73話ー咆哮ー
4人の連携により橘花は倒れた。
橘花に咲いた一輪の花は、藤長に何を想わせたのだろう。
そして始まる、鬼との戦い。
73ー咆哮ー
ー愛知県 某所ー
真昼間の空に原型は無い。
あるのは分厚く覆われた黒すぎる雷雲。
この暗さだけでも不安を掻き毟るのに、僕達の目の前にはツノの生えたゾディアックが居る。
雷雲は和ノ信の合図を待ち侘びるように、青く……そして赤く光る。真上で鳴る轟音に全身が鷲掴みにされる。
和ノ信は至って冷静で、加えて隙を一切見せない。
奴が指先を少し動かしただけなのに、里道の筋肉は反射的に動く。でも、それだけの集中が出来ているってこと。
義肢となった左腕も、何ら問題なく動いてる。肩から指先まで、本物の腕と錯覚するほどの感覚。
万全の体調、万全の態勢で挑む。
和ノ信は腕を組みつつ、雷雲を見上げた。
「まずは、小手調べといこう」
その言葉が僕達に到達し、理解して1秒も経たずに、雷雲から青色の雷が落ちる。
光ると同時に地面に落ちた雷は、僕達の居た場所から煙を上げていた。正確すぎるって……。
息を整える間も無く、青色の雷は次々と地面に減り込む。一人一人を狙った雷と、避けた先に完璧なタイミングで落ちる雷。全員の動きを把握しているのか、引き寄せられるのかは分からない。
避けた体勢を無理に変えている上に呼吸が乱れる為、疲労は既に蓄積されている。明らかな防戦一方。まだ和ノ信に近付けてさえいないのに。
青い雷が降り注ぐ中、目の端に赤色の光が映り込んだ。その違和感は、僕達の思考を更にかき混ぜた。
赤い雷は、地面に落ちるまで時間が掛かった。その稲妻の姿形を目に焼き付けるほど。その雷が落ちた場所は深く広範囲に抉れていた。
速くて低威力の青い雷と、遅くて高威力の赤い雷。
この2種類の雷の使い分けに、やたらと惑わされる。音を聞くだけじゃ判断できず、目視したとしても、身体が慣れていかない。
赤い雷の行先を見ていると、後から追い越してくる青い雷に不意を突かれる。そして、それを見越していたように避けた先に赤い雷は落ちる。
その赤い雷を避けた先で、僕の身体に鋭く突き刺さるような痺れが伝った。
全身が上手く機能しない。でも、倒れる程じゃない。
金属の左義肢が衝撃をある程度緩和してくれたのかな。痺れは継続的ではあるものの、筋肉は動かせるようになる。
けど、内側を突き刺すような痺れは中々取れない。
さっき僕に当たった雷は青い方。赤いのが当たったら、こんなもんじゃない。
それにしても、こんな大技を序盤から捻じ込んでくるあたり、やっぱ只者じゃないよ。
「おい和ノ信!!こんなことやっても無駄だぜ!想が尽きんぞぉ!!」
峯岡さんは雷の轟音の中でもハッキリ聞き取れる声で叫んだ。声量もバケモノ……。
降り続いていた雷は止み、急な静寂に耳鳴りがした。
「ん?長期戦に備えて想は最適に調節してるが?」
曇りの無い疑問。
強がりでは無く、奴は心の底からそう言っている。
「調節だとぉ!?」
「この初撃で強さを測ってる。死ぬ奴は死ぬし、死なぬなら合わせて調節する」
大技と思ったあの雷の雨は、和ノ信にとって試しているに過ぎなかったのか。
「"小手調べ"って言ったろ?」
そんな小手調べがあってたまるかよ。
和ノ信は自身へ雷を落とした。全身を帯電させ、そこから伸びる雷は地へと繋がって浮く身体を支える。
バチバチと激しい音を継続させ、人が歩くことと同じ感覚で宙に浮く。
"強さを測ってる"、"調節する"。
身体を浮かしただけのアレが本気な訳ない。
僕はビビってるのか??
あんなの……どう考えたっ___。
「お前は強い。心配ねえよ」
背中に触れた分厚い掌は、心と身体を鼓舞した。裏表の無いミネールさんだからこそ、他の言葉無くして人を高揚させる。
「良く見て、先を考える。得体の知れないものは怖い。誰でも怖い。けど、私達には"見れる"目がある。峯岡の言う通り、心配することないよ」
由紀さんも、僕に言葉をくれた。
山谷さんは集中を切らさずに和ノ信を見据えながら、僕に向けて親指を立ててくれた。
まだ、僕は皆さんに引っ付いてるだけなのか。
仲間として共に訓練し、ここに立ってるじゃないか。
僕1人で戦ってるわけじゃないだろう。
心強すぎる仲間が居るんだから。自信持たなくてどうするんだ!!
