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DHUROLL  作者: 寿司川 荻丸
【転】
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82話ー雨は降るー

 ルータスと無名コンビに苦戦する一行。


 そして戦場に大雨が降る。


 楓太の心が【涙鬼】となって具現化する。


ー太平洋 沖合 夜ー


 【涙鬼(るいき)


 楓太(ふうた)の頭上には雨粒の飛沫でその文字が読み取れる。額には左右対称の2本のツノ。


「……鬼。楓太……お前……涙って」


 この大雨が、楓太の心を表してる。


「鬼の称号を与えられたか!鬼とお認めくださった……」


 ルータスは嬉しそうな声色へと変えた。


「お前にはゾディアックの席を用意してやる。今直ぐに、俺たちへの敵意を収めればな」


 楓太はルータスに聞く耳を持たず、只管に見据えていた。


「そうか。お前がその気なら、殺さなくてはならない。今鬼と殺り合う気は無いんだよ。無駄なことに体力は使いたくない」


 千歳(おれ)と楓太は同じタイミングで拳を握る。


「僕の人生はさ、これからだったんだ」


 腹の底が震える程の声……。


 その優しい声色とは真反対の感情が溢れてる。


「それを奪ったんだ……」


 徐々に雨の音は大きくなる。


 不安を掻き立てるようで、何かが起こる前触れのようだった。


 【止雨(しぐれ)


 耳にこびりついていた雨音は消える。音の緩急により、マグマの音すらも聞こえない。同時に雨粒は宙に留まる。まるで、時が止まったかのように錯覚した。


 この雨粒に触れたら何かが起こる。そんな気しかしない。


大猿(おおざる)!動くんじゃねえぞ」


「分かってっけど、この体勢キツいんだよ」


 宙に浮かした岩に乗る無名は、その場の維持が出来なかった。宙に留まる雨粒に、無名の右肩は触れた。その雨粒が弾けた瞬間に、雨雲から水の柱が撃ち抜く。


 右肩を撃ち抜いた水の柱は、そのまま無名の乗る岩を砕いた。貫通した無名の右肩からは血が飛び散る。その勢いに体勢を崩して落下する無名は、次々に雨粒に触れていく。


 ルータスは左手を差し出した。


 【牢地獄岩(プリズロック)


 下から突き上げたマグマで無名を包み、凝縮させて硬化させた。水の柱は無名を包んだ黒岩と、ルータスの左腕を撃ち抜く。


 無名を包んだ大岩は貫通せず、マグマの地面へと叩き付けられる。同時に撃ち抜かれたルータスの左腕は、ただ弾かれたように、少し下へズレる程度だった。


 無名の右肩を貫通した水の柱なのに、ルータスの左腕は弾かれる程度の衝撃に抑えた。装甲と肉体の濃密度が段違いなんだ。


 無名と違い、"あの時"から鬼を維持するだけの力。


 俺達はその瞬間を目に焼き付けた。


「厄介な良い能力だ。磨けば光る。もっと光る。殺してしまうには勿体無い」


 ルータスは右膝に右肘を置き、左手を地面に突っ込んだ。


 水の柱に何度撃ち抜かれても、手で少し押された程度にしか動かない。体幹やべえ。


 【針地獄岩(ニドルロック)


 地面全体から、数え切れない程のマグマを硬化させた大剣が突き上がる。俺達の下の地面からも突き上がるが、楓太(ふうた)が囲んでくれた雨粒のような膜が大剣を通さず、ただ上へと持ち上げられた。


 俺ら個々を囲んだ膜は雨雲まで押し上げられ、下の様子を見ることが出来ない。


 突然、心臓が持ち上がるようなヒュッとした感覚がした。地面に弾むように着地すると、先程の光景は無くなっていた。


 数え切れない大剣で、同じく数え切れない雨粒を掻き消した……。


「いくら強がったところで、雨は止むぞ」


 腕を組むルータスに対して、残った雨粒を踏んで宙に残る楓太は強気に出る。



「雨は止むよ。止むけどさ、また降るんだよ」



 半年前まで青空を見たことがなかった楓太。兄と別れ、そして再会する。最高の形で心の雲は晴れた。せっかく見れた青空に、今は雨雲が覆う。


 【逆雨(さかさあめ)


 マグマが硬化した地面から雨水は浮き、上へと昇っていく。ルータスの周囲に昇る雨は集い、その身体を掬い上げた。不安定に加わる力に、ルータスは体勢を崩していた。


 【刺雨(さみだれ)


 雨雲へと昇っていた雨が、突如横殴りに降り出した。ルータスへ降る雨だけは、細長い光沢のあるものだった。


 しかし、その雨がルータスへ触れる寸前、地面から4本のマグマが突き上がる。4本の先端は合わさり、壁を作った。雨は壁を貫くことなく、一瞬刺さってから通常の雨となり地面に落ちる。


 地面からかなり離れてる。なのに、ルータスはマグマを操ったのか?


