93話ー声ー
ある場所で起こった怪事件。
その事件が、強大な何かが居ることを示唆する。
豪壮寺の説教により、エキポナ側も動く。
ーエジプト砂漠遺体発見から僅か13時間後ー
リハビリ中、突如脳内を掻き乱すような耳鳴りがした。
驚いて床に倒れる俺を心配して伊歳野は駆け寄る。
「まだ休んでた方が良いんじゃないの?無理してるって絶対!」
「いや……違うん___」
再度耳鳴りはした。
"集え。禁域に立ち入ることを許可する。"
またあの声だ。日本語じゃないことは確かだけど、何を言ってるのかは理解できた。
その声の後、脳裏にモヤがかった風景が浮かび上がった。
広大な森。木の根元には、以前人が居たであろう家屋がある。家屋は木の根に侵食され、手入れされていない遺跡のような姿だった。
そして何より、森の中央に聳え立つ大木。300メートルはあると思う。
「___ぇ!ねえ!おい!聞こえてるか??」
「おお!わりい……!」
「変だぞ!?いつもの努じゃない!さっき目も泳いでたし!何があったの!?」
伊歳野は俺の肩を掴んで、揺らしに揺らしていた。
「またあの声が___」
"ああ、後。錆びた匂いの種族が邪魔だな"
耳鳴りは無くなった。
「声!?声ってまさか……」
俺は額に汗を流しながら頷いた。
ジジッ
「堀さん。声が……聞こえました」
ーEAグループ 世界同時会議 JEA東京本部会議室ー
俺ら4チームエル・ソルは会議室へと集められた。
その場にはお偉いさん達が各々意見を口にしている。まだモニターは準備画面で、世界とは繋がっていない。
伊歳野に車椅子に縛り付けられた所為で、どうにも落ち着かない。
俺らの他に、一部始終を見ていた伊歳野を含め、銀城と呼ばれた銀髪の同い年くらいの女性と、東京本部に所属してる黒潮らデュロル4人も出席している。
デュロルである彼らにも、あの"声"は聞こえたらしい。
銀城と高千穂は互いに抱きしめ合って、甲高い声で会話していた。
そして、高千穂は俺の方へと歩き寄って来た。高千穂の後ろで銀城はモジモジしながら、高千穂を盾に覗き込むようにして俺を見ていた。
「よっ!話は聞いてっぞ!こうやって会うんは初めてだよな!よろしく!」
銀城は高千穂の盾からバッと顔を出し、鼻から大きく息を吸った。
「初めまして千歳さん!!銀城 朱梨です!あの!大ファンです!憧れてます!髪の毛も!銀髪にしちゃいました!言えた!えへへ!」
「お……おお!憧れ……てるのか!そうか!良かったな!!」
予想すらしなかったテンションで来られて、少し動揺してしまった。ん?良かったな?って高千穂の声が聞こえた気がする。
銀城は俺らが居ない間、チームエル・ソルとして活躍してくれた。実力もある。それに、デュロル且つエキポナなのは、日本で俺と銀城のみ。そこんとこも含めて"憧れてる"と言ってくれたんかな。
「銀城の活躍も知っててよ、憧れって言ってもらえたことが、嬉しくってよ!後でゆっくり話そうぜ!なっはっは!」
「うん!話したいことたくさんあるの!千歳さん忙しくってそんな時間無いと思うけど!亜百合ちゃんとも話したいことあるのに〜どうしたらいいの〜」
銀城は楽しそうだった。銀城は挨拶してから高千穂と歩いて行った。
正直、本気で嬉しかった。
人間であり、デュロルであり、エキポナであり。同じ苦労を知る人が居ること自体心躍るのに、強い心を持ってくれてる。俺を見て、少しでも心の支えになったなら、もっと嬉しい。
そこに、久美が会議室に遅れて入って来た。
久美は真っ直ぐ俺の横の椅子に座る。
脚を組み、すぐさまテーブルに頬杖を突く。
「人の頭に勝手に語りかけんなよな気持ち悪い」
不貞腐れたようにボソリと呟く。
「やっぱ久美にも聞こえたんか」
