96話ー名前ー
サリドヒエラを壊滅させた鬼の襲撃。
千歳はその鬼を討伐。
鬼の不穏な動きは激しさを増していく。
ーグリンドリン撃破の翌日 東京本部ー
世界各国から、協力要請が届き始める。
サリドヒエラチームエル・ソルを壊滅させた鬼を、東京チームエル・ソルが討伐したこと。これが主な理由である。
サリドヒエラのエキポナは優秀だった。傲慢ではあったが、能力の高さから来るものだろう。世界でもそれは認められており、チームの壊滅は世界にショックを与えた。
その鬼を倒したことは、世界に更に衝撃を与える。
重三の希望により、日本チームエル・ソル16人をそれぞれ遠征させ、1人に何ヵ国かのチームエル・ソルを訓練させることとなった。
日本チームは一旦バラバラになるものの、世界のトップクラスの兵士達が想を扱い熟すようになれば、鬼にも屈しないようになる。
日本チームエル・ソルは大きな円陣を組み、互いの肩で肩を支え合う。
努は、メンバーが離れ離れになる前に、必ずこれをやる。想いが巡るらしい。
「次いつ会えるかわかんねえけど、俺はまたみんなに会えることを確信してる!俺はみんなを想ってる!!」
全員いい顔しやがる。立派になりやがって。
努と久美は東京本部に残った。近隣の国からチームエル・ソルが集まり、努の稽古が始まるわけだが……。
「えっとな!ここの肘を!コウ!!見た?この角度から、腰をこうやって使って、コウ!!こうするとね、力あんま使わなくても強く振れんの!そんでね」
誰に似たんだか、説明が訳分からんな。
「おい努!!そんな説明じゃダメだ!!」
思わず割って入ってしまった。
「爺ちゃん!!爺ちゃんじゃ___」
「コウ!!ココのアレをコウやってコウ!!努より分かりやすいだろ!?アレをソウしないとな、力は上手く伝わんねえから、ソコをドガっとやってグイッとしてバッ!コウだあ!!」
努は頭を抱えた。
ー訓練終了後 東京本部 寮ー
爺ちゃんの訓練は散々だった……。
俺がやった方がもうちっとマシだったな。
にしても、みんなが居ないと静かだなあ。
チームエル・ソル大集結してたし、誰かしら騒いでるし。久美ってゆう騒がしいのが居るから良いけどさ。
コーラを飲みながら、澄んだ夜空を見上げる。
木々がのびのび生える庭を見て、優雅にコーラを飲む。なんてシャレオツだこと。
しかし、それは突然起こった。
見慣れた庭から、突如異様な空気を感じる。
"何かが来た。"
俺は手すりを乗り越え、4階から着地する。
この敷地に居る誰でもない雰囲気が漂ってる。
「やけに想が集まってるな。お前がその元凶か」
木の影から聞こえた。それはやがて、月の光が当たる場所まで歩いて来る。
「そんなに身構えるな。挨拶だ。今お前と殺り合うつもりも無い」
俺は無意識に身構えていた。
デュロルでもない、俺と同年代の男に対して。
前髪は目にかかる程度。髪色は白と黒が乱雑に生えている。襟足は首元から外に跳ねてる。
目は白銀色。俺に似てる……。
声は、俺が聞いたあの"声"だ。
若い見た目に反し、喋り方と立ち振る舞いに貫禄がある。
そいつは抑えてるつもりだろうが、重圧が溢れ出てんだよ。濃すぎる、ドス黒い想もな。
「わざわざ足を運んでやったんだ。愛想くらい振り撒いたらどうだ?」
そいつは両手を広げる。
「そんなに殺意を向けるな。俺を怖がってるのがダダ漏れだぞ。聞こえすぎて五月蝿いくらいだ」
そいつの放った"五月蝿い"の言葉が、俺の心臓に触れた気がした。そんな重圧を一瞬見せた。
人は得体の知れないものを前にすると、恐怖を直に感じる。こいつが一連の事件の犯人だと分かった訳じゃない。なのに、本能で感じる恐怖。
細胞の一つ一つが、俺に声を発するなと強く命令する。
「安心しろ。今の俺はお前に勝てない」
「……それを言いに来たのか?違うだろ」
そいつは「おっ!」と喜ばしい表情をした。
「やっと話したか。いいぞ、その調子だ」
「なぜ俺んとこに来た」
「まあ焦るな。俺はお前を高く評価してる。グリンドリンを殺したのには大いに驚かされた」
グリンドリン……。分解する能力の鬼のことか?
