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副将軍記  作者: 淳A
就任前
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34/39

宝玉

 スティバル猊下の祭祀長服が届き、お着替えになったスティバル猊下がおっしゃる。

「では神域へ向かう。 サダ、リイ、供をせよ。 レイ、其方は私の客人として付いて来るように」

「スティバル猊下。 僭越ながら申し上げます。 中央の神域は、言わば敵地。 たとえ青竜の騎士と一騎当千を謳われた剣士が供であろうと護衛が二人では不十分かと」

「二人? 部屋の外に護衛の近衛兵二十名がいる。 軍服の家紋を見ればヘルセス縁の者、ダンホフ、マッギニスの親戚もいた。 忠義に関して疑いはないのでは? 剣の技量に問題があると申すか」

 不思議に思ってつい口を挟んだ。

「レイ、俺はほとんど全員と以前手合わせした事がある。 腕が立つ事は保証するぞ」

 それにレイは首を横に振る。

「剣士の忠義や技量を案じての進言ではない。 近衛が護衛するのは中央祭祀長と皇王族の皆様に限られる。 皇王族筆頭のサダ様、準皇王族のサリ様、恩寵を頂戴したサナ様は含まれるが、北軍祭祀長は護衛すべき対象に含まれておらぬ。 いずれも気心が知れた近衛兵であるのは心強いが、テーリオ猊下も暗殺や誘拐の危険がないとは言えぬ現状。 二人で四六時中護衛をするのは難しかろう。 サダ様が護衛しようとしても、サダ様の護衛を優先する近衛兵に止められたら? 其方一人で予想外の事態に対処せねばならないのだぞ」

 それは正論だし、口下手な俺を論破するなんてレイにとっては容易いだろうが、一応反論してみる事にした。

「自分の力を過信するつもりはないが、常にスティバル猊下が御一緒なのだ。 いくら北軍祭祀長を守る義務はなかろうと、中央祭祀長のお隣に立つ御方を襲う奴などいないのでは?」

「そうであってほしいし、私の懸念が杞憂である事を願う。 けれど中央祭祀庁の内情に関し楽観していなかった私でさえ、まさかネイゲフランが呪術に手を染めているとは予想していなかった。 加えて上級神官の中にも破呪された者がいた事を考えると、一体何人が呪術の影響下にあるのやら。 サダ様が破呪して下さるとしても一人づつ握手するしかない以上、即座に一掃とはいくまい。 呪術が絡むだけに猛虎の剣さえあれば、とは思えぬ。 北軍本隊の到着は五日後。 それを待ってから行動しては如何?」

「呪術がどの程度蔓延しているか分からないが、あちらが呪術で襲って来るなら、たとえ本隊が到着し、護衛の数が百人に増えたって安心とは言えないだろう?」

「だとしても今のところ誰がどのような呪術を使ったのか分かっていない。 せめて黒い霞に包まれている者が何人いるかを把握してから神域に向かうべきでは?」

「それが出来るのはサダだけだ。 サダを一人で行かせる訳にいかないから俺も行く。 しかしサダと俺が行ったらテーリオ猊下の護衛は一人もいない事になるだろうが」

「では私の護衛を神域の下働きとして雇い、連れて行け。 下働きなら神域へのお出入り自由だ。 帯刀は許されないが、棒なら持っていようと咎められぬ。 当家の剣士は全員棒術を体得している。 棒一本でも十分剣に立ち向かえるぞ」

 私兵の助けを借りるのは近衛の助けを借りるより外聞が悪い。 俺は無言で無表情だったが、付き合いの長いサダには俺が断ろうとしている事が分かったらしい。 宥め顔で言う。

「確かに北軍祭祀長の護衛が師範と俺の二人だけじゃ少な過ぎますよね。 祭祀長なら必ずいるはずのお側付き神官が一人もいないし。 それに今テーリオ猊下がお召しになっているのは祭祀長服じゃありません。 レイ義兄上が用意してくれた服だから高貴な御方である事は一目で分かるけど」

