74話ー静かな轟ー
桁違いの強さを見せる和ノ信。
雷の猛攻の中、4人の連携で和ノ信を地上に落とす。
激戦は続く。
ー愛知県 某所ー
街中からは黒い煙が立ち昇る。
「やっべえええ!街があああああ!!!」
峯岡さんが振り下ろした刀身は、"斬った"というより、弾き飛ばしたように見えた。
絶えず空は暗いまま。
雷は気ままに空を光らせていた。
僕達4人は和ノ信の落ちた場所を警戒する。煙は退かずとも、其処に居ることは理解できた。
全身を抑え付けるような重圧の後に、紫雷は雲を駆け、和ノ信の元へと落ちる。
その瞬間に煙は退き、瓦礫を掻き分けて立ち上がった。
立ち上がった和ノ信は、自身の胸部を見下ろす。
自身の胸部に描かれた猪の模様に、右上から斜めに伸びる傷を、和ノ信は指でゆっくりとなぞる。
ダルディエゴの身体を刻んだ男の体勢の整った一振りを受けて、あの擦り傷で済む?和ノ信クラスのデュロルの装甲の硬さを、僕達は甘くみていた。
やっぱり、最大火力でいかないと……。
「浩貴くん。今、最大火力でも倒せなかったらって考えたよね?」
山谷さんの言葉を上手く返せず、口籠ってしまう。
「それは、そうなった時に考えること」
まあ、僕も考えちゃったけどねと笑うヤマターニさんを逞しく思った。
その通りすぎる。
「まずはやってみる、ですね」
あの一撃を与えたことで、和ノ信はまた調節するはず。
和ノ信は顔を上げた。その瞬間に雷は落ち、その雷を伝って和ノ信は上空へと戻る。
「我ながら、嬉しくなってしまった。久しく感じなかった"痛み"の感覚を思い出したよ」
跳ねるような喋り方。
「君達を対等と認める。本気とやらを出そう。本気の出し方をイマイチ覚えてないもので、3段階に分けて相手をしよう。すまないな。力の出力を思い出していくから待っていてくれ」
その瞬間、和ノ信の全身から溢れ出る雷が雲に潜る。
この雷の音にも慣れてきたのに、それを超える重圧。
雷雲から落ちた稲妻は和ノ信周辺に留まり、先端を僕達に向けた。
その先端は槍の切先。感覚でわかる。この雷に当たっちゃダメだ。
和ノ信の周囲にある雷は、予備動作無しで突っ込んで来た。その速さに反応しきれず、僕の右肩を雷は掠める。
やっぱり。
この雷が掠った場所に物理的な傷が付いた。掠っただけなのに、地面に叩きつけられる程の威力。
着地した瞬間に体勢を整えないと次の雷を避けれない。一度通り過ぎた雷は僕を追尾するし、また新たに雷雲から稲妻は伸びて突き刺してくるし。
仲間もみんな地面に叩きつけられてる。重傷者は居なそう。初見で避けるなんて出来っこないもんね。
宙に浮いてる由紀さんの箱も、稲妻に耐えれずに破壊されてる。それに気付いたユキーマさんは、箱の強度を上げて再度生成する。
僕達の陣形が崩されていく。それぞれが避けるのに手一杯だけど、カバーも忘れてはいけない。
仲間の動きを把握しなければ。一瞬で命を落とす戦い。手が届く距離の仲間を失うなんて嫌だ!