 いや、違う。無名が包まれる岩から右腕を出していた。無名がマグマを持ち上げたんだ。


 無名は自ら岩の上部を砕いて上半身を出す。


 直ちに無名は両手を突き出し、その先を楓太に見据える。


「どぉっこいしょおおぉお!!」


 無名が叫ぶと、地面からマグマの大剣が幾つも突き上がり、切先は楓太へ真っ直ぐ向かった。


 楓太は雨を蹴って移動するも、切先は追尾した。無名が操ってる……。


 無名が居ると、ルータスが2人居るみてえだ。


 その間にルータスは地面に着地する。それと同時にマグマ大剣の切先は硬化した。大剣を移動させてるマグマから更に枝分かれし、細い剣は楓太を捉える。右脚の腱を断ち切られた楓太は、雨粒を踏み外す。


「楓太ああああぁあぁ!!」


 追尾していた大剣は楓太の腹部を貫く。


 傷口からは黒煙が噴き出る。続けて到達した大剣に次々と身体を貫かれる。


「……!」


 高千穂(たかちほ)は声も出せず、ただその瞬間を見ていた。


 楓太の胴体を中心に身体は引き千切られる。


 しかし楓太は踠くことなく、そっと手を差し出した。



 【極想(きょくそう) 天粒(あまつぶ)



 雨雲と同じ大きさの雨粒が一滴落ちた。


 大きすぎる雨粒はルータスと無名のみを閉じ込める。雨粒は地面に弾み、その形状を維持した。その中で奴らの身体が浮く様子が見える。それを境に雨は止み、俺達を包んでいた膜も弾けた。


 高千穂は直ぐに矢を放って大剣を破壊する。


 俺は楓太を抱えて戻る。


「楓太!楓太ぁ!!」


 楓太は吸えてない息をする。常に大きすぎる雨粒を見据えて、手先に力を入れた。それと同時に傷口から血が溢れ出る。


 すると、大きすぎる雨粒は徐々に縮む。


 それに合わせて内部の無名は苦しむ素振りをした。ルータスすらも膠着して耐える姿勢を見せた。


 やがて雨粒は奴ら其々の胸元で消滅する。


 その時には、無名の装甲はひび割れ、その隙間から血を垂れ流していた。あの大きすぎる雨粒の水圧を、またはそれ以上を、内部に居る者へ圧縮していく技……。


 無名は両手脚を震わせ、その場に立つのがやっとのようだった。


 ルータスも大きく息をして、呼吸を整えることを優先していた。


「それ耐え……るんだ……仇……討てなか……っ」


 楓太は崩れる顔装甲から素顔を見せ、俺達を見回した。口から溢れる血を、垂れるように吐き出す。


「っは……美し……い景色……だったよ」


 楓太は笑った。



 JEA東京本部 所属デュロル

 片桐(かたぎり) 楓太(ふうた) 殉職。



 抱えた楓太の顔に涙が落ちた。


 どんな想いで、笑ったんだろうな……。


 楓太を海壁丸(かいへきまる)の上に寝かせる。


 最期に見せた楓太の笑顔に背中を押され、俺達は踵を返した。


「楓太が作ったチャンス。絶対ぇ無駄にしねえぞ」


 みんなは静かに頷く。


「ルータスを無名から離した瞬間だ」


「ああ。お前の考えはわかってる」


滝原(たきはら)は堀さんのとこに行ってくれ」


「何考えてるのか分かりました。承知です」


「ふぅー」


 大きく息を吐き、心を静める。


 一蹴りでルータスを間合いに入れる。


 【雲斬晴天(くもぎりせいてん) 飛斬一文字(ひざんいちもんじ)


 抜刀した刀身に想を込め、ただぶった斬る。当然のように、ルータスの身体に刃は通らない。しかし、想の斬撃はルータスを持ち上げ、足掻けない程の速度で遠ざける。


「あっ……」


 無名はふと顔を上げた。


 畑山(はたけやま)は無名の鳩尾に左手をめり込ませ、槍状に尖らせた雷盾を突き出した。無名は上空へ突き飛ばされる。


 高千穂は無名の真下に移動し、予め滝原の磁槌(じつい)に触れていた矢を放った。その矢は、掴もうとした無名の右手を貫いて胸部へ刺さる。矢の勢いも加わり、より高度を上げていく。


 海壁丸電磁加速空気砲の先端に乗る滝原は磁槌を構える。すると、無名に突き刺さっている矢尻は滝原へと向きを変えた。


 【爆垂弓(ばくすいきゅう) 繼禰(つぐね)