 テーリオ猊下が苦笑を漏らされる。

「たとえ祭祀長服を身に纏っていようと二ヶ月前に就任したばかりの若輩に中央の神官が恐れ入る事はないでしょう」

 その自虐を込めたお言葉にスティバル猊下が真面目なお顔でお返事になる。

「それは神域に入ってみなければ分からぬが。 ついさっき任命されたばかりの中央祭祀長に対するよりは恐れ入ると思うぞ。 それにサダの顔を知らぬ者はいまい。 サダの恭しい態度を見れば其方の尊さを疑う者はおらぬだろう。 それが身の安全を保証するとは限らないにしても」

「あの、当家のタイマーザならリスナーだし、詳しい事が分かるかも? 今は皇都のヴィジャヤン別邸に滞在しているはずだから、呼べば今日中に来れますよ」

 サダの言葉にレイが首を横に振る。

「準大公家の奉公人であろうと、仮にスティバル猊下が神域への立ち入りをお許しになろうと、呪術師は皇王城内への立ち入り厳禁だ。 これは皇王城の竣工当時より続くしきたり。 たとえ陛下の鶴の一声があろうとすぐの改変は難しかろう」

 スティバル猊下が落ち着いたお声で御決断になる。

「私としては時が惜しい。 世間に噂が広まり恐慌状態が起こってからではサダが破呪する事にさえ、やれ危ないの真相の究明の方が先のと反対する者が出るであろう。 多くの護衛に守られていれば良い結果を生むとは限らぬし、近づき難さ、敵の多さ、そして敵を恐れる心の弱さを印象付けもする。 今日の護衛は近衛の二十名でよい。 案ずるな。 北軍到着まで私は常にテーリオ猊下と共に行動する」

 レイは何も言わず引き下がった。 内心渋々だと思うが。

 正直言ってレイの進言は有り難い。 サダなんぞ居たって護衛の役には立たない。 俺にしてもたった一人でテーリオ猊下の警備を務める事に不安がある。 だからってヘルセスの助けを借りたら近衛に不満があるから親戚の手を借りたと思われ、近衛に増援を頼むより波風が立つ。


 リネと子供達、サジ殿、ユレイアさんは近衛兵十名と共に神域内にあるサリの家へ向かい、俺達は残りの十名と共にサダの先導に従った。

 サダには野生の獣のような不思議な方向感覚がある。 目印など何もないに等しい場所でも道に迷った事がない。 だから目的地がどこであろうと辿り着く事に関して心配はしていないが、そこで何が起こるか。 鬼が出るか蛇が出るか。 もっとも中央の神域の広さを考えたら何も起こらないか、謎が深まるだけのような気もするが。

 しばらく歩き、小さな空き地に辿り着くとサダが立ち止まり、辺りを見回す。

「ここが以前、ネイゲフランと出会った場所です」

 そして木立の隙間を指さした。

「黒い霞があちらから漂って来ています」

 するとテーリオ猊下がスティバル猊下におっしゃる。

「この先に進むのはサダに任せましょう。 私達はここで待っていた方がよいです。

 リイはサダと共に行きなさい。 破呪の際起こる強風でサダが吹き飛ばされないよう支えておあげ」

「御意」

 スティバル猊下がテーリオ猊下にお訊ねになる。

「リイだけで十分なのか?」

「他の者が同行しても足手纏いにしかなりません。 黒い霞に対する耐性があるのはサダとリイだけです」

 耐性? そんなものが俺にあったとは。 自分では気付かなかったし、サダだって気付いていなかったように見える。 なぜテーリオ猊下にはお分かりになったのだろう?

