75話ー尋常に勝負ー
和ノ信の技が発動する瞬間、戦闘を終えた福岡チームエル・ソルが到着する。
戦況は有利かと思われたが、和ノ信は姿を変える。
鬼を前に、その実力を目の当たりにする。
久しく感じなかった、"倒したい"という想い。
ー和ノ信 12歳ー
俺の家系は、代々デュロルを生み出してきた。
デュロルの中でも優秀とされる"鬼"。その"鬼"の中から選抜される"方角"の1つの称号を受け継ぐ為。
事実、俺の父は"方角だった"。称号を剥奪された身で、家系の意思に背いた代償は想像を絶するものだったそうだ。
だからか、焦っていたのだろう。
後継ぎを生み、汚名返上する為に。
そこで産まれてきたのが"俺達"だった。
俺には双子の兄が居た。鏡写しのように顔立ちは似ていた。
俺達は物覚えある頃からデュロルだった。幼少の記憶の無い時に、親族から"木預の儀"によってトラウマを受けたのだろう。
兄の秀ノ信の能力は強力で遅い赤い雷、俺は微力で速い青い雷だった。
父や親族は、ただ力の強い兄を愛した。
「お前は俺のオマケに過ぎない」
「他所のデュロルに構うな。他所の奴が死のうと知ったこっちゃねえよ」
兄が高揚した際に言う台詞だ。
速い攻撃の方が避け難いし、敵を速く仕留めることができる。俺は自分の能力を、信じることを止めなかった。
兄は褒められた能力に満足していた。俺は違った。足りない部分を補おうと、現状に耐えて必死に兄を見ていた。想の込め具合、タイミング、雷雲に蓄えてある雷の量等々、見て奪えるものは全て奪う。
いつか、得た力で兄を倒すと誓って。
ー和ノ信 15歳ー
俺は兄を倒した。兄の全てを自分のものにして、かつ兄の赤い雷を使って倒した。
殺すはずでは無かった。
俺は父と親族の前で、青い雷と赤い雷を見せた。
「おお!あの芥の力をも取り入れたのか!凄いぞ!見込んだ息子だ!秀ノ信!」
兄が死んだと知っての言葉か。
俺では認めぬと。
「俺は秀ノ信では無い!和ノ信だ!俺は兄の力をも習得し、兄をも超えた!!まだ認めぬか!」
父は遠くを見て近寄る。
「よしよし、良いのだぞ秀ノ信」
あの時も明確に、父を倒したいと想った。
"元方角"の父を倒し終えた時、俺の額にはツノが2本生えていた。
影に映る形は、父のツノに酷似していた。
親族の元を去り、阿遅鉏の姓を捨て、吉岡と名乗って生き始めた。
生憎にも、この世界はデュロルでは生き辛い。
俺に刃を向けた者は、気付いた時には死んでいた。加減してるつもりなんだが……。
次第に、如何にして死を自覚させれる倒し方ができるかに徹底する。やがて全力を忘れ、気を使う戦いへと変わる。
阿遅鉏を捨てて5年。俺は心から尊敬するデュロル、ルータス様と出会う。
彼は他所のデュロルの為に、危険を冒してまで突き進む人。
他所のデュロルを気にせず忌み嫌っていた阿遅鉏家とは正反対の思考。憧れた。
そんなルータス様も、"俺に憧れた"との勿体無い御言葉をくれた。
「"最重要警戒デュロル"にならないか?」
数多く言葉を頂いたが、唯一反対した言葉だ。
「"最重要警戒"は"方角"を意味します。私は、私の家系を憎んでおります。その席は、若い衆にお譲り致します」
そうか、残念だ。と、明らかな落ち込み具合を見て、少しあたふたしてしまったが、やはり父の望んだ結末にはしたくなかった。
俺はルータス様の下で、世のデュロルの為に精を尽くそうと決めた。
