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副将軍記  作者: 淳A
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ムジナ

 サダならきっと何かやらかす。 それは予想していた。 だが、あの握手。 そしてその結果。 いずれも予想外としか言いようがない。

 陛下の御不興を買った様子がなかった事は不幸中の幸いだが、幸いのままでいてくれるか? いてくれたとしても、スティバル猊下が中央祭祀長として不満だらけの神官を黙らせ、めでたしめでたし? そうは問屋が、だろう。

 明日の朝食まで首の皮一枚で繋がったというところか。 その薄皮もサダが更に何かをやらかし、切れてそれまでよ、では?

 だとしても、サダを責められるか? 今までサダに握手された人達は誰もが深く感謝していた。 そりゃ面と向かって礼を述べた人はいなかったが、それは準大公閣下を引き止めるのは恐れ多いという遠慮だろう。 礼を要求する事もなく立ち去るサダを見送る瞳に浮かんでいる感情が何であるかについて疑う余地はない。

 にぶにぶのサダだって感謝されていると感じていたから気軽に握手したんだろ。 だが喉を潰されたネイゲフランも感謝するか? いくらなんでもそれは期待出来ない。 しかも相手は中央祭祀長。 今は前中央祭祀長に格下げされたが、お許しがあった訳でもないのに握手したのは現役の中央祭祀長だった時だ。 いくら英雄だって、やっていい事と悪い事がある。

 もっともいきなり誰にお伺いする事もなくやったから猊下の責任問題とならずに済んでいるのだが。 もしこの握手が事前にテーリオ猊下のお許しがあってした事だったら、陛下としてはテーリオ猊下を罰しない訳にはいかない。 そしてテーリオ猊下の師であるスティバル聖下を中央祭祀長に御指名なさらなかっただろう。 下手をすると二人の祭祀長を同時に失い、適当な後任が見つからないという事態になっていた。 あれはどう見てもサダの猪突猛進だからスティバル中央祭祀長の就任が実現したのだ。


 それにしても全てあっと言う間の出来事だったのに、さすがはスティバル猊下と言うべきか。 五人の上級神官と握手するようサダにお命じになるとは。 あの握手の威力を御覧になり、即座に祭祀庁内の刷新に使えるとお考えになったのだろう。 五人の内の一人が失明し、サダはおろおろしていたが、スティバル猊下は実に沈着冷静。 ネイゲフランに近い神官であればあるほど不具になると予測していたかに見える。

 俺は今までスティバル猊下を世俗から離れた好々爺としてしか見ていなかったが、それは猊下のほんの一面とつくづく思わされた。 ある意味、世俗にまみれた腹黒にしか見えないネイゲフランの方が見たまんまだ。

 そう言う意味ではサダも見た目を裏切る奴と言える。 お偉いさんとなった今でも気弱でおバカな善人という外見に変わりはない。 だが世間があっと驚く無茶を平気でやらかす。 おまけに副将軍職から逃げおおせるずる賢さまである。 マッギニスが考えた策略であろうとサダの涙目ほど完璧に逃げ切れまい。

 そしてやるとなったらやる、あの容赦のなさ。 俺の剣なんぞ相手を負かすだけだが、あいつの握手は相手の根本を変え、二度とサダに歯向かえなくする。 そんなサダとスティバル猊下は、言葉は悪いが一つ穴のムジナだろ。 と、誰に言ったところで同意してくれる人は一人もいないとは思うが。


「では祭祀長服が届けられるまでリネ達がいる部屋で待とうか」

 スティバル猊下のお言葉に従い、俺達は別室へ移った。 そちらにはサジ殿とユレイアさんもいて、サリとサナが静かに寝ている側でリネとにこやかに茶飲み話をしている。 みんなが立ち上がりテーリオ猊下へ挨拶しようとすると、微笑みながら猊下がお止めになった。

「今は家族の時間。 儀礼はなしで。 先ほどスティバル聖下は中央祭祀長に任じられました。 私達が北へ戻るまで間があるとは言え、家族水入らずの時間は限られます。 名残りを惜しみましょう。

