78話ー文美婆ちゃんー
和ノ信との決着も束の間。
"旧"最重要警戒デュロルがその場に現れる。
そして知らされた訃報。
ー愛知県 某所ー
里道以外の避難は完了した。それに、リチャルダンは今のところ僕以外の人を狙ってこない。
畳み掛けるなら今かな。
でも、何で僕だけを律儀に狙う?みんな負傷してるし。違う目的でもあるの?
「僕だけに的を絞るのは、余裕の現れかな?」
「そうですね。殺そうと思えば、ここに居る者全員を殺せます。しかし、それだと虐殺みたいじゃないですか。私が悪い者みたいで嫌なんですよ」
「どうせ、僕を殺した後に殺すんでしょ」
「まあそうなりますね。ルータスに強く言われてしまいましたから。あんなに感情的なルータスは懐かしいです。ですが、あんまり表立ちたくないのです。特にここ日本では」
自分を悪い者として見られたくない。日本で目立ったことはしたくない。
何かを気にしている。
「それと、聞きたいことがあります。何故、隣川 文美のことを知っているのですか」
やっぱり。文美婆ちゃんのことか。
「あんた、会いに来たんでしょ。ルータス関係無しにさ」
リチャルダンは固まった。
「死ぬ訳にはいきません。私は"旧"最重要警戒デュロル。エキポナに見つかれば戦闘になる。何もしなければ、ルータスに殺されかねない。ルータス関係無しではありません。私は活動しているとルータスに知らせ、文美に殺しはしていないと知らせる必要があったのです」
真剣そうに下を向くリチャルダンの後ろで、歪なクローンは拍手しだす。時折、腹を抑えて屈む様子を見せる。
「あんたが、片桐さんを殺したんだね」
「いいえ?情けなく自害したのです。これは紛れもない事実ですよ」
歪なクローンは、自身の太腿を手で叩いて肩を揺らした。
「後ろのそいつは、素直なんじゃない?」
リチャルダンは何も言わずにクローンを吸収した。
「この現状を知ったらさ、文美婆ちゃん哀しむと思うなあ」
リチャルダンは平然を装う。
「あんたが収容されて長い年月が経った。エキポナの技術って結構上がってるんだよね。あんたの言葉を翻訳してくれたり、見てる景色をそのまま記録したりさ」
「まさか……」
さあ、本性を現せ。長い年月で更生した自分を見せていたんだろ。
「ああ……そうか。そうかよ。文美に聞かれてたんか。ならそのまま聞いてろ文美。俺は会いに行く。俺はその為に生きた!」
リチャルダンから重圧を感じた。
「踏ん切りがついた。もう枷になるものは無い」
リチャルダンは自身の右手を握り潰す。傷口を左手で掴み、引き伸ばすように動かす。生々しい音が辺りに滞る。それを何度も繰り返すと、大鎌を象る形になった。
右手を再生して自らの身体で造ったソレを握る。握った瞬間、生々しさが弾ける。黒い血の色を保ちながらも光沢を出し、大鎌の刃は鋭く尖った。鋼で打った本物の武器みたいだ。
等身大以上ある刃の大鎌を軽々と動かす。
リチャルダンは大鎌の柄を軸に回転させ、刃が通る度に腕を斬り落としていく。
リチャルダンの足元から次々に立ち上がるクローン達。
全部が歪な形をしているが、デュロル特有の筋肉質な肌に装甲が付いている。並のデュロルと同等もしくはそれ以上のクローンが30を越えようとしている。それでも尚増え続ける様子を見せる。
様子を伺っていた僕は矢を引く。これ以上増やされたら厄介だ。
【中秋乃名月 稲風】
矢を引く横で、空気を凝縮した6本の矢を生成する。
リチャルダンのクローンが走り出すと同時に矢を全て放つ。
放った衝撃波で周囲のコンクリートを抉ってしまう。通り過ぎた矢の軌道上のコンクリートも、気付かされたように捲られる。
しかし、放った計7本の矢は全て防がれてしまう。しかも、たった2体のクローンだけで。
「俺の生み出すこいつらは、俺の盾となり糧となる。主人である俺に触れさせない為に命を賭すんだよ。そんな盾が柔いわけない」
和ノ信でさえ貫いた矢だよ……。
そうか、和ノ信とは想の込め方が違うんだ。和ノ信は攻撃に特化させる為に、装甲には微力な想しか使わなかった。リチャルダンは攻撃より身を守ることに想を使ってる。僕が射抜いたクローンは、その瞬間にリチャルダンが吸収した。一種のループに近い能力を活用してるんだ。
クローンを使って自身を守る行為は、身体を無限再生できる訳じゃないことを意味してるよね。
再生回数か、再生速度を少しでも稼いでいるんだと思う。
僕は矢を引いて想を込める。
それに、絶対に急所はある!