人間の世界を知らず、デュロルの世界で育った俺からすれば、人間側の感情を完璧に理解することなど出来ない。
何故泣くのか。何故無力ながら生きたいのか。
何故強大な力を前に、従わないのか。
何故無駄なことだと理解しないのか。
人間を見ていると、"何故"の言葉が溢れ出てくる。
ルータス様に出会い、デュロルとなった人が生きやすい世界の為、ひた走ること15年。
俺達を殺す集団が現れた。
人をデュロルへと変えたにも拘らず忌み嫌う"人間"___を守る人種、エキポナ。
しかし、今となってはエキポナの事も悪く言えない。
彼らにも感情はある。だからこそ想を使いこなしている。
想を発揮するということは、彼らにも守るべきモノや、何らかの強い意思、目標があるからだろう。
俺達に成らずにその意思を持つことは素晴らしいことだ。
助けを求めることなく、己の意思で切り抜けた。立派という言葉を贈ろう。
そして今、目の前に居るエキポナ達によって、俺は再び"倒したい"感情を抱けた。
何故今これを語るのか。4人の連携によって、走馬灯を見たからだ。
そうでなければ、俺はこの姿を思い出すことすら叶わなかった。
感謝と誠意を以て、この8人を倒そう。
ー愛知県 某所ー
狩衣の様な姿しやがって。
さっきまでと全然空気違うじゃねえか。
それに何だ!?一瞬で山谷の黒鉄球砕いたし、里道の太腿射抜かれたし。
「由紀。お前と山谷達は姿隠してろ。俺は鹿子木の姉ちゃんと距離詰める」
「わかった。藤長達に伝えておく」
由紀が藤長へ伝えた。藤長は俺を見やってから、双刀を振り上げて氷を生成した。
判断が早え。成長したな。
俺は藤長の氷目掛けて太刀を振り上げて炎を飛ばす。
氷と炎が合わさり、辺りを白煙が覆う。
和ノ信からの視界を絶った瞬間で、由紀と山谷と瀬川と里道と松尾は、由紀の箱に覆われて姿を消した。
白煙を貫く雷の矢を太刀で受け流す。
和ノ信から見えているのは、俺と藤長と鹿子木の3人。
和ノ信は、表情の無い装甲で俺ら3人を見渡すと、勢い良く右腕を振るった。
3人に37ずつの雷の矢が、音より速く放たれる。
鹿子木には、瀬川と山谷と由紀の援護によって19本が到達する。想で出来た雷の矢は鹿子木に刺さることは無い。だが、吸収する過程で威力は抑えれず、受けた箇所を大打撲しただろう。地面の氷を大きく砕いて後退していた。
藤長は、里道の援護により5本の矢が掠る。
掠っただけで深く抉られる傷となる。
3人が少し離れているだけだと、カバー出来ない。俺が全て受け流す必要があるな。
「まとまるぞ!互いをカバーできる位置へ!」
ほんの2メートル離れているだけで、さっきの鹿子木みたいに大きく離される。
それに、長期戦はまずい。一番負荷のかかる由紀の想が尽きて危険だ。全員の位置を把握して移動に合わせて箱も動かす。それに加えて進行方向への援助と、空中戦が出来るように宙に箱を無数に配置し、その全てを管理する。
箱の濃度と強度からして、まだまだ想に余裕はある。だが、それに甘えてはならない。
「鹿子木!お前の熱を分けることって出来るか?」
「出来るばい!!」
「おっしゃ!藤長!周囲を冷却し続けてくれ!お前ら全員が居れば、限界を超えれる!」
鹿子木は俺の背中に双小槌を押し当てる。全身に流れ込む緋色の熱。
この優しくも強い炎……鹿子木の想いが俺を熱くする。
"俺だけの炎だとなぁ〜。卓の炎も使っちゃえば?久々に見てえな、お前の炎!"
