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DHUROLL  作者: 寿司川 荻丸
【転】

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74/144

73話ー咆哮ー

 4人の連携により橘花は倒れた。


 橘花に咲いた一輪の花は、藤長に何を想わせたのだろう。


 そして始まる、鬼との戦い。

73ー咆哮ー


ー愛知県 某所ー


 真昼間の空に原型は無い。


 あるのは分厚く覆われた黒すぎる雷雲。


 この暗さだけでも不安を掻き毟るのに、僕達の目の前にはツノの生えたゾディアックが居る。


 雷雲は和(かず)ノ信(しん)の合図を待ち侘びるように、青く……そして赤く光る。真上で鳴る轟音に全身が鷲掴みにされる。


 和ノ信は至って冷静で、加えて隙を一切見せない。


 奴が指先を少し動かしただけなのに、里道(ぼく)の筋肉は反射的に動く。でも、それだけの集中が出来ているってこと。


 義肢となった左腕も、何ら問題なく動いてる。肩から指先まで、本物の腕と錯覚するほどの感覚。


 万全の体調、万全の態勢で挑む。


 和ノ信は腕を組みつつ、雷雲を見上げた。


「まずは、小手調べといこう」


 その言葉が僕達に到達し、理解して1秒も経たずに、雷雲から青色の雷が落ちる。


 光ると同時に地面に落ちた雷は、僕達の居た場所から煙を上げていた。正確すぎるって……。


 息を整える間も無く、青色の雷は次々と地面に減り込む。一人一人を狙った雷と、避けた先に完璧なタイミングで落ちる雷。全員の動きを把握しているのか、引き寄せられるのかは分からない。


 避けた体勢を無理に変えている上に呼吸が乱れる為、疲労は既に蓄積されている。明らかな防戦一方。まだ和ノ信に近付けてさえいないのに。


 青い雷が降り注ぐ中、目の端に赤色の光が映り込んだ。その違和感は、僕達の思考を更にかき混ぜた。


 赤い雷は、地面に落ちるまで時間が掛かった。その稲妻の姿形を目に焼き付けるほど。その雷が落ちた場所は深く広範囲に抉れていた。


 速くて低威力の青い雷と、遅くて高威力の赤い雷。


 この2種類の雷の使い分けに、やたらと惑わされる。音を聞くだけじゃ判断できず、目視したとしても、身体が慣れていかない。


 赤い雷の行先を見ていると、後から追い越してくる青い雷に不意を突かれる。そして、それを見越していたように避けた先に赤い雷は落ちる。


 その赤い雷を避けた先で、僕の身体に鋭く突き刺さるような痺れが伝った。


 全身が上手く機能しない。でも、倒れる程じゃない。


 金属の左義肢が衝撃をある程度緩和してくれたのかな。痺れは継続的ではあるものの、筋肉は動かせるようになる。


 けど、内側を突き刺すような痺れは中々取れない。


 さっき僕に当たった雷は青い方。赤いのが当たったら、こんなもんじゃない。


 それにしても、こんな大技を序盤から捻じ込んでくるあたり、やっぱ只者じゃないよ。


「おい和ノ信!!こんなことやっても無駄だぜ!想が尽きんぞぉ!!」


 峯岡(ミネール)さんは雷の轟音の中でもハッキリ聞き取れる声で叫んだ。声量もバケモノ……。


 降り続いていた雷は止み、急な静寂に耳鳴りがした。


「ん?長期戦に備えて想は最適に調節してるが?」


 曇りの無い疑問。


 強がりでは無く、奴は心の底からそう言っている。


「調節だとぉ!?」


「この初撃で強さを測ってる。死ぬ奴は死ぬし、死なぬなら合わせて調節する」


 大技と思ったあの雷の雨は、和ノ信にとって試しているに過ぎなかったのか。


「"小手調べ"って言ったろ?」


 そんな小手調べがあってたまるかよ。


 和ノ信は自身へ雷を落とした。全身を帯電させ、そこから伸びる雷は地へと繋がって浮く身体を支える。


 バチバチと激しい音を継続させ、人が歩くことと同じ感覚で宙に浮く。


 "強さを測ってる"、"調節する"。


 身体を浮かしただけのアレが本気な訳ない。


 僕はビビってるのか??