 サダは疑問にも思わないらしく、何も聞かず、近所へ買い物にでも行くような明るい声で言う。

「それでは祓って参ります」


 俺は元気に進むサダの後ろに付いて行った。 傍から見れば気楽な散歩にしか見えないだろうが、内心かなり緊張している。 小鳥や小動物の鳴き声が聞こえない不気味な場所の事は以前サダから聞いていたが、まさかこれほどだとは。

 俺が今まで経験したどの静けさとも全く違う。 北の極寒の季節なら寒いのが原因だし、大峡谷なら水がないのが原因だ。 理由が分かっているからか静かでも不安にはならない。

 しかしここの静けさには理由がない。 大して寒くはないし、水もある。 なのに無音。 理由が分からない異質な静けさ。 ただ静かというだけで一歩進むどころか今すぐ逃げ出したくなる。

 突然視界が広がり、直径十メートルはある空き地に出た。 中央の地面がお皿のように窪んでいて長径二十センチ、短径十センチくらいの石がある。

「師範、あの石から黒い霞が立ち上っています」

「俺には普通の石に見えるが?」

「でもこの辺り、まるで毒を撒いたかのように草が一本も生えていませんよね。 人が整地したようには見えないのに。 空き地の周りに立つ常緑樹だって、あの石に向かって伸びた枝だけ枯れ落ちています」

「つまりあの石が原因で動物や植物が死んでいる?」

「だと思います」

 俺の目には黒い霞なんて欠片も見えないが、なんとなく嫌な気分になった。 草木も死ぬような場所にいて俺達は大丈夫なのか? サダと俺だって動物だろ。 なのにサダにびびった様子はない。 まあ、鈍感な奴だからな。

「じゃ、師範。 後ろ、よろしくお願いします」

「おい、ちょっと待て。 どれくらい吹き飛ばされるか分からないんだ。 後ろは柔らかい方がいいだろ。 俺がまずあの石をそっちの端へ動かすから」

 ところが持ち上げようとしても上げられず、転がそうとしてもびくとも動かない。 まるでこの小石は巨石の一部で地面の上に少し顔を出しているかのように。

「師範、両猊下を長々お待たせしたら申し訳ないです。 この外套、結構厚いし、帽子も被っているから少しくらい吹き飛ばされても大丈夫でしょ」

 お前は大丈夫でもお前と一緒に吹っ飛ばされた俺が下敷きになって背骨を折ったらどうしてくれる。 とは思ったが、俺一人で動かせない以上、サダが触るしかない。 諦めてサダの後ろに立ち、背中を支えて踏ん張った。


 サダが石に触れたその途端、強烈な風が吹き始める。 とても堪えきれず、俺達は空き地の端を越えて吹っ飛ばされた。 幸い大木と大木の隙間を転がり、柔らかい木に当たって止まったから大した怪我をせずに済んだが。

 風が収まってしまえば辺りは何事もなかったよう。 サダがのろのろ立ち上がり大きなため息をつく。

「ううっ。 指が痺れる。 ま、北に比べたらここは寒くないだけましか。 南の暴風雨なんか暖かくても参っちゃうけど。 あ、師範、お怪我はありませんか?」

「ない。 が、お前、最近太ったな?」

「太ってませんっ。 んもー。 痛いなら痛いと素直に言えばいいでしょ。 それよりあの石、持ち帰れますかね? 人手を呼んだ方がいいかな?」

 サダの指差す方向には柔らかな冬の木漏れ日に照らされ青い光を放っている石があった。 サダが触る前はただの石ころだったのに。

「宝玉?」

「そう見えますよね。 あの大きさって俺は見た事ないですけど。 ほら、ここ。 誰かに削り取られたみたいな跡があります」

「で、黒い霞は晴れた?」

「はい」

 サダが試しに触ると簡単に動いた。 びくとも動かなかったのが嘘のように。

「おっ。 動かせる」

「なら持って帰ろう。 貴重な証拠品だ」


 サダと俺は両猊下がお待ちになっている場所へと戻り、破呪が終わった事を報告し、宝玉を捧げた。 スティバル猊下が祭祀長服の上に羽織る肩掛けをお外しになり、宝玉をお包みになる。

