97話ー元気かー
明かされた名前。
その名前は誰もが知り、誰もが恐れた。
対してその種は湧き上がる。全世界が揺らいだ事象となった。
ー東京本部ー
デュロル・サールイス。
その言葉は、確実にあの男が発した。
人種デュロルの後に、サールイスという名前を言った可能性もある。
しかし、"デュロル"という言葉自体に意味が存在しない。昔から根強くその言葉だけが伝わってきた。意味は無いにしても、それを聞けば、人智を超えた骨と筋肉の人種であると、誰もが理解"は"出来たのだ。
その"デュロル"が、何処で誰が名付けたのかすら、疑問に思わずに。それ程まで世間に定着していた。
人智を超えたデュロル全体に、その"声"を届かせる者。
目の前で感じた、異次元な圧。
そして、"デュロル・サールイス"と名乗ったこと。
人種と同じ名前を持つ者……。
しかし、見た目は若かった。この長い人種間の戦いを生き抜いた年齢ではまるで無い。
もしくは、年齢すら超越した存在とでも言うのか。
千歳は目の前でデュロル……ややこしい。サールイスの名前を聞いた時、細胞の全てが怯えた。
こいつが、デュロルの元凶なのか?とか、こいつと俺は戦うのか?とか、色んな思考が頭を巡った。
心の奥底で、ヒョーゾーも怯えていた。
それが俺の身体に伝って、立つ力すら失ってしまった。
久美に背負われてなかったら、俺は……。
でももう大丈夫だ。俺にはみんなが付いてる。
殺されてしまったあの兵士も、見知らぬ筈の俺を頼ってくれた。希望に成れていたんだ。
想いの拠り所として、俺は立ち上がる。
「あの兵士の記録は、全世界のエキポナが見た。皆、怯えてなどいない。俺らには千歳が付いてると、俺らが千歳を支えるぞと、皆で力を合わせるぞと、士気は上がったんだ。それも、千歳が今まで成し遂げだことが影響してるだろう。千歳1人に戦わせたりしない。皆で戦うんだ」
俺が膝を着いた夜のことを堀さんに話した。堀さんは、俺の肩を持って、俺の眼を見てそう言ってくれた。
俺の脳裏に、みんなの笑顔が浮かんだ。
誰一人として失いたくない。
みんながみんな、そう思ってる筈。
肩組んで想いの輪を作った俺らなら、成し遂げられる。絶対的な自信がある。
久美はズカズカと俺の前に立ち、片手で頬を握る。俺の唇はタコみたいになった。その顔が、久美の瞳に反射する。
「もう二度と、情けない顔見せんなよ」
「わかっぱ」
久美は吹き出して笑った。俺はその笑顔を見て安心する。
「みんなを守る」
デュロル・サールイスを記録した兵士の映像は、全世界のエキポナが見ていた。
それは、デュロルの世界でも同じである。
「こうして"方角"4人だけで会うのは久々だね」
「事が事だもん。仕方ないよ」
「……」
「まったく、自由なお方です」
「サールイスさんはさぁ、僕らの努力を一瞬で蹴散らしちゃったよね!どれだけあの人の存在を隠すのに動いてきたことか!」
「まあね〜確かにね〜あの人自分から名乗っちゃったもんね〜うふふっ」
ゴスロリドレスの袖で口元を隠して笑う。
「笑い事ではないですよ!今世界は混乱してます。我々も今こうやって、焦って集まっているではありませんか」
キッチリとグレースーツを着こなし、堀の深い顔によく似合っている。
「これじゃ、エキポナ動いちゃうじゃん」
「それな〜。でもあの人、このままカウントダウン始めるつもりなんでしょ?」
「そうらしいね」
「デュロル様がカウントダウンを終えるか、エキポナが攻めてきて遅れるか、ですね」
「うん。エキポナは全勢力を上げて攻めてくると思う」
「それを、私たちを筆頭に守るって感じ?」
「そうなるね。エキポナが全勢力で来るなら、こっちも全勢力で対応しなきゃ」
「エキポナ相手に全勢力使う必要ありますか?」
「あるある。最近のエキポナ、ナメちゃいけないよ。千歳を筆頭に、猛者揃いだよマジで」
「まあね〜ルータス和ノ信亀戸が負けるなんて思わなかったもんね〜」
「……そうですね」
「それにさ、千歳って流斗の幼馴染でしょ?殺しちゃっていいの?」
「君たちに相手はさせないよ。僕がやる」
「誰が千歳か分からず、殺してしまうかもしれませんよ?」
「ははは。あまり調子に乗るなよ」
「うー怖い怖い」
「何故流斗さんみたいな人が"方角"に成れたのか、まるで理解できません」
「いやマジで。エキポナだからって油断してると、ルータスみたいになる」
「はいはい、私わかったからもう行っていいかな?みんなに声掛けなきゃ」
「うん、いいよ。詳しいことはまた連絡する。トマスも良いね?」