 あんなの……どう考えたっ___。


「お前は強い。心配ねえよ」


 背中に触れた分厚い掌は、心と身体を鼓舞した。裏表の無いミネールさんだからこそ、他の言葉無くして人を高揚させる。


「良く見て、先を考える。得体の知れないものは怖い。誰でも怖い。けど、私達には"見れる"目がある。峯岡(みねおか)の言う通り、心配することないよ」


 由紀(ユキーマ)さんも、僕に言葉をくれた。


 山谷(ヤマターニ)さんは集中を切らさずに和ノ信を見据えながら、僕に向けて親指を立ててくれた。


 まだ、僕は皆さんに引っ付いてるだけなのか。


 仲間として共に訓練し、ここに立ってるじゃないか。


 僕1人で戦ってるわけじゃないだろう。


 心強すぎる仲間が居るんだから。自信持たなくてどうするんだ!!


 息を整えて矢を引く。


 宙に浮く和ノ信を支える雷が、やたら鮮明に見える。


 軋む弦から指を離そうとした瞬間、そこに居た筈の和ノ信は消えた。少し体勢を変えたから、動くんだろうなとは思ってた。だから予め、動く方を狙えるように構えていた。にも拘らず、目で追えなかった。


 ただ、奴の動いた向き、速度は見えてる!


 0.01秒の動揺さえ、命取りの戦いなんだ。


 常軌を逸する和ノ信の高速移動に、僕の身体は反射的に動く。


 奴の向かった先はミネールさんのところ。ミネールさんはまだ移動したことに気付いた段階。


 間に合う!!


 放たれた矢は、ミネールさんへ届こうとしていた腕へと向かう。その拳に纏う雷は、矢に惹かれ出す。


 しかし直前で和ノ信は方向を変え、僕のところへすっ飛んで来た。


 直角に曲がるなんて有り??


