79話ー蝕ー
絶体絶命の里道の脳裏に文美婆ちゃんの言葉が蘇る。
その言葉は、里道に過去を連想させた。
鮮明な記憶。
ー愛知県 某所ー
"いつだって見守ってるからね。きっと、浩貴なら心強い仲間も出来るよ"
これは……走馬灯?
リチャルダンのクローンに囲まれて、避けれないと理解した瞬間から、やけに鈍く見えた。
今も鈍く見えてる。身体も等速に動いてる。
里道は死ぬんだろうか。そっか、死ぬから走馬灯見せてくれたんだよね。
走馬灯で文美婆ちゃんの言葉を思い出すかあ……そうだよね、エキポナになる切っ掛けだもんね。
心強い仲間に出会えたよ文美婆ちゃん。
だから僕も強くなれた。今日まで生きれた。
……今日までかあ。
生きたいなぁ。
そんな僕の想いを汲み取るように、周囲のクローンは倒されていく。
僕へと届こうとしていた刃や鋭利な腕は、弾かれるようにして離れる。
僕の真横を通り過ぎていく2人のエキポナ。
僕も咄嗟に矢を引く。2人の連携の邪魔にならないように放つ。
数えきれなかったクローンを、一瞬にして消し去ってしまう。正に阿吽の呼吸。
息を整える程の余裕が出来ると、2人は僕の元へと駆け寄った。
「間に合って良かった!覚えてるかな?」
その優しい笑顔には見覚えしかなかった。
「雪崎さん!!山木さんも!」
僕がまだ東京本部に居た頃、かなりお世話になった人だ。大阪支部に行ってからも、名古屋支部との任務で御一緒したこともある。
「覚えててくれたんは嬉しい!3人で奴を倒そう!」
「はい!リチャルダンの能力は超高速再生。本体から切り離れた部位からクローンが生成されます。そして身体の部位を鋭利にしたり、刃を生成したりと、もう滅茶苦茶です」
心強い、心強すぎる!
「再生能力……鬼神の咲村みたいだ」
「そうだね。それにしても厄介な能力だよ。急所とかもわからない?」
「確信は持てませんけど、リチャルダンは頭を頑なに守ります」
「狙ってみよう。山木どうする?里道くん居るし、いつもの感じで行くと大変だと思う」
「そうだねえ。でもさっき合わせてくれたから、大丈夫な気もする」
「僕は全___」
「ああでも、俺が動き方わかんなくなりそう。そんなことないかな?そんなことないか。そうだよね。さっきも動けたもんね」
「そうそう。3人で連携した方が良いよ。連携出来るか分からないけど」
なんだか、この2人の会話フワフワしてる。
さっきの連携が嘘のようだよ。
「てか、俺達っていつも話し合ってたっけ?」
「いや、そんなことしてなかったね」
「作戦とかも特に立てないもんね。そうだよね」
立てないんかーい。優柔不断な会話だ……。
「ぼ、僕はどうすれば……?」
「そうだなあ、さっきの感じで行こうか!」
大雑把!大丈夫かなあ。でもそっか、何も話してなくてさっきの連携が出来る人達なんだもんね。
絶対大丈夫だ。
「僕は、リチャルダンを倒すことだけを考えます」
「わかった。でもそれが、1番良い連携になったりするんだよね」
ヤマーキさんの言葉に、自信が摘み上げられた気がした。
リチャルダンは、僕達が話してる間にクローンを生成して壁を作る。
僕は、それを待ってたりする。
【中秋乃名月 暗矢】
リチャルダンの死角に矢を生成し、僕は矢を引く素振りで注意を逸らす。リチャルダンの周りのクローンは壁となる為に動き出した。僕は矢を引き始める。その動作の途中で【暗矢】を放つ。
意識の外から、音より速く飛翔する矢には気付けない。
リチャルダンの周囲を畝るクローンに擦り、僅かに軌道は逸らされる。【暗矢】はリチャルダンの首を抉った。矢の衝撃波で周囲のクローンは体勢を崩す。
ヤマーキさんはその隙に間合いへと入り込む。
鏡のように景色を反射した棍棒を振り下ろす。
【鏡棍棒 棘久】