それを見つけ出さない限り、僕に勝機は無い!
【中秋乃名月 雁渡】
僕周辺に矢を半永久的に生成し続けて、風の如く満遍なく射抜き続ける。どの矢も乱雑に放ってる訳ではなく、ちゃんと急所候補へと向けられる。
リチャルダンのクローンが何体も盾となり弾けていく。
「最近のエキポナはデュロルみたいだな」
クローンで閉ざされた道が開かれる。突風の如し矢は、次々とリチャルダンを射抜いた。首、心臓、肺、鳩尾、肝臓、陰部。再生は止まらない。
その他部位を貫いているのに、ずっと再生されそうな勢い。
これだけの頻度で肺と心臓を破壊しても続く呼吸。全身に巡らせる血は、別の臓器が担っているのか?
自分ですら何本の矢を放ったか忘れた頃、やっと気付いた。
唯一射抜けてない箇所がある。
頭。
脳だ。よく考えれば解ったことじゃないか。想は脳から発せられているんだから。
けどさ、ズルいよそんなの。
身体を貫いた時に飛び散る肉塊の一つ一つが、全部クローンになるなんて思わないでしょ。自身の再生だってあるのに。
今の僕に残る想だと、リチャルダンクローンのこの数を射抜けない。
"この時の最重要警戒デュロルは全員鬼だった。たった1人で、軍隊程の力を持つ者も居たそうだ。"
あんたの事かよ。ツノは既に無くなってるけど、こんなにも強いのかよ。
数え切れないクローンが押し寄せる。僕は矢の生成を止めて手に握り、動きを見極める。
全部を見極めることは出来ない。だから僕へと届くクローンだけを見る。
クローンは手当たり次第に飛び掛かっては殴る蹴るを交互に繰り出す。連携なんてしない。それぞれが勢いに任せて突っ込んで来る。
単体なら避け易い攻撃。しかし、この数となれば話は別なんだよ。
僕へと触れたクローンの手は、その瞬間に鋭利に伸びる。
重心を無理に変えてなければ、クローンの腕は僕の肺を貫いていた。
コイツら全員が同じ事出来るの?
