77話ー抱え込んでいたものー
激闘の末、決着。
2チームエル・ソルの協力で、ゾディアックであり"鬼"の和ノ信は倒れた。
しかし、脅威はまだ去っていない。
ー茨城県 某所ー
「森!緑!虫!東京23区通り越してるよな!俺でも分かるぞ!分かるんだぞおお!」
「落ち着け千歳。東京にも自然豊かな場所はあるが、確かにここは東京じゃない」
「うん。凄まじい勢いで東京を通り過ぎたよね」
「高度と方向の調整は千歳さん次第って、久美さん言ってましたよ?」
「言ってた!」
「千歳くん、東京だスゲー!上から見るの初めてだー!って感動してたもんね」
「そう!しちゃったんだよなー、スマン!!」
「まあ、千歳っぽいな」
「そうだね。今茨城県辺りだと思うから超特急で向かお!」
「東京から何の情報も無いですが、大丈夫ですかね」
ー東京 JEA東京本部前ー
「つ!と!む!が!来!ねええ!!」
腕を組んでソワソワする赤いメッシュの彼女は、千歳がここに来るから信じろと言う。
実際何もせず、何をする気配でも無い。
半年以上も行方不明になっていた千歳が、こうも簡単に現れるのかと疑った。しかし、北海道支部に室瀬チームが現れたことで、信憑性がグンと上がったのも確かだ。
「あいつら来ちゃうだろおお!努めえええ」
千歳に対する明らかな殺意を感じた気がする。
"来ちゃう"。ルータス達が東京に進攻しているらしい。
彼女曰く、"かなりのデュロルを連れて来るから、対抗する為に対保護機構のデュロルを引き連れて来た。"と。ここに居る9000人全員がデュロル……。
様々な事が起こり過ぎて、正常な判断が出来ない。
今すべき最良の判断とは何なんだ?
一つ確かなことは、交戦は街中を避けねばならない。
そんなの当たり前のことだろう。だとしたら交戦場所は何処だ?この人数が付いて来るのか?被害を最小限に留めるには……。
「堀って言ったっけ。自己紹介遅れたね、世界デュロル保護機構ゾディアックの守下 久美」
……世界デュロル保護機構。
……ゾディアックだと!?
そんな奴の言うことを信じ……。
……分からなくなった。俺は何を信じればいいのか。
「まあ当然の反応よな……。でもこれだけは言える!アタシを信じて!!」
デュロルに満面の笑みでこんなことを言われたのは初めてだ。自信も感じるし。
何せ、ちょっと千歳に似た部分を感じる。抑えきれないアホさと言うか……。彼女と千歳が幼馴染の話は本当に思えてきた。
「アタシ人食べた事ないし、そもそも食べる必要ないの!ルータスには能力の強さだけで買われてるから、悪いことしてない!ビックリするだろうけど、本当なんだよこれ!」
凄い必死さが伝わっては来るが、怪しさも増してるぞ?
でも、もし人を食べない話が本当なら、生まれ持った想だけでゾディアッククラスってことだろ。
「それに、今日ルータスを討つ。その為に今まで耐えてやってきたんだ」
曇りの無い晴れた眼差し。
色形は違えど、千歳と重なる。
「何て言ったって、アタシ"も"強いよ!努が合流すれば尚更……努うううう来ねえなあああ」
思い出したかのように殺意を剥き出した。
"信じてみるか"。心のどこかでそう思った。思ってしまったんだよ。
「わかった。協力しよう。ただし、ルータスを討つまでだ」
「おっしゃ!じゃあ早速移動するよ!ここで戦ったら街の被害がエグい!!」
「どこに行……」
「行くよ!出撃できるエキポナ掻き集めてきて!」
勢いに押されるまま、成すがまま。
「みんな!強制じゃないから!自分の命が一番大事なの!!それでも、アタシに手を貸してくれるって人だけ着いてきて!残る人は待っててね!今日ルータスから解放してあげる!!」
この人数を束ね、優しく鼓舞する。
数人抜けてもいい現状で、誰一人踵を返さずに彼女を見やる。
その反応が、彼女の今までを反映していた。
組織の中に必ず生まれる反対の感情。この人数に接し、それぞれの話を真に聞き、ゾディアックという立場で事を進めてきた。
粉うことなき努力家。晴れた優しさの結果だな。
ー愛知県 某所ー