 尚、サダとリイは明日の朝、陛下のお相伴に与ります。 二人が戻るまでリネと子供達は神域内の私の住居で過ごしなさい。 神官の去就がはっきりするまでは離れ離れにならぬ方が良い」

「畏まりました」

 突然の中央祭祀長就任はリネにとって驚くような知らせだと思うが、準大公夫人が板に着いてきたからか驚いた様子はない。 ユレイアさんの方が気遣わしげに見える。 公爵令嬢という出自なだけにこの突然の就任がどれだけ異例か、そして新祭祀長が祭祀庁内を完全掌握するのがどれだけ困難かを知っているからだろう。


 中央祭祀庁が管理する神域で暮らせば暗殺される確率は高い。 北でも暗殺されるところだったが、北なら周囲の者は限られ、スティバル猊下は誰からも尊崇されている。 住んでいる人なんていないも同然の北の神域と違い、中央の神域は護衛や下働きを含めたら常時数千人が暮らす。 おまけにスティバル猊下は神官に不人気。 なのに更なる改革を実行なさるおつもりだ。 一体何日御無事で過ごせるか。

 もっとも俺だって人の心配をしている場合じゃないんだが。 サダへの叱責はないとしても俺に対する叱責もないとは限らないのだから。

 レイによれば宮廷内で俺は単なるサダの護衛と言うより無茶や無礼を事前に止めるお目付け役と見られているらしい。 ならネイゲフランの喉を潰した握手は無能なお目付け役の首を飛ばす絶好の機会だろ。 もしかしたらテーリオ猊下の「名残りを惜しみましょう」は、スティバル猊下とではなく、俺とでは?

 仮に叱責懲罰はなかったとしても宗教絡みとなると人は何十年経っても恨みを忘れない。 北で暮らす限り俺への影響は少ないかもしれないが、登城する度に嫌がらせをされるだろう。 俺だけじゃない。 俺の姪であるサリだって無事でいられるかどうか。 親や伯父だからこそ厳罰に処せ、と圧力をかけられる事だって考えられる。

 サダ以外は全員それを理解していると思う。 なのに誰も難しい事など口にしない。 今ここでどうしようどうしようと気を揉んだところでどうにもならない事を知っているからだろうが。


 旅の最中にあったあれこれを話し始めたところでレイが何事かをスティバル猊下の耳元で囁き、退室した。 急用で家に帰ったか城内のどこかへ行ったのだろうと思ったが、半刻もせずに戻り、猊下のお耳に何かを囁く。 猊下が微かに頷き、テーリオ猊下を別室へとお誘いになる。

「今後の予定について話しておきたい。 サダ、リイ、レイもおいで」

 俺達は今いる部屋とドアで繋がっている隣室へ移動した。 お席にお着きになるとスティバル猊下がレイにお命じになる。

「先ほどの陛下へのお目通り、尚書庁ではどのように記録されていたか皆に報告せよ」

「畏まりました。 記録によればサダ様が発したお言葉は、『それ以外で考えられるとしたら飛竜の喉を焼く呪術をかけられたとか?』が最後。 それ以降は一言も記録されておりませんでした。 握手をなさった事もです。

 ネイゲフランとスティバル猊下の口論は一言一句違えず記されており、陛下がネイゲフランに、どうした、とお訊ねになり、それに対する返答がなかった事も記録されておりました。 そこで陛下がスティバル聖下を中央祭祀長に任じた仔細も。 以上です」

 テーリオ猊下が静かに頷かれる。

「あの場にいなかった者が読めば、猊下との口論によって激昂したネイゲフランが突然体調を崩し、声を失ったため、新年の行事に支障が出ないよう急場凌ぎの新祭祀長を御指名になった、となりますね」