それでも容赦無く突き進んでくる紫雷。
でも、当たらなければチャンスはあるよね。
僕が出来るのは、導くことだから。
【響弓 仲秋乃名月】
想いを込めて矢を持ち、弦を引き始める。
込めた想の量に比例して、空中に矢と同じ物質の空気を生成する。今の数、36本。
少ない数だけど、導くには良い本数。
僕が直に引く矢以外は仲間から少しズレた方を向き、雷の動きに合わせて放たれる。放たれた瞬間、同じ場所に矢を生成する。
仲間へと向かっていた雷は、通り過ぎた矢に惹かれてそっぽ向く。その一瞬が、仲間を次の一手へと導く。
物理付与されても、所詮は雷。
仲間は再び上空へと駆け上がる。それに合わせて宙に生成してある矢尻も向ける。
ミネールさん、そのまま突っ込んでください。
道は僕が開きます。
ミネールさんの、僕達を信じきって突っ込むその姿勢が、どれほど僕達の自信に繋がることか。
僕が弦を引き、弓は撓む。
撓む弓は美しい弧を描く。この姿を、ミネールさんは"満月みてえだな"って言ってくれた。形も真丸じゃないし、どっちかと言ったら半月だし、弓張月じゃないかなとか、僕の頭の上にはハテナがいっぱい出たと思うけど、嬉しかった。ミネールさんにはそう見えてるんだって。
だから僕はこの弓の名前に、満月の意味を持つ"中秋の名月"をそのまま付けた。
僕だけじゃ辿り着かなかった名前。
洒落すぎてる気もするけど、気に入ってる。
僕の仕事はミネールさん達を導くこと。
あわよくば___。
僕は弦から指を離す。
軋んで撓んでいた弓は元の形に引き寄せられる。その威力に手先から吹き飛んで行きそうだ。
放った瞬間、僕の周りは衝撃派で地面が捲れたりと被害が出てしまった。
音よりも速く飛ぶ矢は、射抜かれたことさえ気付かせない。
和ノ信は、意識の外からの矢の音に気付いた。でも、気付いた時には既に矢は刺さってる。音と共に威力も届き、和ノ信は空中で体勢を崩す。
___あわよくば、射抜けたら。
意識の外から射抜いても、矢尻しか突き刺さらないって……。心臓一直線に狙えたことは自信になるけど。
ユキーマさんは体勢を崩した和ノ信を固めるように箱を生成する。ヤマターニさんは、直前までミネールさんへ気が向かないように援護している。
そしてミネールさんは和ノ信の死角に回り込み、距離を縮めて太刀を構える。
それを察知したのか、和ノ信は右腕を囲んでいた箱を壊した。
その右腕に僕の矢は突き刺さる。肘の装甲が無い部分。それでも貫通はしなかった。
右腕は大きく弾かれる。
【残火 薪乃瞋恚】
違和感のある大人しい刀身を振るう。
和ノ信は脚を囲む箱を壊し、その刀身を右脚で蹴り上げるようにして受ける。
大人しい刀身は和ノ信の右脛に食い込んだ。
0.3秒後、その右脛の内側から炎は溢れ出る。
激しい火の粉を散らしながら、ミネールさんは太刀を振りきった。
和ノ信の右脛は溶かされるように柔く切断される。
その直後、数え切れない雷が和ノ信へと降り注ぎ、周囲に居るミネールさんとヤマターニさんは吹き飛ばされた。
常に雷を落とし続ける和ノ信の周りに、数個の円形の雷が囲う。その雷は回転してるようで、徐々に濃度を上げていく感じだ。撫でるように和ノ信の周囲を上下し、やがてそれは雷雲へ向かって飛翔する。
雷雲へと入り込んだ円形の雷を中心に、雷雲は渦を巻き始める。
渦の中心は紫に発光し、不気味に広がっていく。
多くの雷を纏った和ノ信はシルエットでしか確認できない。右手を雷雲に突き上げてる風に見える。
【大想 雷龍神槍】
マズい!まだ僕達の体勢も整ってない!僕の矢だけじゃ防げない重圧!
ミネールさんも、ヤマターニさんも、ユキーマさんも目を見開いて生唾を飲んでる。それでも身体は動いてる。みんなどうにかしようと必死なんだ。
雷の中のシルエットは今にも腕を振り下ろしそう。
雷雲の渦の中心は光度を増している。
和ノ信が腕を振り下ろす瞬間、驚くように顔の向きを変えたのが見えた。和ノ信は体勢をわざと崩して腕を振り下ろした。
雷雲の渦の中心から、濃度が高すぎて真っ白に見える雷が落とされた。
僕達はひたすらに走ってた。
けれど、直ぐに足を止める。
その雷は、全て和ノ信へと落ちたのだ。
雷雲から雷が途切れた瞬間、雲の色は灰色になったと思ったら、消えた……。
一瞬で雲が消え去った。
一気に青空が広がり、やけに眩しい光が眼球を突き刺す。
ぼんやりとした空に浮かぶ雷を纏った和ノ信に向かって、恒星のような輝きの物体が飛翔した。
その恒星と和ノ信はぶつかり、更に激しい光を放った。
【双小槌 深炎】
それに見惚れていると、地面から氷が突き上がる。僕達はそれに乗せられて上空へと近付いた。
【凛花乃雪 氷々山々(ひょうひょうさんさん)】
「ちょっと浮かすばい!」
【反重盾 浮与羽】
その可愛らしい声の後に黄緑色の光に包まれ、不可思議な感覚に陥る。
僕達4人の身体はフワフワと浮き上がっていた。
【双弓 繋】
僕達の足元を一本の熱線が通り過ぎる。
凹凸の激しかった氷は、一刀両断されたように綺麗な平面をつくる。
僕達は上空3000メートルに出来た氷の平面に着地する。
切り離された氷は細かく砕かれ、男の元へ戻っていく。
「加勢に来たぜ!峯岡のおっちゃん!」
逆立つ赤髪の藤長!