「うん。不気味だし、怖い」
「それ、めちゃわかる」
「今までのデュロルとはさ、エグい程レベル違うのわかるよね」
「ああ。存在がデカすぎる」
「何が起きたのかすら理解できないなんてことある?」
「正直、これが1人のデュロルであって欲しくない。マジで怖え」
「……」
「俺らがこれから戦わなきゃならない相手なんだぜ」
「……そうだね」
「敵を知る前から、弱気になっちまってる」
「それじゃ思う壺じゃん」
「……確かに」
「初めっから弱気な努初めて見た。少っしもムカつかないわけ?」
「……ムカつく」
「アタシはちょームカつく。それにこのデカさ、デュロルって人種の何か握ってそうじゃない?コイツの声が聞こえてからデュロル全体が活発化したし、力も増したって聞く。あと、デュロルにしか声が聞こえてないってところ」
「……ふぅ」
それを聞いてから、俺の心は落ち着いた。自然と深呼吸して、"いつも"を取り戻した。
久美は冷静だなあ。怖い感情を、怒りに変換してる。いつもの俺なら出来たことだろ。
チャンスじゃねえか。この"声"の正体を探ることが、夢に繋がるんじゃねえか。
それを、掴み損ねた。久美の他愛無い愚痴みたいな会話で、それを引き戻してくれた。
「努の目つきに戻った」
「ありがとうな。マジで。おかげで思い出せた」
全デュロルに語りかけるなんてこと、そんな簡単に出来てたまるかってな。
「俺の夢を叶えるには、この元凶をぶっ飛ばさねえとな」
「少しは夢に近付くかもね」
360度に配置されるモニターは、それぞれの国の会議室の様子を映した。
豪壮寺元帥が話し始める。
「結論から言う!世界のエキポナで協力する!」
発された一言に、モニター越しのお偉い方はザワザワしだす。
世界同時会議が始まる。
エキポナが動くと同時に、デュロルも動き出していた……。
ー世界同時会議開始から僅か1時間と7分後ー
異変は1つのモニターの中から始まった。
その国のチームエル・ソル全員が出席する場所に、デュロルは急襲を仕掛けた。
モニターの中は黒い何かで覆われた後、通信が途切れた。
場の空気は揺れた。
現状を整理する間もなく、別のモニターの中にもデュロルは現れた。
そして次も。
"声"は聞こえてない。違う国のデュロルが、どうしてこうも連携を取れる。
建物を揺らす衝撃音。
東京本部もか。
衝撃音は徐々に近付いてる。
俺もチームエル・ソルのみんなも、武装してない。ここに来られると___。
壁は壊れ、モニターを押し倒し、数え切れないデュロルが流れ込んで来た。
「目標は千歳だぞ〜。他殺すんはちょっとだけにしろよ〜」
「うっす!!」
俺目当てか!?
デュロル達は一目散にお偉いを狙った。
チームエル・ソルのみんなは、それを防ぐ。
……数え切れないデュロルの中を、悠々と歩く鬼が3人。
そのうちの1人が俺へと歩き寄った。
車椅子から立ち上がろうとした俺を伊歳野が抑える。
「ダメ!努を狙ってる!その身体でどうするつもり!?」
目の前の鬼は立ち止まった。
俺を見ろと言わんばかりに、自身の胸部を叩いた。
その鬼が居た場所に、伊歳野は居た。
「は〜い殺し終わり〜。これ以上殺すと組長に怒られるで〜」
その声は、俺の真後ろからだった。
「うっす!!」
デュロル達は一斉に手を止め、入って来た壁から出て行った。
皆が俺に駆け寄ってくる。
瞬きしたら、景色は変わっていた。
肌に当たる風、コンクリートの匂い。
東京本部の目の前だ。
俺の前には、綺麗に整列した柄の悪い男達が居て、スーツの後ろで手を組んで俺を見ていた。
俺は立ち上がろうとするも、肩に手を置かれて押し込まれる。
「まあまあ、座っててよ努」
この声……聞き覚えしかない……。
「お疲れ様です!!」