 【囲盾(かこいたて) 棺送師(ひつぎそうし)】


 僕の周囲をクリアな箱が包む。


 和ノ信の拳は、僕に届く10センチ手前で止まった。


「ん?」


 和ノ信は0.5秒だけ停止する。


 僕が矢筒から矢を引き抜いた時には、和ノ信は腕を振り上げていた。お前だろうと言わんばかりに、右手指先をユキーマさんへと向けている。


 それに応えるように青く光る雷雲。


 青い雷は一直線にユキーマさんに向かった。


 【迷宮根(めいきゅうこん)】


 青い雷の前を5個の黒鉄球が通り過ぎ、雷の先端は鉄に惑わされて直撃を免れる。


 黒鉄球はそのまま和ノ信へと飛翔して突っ込んで行く。しかし、奴に纏う雷が5個の黒鉄球を撫でるように払い除ける。


 ユキーマさんへ向けていた指先がバチっと発光した瞬間、耳を貫く音と共に濃縮された赤い雷がビーム状となって放出される。


 軌道上のコンクリートは綺麗に退き、その破片が周囲の建物に穴を開ける。辺りの空気も押し出され、かつ空気が痺れ出す。


 それに続いて絶え間なく降り落ちる青い雷が、心拍数を上昇させた。


 ヤマターニさんは上空で20個の黒鉄球を乱雑に動かして、青い雷の落ちる先を変える。


 暫く続いていた濃く赤い雷の放出は、突如糸が切れるように止まった。


「腕を落とすところだった。良い連携だ」


 和ノ信の間合いに、太刀を振り下ろす途中の体勢のミネールさんが居た。


 【熱炎太刀(ねつえんたち) 残火(のこりび)】


 燃え盛る刀身を、和ノ信は右手で握っている。


 ダルディエゴの身体を容易く斬った太刀を、右腕しか身動きの取れない状況で受け止めた。


 僕の目の前に和ノ信が迫り来た時、ユキーマさんは奴の右腕以外の身体を幾つもの箱で囲んでいた。


 僕達からは黄色く半透明の箱に見えているけど、ユキーマさんが敵と認識した者には姿形気配までも完全に消える。


 身体を動かせない違和感を受け、能力の元を仮定するまでの時間0.5秒。


 並外れた冷静さと判断力。


 それに加えて、装甲の無い筈の掌でミネールさんの刀身を握る程の硬い肉体。


 ミネールさんの刀身の炎は激しさを増し、和ノ信は手を離す。同時に硝子の割れる音と共にユキーマさんの箱は壊される。


 あの箱の耐久力も凄まじいのに。千歳(チトッセオ)でも弾かれる程なのに。


 濃く赤いビーム状の雷に直撃したユキーマさん周辺の煙が退いたけど、やっぱりユキーマさんは無傷すぎた。自身を5重の箱で囲んで身を守ってた。


「地上の動きにくさはその能力の所為みたいだな。辺り一帯にランダムで"配置"されてる」


 見えていない筈なのに、まるで配置してある箱が見えているかのよう。否、和ノ信から伸びてる雷で触れてるんだ。だから形も場所も把握してるんだ。


「この調節の俺が止められた。すまない、調節を間違えたようだ。お前達は俺の予想を上回ったようだ。再度調節しよう」


「おい!和ノ信!全力で俺らを潰すんなら調節なんかしてねえで本気出せぇ!」


 ミネールさん……変に刺激しないで……あの強さですら僕ほぼ何も出来てないんだから。


「無闇に全力なんぞ出しはしない。それ以前の力で殺せるならそうした方が良いだろう。その為の調節だ」


「じゃあよ!俺らがお前の全力引き出せば良いんだな!!」


「ああ。それに見合った力があるならそうしよう」


「おっしゃ!乗ったな!!」


 乗った?いや、半分馬鹿にされたようなもんだよ??


 それでもミネールさんはやる気満々だぁ。


 僕達のリーダーがやる気なら、後押しするしかないか。


 暴走するバケモノを、如何にして導くか。


 これが僕達の戦い方なんだ。


 ミネールさんの炎は、深呼吸と共に激しく燃える。やがて炎は静まり、刀身に収束される。


 周囲の温度も上がり、"いつもの感覚"に近付く。


 ミネールさんが息を吐く度、空気が焼ける音がする。


 その姿を見た和ノ信は黙り込んだ。その後、雷が奴の身体に落ちる。激しい光の中で動く姿を捉える。落ちた稲妻を伝って、和ノ信は上空へと移動した。


 ユキーマさんは直ぐに宙に箱を生成する。


 その箱を足場にして和ノ信の元へ4人は駆け登る。常に箱の下から質量分の力を加え続け、浮いてるように見せてる。その上を僕達が乗っても一切揺れない。僕達の体重、力の入れ具合、そこから予測した脚の着地点、箱の生成速度。それはユキーマさんの繊細な力加減。極められた精度。


