事。 ネイゲフランの方が中央祭祀長の座から引き摺り下ろされた。

 これを偉業と言っていいかどうかは微妙だが、正史に残され、後世に語り継がれるであろう。 其方にとって家族旅行はスティバル聖下をお守りしたい気持ちから出た苦肉の策に過ぎなくとも、世間はこの中央祭祀長交代劇の裏を読む」

「裏って。 例えば?」

「この交代劇を成功させた裏方がいる、と。 誰が、を考えれば、戦略に長けた者の名が浮かぶ」

「マッギニス? あいつは慎重が服を着ているような男だぜ。 護衛二人で聖下と猊下が旅行なんて無茶をお膳立てする訳がない」

「其方が思う以上に世間は広い。 其方の次を狙うマッギニスが将来の上官に恩を売っておこうとした、と信じる者は数多いよう。 マッギニス本人に会った事がある者より一度も会った事がない者の方が多いのだから」

「マッギニス本人に会った事のある人だって結構な数、いるだろうが。 近衛将軍とは叔父甥の間柄だし、他の将軍副将軍とも直接会って突っ込んだ話をしている」

「だが今回の交代劇は現職及び前任の北軍祭祀長、青竜の騎士とその御家族を手駒にして敢行した大胆にして狡猾な戦略にしか見えぬ。 其方が単独で考え付いたなら猛虎の才は剣のみに在らず。 加えて稀代の軍師が其方の補佐をするとしたら? 北軍、恐るべし」

「なーにが、北軍、恐るべし、だ。 平民上がりが指揮する農家の次男坊、三男坊の集まりのどこが恐ろしい」

「恐れは誰の胸にもある。 其方の胸にも。 口外するのは恐れ多いが、陛下のお胸にもあると推察している。 五軍の将軍副将軍の胸にないとは信じられぬ」

「俺の昇進はお前が列挙したお偉いさん次第なんだぞ。 なら俺の昇進は取り消されるはずだろ」

「その通り。 ところが其方の副将軍昇進は確実。 その証拠に皇都での祝賀会の準備が順調に進んでいる」

「祝賀会? アーリー補佐からは何も聞いていないが?」

「ジンヤ副将軍を始め、代々の北軍将軍、副将軍は皇都で祝賀会を開いておらぬ。 地縁、血縁が薄い故であろう。 だが近衛は勿論、東、西、南の将軍、副将軍は第一駐屯地及び自領での祝賀会の他に必ず皇都で祝賀会を開く。 西ならそれらに加えてマリジョーの麓。 東なら皇太子殿下の離宮。 南なら船上で宴を開くのが通例だ。

 将軍、副将軍に辿り着くにはそれなりにお世話になった方々がいるもの。 慰労会、謝恩会の意味も兼ねている。 だが其方に領地はない。 そこでグゲン侯爵が主催となり、皇都で開く」

「そんなもの、開いたって誰も来ないだろ」

「正式な招待状の発送はまだだが、非公式の打診には全員出席。 欠席の返答は今のところ一つもないと聞いている」

「そもそもなぜ皇都? 主賓は北軍将軍だろ。 今回モンドー将軍は上京していない」

「主賓はテーリオ猊下がお受け下さるだろう。 もし支障があればサダ様でも良い。 どちら様も北軍将軍より遥かに格上。

 本音を言えばヘルセスが主催したかった。 公爵主催の方が侯爵主催より箔が付くし、皇都はヘルセス主催、グゲンは北軍第一駐屯地主催とすれば良い。 だが其方は祝賀会を一つ開くだけでも渋るであろう? それにヘルセスは其方にとっていささか遠い姻戚。 其方の妻の実家であるグゲン、出せる金が一番多いダンホフを押し除けてまで主催者になりたがった、となると世間体が悪い。

 かと言ってグゲン、ヘルセス、ダンホフの三家共催にしたら客が祝儀の額を決めるのに迷う。 迷惑千万な招待となろう。 皇都、北軍第一駐屯地、グゲン領でも開催してよいなら出席場所が選べるから主催者と客は嬉しいが。 其方がうんと言うまい?」