心のどこかで、確かにそう聞こえた。
ー峯岡 18歳ー
「がっはっは!!おい卓!!もっと元気出せよ!熱い炎が消えちまうぞ!?」
それでもがっはっはと笑う健史は豪快で、炎そのものみたいな人だった。
「映画観終わった時くらい泣かせてよ」
「確かに、凄く良い映画だった!俺は燃やされたぜ!!」
訓練の合間に、施設で上映される映画をよく観る。それが日課だった。
JEA東京本部に所属できて、更に倍率の高いチームルナに配属できたこと自体凄いことなのに、東京本部の中を掻き乱すような漢に出会えた。
千歳 健史。
熱い、真紅の炎を太刀に纏わせる。
その姿に憧れて、死に物狂いで後を追った。
"憧れ"だけで心を燃やし、しかし小心者の俺だったからこそ、蒼い炎が刀に宿った。
健史に憧れ、こんな豪快な漢になりたいという想いは叶った。
邪魔されたり、ちょっかい出されたりしたけど、常に寄り添って励みの言葉をくれたからこそ、掴み取った力だった。
「俺の父ちゃんがいつも言ってたんだけどよ、受け流す防御が最高の攻撃だって」
それを聞いた時の俺は、いまいちピンと来てなくて唇を尖らせていた。
「確かにな〜とは思ったけど、やっぱり俺はとにかく攻撃する!これが燃えるし合ってると思うんだよな!」
口を尖らせながら、思い描く姿にしっくり来て小さく頷く。
「それに比べて卓の炎は蒼くて綺麗だよな〜、流れるようなさ、しなるような」
俺は右上を見ながら、尖らせた唇を萎ませる。
「そんでもって、自然と受け流す防御が出来てるところがズルい!!」
俺は肩をガシッと掴まれて目を見開く。
「俺が我武者羅な攻撃なら、卓は源清流清な防御だな!!」
がっはっはと笑う健史の言葉が、心に直に届いていた。
ー現在ー
心の中から聞こえたのは、健史の声だ。
こんな時まで、励みの言葉くれんのかよ……。
言われなくても見せるって。
俺の全身を燃やしていた真紅の炎に、俺の蒼い炎が混じり、淡藤色の炎へと変わる。
「……!?」
和ノ信は明らかに驚く素振りをした。
「鹿子木、ありがとう。お前の炎、優しくて強い」
鹿子木は何も言わずに唇を噛んだ。
「藤長も、迷惑かける。頼んだぞ」
「はい!!っしゃあ!!」
「由紀!!2人を頼んだ!!」
和ノ信は後ろ2人に向けて雷の矢を放った。それを俺が他方へ受け流す。
「和ノ信の全力と、俺ら全員の全力で勝負だ!圧倒的にお前の方が不利だがな!!」
「上等だ!!俺の全力で捻じ伏せ、この場を押し通る!!」
俺は和ノ信の場所まで急接近する。
いつもより見えるし、動けるし、体が燃える!
和ノ信の動きを判断できる!!
皆の邪魔にならない場所に雷の矢を受け流し、和ノ信は間合いに入る。
斬る!!
淡藤色に弧を描いた刀身は、思いもよらぬ衝撃によって打ち消された。
【極想 雷神度剣】
和ノ信が握るのは、凝縮した雷の剣。
次から次へと!!
「峯岡!!」
後方からの由紀の声で気付いた。
空を覆う、5000を超える雷の剣。
切先の全ては地を向く。
1口の剣がゆっくり降下し、切先が氷の地面に触れた。
凝縮された雷は行き場を無くし、弾けるようにして肥大する。
切先は氷を貫き、地面に深く刺さり大穴を開ける。巨大な剣は、まるで十字架のようにして天に聳える。
1口でこの威力……。見せつけたな和ノ信。
和ノ信は袖を靡かせて俺の間合いに入る。
振るう剣を太刀で受け止める。その剣は、進行方向に追い討ちをかけるように、継続的に雷の威力のみを与えて来る。その威力全てが腕に乗る。しかし、後方へ引けない。引けば行き場を無くした雷が、剣から弾ける予感がしていた。
すると和ノ信は自ら剣を引き寄せた。
その瞬間、太刀と交わっていた部分から雷の柱は放出され、その勢いに氷を貫いて地面に着地した。
見上げると、そこには既に剣を握って見下ろす和ノ信の姿があった。
氷の地面まで駆け上がると、晴天に似合わない景色が広がる。
5000近くの剣は、いつ動いても可笑しくない。
この全てを俺らの力で壊す!
既に大勢の命が絶たれた。これ以上の犠牲を生まずに、命を守ってみせる!
刀身から溢れる淡藤色の炎は輝きを増す。
和ノ信も剣を構え、袖を靡かせる。
「いざ尋常に!勝負!!」