 ユキーマさんの努力によって、僕達は空中戦を制する。


 和ノ信は雲から伸びる雷に吊るされるように浮いて、雷雲を伝って自在に行き来する。


「不可解な能力だ。努力の賜物か」


 和ノ信は両腕を突き上げ、滲み出る雷を雷雲へと放出した。


「ならば応えよう___」


 雷雲は青と赤の光を交互に繰り返し、やがてその光は1つになる。


 【紫雷這龍(しでんはいりゅう)】


 艶やかで怪しい紫に光る雷雲。その中を、まるで海を泳ぐ龍を思わせる紫雷(しらい)が横切る。


 雲に近い場所。


 雷の到達時間は地上の何倍だろう。体感はもっと速いはず。


 雷雲の中から唸るような音がする。


 常に地上が振動してる。怯えるようだった。


 そして雷雲を泳いでいた龍に見据えられ、咆哮を一つ。


 目の前が真っ白になる。気付いた時には、僕は建物を数個欠損させて瓦礫に埋れていた。


 脳が痛覚に追いついた時、全身を貫くような痺れがした。


「ああああアァァアァァア!!!」


 瓦礫に埋もれた身体を動かそうとすると、入れた力が声に変わる。未だに全身に帯電する紫雷が、巡って身体を突き刺す。


 左義肢で近くの鉄骨を掴むと、紫雷はそこを通って逃げていく。


 治りつつある身体の痺れを、歯を食いしばって堪える。何とか地面に立ち上がる。


 何が起きたのか、わからなかった。


 紫雷(しらい)……速度は青い雷以上で、威力は恐らく赤い雷に匹敵するかそれ以上か。


 2つが合わさって、互いの長所を伸ばしまくった感じかな。


 瓦礫の下を掻き分け、弓が無事なことを確認し、矢の本数を数えてから矢筒を右腰に取り付けて背中に回す。


 紫に光る空を見上げて、"見る"。


 必ずある。隙は、絶対に。


 その時、ふと思い出した。


 地面を蹴り、上空に設置されている箱を更に蹴る。雷雲スレスレの場所で、ミネールさんとヤマターニさんは攻防を繰り広げる。


 しかし、さっきのような和ノ信の間合いに入れない。


 僕はヤマターニさんの元へ移動する。


「ヤマターニさん!あの___」


 ミネールさんはとにかく突っ込む。何があろうと突っ込む。その手助けをする。導く。それが僕達の役目。


 ヤマターニさんは僕の周りに黒鉄球を3つ配置してから、和ノ信方面へと跳ぶ。


 僕は矢を引く。左義肢から軋む音はしなくなった。身体に馴染んだみたい。弓が撓(たわ)むと重い金属が軋む音がする。この音が好きなんだ。


 激しく鳴ってる筈の空が、静かに聞こえる。


 弓が撓む音のみに耳を傾け、風を肌で感じ、ミネールさんと和ノ信の動きを"見る"。


 僕の元へと落ちる紫雷を、周囲の黒鉄球が引き寄せて受け流してくれる。


 お陰で、集中は切れない。


 和ノ信に近付いたミネールさんが、紫雷の動きを察知して後退。紫雷の光を利用して和ノ信の死角へと回り込む。それに反応し、和ノ信は紫雷を落とす。


 ここ。


 紫雷が雷雲から落ち、ミネールさんへ到達するコンマ数秒。


 ミネールさんの頭上を僕の矢が通り過ぎる。


 紫雷は僕の矢に惹かれ、誘惑に負ける。


 和ノ信はミネールさんに掌を向ける為、腕を動かした。


 その瞬間、和ノ信の腕は勢い良く弾かれた。


 ヤマターニさんの黒鉄球を、ユキーマさんの箱で囲んだ連携。ユキーマさんの箱だけでは成し得なかった移動を、ヤマターニさんの黒鉄球が可能にした。和ノ信からすれば、目に見えない超重量の鉄球を超高度の箱で囲んだ物体が、意識の外から直撃する。


 避けれない訳がない!


 胴体ガラ空き!!!


 ミネールさんは太刀を振り下ろす。


 【残火(のこりび) 残火送風(ざんかそうふう)】


 空気に擦れた刀身から、有り余る炎が溢れ出る。


 美しい弧を描き、和ノ信の胴体に眩しい火花を散らした。


 空の龍の咆哮と共に、和ノ信は地上の街を抉って煙を上げる。


 街を引き摺る煙にすらも擦れて炎は巻き上がる。


 静かになった。


 これも錯覚なのか。激しすぎる音が継続してたせいで、普通の雷の音が大人しく聞こえる。


 でも何故だろう。


 雷の音が、やけに怖く聞こえる。


 




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