「匂いを辿って来たのだがな。お前を前にすると、どうも体が痒い」
瞬き1つの間に、そいつは俺の目の前に立っていた。そいつは指で俺の顎に触れる。
「お前は本当にエキポナか?」
目の奥を見据えられた。入り込まれるように。
黒い薔薇が咲くようなイメージが脳内で再生される。
「……エキポナであり、デュロルであり、人だ」
そいつは指を離し、数歩下がる。
「名を聞いておこう。聞く価値はある」
そいつは俺の目から視線を外さない。
視線を外すか、答えずにいれば殺される。それが肌で感じ取れた。
隙がない……。
「JEA東京本部 東京チームエル・ソル 千歳 努だ」
そいつは顎に指を添える。
「ほう。千歳か」
「あんたは……」
「ん?声を張ったらどうだ」
「あんたの名前は」
「知りたいか千歳!っは。教える価値はある」
そいつは踵を返して歩き出す。
暗闇に身を潜り、顔だけを俺に向ける。
白銀の眼だけが俺を捉えて離さない。
「___だ」
そいつが名を語った途端、風は吹き荒れた。
その風を浴びた庭の草木は、そいつが居なくなると同時に枯れ果てる。
その光景が俺の心を表してるようで、瞠った瞳孔でただ眺めていた。
しばらく呼吸を忘れていた。吸った空気が体に入る感覚が無い。そのまま空気の通り道になるようだった。
俺はその場で膝を付いて放心状態になっていた。堀さんに身体を揺さぶられるまで、きっと俺はそこに居たと思う。
久美も駆け付け、俺は久美に背負われる。
俺は久美の髪の毛に顔を埋め、身体を預けた。
身体は酷く震えていた。
千歳の様子が明らかにおかしい。
久美と2人きりにさせると、千歳の震えは治った。しばらく、久美に様子を見てもらう。
近隣チームエル・ソルの訓練は重三さんが引き受ける。
世界のEAグループは総動員で禁域の場所を探した。
"見た"とされる場所の候補は幾つか発見されるも、久美は違うと言う。
探し回ること3週間。
千歳も回復し、近隣チームエル・ソルの訓練も問題なくこなせるようになった。しかし、まだ久美を近くに居させておく必要があった。
そしてついに、ルジェのエキポナ兵士が発見する。
千歳と久美も、首を揃えてココだと声を荒げる。
ルジェの兵士の視界を中継する。そこは、かなりの年数が過ぎたであろう草木が生い茂るも、かつて人が暮らしていたことが理解出来る程に、村の家屋が残っていた。
家屋に木の幹が纏わり付き、それが村を守るように見えた。
同じ景色が限りなく続き、その先に一際目立つ巨大樹が構えていた。
歩いても歩いても近付く気配はない。広大すぎる土地だ。
その異様な雰囲気の中を、兵士は警戒しながら進んでいる。4人小隊だ。
いつどこからデュロルが現れても良いように、臨戦態勢を崩さない。
しかし、デュロルどころか、虫や動物さえも発見出来ない。
「何も……無い……?」
デュロルだけが見えた禁域に生命一つ無いとなると、調査は振り出しに戻る。
それか、禁域の巨大樹に何か隠されているのか?