「……わかりましたよ。デュロル様を御守りすれば良いのですね。その為であれば、尽くしましょう」
「君ももう行っていいよ」
「……」
「っふう。歴史動いちゃうじゃん。全面戦争になったら、これは第三次デュロル世界大戦になるのかな」
外の空気を吸う。
「綺麗な空気も、しばらくは吸えないかな。血の匂いって苦手なんだよね」
「お疲れ様です、組長」
「まずはみんなを集めよっか。そっから配置は決める」
「配置?」
「今日本のチームエル・ソルは全世界に分かれてる。誰が何処に居るのかまでは分からないけどね」
「それも……?」
「うん、拠点は全部トマスが掴んでる。エキポナは全力で千歳を援護する筈で、どういったルートで来るのかは予想しなくちゃ」
「予想できるポイントに、鬼を配置すると……」
「そうだね。お前にも役立ってもらわなきゃ」
「仰せのままに」
ー開戦まで3日ー
全世界のエキポナの精鋭達の全軍出撃までの3日で、想の訓練も終盤に差し掛かる。訓練以外は、それぞれの大切な人との時間を過ごす。
日本に帰国できないみんなも、ビデオ通話で顔を合わせる。
「千歳くーん!元気そうで良かったよ!何だか、近くに千歳くんの居ない生活が不思議でね、静かすぎて変な感じ!ついつい千歳くんの名前呼んじゃうんだ!私"も"変な目で見られちゃう」
高千穂は相変わらず元気の塊だな。俺も元気貰えた。
「うい千歳!聞いたぞ!お前怖気付いたんだってな!膝から崩れ落ちたんだって!?目の前で見たかったぜ。あでも、もうそんな千歳見せんなよ」
畑山のテンションの高さは何だ。美女でも近くに居んのか?
「千歳さん!僕は元気ですよ!何かしらあると千歳さんは僕を心配しますからね。先に言っておきました!みんなにも上手く教えれてますし!意外と仲良いんですよ!」
正直、滝原のことは心配してた。弟みたいなもんだし。エル・ソルの中で一番年下だし。元気そうで安心した。
「千歳。俺は今、お前らに追い付くのに必死だ。重三さんの訓練を受けたお前らは、先を行き過ぎた。楔丸も鍛錬してる」
「こいつ必死すぎて足ツったんだよ」
「言うな楔丸」
これでもかと冷静な川崎さんの可愛い一面を見た気がする。
「チトッセオ!チトッセオの顔が見れて安心したよおお!みんな向上心の塊でね!みんなチトッセオを尊敬してるんだよ!それ見て僕、自分のことのように嬉しくなっちゃって!」
俺の名前がチトッセオで通らないことを祈るばかりだ。里道、お前の笑顔に元気もらってるぜ。
「千歳くん元気〜?こっちはちょっと寒いかな。寒さに弱い俺は風邪ひかないように頑張ってるよ」
体調管理にストイックな山谷さん、やっぱり落ち着いてて凄いや。
「千歳、離れてからお前の凄さが染み染みと伝わってくる。ここに居る皆は真面目だ。真面目すぎて空気が硬い。バカは必須なんだなと感じたよ」
そこですか……。一緒に訓練してから、やたらと由紀さんにイジられる俺。にしても、メガネ取った由紀さんて、こんなに美人だったの。メガネしてても美人だけども。
「ういー千歳!お前の顔が懐かしく思うぜ!こっち来てさ!嬉しいことがあったんよ!なんと!俺を尊敬してくれる人が居た!凄いよな!俺嬉しくなって嬉しいって叫んじまった」
藤長は本当いい笑顔すんだよな。お前も凄い奴なんだよ。見てくれる人には、それが伝わってるって証拠だな。
「やほー千歳くん!こうやって面と向かって話すの久々だね!訓練の時に教わったコツとか覚えててね、私今スパルタやってます!」
キリッとした瀬川はマジで頼れる時の瀬川。ストイックすぎる瀬川のスパルタ受けてる人達……ご愁傷様です。
「千歳っち!特に話すことも無いっちゃけん!あ、そうそう!ウチ3キロ痩せたんよ!凄ない?千歳っちも痩せとう?そんなことない?」
鹿子木の瞳はいつもキラキラしてんだよな。人の体重聞く時にもキラキラさせるの凄いと思う、うん。
「千歳くんこんばんは〜。あれ、そっちはこんにちは?こうして会話しとっても、昼と夜違うの面白いっちゃね。そうだ!セロリ食えんの驚かれたやろ?やけん、努力したばい!」
名前がセロリなのにセロリ食えないの!?ってめっちゃ大声で叫んだの、アレ結構反省してます。めちゃ失礼なこと言ったなって。
「千歳!俺は今スゲー感動してる。飯がめっちゃ美味え!!やる気しか出ねえよな。お前もちゃんと食えよ。千歳らしさ足んねえんじゃね」
室瀬。こいつは俺の変化に直ぐ気付く。小学校の時からそうだったな。気遣いありがとう。俺もやる気しか出ねえ!