 スティバル猊下が安堵した表情で仰る。

「サダと周囲の者へのお咎めはなしで済みそうだな」

 表立っての懲罰はないとしても裏でなんらかの懲罰が下される恐れはある。 ホッとするのは早いと思うが、それは今心配したところで無駄な事だ。

 それよりこの改竄。 尚書庁の記録は一言一句の改竄も許されないと聞いていたのに、このような大幅な改竄、許されるのか? 陛下がお命じになったのでなければやれないだろう? お気に入りの命を救いたくてやった事と考えてもいいが。 それだけではないような気がしたのでレイに聞いた。

「この改竄、陛下がお命じになったんだろ。 理由が分かるか?」

「陛下の御命令か、或いは他の誰かが命じたかを知る術はありませんが、理由に関しては推測可能です。 サダ様の握手によって中央祭祀長の喉が潰れたと世間に知られたら大問題になるからでしょう」

「つまりサダを罰するか罰しないかで紛糾するから?」

「ネイゲフランが激昂して言った言葉を覚えていますか? 清廉は信仰の礎。 呪術はその清廉を穢すもの」

「ああ。 だから防御策を講じているんだろ」

「防御策を講じている祭祀庁。 そこの長が呪術を身に付けているとはこれ如何に。 と思いませんでしたか?」

「それは、まあ」

「もし私が父に一部始終をありのままに伝えれば、激怒した父が御前会議でネイゲフランと中央祭祀庁の神官全員を死罪に処すべきと発言するはずです」

「全員、て。 中央の神官は千人位いるんだろ? 確かお前の叔父だって中央の神官じゃないか」

「千人、いや、万人いようと実子が含まれていようと、御前会議の出席者全員が父に同意するでしょう。 全員一致の決議なら即座に実行されます。 たとえ陛下がお止めになろうと。 それは明日、日が昇るより確かな事」

 それを聞いてサダが青ざめる。 だが両猊下が静かに頷いていらしたところを見ると、レイの言葉は大袈裟でも何でもないらしい。

「しかし記録を改竄したって無駄では? あの場にいた近衛兵と侍従は陛下が口止めなさるとしても、神官に対して口止めが出来るのは祭祀長だけだろう? これから神域へ行って口止めしたところでとっくに広まっているはずだ」

「神官同士なら話すでしょう。 新祭祀長の就任とその理由。 青竜の騎士の握手とそれによってネイゲフランの喉が潰れた事も。 けれど神域は外から遮断された世界。 神官が神域の外へ出掛ける事は滅多にない。 出掛けたとしても神域内のあれこれを喋る事はありません。 たとえ親兄弟にであろうと」

 テーリオ猊下がおっしゃる。

「神官の心構えは他の臣下とは違います。 兵士や貴族なら陛下に忠誠を誓いますが、神官が忠誠を誓うのは天。 天意に従う事が第一。 陛下に従うのは陛下が天意を具現している御方だからで、祭祀長に従うのも同じ理由です。

 言い換えれば、天意に従わないなら陛下や祭祀長の命であろうと従う義務はない。 現実問題として陛下への不服従は重罪。 死ぬ気でなければやれない事であり、表立ってそう発言する神官はいませんが、神官の大幅な削減や儀式の簡略化が天意に従った方針であるのかを疑う神官はいるでしょう。

 又、神官のほとんどは貴族の出ですが、親兄弟や実家の名誉など天意より優先すべきものとは考えておりません」

 スティバル猊下も頷かれる。

「それに普通の貴族なら呪術師を抱えていなくとも呪術に関する知識があり、サダの破呪の力を知らぬ者はおらぬ。 サダに握手された途端、喉が潰れたと貴族が聞けば、それは呪術がかかった首飾りをしていたのが原因と察するだろうが、果たして神官もそう思うかどうか。

 呪術を穢れとして扱う事は知っていても呪術に関する知識がどれだけあるか疑わしい。 普通の神官なら呪術を見る事は勿論、呪術師に会う事など生涯一度もないのだから。 破呪の噂は聞いていようとその詳細までは知るまい。 現にネイゲフランでさえ破呪は解呪能力や習得した知識に影響しない事を知らなかった。 自分の首飾りに呪術が掛かっていると知っていたかどうかさえ現時点では不明。 ましてや背後の事情も知っている神官は更に少なかろう」