禁域の全域を調査する必要はあるな。
見つけ出せたことだけで万々歳だろう。
デュロルに纏わる情報が在るかもしれないしな。
ジジッ
「そのまま調査を続けてくれ。調査部隊を応援に送る」
ジジッ
「オーケーだ」
「観光は済んだか?」
兵士の後方から、声がした。
千歳は大机に上半身を乗り出した。
「あいつ……!!」
兵士は振り向く。そこには、若い男が映っていた。綺麗な白髪に、疎らに黒が混じる。
「良い場所だろ。人の子らが足を踏み入れる場所では無いがな」
ジジッ
「逃げろ!!!」
千歳は喉が張り裂ける勢いで叫んだ。この場にいる皆がザワつく。千歳の声に、兵士はビクッと視界を揺らした。
「お前らが入った所為か、どうも錆臭くてたまらん。此処が汚れる」
千歳は泣いていた。その理由を、今ここで聞けるような状況ではない。
「お前は……誰だ」
震える兵士の声。その緊張は、今世界中のエキポナが見ている。
「名乗る気は無い。それにしても錆臭い。不愉快だ」
ジジッ
「今すぐにその場から離れろ!!そいつが例のヤツだ!!"声"の 主だ!!」
兵士の呼吸が乱れた。
ジジッ
「お願いだ!!」
兵士は周りの仲間を見回し、離れていくように手で合図する。
背中を向けた女性兵士の背中に、例の男は掌底打ちした。一瞬だった。女性兵士の前面から、肉片が飛び散る。その風圧で、前方の草木は激しく音を立てた。女性兵士はその場で膝を着き、正座の状態で動かなくなった。
人の姿のまま……エキポナの身体を破壊した。
「片付けるのが億劫だな」
兵士は抜刀する。構える刀身は小刻みに震えてる。
「同族でない種が、何故想を扱える」
兵士は刀身に氷を纏っていた。
「同族にしか許した覚えは無いのだが。人の進化とは恐ろしいものだな」
男は他に逃げる兵士の元へ一蹴りで行く。
兵士の男性は振り向いて大口を開けて叫ぶ。その口に男は右手を突っ込み、身体を捻って兵士を持ち上げる。
そのまま別方向に逃げる兵士へと放り投げる。投げられた兵士の歯が幾つか転がる。
そして、投げられた兵士が逃げる兵士にぶつかる。一瞬だった。金属の衝突音と、骨の砕ける音が不気味に響く。
武器を構える画面の兵士は、動き回る男に技が出せずにいた。それとも、目の前で次々と殺されていく仲間に動揺してるのか。いくら精神トレーニングしてようが、圧倒的強者の前では、それも無力に等しい。
「敵を前に背を向けるのは論外だ」
男は兵士に歩き寄る。
「打ってみろ。想をどれだけ理解してるのか見てやる」
兵士はかなりの速度で斬り、男の後方に氷の威力は飛んでいく。その風圧に当てられた草は凍りつく。
想は使えてる。それに申し分無い威力。手練れの兵士……。その兵士が、指示だとしても背中を見せて逃げる相手。
兵士は呼吸を荒くし、刀身を見下ろした。
動いた視界に映ったのは、折れた刀身だった。
折れた切先は兵士の左脇腹に突き刺さっている。
見えなかった……。あの一瞬で、刀身を折り、切先を兵士に突き刺したのか。
「まるで理解してない。想とは何なのかを」
男は兵士に突き刺さる刀身を、ゆっくり掌で押し込む。
兵士の悲痛な叫びがこの場を埋め尽くした。
「錆臭い種がどんなものかと興味を持っていたんだが、失せた」
兵士は折れた刀を振り上げようとする。しかし、先に男が脚で、兵士の右腕を蹴った。蹴られた箇所から腕は曲がる。
「千歳はこんなものじゃないのだろ。期待して生かしてるんだ」
男の口から千歳の名前が出た。
やはり千歳が精神的ダメージを受けた日、この男と何か接触があったのだな。
「ち……千歳は、お前より強い……圧倒的に」
男は兵士の頬を掴むと、強引に顔へと向けた。
男は目を見開き、整った顔を崩して嗤った。
「あいつが!?俺より!?」
男は無表情を取り戻した。
「お前は、千歳には勝てない……!」
兵士と千歳の関わりは無いはず。それでも兵士は、信じるように強い口調で言った。
「千歳は……!俺たちを背負って立つ男だ!」
それを聞いて、千歳はハッとした表情を見せた。
「千歳は、俺の名前を聞いただけで戦意喪失した。お前の言うその自信は、何処から来る」
「お前の名前が何だ!関係ない!千歳はお前の首を斬る!」
「この人も死ぬ……」
千歳はボソッと呟いた。
「度胸だけは有るな。そこは褒めてやろう」
千歳は白銀の眼差しを、画面の中の白銀の目を捉えて離さない。
「俺の名を聞いていたな。気分が良い、教えてやろう」
男が息を吸うと同時に、千歳も息を吸う。
男と千歳は、同時にその名を口にした。
「___デュロル・サールイスだ」
言い終えたと同時に、通信は切れる。
この場に居る者は、言葉を何一つ発せなかった。
暗くなった画面をひたすら眺める。
その名前は、誰もが聞き慣れたもので、誰もが思考を遠ざけた。