避けても避けても、下がっても下がっても、次から次に突っ込んで来る。
自分が今どこに居て、何人を相手してるのか把握できなくなった。
本体を狙うどころの話じゃない。
大鎌を持つ個体……何処だ……。
乱れる呼吸で判断も鈍る。視界も揺らぐ。
目眩とか錯覚じゃない。そこら中に大鎌がある……。
突進の他に、クローン諸共斬り裂く大鎌が振り下ろされる。それを避ける動きを続けた結果、クローンに囲まれてしまった。
激しい呼吸により、喉に血の味を覚える。
全てを避けれず、四方八方から鋭利な腕で斬られる。傷は全て浅い。しかし、和ノ信に射抜かれた太腿が悲鳴を上げる。
眼球が揺らぎ、思うままに見ることも出来なくなった。
"いつだって見守ってるからね___"
視界の裏で、文美婆ちゃんの言葉に包まれる。
ー里道 7歳ー
「あの子ったら、またあそこのお婆さんの家に遊び行ってるのよ??あなた何か言ってあげてよ」
「そんな事言ったってなぁ」
「あなた、浩貴のこと心配じゃないの!?」
「心配さ。けど、あのお婆さんが悪い人って決めつけるのも良くないよ。もうそろそろ仕事戻るから、またな」
「もう知らない!」
「ただいま!!」
「浩貴!またあのお婆さんとこ行って!アレほどダメって言ってるのに、どうして言うこと聞けないの!」
「ごめんなさい。でも花ちゃん、お婆ちゃん本当はいい人なんだよ?花ちゃんは悪い人って言ってるけど、どこが悪い人なの?」
「……それは。あのね、あのお婆さんは昔からずーっと1人なの。ずーっと誰とも話さないで近所の人も無視してるし、不気味なの。だから関わっちゃダメ!」
「……花ちゃんなんて嫌いだ。」
「え??」
「花ちゃんの方が酷いよ!!お婆ちゃんのこと何も知らないくせに!!花ちゃんなんて大嫌いだ!!」
「浩貴!!どこ行くの!!」
ー里道 5歳ー
「はーいでは皆さん。笑顔でニッコリ挨拶をしましょうね。元気な人は元気の無い人に笑顔を分けてあげましょう」
「はーい!」
「それじゃ、さよーなら!」
「さよーなら!」
「花ちゃんただいま!」
「おかえり、おてて繋いで帰りましょ」
「うん!!」
「お婆ちゃんこんにちは!!」
「……」
「……浩貴……その人と関わっちゃダメ」
「お婆ちゃん元気無かったよ?」
「そうね、お婆さん悪い人だから元気ないのよ」
「悪い人??」
「そう、だから関わっちゃダメなの。分かった?」
「……」
「良い子ね浩貴」
次の日も、その次の日も。僕はお婆ちゃんとすれ違う度に挨拶をした。
そしたら、花ちゃんはお婆ちゃんが通らない道を選んで、わざわざ遠回りして帰った。
僕は家に着いてから遊びに行くって嘘ついて、お婆ちゃんの所に行く様になった。
「お婆ちゃんこんにちは!」
「……おや、坊や今日は1人かぃ?」
「うん!1人だよ!」
「坊や、私に関わっちゃダメ言われてるでしょ、早よ帰んなぁ?」
「どうして?お婆ちゃんが悪い人だから?」
「そうやぁ、私は悪い人なんだよ?」
「なんかね?僕ね?お婆ちゃんが悪い人に思えない」
「……」
「お婆ちゃんは僕をどこかに連れてっちゃう?怪我させちゃう?」
「そんな酷いことはできないよ。小さい子は好きだから」
「そっか!お婆ちゃん何でいつも1人なの?」
「さぁ〜何でかね〜。いつの間にかこうなってしまったよ」
「ふーん。僕1人は嫌い。寂しいもん。お婆ちゃんも寂しいでしょ??」
「寂しいなんて感情、どっか行っちまったよ」
「いつもより何だか楽しそうだよ?お婆ちゃん!」
「そうかい?」
「うん!お婆ちゃん、僕とお友達になろう?」
「坊や、良い子だね」
「僕坊やじゃないよ、浩貴だよ!」
「そう、浩貴くんね」
それから僕はお婆ちゃんの所に毎日の様に通うようになった。
毎回お婆ちゃんのお家に行くと、お菓子とジュース貰って、色々な遊びを教えてもらった。
こんなにも優しいお婆ちゃんがみんなから避けられてるなんて思えない。
「お婆ちゃん」
「どうしたの?」
「何で皆はお婆ちゃんのことを無視してるの?」
「前は無視なんかしてなかったんよ。けど、ある日を境に私が挨拶しても無視されるようになったんよ」