 矢筈から勢いよく火が噴射され、矢の推進力を操る。無名は成されるままに滝原へと近付いていく。


ジジッ

「堀さん!お願いします!」


ジジッ

「ああ!」


 事前にエネルギーを溜め、滝原の指定した方向へと照準を合わせていた。


「狙いよし!!撃て!!」


 青白く発光した砲身。高圧縮された空気の弾丸は射出される。その衝撃に海壁丸自身が後方へ下がる。


 歪んだ空気の弾丸は無名を捉える。


「ぶっ飛べええええ!!」


 喉が千切れそうな程に叫ぶ滝原。


 無名の身体を大きく歪ませると、一瞬にして姿は見えなくなった。


 足場を造って勢いを止めたルータスも、遠くからその瞬間を見ていた。


 ルータスは無名が吹き飛ばされた方向を、ただ見ていた。その後ろ姿に哀愁すら感じた。


 ゆっくりと振り向き、俺らを見据えた瞬間、身を包む重厚な圧が覆い被さった。


 ルータスは腰を落とし、右肘を引いて右拳を横脇に添え、左拳を俺達へ突き出して照準を合わせる構えを取る。


 ルータスの足元から、硬化させていたマグマの地面が紅く砕かれていく。


 ルータスがマグマを蹴ったと同時に、硬化された地面がヒビ割れるように向かってくる。それが見えた時既に、ルータスの硬化された大拳に視界は覆われた。それを間一髪で躱すも、躱した先の地面から拳が突き上がった。刀で受け流そうとするも間に合わず、その拳を顎に受けてしまう。


 脳が揺らぐ中、必死に焦点を合わせようとする間に、ルータスの右拳が俺の鳩尾へめり込む。歯を食いしばって耐え、刀を振り上げようとした瞬間、俺の視界は真上を向いた。真下、死角からの拳。またも顎を殴り飛ばされた。


 視界が揺らぐ。拳硬すぎ。痛すぎんだろ。


 ……。


 当たり前だ。


 もっと身構えろ俺!


 相手はあのルータスだぞ!!


 俺は焦点を合わせる。顔をルータスに向け、刀を構える。


「その根性、評価に値する!」


 ルータスが突き出した左拳と、その脇から突き上がった拳を蹴って身体を捻る。その勢いを利用して刀を振るって拳を弾く。


 擦り傷すら付かないのか!


 俺は先程より目を凝らし、"見た"。


 ルータスの重心の移動は勿論、少しでも動いた地面を警戒する。人間離れした拳の全てを刀身で受ける。


「この一瞬で掴んだか」


 しかし、死角からの拳は見えない。これは避けらんねえよ。


「させねえ!!」


 【雷盾(らいたて) (じん)


 そう思った矢先、地面から突き上がった拳を、畑山(はたけやま)の槍状雷盾が殴り砕いた。


 その瞬間に畑山の足場は崩れ、マグマは退く。畑山が膝上の高さまで落ちると、マグマは巻き付いて硬化される。


 ルータスの気が畑山へ向く一瞬で滝原は距離を詰める。


 【磁槌(じつい) 嘉弦(かげん)


 滝原の振るった磁槌の勢いに、ルータスの身体は少し浮いた。


 【四重(クアトロビティ)


 久美(くみ)の想が横を掠め、ルータスを後方へ吹き飛ばした。いや、後方へ落ちて行った。地面に転がるように着地する。


 その隙に畑山は地面から脚を引き抜く。


 【繼禰(つぐね) (くゆ)りの矢】


 高千穂はルータスへ向けて矢を放った。


 ルータスは右腕を前に出すも、技が出る寸前で矢は四散する。噴き出した黒煙はルータスを包んだ。


 みんなが繋いでくれた。そのお陰で息を整えることが出来た!


「ありがとう!」


 俺は地面を蹴る。


 ルータスを包む黒煙をその威力で払い退けた。


 ルータスは硬化させたマグマで半球体を造って身を隠している。


「アイツ!地面潜った!!」


久美(くみ)さん!僕を空高くまでお願いします!」


 久美は流れるように滝原を見やった。


 【四重(クアトロビティ)


 滝原は空へ向かって"落ちて行く"。


 滝原はあっという間に豆粒程の大きさに見える高さまで上がった。


 【嘉弦(かげん) 加磁気一本釣(かじきいっぽんづり)


 滝原は磁槌を振り上げた。その動作に応えるように地面は揺れ、ルータスは地面を突き破る。周囲の地面はその威力を思い出したかのように砕かれる。


(つとむ)!飛べ!!」


 俺はルータスを見据え、柔い地面を蹴る。地面は吸収するように滑らかに揺れ動く。


 【黒点(こくてん)


 ルータスを中心に周囲の重力は集まる。俺が間合いに入るまでそれを継続し、ルータスの位置を固定していた。


 間合いに入ると同時に久美は能力を解除する。



 【想太刀(おもいだち) 雹千火(ひょうせんか) 墨筆斬一文字(すみふでぎりいちもんじ)



 筆のように、何本もの斬撃を一本に収束する。


 空に、俺の白い想で線が引かれる。白い墨で引かれた"一"の文字。


 その文字に沿って黒い雲は裂ける。


 その隙間からは満天の星空が顔を覗かせた。


 月の光が差し込み、それは楓太を照らす。


 見えてっかな。


 夜は夜でさ、星が綺麗なんだよ。





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