息を整えて矢を引く。
宙に浮く和ノ信を支える雷が、やたら鮮明に見える。
軋む弦から指を離そうとした瞬間、そこに居た筈の和ノ信は消えた。少し体勢を変えたから、動くんだろうなとは思ってた。だから予め、動く方を狙えるように構えていた。にも拘らず、目で追えなかった。
ただ、奴の動いた向き、速度は見えてる!
0.01秒の動揺さえ、命取りの戦いなんだ。
常軌を逸する和ノ信の高速移動に、僕の身体は反射的に動く。
奴の向かった先はミネールさんのところ。ミネールさんはまだ移動したことに気付いた段階。
間に合う!!
放たれた矢は、ミネールさんへ届こうとしていた腕へと向かう。その拳に纏う雷は、矢に惹かれ出す。
しかし直前で和ノ信は方向を変え、僕のところへすっ飛んで来た。
直角に曲がるなんて有り??
【囲盾 棺送師】
僕の周囲をクリアな箱が包む。
和ノ信の拳は、僕に届く10センチ手前で止まった。
「ん?」
和ノ信は0.5秒だけ停止する。
僕が矢筒から矢を引き抜いた時には、和ノ信は腕を振り上げていた。お前だろうと言わんばかりに、右手指先をユキーマさんへと向けている。
それに応えるように青く光る雷雲。
青い雷は一直線にユキーマさんに向かった。
【迷宮根】
青い雷の前を5個の黒鉄球が通り過ぎ、雷の先端は鉄に惑わされて直撃を免れる。
黒鉄球はそのまま和ノ信へと飛翔して突っ込んで行く。しかし、奴に纏う雷が5個の黒鉄球を撫でるように払い除ける。
ユキーマさんへ向けていた指先がバチっと発光した瞬間、耳を貫く音と共に濃縮された赤い雷がビーム状となって放出される。
軌道上のコンクリートは綺麗に退き、その破片が周囲の建物に穴を開ける。辺りの空気も押し出され、かつ空気が痺れ出す。
それに続いて絶え間なく降り落ちる青い雷が、心拍数を上昇させた。
ヤマターニさんは上空で20個の黒鉄球を乱雑に動かして、青い雷の落ちる先を変える。
暫く続いていた濃く赤い雷の放出は、突如糸が切れるように止まった。
「腕を落とすところだった。良い連携だ」
和ノ信の間合いに、太刀を振り下ろす途中の体勢のミネールさんが居た。
【熱炎太刀 残火】
燃え盛る刀身を、和ノ信は右手で握っている。
ダルディエゴの身体を容易く斬った太刀を、右腕しか身動きの取れない状況で受け止めた。
僕の目の前に和ノ信が迫り来た時、ユキーマさんは奴の右腕以外の身体を幾つもの箱で囲んでいた。
僕達からは黄色く半透明の箱に見えているけど、ユキーマさんが敵と認識した者には姿形気配までも完全に消える。
身体を動かせない違和感を受け、能力の元を仮定するまでの時間0.5秒。
並外れた冷静さと判断力。
それに加えて、装甲の無い筈の掌でミネールさんの刀身を握る程の硬い肉体。
ミネールさんの刀身の炎は激しさを増し、和ノ信は手を離す。同時に硝子の割れる音と共にユキーマさんの箱は壊される。
あの箱の耐久力も凄まじいのに。千歳でも弾かれる程なのに。
濃く赤いビーム状の雷に直撃したユキーマさん周辺の煙が退いたけど、やっぱりユキーマさんは無傷すぎた。自身を5重の箱で囲んで身を守ってた。
「地上の動きにくさはその能力の所為みたいだな。辺り一帯にランダムで"配置"されてる」
見えていない筈なのに、まるで配置してある箱が見えているかのよう。否、和ノ信から伸びてる雷で触れてるんだ。だから形も場所も把握してるんだ。
「この調節の俺が止められた。すまない、調節を間違えたようだ。お前達は俺の予想を上回ったようだ。再度調節しよう」
「おい!和ノ信!全力で俺らを潰すんなら調節なんかしてねえで本気出せぇ!」
ミネールさん……変に刺激しないで……あの強さですら僕ほぼ何も出来てないんだから。
「無闇に全力なんぞ出しはしない。それ以前の力で殺せるならそうした方が良いだろう。その為の調節だ」
「じゃあよ!俺らがお前の全力引き出せば良いんだな!!」
「ああ。それに見合った力があるならそうしよう」
「おっしゃ!乗ったな!!」
乗った?いや、半分馬鹿にされたようなもんだよ??