「千歳くん。ついさっきも弟から電話あってな、千歳くんに飯食うように言えって言われて来ちゃった。飯は、千歳くんの身体を構成する上で、とんでもなく大事な行為っ!天井に届くくらいの山盛り、また食べてよ!」
正人さんにも根回ししてるとは、中々やりよるな室瀬よ。だんだん食える量も復活してきた。いやむしろ前より食ってるぜ。
「お師匠!うっす!千歳メニュー継続してるよ!あとね、眉間を蚊に刺されて第3の目開眼した。なまら痒くて、掻かずに指で抑えてたら仇名がピッコロになっちゃった。日本の文化ですねってイジられるのどうにかしてよ師匠ー!!」
訓練以降俺を師匠って呼んでくる丘。師匠に似てバカになってきたな!笑った笑った。
「千歳。ここは治安が悪い。だが、吸収も早い。俺も、鼻が高い。気分、爽快。寿司、食うかい」
真顔で言われるとボケてるのかわからん。権三節が炸裂してやがる。
「努やほやほ!訓練の合間に観光してるんだけどね、そのお陰か、やる気がもーっと出てきた!この綺麗な街並みを、この手で守りたいって。温かな人の優しさを守りたい」
伊歳野にはめちゃ助けてもらった。武器やら防具やら、天才の閃きで発明してくれた。その伊歳野が、自分の手で守りたいと。お前の閃きなら、絶対に守れる。
「千歳くん。こうして会話するのは初めてだね!私にもこんな日が来るなんて!私は千歳くんの他に、唯一のデュロルでありエキポナだからさ、困ったことあったら何でも言ってね!亜百合から色々話聞いてるんだ!」
ハキハキと明るい口調。銀城、お前も心の支えだ。俺と同じ境遇で、同じくらい努力してる。
みんなと話して、マジで元気出た。
みんなとのビデオ通話が終わって、俺の肩に手が触れる。その手は、今はもう俺より小さくなったけど、握り慣れた手。
「お父さんとお母さんの墓参り、行こ」
ー開戦まで2日ー
姉ちゃんと2人で墓参り行くの久しぶりだな。
俺がJEAに入隊する時っきりか?そう考えると最近だな……。
「努が小さい頃はさ、私の手を絶対に離さなかったんだよ。怖いからとかじゃなくて、俺が姉ちゃんを守るって言って。どんだけ良い奴なんだこいつはって思ったよ私は」
「それ今言う必要ある!?何から守るんだよ恥ずかしい」
「そこが可愛いとこじゃ〜ん!」
俺の髪を掻き乱す。
墓石を洗い、周囲の草をむしる。
花を添えて、線香を炊く。
俺と姉ちゃんは、静かに手を合わせた。
"努が戦いに行きます。私は戦場には行けません。なので、見守ってやってください。手助けはしなくていいかな。努、世界で一番強いから。"
心の声がダダ漏れだっつの。
これでもかってくらい最高の姉だよ。母ちゃんに似たんかもな。怒ると怖いところも……。
頭を叩かれたような風が吹く。
俺はこれから、無茶なことをするんだと思う。手の届かない人すら守ろうとしてる。この戦いが終われば、もしかしたらさ、デュロルの居ない世界が来るのかもしれない。
そしたら、俺らエキポナも用は無くなるし。
そこでやっと、"人間"だけの世界になって、でもまだそこから問題は山積みで。
そこは"人間"の力でどうにかなると思う。その問題に"デュロル"の悩みは無くなって欲しい。
その為なら俺は人生を懸けます。
この身体で生まれたこと。
この思考で生まれたこと。
この時代に生まれたこと。
健史と輪子の子に生まれたこと。
奏の弟として生まれたこと。
親友達に出会えたこと。
全身全霊でぶつかって来ます。
それで死んでも仕方ないと思うけど、まだそっちには逝きたくないな!
ドデカイ土産話持ってくにゃ、まだ若いからさ。
「ふう。途中努だけに突風吹かなかった?」
「おう、母ちゃんに頭叩かれた!」
「変なこと言ったんだな」
「まあね!なっはっは!」
俺と姉ちゃんは立ち上がる。
「父ちゃん母ちゃん、行って来ます」
"おう行って来い!"
"行ってらっしゃい。情けない姿見せたら、また引っ叩くから。"
空に拳を差し出して、踵を返す。
「みんな家に居るからさ、カレー、食べてってよ」
「おお!カレー!懐かしい!姉ちゃんが作る……の?」
「何?不満?食わない?」
「いえ、食べます。食べさせてください」
姉ちゃんのカレーは、少し苦くて、しょっぱくて、大好きな味。




