72話ー凛花ー
鹿子木の能力で橘花は劣勢に見えた。
しかし、鹿子木は限界に近付いていた。
立ち上がることすら難しい状況は続く。
ーJEA福岡支部ー
鉄を吸収し過ぎたすのへ、宙を這う鉄は向かっていた。
橘花は試していたんだ。すのの吸収に上限はあるのかを。
悔しい。見透かされた感覚。
いや、悔しいで終わってたまるか。そこで終わらないのが私達なんだから。
瀬川がすのを援護する為に幾度となく放っていた矢は、この空間の四方八方に散らばって突き刺さっている。わざとやったの。
地面に刺さる矢2本と、対極に位置する天井の矢1本を繋ぐ!
【繋 三角州】
3本の矢筈から伸びる熱線は中心点へと集まる。中心点ドンピシャを、橘花の鉄は通過して反る様に3方向へ分かたれた。
鉄は、すのを避けるように通り過ぎる。熱線によって焼け斬られた鉄は機能しないようで、ほんの数秒程度だけどその場に止まっていた。
その数秒が、この戦況を大きく変える。
すのを包む、白い冷気。
すのの身体は冷気に触れ、激しい蒸気を噴き上げた。
【凛花乃雪 乗風霜】
陸は双刀の刀身を重ね合わせて霜を造り出し、想の風に乗せてすのへと届ける。
止まっていた橘花の鉄が動き出し、3方向からすのを攻撃する。
「厄介この上ないですねぇ」
3本の鉄が突っ込んだ場所に、すのの姿は無い。
「身体を冷却したというわけですね。糞無駄な判断だとご理解頂きたい」
「そげん言うても、背後取れるくらいには動揺しとうよ?」
【浮与羽 反重力】
セロリは橘花の背中に両手で触れる。
橘花の全身を黄緑色の想で一瞬包むと、セロリを避けようと地面を蹴ったきり、奴の足が地面に戻ることはなかった。
完全に浮いてる。
"私の想は使いどころ難しいけん。でも、ハマったら皆戦いやすくなるばい!"
戦いやすいなんてもんじゃない。勝ちに必要な能力だよ。
【大想 鉄渓流槍です】
橘花の腕の動きに合わせて、刃が突起した鉄の流れが造られる。自在に操ってるし、速くて重い。そんな音がする。
鉄が大きく畝っている間に、セロリは私と陸の肩に手を触れた。
「マズい予感したけん、皆軽くしちゃる」
セロリに触れられてから確かに身体が軽い。でも重力は足に乗る感覚。繊細で器用な想の調整……。
セロリは想を切らさないように常時腕を力ませる。私はセロリを庇うように守りながら、鉄と橘花の動きを目で追い、矢の位置を把握する。
熱線を長時間繋げば想を消費するし、余計に警戒される。チャンスを見逃すわけにはいかない。
すのは、最光度を保ちながら橘花と対等に殴り合う。鉄の動きは予測不能で、槍状に突っ込んだと思えば触れる直前で形を変える。それに対し即座に反応するすのの集中力も凄まじい。
すのの小槌とぶつかり合った鉄は吸収されるより先に退避し、次の攻撃への流れを作り出す。
その激しい攻防のすのへ、欠かさずに冷気を送り続ける陸。
場は常に蒸気に包まれる。すのの緋い光と、それに反射する橘花の鉄を頼りに空間を把握する。
橘花の攻撃はすのに集中しているものの、私達にも鉄は伸びて来る。奴は身体を宙に浮かせながらも周囲を把握し、流れる鉄に触れる事で姿勢と位置を制御していた。
土壇場での応用力……。さすがゾディアックと言うべきね。聞く話によれば、デュロルには更に上の存在が居るんだよね。"鬼"……だっけ。橘花にはツノが無いのにこの強さ。
一体……"鬼"はどれだけ強いの……。
数時間に感じる数分が過ぎた頃、私達に来ていた鉄は陸に行くようになる。
すのを冷却する陸を先に狙う戦法に変えた……。
消耗戦は不利……。
早期決着を判断した瞬間、耳を疑った。
【極想 溶鉄激流槍】
消耗戦はお嫌いですか。その想いを汲んで、終わらせに参りましょう。
藤長、彼は今戦において目立った活躍はしていません。故に想を多く残しています。
そうなると、鹿子木への冷却は半永久に続いていきます。それは糞厄介です。
瀬川の矢も厄介ですが、それほど脅威にはなりません。矢を排除する間に鹿子木に隙を突かれてしまうのです。
松尾の反重力化は、有意義に使わせてもらっています。有難うございます。
想を循環する戦法の私にとって、想を吸収されることは良くないのですよ。
なので、最優先に排除するのは藤長です。
【溶鉄激流槍】、使いたくありませんでした。プライドに反する技です。私の全ての鉄を収束し、最速かつ最高威力の必殺技ですから。
宙に漂いながら姿勢を操り、地上よりも速く腕を振れます。
槍は私を横切り、東京3区を呑み込む程の凝縮された鉄が、瞬き1つの間に対象へと到達するのです。
藤長と鹿子木は避けれても、瀬川と松尾には溶鉄片が貫くんですよ。事実、既に何本か貫きました。
苦しいですよね。苦しくないわけないですよ。
この溶鉄が身体へ触れた瞬間から、徐々に鋼鉄化が進むわけですから。
この2人はこれくらいで良いでしょう。
あとは残る2人、特に藤長へと攻撃を集中すれば良いのです。
まだ身体は宙に浮いてます。松尾は生きてるようです。この機会を思う存分に使いましょう。
身体の畝りに合わせて溶鉄を螺旋させ、4つに分けて別方向から向かわせる。
その瞬間、この空間を複雑にレーザーが行き交いました。
4つの【溶鉄激流槍】を何とか操り、レーザーに擦る程度で済ませました。急遽4つの内1つを、私の身体を移動させる為戻しました。
瀬川も、まだ生きているのですね。
そろそろ下半身は動かなくなる頃というのに。
そのお陰で、糞動き難くなりましたよ。
先に瀬川?いや、藤長でしょう。迷う必要は無いです。
残る3つを上手く操り、1つで鹿子木を吹き飛ばすことに成功しました。この技でも、身体を貫けないほど硬いんですね。
でも触れました。鋼鉄化が始まります。
そして、鹿子木が吹き飛ばされたことによって、藤長……油断しましたね。
私の動きと鉄から目を逸らすなんて。
最期に見た景色に後悔はありませんか。
優雅で美しい曲線を描いた2つの槍は、藤長を捉えました。
「チェックメイト……」
藤長の頭部は胴体と離れました。
ん……歪んで消えた……?