「お前ら!来てくれたんか!」
「ピンチや聞いてやって来とう!」
グラマラスな身体のセロリーヌ!
「助かった。命を救われたな」
ユキーマさんも嬉しそうだね。
「間に合って良かったです。上で鹿子木が抑えているので、援護に回りましょう!」
冷静沈着の瀬川と、恒星の輝き鹿子木!
「フズィ!この感覚、久しぶりだね!」
「ああ!共闘なんてあの日以来だな!」
鬼神の幹部、古田 アンドリューをみんなで倒した時。あの日対処したぶりの共闘。何だか胸に込み上げるものがあるね。
ジジッ
「みんなにあのゾディアックをザッと説明する!見ての通りツノの生えた"鬼"だ!能力は雷!さっきまであった雷雲から雷を落としてた。あいつ自身からも雷は出るけど、頻度は多く無い!」
ジジッ
「了解!!」
ヤマターニさんの説明を聞き、フズィ達も和ノ信の動きを注視する。
1人で和ノ信の動きを食い止めていたスノーが、奴から放たれた雷によって吹き飛ばされる。
まだ雷に覆われてシルエットしか見えないけど、和ノ信は氷の平面に立つ僕達を見据えた。
「ふぅ。君達は強い。久しくまともな戦闘をしてなかった故に、全力とやらの出し方を忘れてしまっていたんだ」
和ノ信に纏う雷が、徐々に身体のラインに添い始めている気がする。
「どうしたら出せるものかと思案していた。君達に応えなければと。そして、また久しい感情が宿った」
和ノ信は大阪チームの4人を見回す。
「恐れと、焦りだ」
和ノ信に纏う雷は次第に静かに、そして穏やかに……。
「先程、俺は"殺されてしまう"という思想を抱いた。まさに恐れ。このままではならんと、焦りを。そこで気付くことができた。正確には、思い出させてもらった」
和ノ信を纏っていた雷は風に流れる。流れた風に靡く、布のような白いもの。
「全力とは闘争心、または身を守ろうとした時にこそ発揮されるものだったな」
息を飲む間が生まれる。
「俺は、君達を倒したいと思えた」
全身の容姿が、変わった……。
まるで狩衣のような白い装甲で、腰には注連縄が巻かれる。背後から脇を通って肩の上に伸び、反対の脇を通り背後へと帰る半透明の布。あれは想なのか?
切断された右脚は既に再生されてるし。
さっきまで長さが均等だった2本のツノは、左方が縮み右方が伸びる形に変わった。
神々しい姿へと変貌した……。
【紫雷龍・衣】
さっきみたいな暗い雲は無い。広がるのは青い空と、優雅に泳ぐ白い雲。
でも何だろう。その姿の和ノ信が其処に居るだけで、気持ちは嵐の中に取り残されたようだ。
雷の音もしない。ただ風に靡く布の音がするだけ。
「構えろ!!俺を見据えろ!!そんな心構えでは容易く死ぬぞ!!俺に全力を思い出させてくれた恩方に、自覚無き死を迎えてほしくはない!!」
来る……!わかっていても、さっきの激しさに比べたら、静かすぎて……心のどこかで安堵してしまっている。
いや、安堵なのか?恐怖じゃないのか?
和ノ信は左手を勢いよく振るって伸ばした。
振るい終わってから0.7秒後、和ノ信からは見えない筈の、空中に待機していた黒鉄球10個が一斉に砕け散った。
細い光が見えたのは確かで、でもそれ以外を理解できない。
黒鉄球が砕けるのを視認した後に、雷の音は遅れてやってきた。
音よりも速く、更には視認できない程の細く強靭な雷。
黒鉄球の砕け方からして、雷は和ノ信から直線に伸びているんだと思う。
速さ故に、制御できていない。
「眼で見えずとも、想いはそこにあるもの。そして、"音よりも速く飛ぶ矢は、射抜かれたことさえ気付かせない"」
身に覚えのあるその言葉を理解した時、僕の脚を生温い液体が辿り、辺りの氷を染めた。
左太腿を貫通し、その直線状の氷を軋ませていた。
息を整え、変に高まる鼓動を抑えようと必死になる。
これが……"鬼"。