「ある日??何かあったの?」
「後ろに仏壇あるじゃろ?」
仏壇には少し年上の女の子の写真が飾られてた。
ミルクキャラメルとか、甘いお菓子とかお煎餅が置いてある。
その女の子の写真の横に、顔の濃い大人の男の人の写真もあった。
「お婆ちゃん、本当に1人ぼっちだったんだね」
「浩貴くんは優しいから、話してあげる。みんなに話しても信じてもらえないから」
「聞いてあげる!」
「私にもね、昔家族がいたの。浩貴くんくらいの歳の娘も居たの。けれどね」
お婆ちゃんはハンカチで涙を拭った。
「デュロルって知ってる?」
「うん!」
「昔は鬼人なんて呼ばれもしてたんだけどね。その鬼人に恋しちゃってさ。最初は鬼人だなんて知らなかった。娘も産まれて、幸せな生活だったの。でもある日、夫は娘と一緒に姿を消した」
「……その鬼人てさ、まだ生きてるの?」
「さぁねぇ。けど、身柄拘束されたってニュースで見て、そこで初めて鬼人だって知ったの。処罰されたって情報は表に出ないだろうから、生きてるのかなあ」
「……」
「浩貴くんには重すぎたね」
「いいよ大丈夫だよ!」
「そう。それでさ、いきなり2人が居なくなって、ここの近所の人が"私が娘と夫を殺した"って噂を撒いたの。夫は外に顔出さない人だったから、鬼人だってバレはしなかった。日に日に無視されるようになってったかなぁ」
「それは、いつから?」
「あれは40代だったから20年前とかかな。愛する2人が居なくなったことに比べたら、無視なんてちっとも痛くないよ」
「でももう僕がいるよ!」
「優しいねぇ。浩貴くんに出会ってからまた寂しいって感情が分かったよ。懐かしいよこの感じ。浩貴くんが帰ってから静かで堪らないんだ」
「僕も帰りたくないよ!けど、帰らないと花ちゃんがうるさいんだ!」
「花ちゃん?お姉さんかい?」
「ううん、今のママ」
「そう。どうして、ママに怒られても私の家に来てくれるんだい?」
「お婆ちゃん友達だし。幼稚園で教わってるんだ!元気な人は元気の無い人に笑顔を分けてあげましょうって!」
お婆ちゃんはハンカチを目に押し付けた。
「どうしたの??」
「浩貴くんは将来絶対にいい人になる!これ受け取って。少ないけど許してね」
そう言うとお婆ちゃんは1000円札を差し出した。
「え?1000円?いいの!?」
「いい!いつも仲良くしてくれてるお礼!あ、これはママには内緒ね?」
「ありがとう!!」
ー里道7歳ー
「浩貴!!!こんな時間までどこ行ってたの!!」
「……」
「こら浩貴。心配したんだぞ?」
「ごめんなさい、パパ」
「どうしたんだ?目が腫れてるぞ?」
「花ちゃんがお婆ちゃんの酷いこと言ったの」
「そうか、俺から言っとくから、お風呂入ってきなさい」
「ちょっと!!あなた!それどうゆうことよ!私がいけないって言うの!?」
「たまには浩貴の意見も聞いたらどうだ!!浩貴があんなにお婆ちゃんのこと信じてるのに、どうして親が子を信じてやれん!!」
「それは……まだ慣れてないのよ……」
ー里道 15歳ー
「花ちゃん、僕エキポナになる」
「え?何を言い出すの!?エキポナ!?」
「うん」
「そうか、浩貴。後悔は無いか?」
「無いよ。僕には目標があるんだ」
「そうか。だが、約束してほしい」
「何?」
「絶対に死ぬんじゃないぞ、浩貴」
「わかってるよ」
「ちょっと!!エキポナって手術するのよ!?その身体じゃなくなるのよ!?」
「わかってる。けど、もう決めたんだ」
「私は反対よ!!絶対許さないわ!」
「男の決断をあんまり否定するもんじゃない、わかってあげよう」
母さん、ごめんよ。
あなたが居たら何て言うのかな。産んでもらったこの命だけは無駄にしないよ。
「お婆ちゃん。僕エキポナになるよ」
「そう。浩貴が決めたことだから、私は全力で応援するよ」
「将来エキポナになって活躍できたら、見守っててほしい」
「うん。その時には見たこと報告してあげる。私って分かる合図やらがあれば良いんだけどね」
「ありがとう。待っててね」
「うん、いつだって見守ってるからね。きっと、浩貴なら心強い仲間も出来るよ!」