「なんで俺がうんと言わなきゃならん。 場所が皇都であろうとそれ以外のどこであろうと。 副将軍となったって三日と保たないかもしれないのに。 派手な宴会など恥の上塗りだ」

「悪い事は言わぬ。 恥の上塗りとならぬ事は私が保証するから祝賀会は皇都と北で済ませておけ。 特に皇都での招待客は今後何かあった時頼りになる御方ばかり。 北までわざわざ足を運ばせるのは畏れ多い。 それとも北で来客の波と対峙するか? 軍葬より面倒になるぞ。 あれは参列者が次代か当主名代だったから簡単な挨拶でも文句は言われずに済んだが、祝賀会に出席するのは当主だ。 少なからぬ祝儀と贈り物を持って。 で、忙しくて会えませんと言う気か? 其方が追い返せと命じたところでアーリー補佐とボーザー執事は素直に従うような柔ではなかろう」

 ただただ深いため息が零れる。

「悔やんでも今更か? 家族旅行を決めた時は、こんな無茶をするのは平民だから。 やっぱりこいつを副将軍にするのはまずい、と昇進取り消しになるかもと思ったのに」

「確かに無茶だし、其方もサダ様も根回し上手ではなく、私が根回した訳でもない。 なのになぜ平民副将軍の昇進祝賀会に軍と宮廷の重鎮が一人も欠席しないのか。 その疑問は心に留めておくとよい」

「つまり順調過ぎておかしい?」

「一抹の不安が残る。 誰かに何らかの思惑があって、この昇進を後押ししているのでは、と」

「スティバル猊下?」

「そうと信じる者の一人や二人はいよう。 中央祭祀長への御指名にも驚かれた御様子はなかったしな。 だがスティバル猊下とて根回し上手とは言えぬし、テーリオ猊下は政治に疎い。 親戚にも出過ぎた真似をする者はおらず、他の誰が、となると私にも分からぬ」

「結局サダが俺を推してるからじゃないのか?」

「確かに推していらっしゃるが。 中央祭祀長の首を挿げ替えた北軍副将軍だぞ。 言葉には出さずとも誰もが内心は戦々恐々のはず。 サダ様が副将軍の方がどれほど安心か。 たとえサダ様御自身はお望みでなかろうと」

「こんな昇進、俺だって望んでいないし、誰の首の挿げ替えもやる気はなかった。 それを世間の皆さんに分かってもらおうとは思わんが、陛下と五軍の将軍、副将軍はお分かり下さるだろう?」

「どなたも、陛下でさえ、祭祀庁を思い通りに動かせぬ。 其方が成し遂げた事をどう受け止めていらっしゃるか。 たとえ御本人から私はこう思うと聞かされたとしても本音は分からぬ。 と思っておいた方がよい」

「ふん。 誰にどう思われようと振り回されているのは俺の方さ。 どう思っていらっしゃいますか、と一々訊ねる気にはなれん」


 そう言っておきながら、もしや陛下はこう思い、近衛将軍はああ思っているのでは、と雑念が現れ、眠れない。 どうしてサダは熟睡出来るのか。 祭祀庁ともめて困るのは陛下や祭祀長との付き合いが必須のサダだろ。 いずれ娘が皇王妃陛下になるんだし。

 なのにこいつはいつもちゃんと眠る。 どれほど問題が山積していようと。 なぜ俺に同じ事が出来ないのか。 眠るなんて特殊な才能が要る事でもないのに。

 いや、もしかしたら才能なのか? しかもかなり特殊な。 いずれにしても俺にはない。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 レイと師範がいっぱいしゃべってて楽しかったです。いいなぁ祝賀会、私も参加したいですw
更新ありがとうございます。 確かに若の特殊能力って凄いですね。何があっても眠れる。 そういえば ロックとの旅では 眠れなかったような?いつ振り落とされるのか分からないから。師範 若も眠れない時ありま…
ずっと北に引きこもってた偉いさんが急に隠密旅行して中央と対峙したと思えば中央側の首がいくつも飛んですげ変わった、たしかに結果だけ見るとすごいな 陛下とコネもある若の方を疑う声もありそうな気もするがそれ…
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