その棍棒へと触れた武器や腕は、入射角から差し込んだ光の如く、反射するように折り曲がる。
そこに加わる棍棒の威力が、反射した対象を破壊する。
入射角から垂直に入った武器や腕は、自らの力によって四散する。
防御を活かした最大の攻撃。自身の力が強ければ強い程、ヤマーキさんの能力は発揮する。入射角と反射角を計算した振り。
見慣れない能力にリチャルダンは意識を逸らす。再び僕は【暗矢】を放つ。しかし、予測不能なクローンに遮られ、軌道は逸れてしまう。
逸れた軌道に、ヤマーキさんは棍棒を添えた。
棍棒を貫く勢いで【暗矢】は入射する。すると、【暗矢】は軌道を修正してリチャルダンの耳の部位を掠めた。
棍棒の中で矢は屈折したんだ。
「当たんなかった!チクショー!」
ヤマーキさんは悔しがっていた。いや、音より速い矢の軌道を屈折させて、リチャルダンに当てたんだよ?判断力と計算力と状況把握がぶっ飛びすぎてる。
僕とヤマーキさんでクローンを排除しつつ、リチャルダンへ攻撃を仕掛ける。
ユキザッキさんは、何処かへ潜んでる。
ユキザッキさんを導くのも僕の仕事だ。
そして、一方向にクローンが居ない道が出来る。ヤマーキさんはそれを逃すまいと間合いを詰める。
リチャルダンは大鎌で待ち構える。
大鎌を大きく振り上げたまま、リチャルダンは大鎌を手離した。
背中を斬るユキザッキさん。
「馬鹿な……盾があった筈だ……」
ユキザッキさんへ振り向いた頭を、ヤマーキさんは棍棒で千切って吹き飛ばした。
ユキザッキさんに斬られた身体は再生せずに倒れ込む。吹き飛んだ頭から身体は再生され、直ぐにクローンを生成された。
「何だアレは……危なかったぞ」
リチャルダンは篭り気味に呟く。
「仕留めきれなかった。すまない!」
ユキザッキさんは刀を構える。
辺りを見ると、吸収すらされずに倒れたままのクローンで埋め尽くされていた。
ユキザッキさんは刃を眺めてから目線を戻す。
「すぅー……ぷはぁー……」
リチャルダンの深い呼吸に合わせて、身体から白い蒸気が噴き出る。
【極想 残穢の共鳴】
「俺の糧となり共鳴しろ!」
里道くんと山木の身体から、リチャルダンのクローンに似た肉塊が膨れ上がる。それは徐々に大きさを増していく。
「な!何だこれ!気色悪いよ!!」
「動かないでください!動くと大きくなります!」
「えええでも!気持ち悪いんだって!」
俺の身体からは、何も出てない。
辺りを見渡すと、地面からもその肉塊は湧き出していた。建物の壁や信号機にも。
リチャルダンの触れた場所に残る残穢が、周囲の想を取り込んでいるんだ。
僕の刃こぼれした刀身には、沸騰するような肉塊が、今にも消えそうに悶えていた。
この滲み出る悪臭……似てる。
咲村から噴き出ていた煙の匂いに似てる。
勘違いなんかじゃない。
リチャルダンは俺を軽蔑したような様子で見やる。表情こそ見えないものの、周囲の空気がそう言ってる。
2人は徐々に脚の力を失っていた。
切先をリチャルダンへ向けて構える。
リチャルダンは何も言わずに大鎌を構えた。
湧き出た肉塊の足場を突き進む。肉塊は、俺に引き寄せられるように引っ付いてから、力無く地面に転がる。
リチャルダンは、今まで盾として使っていたクローンを退かす。
俺の振るった"刃こぼれした刀"は、硬度の高い筈の大鎌を斬り裂いた。
大鎌の中から出た血が、俺の頬で蒸発する。
刀身は勢いそのままに、リチャルダンの胸部から肩を斬り裂く。
抵抗するリチャルダンは身体の部位を尖らせて俺を突き刺す。堪らず吐血する。しかし、俺の体内へ入り込んだ奴の部位は蒸発する。
リチャルダンは俺に傷を付ける度に、自身も削られていく。俺の中で溶けてくリチャルダンの細胞から……想が流れ込んだ。
奴の走馬灯が……直接流れ込んで来るんだ。
ー第二次世界デュロル大戦時ー