世界デュロル保護機構のゾディアックであり、"鬼"の和ノ信との戦闘が終わり、チームオロが到着した。
街の被害は大きく、現場調査と遺体回収が進む。
峯岡さんはあの激戦を終えても尚元気だった。本当のバケモノ。
そしてミネールさん、山谷さん、藤長、鹿子木は先に東京へ向かった。この4人は元気すぎた。あんだけ激しく戦って想も使ったのにさ。
里道と由紀さん、瀬川、松尾は想も消費してて怪我もしてたから、少し治療してもらってから向かうことになってた。
場が騒然とし出したのは、"1人の還暦を過ぎたであろう男性"が荒れた街を歩き寄って来てから。
その男性を止める為にチームオロの人達が数人駆け寄る。
そのタイミングで、脳内に響いた情報に心臓の動きは変化する。
ジジッ
「訃報です。片桐 瑛太の遺体を発見。自害したものと思われます」
耳を疑った。
その状況を掻き乱すかのように、男性はデュロルへと変貌する。
その容姿、"旧"最重要警戒デュロル手配書で見た。
「リチャルダン・R・ディビンゴ……」
ボソッと出た声。
僕は無意識に立ち上がっていた。
それと同時に、怒りが込み上げる。
"私は罪深い女なんよ。あんな男に手を出してしまった。だからご近所さんは私を避けるんよぉ。浩貴くんは優しいから、私に近付いちゃいけないよ。"
幼い頃お世話になった文美婆ちゃんからの言葉が、脳裏に過った。
「里道!まさかとは思うけど……」
「はい!ここは僕に行かせてください。貴女達は治療を優先してください。僕が行かないとダメなんです」
「見殺しには出来ないから。物分かり良い女じゃなくてごめん。里道が危ないと感じたら、助けるから」
怒りの感情の中で冷静を保とうとする僕の手を包むように握り、ユキーマさんは目の奥を見つめる。
「はい。お願いします」
装甲を整備してくれてる人に頭を下げ、中秋乃名月を頂く。同じくして矢筒と矢を貰って装着する。
リチャルダンは暴れるでも無く、ただ立って僕を待っていた。
「礼儀は心得ております。貴方が対峙していただける兵士との認識ですが、お間違いないでしょうか」
「うん。間違いないよ。あんたのことはよく知ってるんだ。だから僕は、あんたを倒さなくちゃいけない」
「ご存知いただけて光栄です。ですが、私は貴方を知りません。私が"最重要警戒デュロル"である他に、特有の理由があるのでしょうか」
「ある。けどその前に、あんたは"旧"最重要警戒デュロルだよ」
リチャルダンは驚いたように上半身を反る。
「もうそんなに……年月が経ちましたか。夜が訪れすぎて、数えるのを止めた末路ですね。"ルータスは新しい人を選んだようです"」
こいつからもルータスの名前が出るのか。
そうだよな、あの大戦争の時に手を組んだデュロルだもんね。
当時の最重要警戒デュロルの中で唯一、拘束してモンゴルの独房へと送ることが出来たのがリチャルダンだ。
そこから何十年もの間、独り飲まず食わずの過酷な環境で生きていた。
記録によると、リチャルダンの能力は"再生"。
何十年も飲まず食わずで生きてるから、ただの再生能力じゃないはず。
「文美婆ちゃん……隣川 文美を知ってるよね」
リチャルダンはその名を聞いた瞬間、急接近して僕の目を目掛け右腕……手首を切断"した"右腕を伸ばした。
切断された断面が引き締まるのが見えた。首を横に倒して重心を落とすように避ける。すると断面から、視認することすら危うい程の速度で右手が再生される。
再生されたことによる衝撃波が、僕の目のあった位置を貫いていた。
再生とかのレベルじゃない。
鬼神幹部の咲村 詩織も同等の再生能力だった。雪崎さんの記録を見た時、咲村は傷を負ってから時間をかけて再生していた。
リチャルダンのコレは、最早攻撃。修復を超えた、再生能力を極めたモノ。
今の一撃で分かったけど、リチャルダンに通常の切断攻撃やら打撃攻撃は効かない。効く程の深い傷を負わせたとしても、さっきみたく一瞬で再生される。
矢速だけで腕を捥いだとしても、体勢を崩すくらいで隙は作れない。
倒すなら、再生すら判断させずに一瞬で散りにするしかない?