それでもミネールさんはやる気満々だぁ。
僕達のリーダーがやる気なら、後押しするしかないか。
暴走するバケモノを、如何にして導くか。
これが僕達の戦い方なんだ。
ミネールさんの炎は、深呼吸と共に激しく燃える。やがて炎は静まり、刀身に収束される。
周囲の温度も上がり、"いつもの感覚"に近付く。
ミネールさんが息を吐く度、空気が焼ける音がする。
その姿を見た和ノ信は黙り込んだ。その後、雷が奴の身体に落ちる。激しい光の中で動く姿を捉える。落ちた稲妻を伝って、和ノ信は上空へと移動した。
ユキーマさんは直ぐに宙に箱を生成する。
その箱を足場にして和ノ信の元へ4人は駆け登る。常に箱の下から質量分の力を加え続け、浮いてるように見せてる。その上を僕達が乗っても一切揺れない。僕達の体重、力の入れ具合、そこから予測した脚の着地点、箱の生成速度。それはユキーマさんの繊細な力加減。極められた精度。
ユキーマさんの努力によって、僕達は空中戦を制する。
和ノ信は雲から伸びる雷に吊るされるように浮いて、雷雲を伝って自在に行き来する。
「不可解な能力だ。努力の賜物か」
和ノ信は両腕を突き上げ、滲み出る雷を雷雲へと放出した。
「ならば応えよう___」
雷雲は青と赤の光を交互に繰り返し、やがてその光は1つになる。
【紫雷這龍】
艶やかで怪しい紫に光る雷雲。その中を、まるで海を泳ぐ龍を思わせる紫雷が横切る。
雲に近い場所。
雷の到達時間は地上の何倍だろう。体感はもっと速いはず。
雷雲の中から唸るような音がする。
常に地上が振動してる。怯えるようだった。
そして雷雲を泳いでいた龍に見据えられ、咆哮を一つ。
目の前が真っ白になる。気付いた時には、僕は建物を数個欠損させて瓦礫に埋れていた。
脳が痛覚に追いついた時、全身を貫くような痺れがした。
「ああああアァァアァァア!!!」
瓦礫に埋もれた身体を動かそうとすると、入れた力が声に変わる。未だに全身に帯電する紫雷が、巡って身体を突き刺す。
左義肢で近くの鉄骨を掴むと、紫雷はそこを通って逃げていく。
治りつつある身体の痺れを、歯を食いしばって堪える。何とか地面に立ち上がる。
何が起きたのか、わからなかった。
紫雷……速度は青い雷以上で、威力は恐らく赤い雷に匹敵するかそれ以上か。
2つが合わさって、互いの長所を伸ばしまくった感じかな。
瓦礫の下を掻き分け、弓が無事なことを確認し、矢の本数を数えてから矢筒を右腰に取り付けて背中に回す。
紫に光る空を見上げて、"見る"。
必ずある。隙は、絶対に。
その時、ふと思い出した。
地面を蹴り、上空に設置されている箱を更に蹴る。雷雲スレスレの場所で、ミネールさんとヤマターニさんは攻防を繰り広げる。
しかし、さっきのような和ノ信の間合いに入れない。
僕はヤマターニさんの元へ移動する。
「ヤマターニさん!あの___」
ミネールさんはとにかく突っ込む。何があろうと突っ込む。その手助けをする。導く。それが僕達の役目。
ヤマターニさんは僕の周りに黒鉄球を3つ配置してから、和ノ信方面へと跳ぶ。
僕は矢を引く。左義肢から軋む音はしなくなった。身体に馴染んだみたい。弓が撓むと重い金属が軋む音がする。この音が好きなんだ。
激しく鳴ってる筈の空が、静かに聞こえる。
弓が撓む音のみに耳を傾け、風を肌で感じ、ミネールさんと和ノ信の動きを"見る"。
僕の元へと落ちる紫雷を、周囲の黒鉄球が引き寄せて受け流してくれる。
お陰で、集中は切れない。
和ノ信に近付いたミネールさんが、紫雷の動きを察知して後退。紫雷の光を利用して和ノ信の死角へと回り込む。それに反応し、和ノ信は紫雷を落とす。
ここ。
紫雷が雷雲から落ち、ミネールさんへ到達するコンマ数秒。
ミネールさんの頭上を僕の矢が通り過ぎる。
紫雷は僕の矢に惹かれ、誘惑に負ける。
和ノ信はミネールさんに掌を向ける為、腕を動かした。
その瞬間、和ノ信の腕は勢い良く弾かれた。
ヤマターニさんの黒鉄球を、ユキーマさんの箱で囲んだ連携。ユキーマさんの箱だけでは成し得なかった移動を、ヤマターニさんの黒鉄球が可能にした。和ノ信からすれば、目に見えない超重量の鉄球を超高度の箱で囲んだ物体が、意識の外から直撃する。
避けれない訳がない!
胴体ガラ空き!!!
ミネールさんは太刀を振り下ろす。
【残火 残火送風】
空気に擦れた刀身から、有り余る炎が溢れ出る。
美しい弧を描き、和ノ信の胴体に眩しい火花を散らした。
空の龍の咆哮と共に、和ノ信は地上の街を抉って煙を上げる。
街を引き摺る煙にすらも擦れて炎は巻き上がる。
静かになった。
これも錯覚なのか。激しすぎる音が継続してたせいで、普通の雷の音が大人しく聞こえる。
でも何故だろう。
雷の音が、やけに怖く聞こえる。