「サダ。 これは其方が明日、陛下へ捧げなさい。 この宝玉の由来は今晩私が書き記しておく。

 テーリオ猊下。 宝玉の命名をお願いしてもよろしいですか?」

「クジョス・プレティオ(清められし宝玉)では如何でしょう?」

 スティバル猊下が微笑みと共に頷かれる。

「相応しい名ですね」


 それにしてもこの美しい宝玉が諸悪の根源だったとは。 俺は宝石の価値に関して何も知らないが、サダに祓われた後の宝玉は皇王陛下の王冠を飾っても恥ずかしくないほどの価値があるように見える。 元は単なる石ころなのに。

 見かけによらないのは人だけでなく、石も、という事か。 石の見かけに騙されるようじゃ俺もまだまだだな。 おまけに美しくなったのはサダのおかげだなんて。 始めから終わりまで自分の目で見ていながら信じられない。 それならサダはこのでかい宝玉より尊い、て事にならないか?


 そこで以前陛下がサダを皇国の宝玉と呼んだ事、それについてボーザーから教えられた事を思い出した。 サダのおかげでこの宝玉が手に入ったと陛下が知ったら、さすがは皇国の宝玉よ、とおっしゃるのでは? この手土産があれば無断で家族旅行をした事は不問にされ、握手の無礼も許されるんじゃないか? では今回もサダのおかげでめでたし、めでたし?

 そうなればありがたい事はありがたいが、俺にとってサダは宝玉どころか目の上のたんこぶである事に変わりはない。 なにしろ部下とは名ばかり。 俺どころか俺の上官より偉いんだから始末が悪い。


 俺が渋い顔のままである事に気付いたのか、レイが小声で訊ねる。

「霞の始末がついても不安か?」

「まあな。 それにあいつが何かいい事をしたら絶対悪い事も付いてくる」

「確かに。 黒い霞の根源が祓われたのは朗報。 祓われた石が宝玉になった事もな。 しかし祓われたのが人だと不具になるのでは。 サダ様に感謝するより恐れる気持ちの方が勝るだろう」

「恐れるだけじゃなく、本人とそいつの親戚や友人の怒りを買うだろ。 で、誰がその怒りの的になる? 人気者のサダじゃない。 側にいて止めなかった俺だ。 今晩怒りで見境がつかなくなった神官に毒を盛られたりしてな」

「霞に神官と護衛の区別などつくはずもない。 誰彼構わず取り憑かれているのだとしたら今日中どころか今年中に祓い終えるかどうか。 下働き、出入りの商人、職人。 疑おうと思えば切りがない」

「このままサダは中央の神域で暮らす羽目になったりして。 そうなったら俺だけ北に帰る、て訳には行かないよな?」

「何人霞に取り憑かれているのかは分からないが、いずれにしても千人いる神官全員の霞を今日中に祓うのは無理であろう。 最悪の場合、黒い霞に取り憑かれた神域の護衛兵に寝込みを襲われる事も考えられる。 どうする? ヘルセスの別邸に来るか? カイザー侍従長に知らせねばならないが」

「両猊下とサダの家族を神域に残して? そんな事、出来るか」

「勿論、皆様御一緒に」

「両猊下がうんと仰るかね」

 レイはただ肩を竦め、それ以上ヘルセス別邸に来いとは言わなかった。


 サダがどれほど素晴らしい事をしようとそれには必ず嫌な問題が付き纏う。 サダが悪い訳じゃないが、ため息が出る。 だからって石じゃあるまいし、サダをそこらへ捨てて俺だけ逃げる訳にもいかない。 あいつには足があり、おまけにサダに恩を感じている奴が数え切れないほどいる。 あいつの人脈を使えば逃げる俺を探し出すなんて朝飯前だ。

 まったく生きている宝玉ほど厄介なものはない。 尊ければ尊いほど。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 大の軍人二人が吹っ飛ばされるほどのエネルギーで破呪されたのに、指が痺れる程度で済んでるサダは本当に凄いというか、規格外ですなぁ(シミジミ
更新ありがとうございます。 黒い霞に師範も耐性があるって次期様だからでしょうか? 呪いを祓ったら 宝玉に。 ブラベッサ号の紅赤石と同じなんですね。 ただ この宝玉はどうしてこんな呪いが掛けられてしま…
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