俺は騒ぎに乗じて脱獄し、"デュロル側"へと加勢していた。旧友のルータスに目を付けられない独房の居心地が良かったんだが、好奇心に負けてしまった。
人工のAIを搭載した完全アンドロイドの兵士が、人間を攻撃対象と判断し、内側から崩壊していった人間側を嘲笑うように斬り進めた。
"デュロル側の人間"、"人間"、"アンドロイド"と三つ巴の戦争だった。
面白半分で参加した戦争だったが、ルータスの参加によって状況は変わっていく。
俺は身を守る為に、当時最重要警戒デュロル"人間側"のカーランドズムを追う口実で日本へ逃げた。
しばらく身を隠していた。そこで1人の女性に出会ってしまう。
俺の心は惹かれ、自身の状況を棚に置き、愛してしまう。
本性を隠し、偽り……憧れの自分を演じて、彼女と暮らした。
隣川 文美。
彼女は自分の名前が好きだと話してくれた。その話が好きで、俺は何百と聞いた。
大昔は、文で恋を伝えたと。
文で通じ合う愛は美しいと。
俺は拙い日本語で文を書いた。彼女に喜んでもらいたくて練習もした。
そうしたら、泣いて喜んでくれた。
俺らは同じ屋根の下で暮らしながらも、文を交換した。
文美はそれを大事に保管していた。
少し大きめの手帳に、小さな文を張り付けていた。
その手帳に何かを挟んでいた。
「それは何だ?挟んでる、細長いソレ」
「これはね、"しおり"って言うの。特に大好きな文が直ぐ読めるように、挟んでるの」
しおりか。良い響きだ。
大切なものを、直ぐに引き出してくれる。
俺と文美の愛の真ん中に挟まれる娘。その意味を込めて、"詩織"と名付けた。
その幸せは長くは続かなかった。
ルータスが日本へ来たんだ。
俺は家族を抱えて、目の前のルータスから逃げるしかなかった。
文美の顔は見られていなかった。
しかし、詩織は見られてしまったんだ。
俺は、俺がデュロルになった切っ掛けの行為を、詩織にした。詩織の両腕を切断し、森の奥に置き去りにした。
俺の血を継いでいれば、必ずデュロルになる。そうすれば、ルータスは必ずデュロルを助ける。娘は殺されずに助かる。
しばらくして様子を見に行くつもりだったが、俺はエキポナに捕らえられた。
抵抗しようと思えば出来た。しかし、文美の顔が浮かんでしまった。
俺は独房へ戻った。ルータスの心配は無くなったが、文美と詩織のことが心配でならなかった。
月日が経ち、ルータスの命で動いた男が俺を解放した。
逆らえば殺されかねない命ならば、文美と詩織に会う為に使おうと決めた。
その途中なんだ。まだ会えていない。
それなのに、片方は文美を知ってるし、片方からは詩織を感じた。
いや、詩織に蝕まれているのか?
詩織の想が纏わり付いてるようで、打ち消しあってるような。
この男は、詩織の何だ?
味からして血の繋がりは無い。
わからない。
この男に触れたり、斬られると蝕まれてしまう。
自分が否定されてるようだ。
俺を斬る度に刃はこぼれていく。
こぼれた刃が俺の中を蝕んでいく。
内側から突き刺す。再生を強制的に止められる感覚。
"私は、それを望んでないんだよ。"
【粒刀 刺結晶】
俺の身体を再生しようと想は込められ、それを否定されるように結晶へと変換される。それは身体を巡り、徐々に肥大していく。
男の刃は俺の頭を貫いていた。
一体、何処までが文美の想いで、どの感情が詩織なんだ。
流れ込んだあの言葉は、どっちの言葉なんだろうか。
俺には分からない。
もし詩織なら、この頭を下げて謝りたい。
もし文美なら。
もう一度、文美の愛らしい字で読みたい。
感情の込められた一文字一文字で……勝手な俺を叱ってほしい。
文美の字で書かれた"しおり"が、ヒラヒラと舞って落ちる。
"旧"最重要警戒デュロル
リチャルダン・リンカワ・ディビンゴ 絶命。