そんなこと……。
やるしかない!!
【響弓 中秋乃名月】
張った弦を引き、弓は軋む。
リチャルダンは余裕からか、手を広げて待ち構える。
年寄りは、その余裕が自らの首を締めることを知らない。
悪いけど、容赦しないから。
放った矢は、リチャルダンの胸部を貫く。遅れて到達した"音"と共に、胸部の穴は捻れるように広がる。
「ぐぉぽ」
リチャルダンは血に溺れる声を出して、後方に3歩よろける。
僕も思わず呼吸が荒くなる。
和ノ信との戦いでかなり消耗してる。けど、僕以上に消耗してる皆を守らないと。
腕が痺れる程の矢。通常のデュロルであれば即死。こいつにはどれだけ効く?
「致命傷ですね」
傷が塞がった……臓器までも一瞬で再生するなんて。卑怯だよ。
脳裏に過ぎる恐怖を呼吸で抑え込む。
見据えるリチャルダンの右後方で、白い何かがムクッと起き上がる。
思わず視線をズラしてしまう。今まで気配の無かった場所から……。
そう思った直後に思い出す。
あの場所には、"リチャルダンの切断された右手があった"。
歪な形だけど、どこかリチャルダンの容赦に近しいと感じる。
落ちた手首から再生した……だって?
無闇矢鱈に手足を切断できない。胴体から離れた部位からの再生に上限はあるの?クローンの方は再生するの?強いの?クローンからもクローンは産まれるの?
ダメだダメだ。呑み込まれてる。
この思考に陥った時点で向こうが上手だ。
いくら考えても無意味。僕は只管、あいつを怯えさせるくらい矢を放つ。
相手の能力を上回る。ただそれだけを考えろ。
「老いてしまったようです。こんなにも醜い姿になるとは。昔はもっと容姿の整ったモノを生成できたんですよ」
ふぅー。呼吸は乱すな。
「私が増えてから、少し落ち着きましたね。さすがの精神力。時代はここまで来ましたか」
あいつの言うことは聞くな。僕のペースにしろ。
「片桐という男は情けなかった。私を解放してしまったと嘆いて勝負を挑み、敵わないと解れば頭を垂れる。"自ら命を断てば大人しくしてやる"という悪ふざけの問いに、救いを求める目で自らの腹に小刀を突き刺した。まったく、情けない」
呼吸は乱れた。
僕の脳裏に、片桐さんの爽やかな笑顔が浮かぶ。
片桐さんが帰ってきた時話をした。誰にも言えないような話も、僕達には話してくれた。
片桐さんは単独で、ゾディアックであるダルディエゴの元へ向かった。"指定された場所に行けば弟に会わせてやる"って言われて。でも、そこに弟は居なかった。ダルディエゴは、"ある人物を解放すれば弟に会わせてやる"と言い、楓太さんの拘束された写真を見せられたらしい。
また片桐さんは単独で指定された場所へ行く。
そこがリチャルダンの独房だった。リチャルダンを拘束し、処刑する為だけの施設。
単独潜入し、解放してしまった。
解放されたリチャルダンは、エキポナを全員殺害。片桐さんは逃げる途中でダルディエゴに拘束されてしまった。
その後、千歳達の手で助け出された。
弟と共に生きて帰った。けど、片桐さんの心の中にはモヤがあったんだと思う。
自らの手で、"旧"最重要警戒デュロルを解放してしまったこと。
弟の為とはいえ、やってはならないこと。
そして今、ゾディアックが日本の大支部へ急襲を仕掛け、騒ぎに乗じてリチャルダンも動き出したんだと思う。
たまたまか、目撃があって出撃したかは分からないけど、片桐さんは対峙したんだ。こいつと。
開放してしまったこいつを、自らの手で始末をつける。その覚悟が、現状を何も知らなかった僕にすら伝わってくる。
片桐さんの覚悟がさ。
弟を残して命を断つこと、怖かったと思います。
それでも信じた覚悟は、僕が受け継ぎます。
言葉遣いだけが丁寧な狂人を、僕が討ちます。
どうか、見守ってください。
「情けないのはあんたの方だよ」