目の前に整列していた男達は、一斉に膝に手を乗せて、頭を深々下げた。
「流斗!?何であんたが……!」
後ろから久美の声がした。
「やっほー2人とも」
「流斗……」
ああそうかと、納得しちまった。
「お前、こうなるなら何であの時俺の前に姿現した!」
「"こうなっちゃうから"かな」
「"声"が掛かったからか?」
「うん、そうだね」
久美は呼吸を乱してる。
整列する男達の前に、さっき居た3人の鬼が着地する。
その鬼達はデュロル姿を解除して、他同様に頭を下げた。
「そろそろ行きやしょう。組長」
俺の後ろに居る、流斗に向けて頭は下げられてる。
「うん、もうちょっと待ってて」
「お前……」
「言ってなかったけど、僕、ヤクザ」
「は!?」
久美は声を張り上げた。
「水月組の組長やってる」
「水月って……」
「"元"最重要警戒デュロル。知ってる?水月 春五郎。僕は努を倒さないといけないんだ。でも、こんな状態の努は倒せないから、治ったら僕のとこに来て」
「それはデュロルとしてか……?流斗としてか……?」
「うーん、どうかなあ」
流斗は車椅子から手を離して、列へと歩き寄る。
「行かせるか___!!」
俺は勢いよく立ち上がり、流斗の脚を掴もうと倒れ込む。
俺の右肩は踏まれた。
「組長に触れるなよ。今のお前にその権利は無いね」
翻訳が機能してる。日本語じゃない。
「シン。踏むのやめろ」
俺の肩を踏んだのは鬼の1人だ。わかったよと返事はするも、脚を退かすまで数秒はかかった。
「動けね〜なら大人しくしてな!あんま意地張るなよ千歳ちゃん」
シンと呼ばれた鬼は元居た位置へ戻る。
「あ、それと。"声"掛かっちゃったからさ、今世界中の鬼が動き出してると思うんだ」
振り向いた流斗は、目尻に強いシワを作り、八重歯を剥き出しにして笑った。
見慣れた笑顔の筈が、狂気へと変わった。
久美に肩で支えられて立ち上がる。
「忙しくなると思うけど、頑張ってね!」
まったね〜!と明るい声と共に、そこに居た全員は姿を消した。
「久美……俺、何だか覚悟決まったわ」
「……みんなんとこに戻ろ」
事が起きた会議室へ戻る。重傷者こそ居るものの、死者は居なかった。不幸中の幸いだ。チームエル・ソルのみんなが注意を引いてくれたから。
連れ去られた先での出来事をみんなに話した。
忙しく飛び交う話し声が、俺ら全員の不安を掻き乱していた。
「世界中の鬼は、俺らの見たあの場所に向かってる!其処に、"声"の元凶の手掛かりがあるはずだ!」
「でも、見た情報は森と巨大な樹ってことだけ。世界中を探さないといけない」
「それを世界に言おうとしてるんに、全く危機感持って聞いてくれんくてねえ」
豪壮寺元帥は下唇を突き出した。
「この感じからして、世界中の本部が襲撃されてる。否応にも、協力する他ないじゃろて」
元帥は顎に手を当てて唸った後、電球が飛び出たように目と口を開いた。
「重三を呼ぶかっ!」
「爺ちゃん!?」
「あいつは頭がキレる!」
「いやあ、爺ちゃんでもこの状況は何ともならん気が……」
「ええい!旧友に会って安心したいだけだー!」
元帥がこんなだから、重い空気が軽くなった気がする。
「取り敢えず!今出来ることから!ケガ人の介護!はい!取り掛かれいエル・ソル共!!」
元帥はゴンゾーの腹をポンポンと叩いてケガ人を担ぎ上げた。
「おしゃ!!俺らでぶっ飛ばすぞ!!まだ得体知れん奴だけど!必ずぶっ飛ばす!!」
「そうだね!」
「おうよ!」
「それでこそ千歳だな」
「ホォレ!!エル・ソル!!士気高めんのも良いけども!後でやれ!!まだ攻めてくるやもしれんだろ!」
みんなの顔に、さっきみたいな不安色は無い。
___これから人種間最大の戦いが始まる。