「背後の事情とおっしゃいますと?」

「祭祀長と祭祀長見習のみが知っている神域から外への抜け道があるから、それを悪用し、呪具と知りながら搬入しようと思えば出来ない事ではない。 だがなぜ御禁制の呪術が掛かった装身具を身に付けて陛下に御目通りした? 破呪の能力があるサダが同席すると知っているのに。 いきなり握手されるとは思わなかったとしても不用心が過ぎよう。

 或いは誰かの術策に嵌められ、呪術が掛かっていると知らずに首飾りを身に付けたか。 しかし皇王城と神域には至る所に呪術を察知すると曇る鏡が何千枚も設置されている。 小石一つであろうと陛下の御前に持ち込むのは至難の技。 どういう仕掛けで全ての鏡を騙せたのか? あの場にいた上級神官の中にも呪術が掛かった装身具を身に付けていた者がいたところを見ると、鏡を張り替えた? だとしたら一朝一夕でやり遂げられる事ではない」

 そこで珍しくサダが発言した。

「もしかしたらネイゲフランの黒い霞は人によって作られた呪術ではないのかも。 だから曇らなかったとか?」

 サダが馬鹿げた発言をするのは珍しくないが、スティバル猊下は真剣なお顔でお訊ねになる。

「なぜそう思う?」

「以前タイマーザ先生が見せてくれた石の中に、空から降ってきたという石がありました。 見掛けは普通の石で、呪術が掛けられる硬さもある。 でも呪術を掛ける事は出来ない。 中身が空じゃないと言うか。 人が掛けたものじゃないから解呪は出来ないし、呪術を映す鏡の上に置いても鏡は曇らないと言ってました」

「ふうむ。 空から降ってきた石、か。 そう言えば、ネイゲフランが身に付けていた首飾り。 昔そのような事を自慢していたような?」

「タイマーザ先生によると、地面がお皿みたいに凹んでいる所の真ん中に落ちている石があったら触らない方がいいんですって。 普通じゃないから。 それで思い出したのですが、神域には深い森で川が流れているのに小動物が一匹もおらず、鳥や虫の鳴き声も聞こえないという不気味な場所があります。 あの場所の近くに石が落ちていたのかもしれません」

「その場所への行き方を覚えているかい?」

「はい」

 スティバル猊下とテーリオ猊下が視線をお交わしになり、テーリオ猊下が静かにおっしゃる。

「そこを検分するのが再発防止と原因糾明への近道であろう」

「でもなぜあのように静かなのか、私には全然見当がつかなかったのですが」

「その時は分からなくとも今の其方には黒い霞が見える。 それがどこから生じているか、見つけられるかもしれません。 何も見つけられなくとも心配はせぬように。 再発防止と原因糾明を行うのは祭祀長の役目。 其方はそこに至る道筋を照らす光明」


 光明? ムジナが? いや、まあ、あいつが周囲を騙していると言うより周囲が勝手にあいつを英雄だの純真無垢だのと誤解しているだけなんだが。 人を煙に巻く奴である事は間違いない。 そんな奴に先導させても大丈夫なのか?

 もっとも今までだって俺は何度もあいつの後ろに付いて行ったし、結果的にはそれでうまく収まったが。 今回もそうなるという保証がどこにある?

 とかなんとか疑いながら結局サダの後ろに付いて行く俺も俺だぜ。 要するに俺も同じ穴のムジナって訳か?


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 師範が全ておいて懐疑的になったのって、多分若の尻拭いを何回もするようになってからですよね。元々懐疑的ではあっても 若に対して肯定するようなエピソードもそれなりにあったのに…
更新ありがとうございます。 仕事のできる男、レイ。
貴族の常識を知っていればいるほど気を回さざるを得なくなって悩むことになるんだろうなぁ なんで平民出身の方が貴族のボンボンより悩んでるんですかねぇ まあ準大公騙したり嘘ついたりはしないから…よけい悪い…
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