胴体も……霧となり消え入った……。
【大想 凛花乃雪 鏡凛乃霜】
いつからですか?
私が見ていた彼は、いつから偽物でしたか?
私がいつ、彼から目を離しましたか?
私には理解しかね___。
"先に瀬川?いや、藤長でしょう。迷う必要は無いです。"
まさか……。
あの一瞬に……ここまで精度の高い"入れ替わり"が出来ますか?
嗚呼、成る程。
待っていたのですね。
まだ私は浮いていて、レーザーも入り乱れています。
彼女たち、糞死ぬ気で耐えているんですね。
私はこのまま身を流せば、レーザーに焼き切られてしまいます。
鉄で押して避ける方向は1つしかありません。
私をそこまで誘導したんですね。
腹部が鋼鉄化しながらも、鹿子木は私を待ち構える……。藤長はまだ姿を現さないんですか。
ここまでが全て、連携とでも言うんですか。
私は彼女らの思うがままに、唯一避けれる方向へ鉄で押します。
一瞬の筈が、やけにスローに見えます。私の敗北を刻み込むようです。
変なとこで、感覚が研ぎ澄まされるわけですね。
全て見えているのに鉄は鹿子木に届かず、緋く輝く小槌は私を挟みました。
【深炎 暗夜失炎】
腹と背に触れた小槌は激しく火花を散らし、眼も当てられない程の輝きは失われました。その瞬間にレーザーも消えました。
腹と背の熱は体内を深く焼き尽くすようで、既に穴が開いていても可笑しくないです。
明と暗の落差に視力は置いていかれ、気配のみが背後に伝いました。
【凛花乃花 弔】
焼け爛れた感覚の腹部へ、1本の刀身は入り込みます。
やっと姿を見せましたね。
片方の刃は私を貫く刀身の鞘付近へ触れ、刀身には氷が纏っています。
そのまま私は地面に向けられ、刃と共に背を着きました。
藤長は貫く刀身を引き抜きます。しかし、凍った刀身を模した氷は絶えず貫き続けています。
戦場で地面に背を着けたのは何時ぶりでしょうか。
一瞬でした。
勝ちを確信したあの時から、私が背を着くまで。
胴体を貫いて地面に刺さり残る氷は、血管を伝って全身を凍らせていくのが理解できます。
意識が遠のいていく中、氷は花の様に……。
凛を思わす花を咲かせていました。
"悲しんでるあなたを、それでも愛する"
死ぬ間際に花言葉が過ぎるなんて。
藤長、君が見せた最後の涙は誰に向けたものですか。
きっと私の手で殺めた命なのでしょう。
私の亡骸を糧に咲いた一輪の花は、君の涙を喜んではいませんでした。
それでも君に向けられた愛は私の身体を巡ったのです。
血を吸って凍った花が陽の光に照らされ、優しい明かりを見せました。
デュロル組織【世界デュロル保護機構】
第3ゾディアック【寅】
橘花 現成 絶命。
橘花の身体のように動き回っていた鉄は地面へ崩れ、灰の様に空気に混ざり、やがて消えていった。
私とセロリを蝕んでいた鉄も効力を無くした。あと少し遅かったら意識が飛んでた。
ゾディアック相手に、私達4人は自分の足で立っている。
4人、無言で目を合わせる。
今にでも力を抜いて座り込みたい。
でもまだ、この戦いは終わってない。
橘花と戦ってる間に、大阪支部が攻め落とされたと聞いた。
福岡支部の皆を救護した後、応援に向かう。
ー愛知県 上空ー
ジジッ
「関西地方を覆っていた超大型雷雲は、現在名古屋を通過中です。目的地は東京と思われます!」
させない!
ジジッ
「周囲の支部も追い付けず、ゾディアックも同様に名古屋上空を通過中です。速すぎる!」
僕らの家を壊しといて、更に東京になんて向かわせない!
【球槌 迷宮根】
山谷さんの放った黒鉄球25個が、雷雲に引っ付くように高速移動するデュロルへと向かう。雷雲から数本の稲妻がデュロルの身体を支えていて、その稲妻は近付く黒鉄球に気を取られる。
デュロルは僕達の存在に気付くと、1本の稲妻を目の前に落とした。
落ちた場所に、既にデュロルが立っている。
そのデュロルの額には2本のツノがある。ダルディエゴのと似ていて、でもズッシリと貫禄のあるツノだ。
胸部の装甲全体に大きな猪の模様があった。僕達を見据えるようで、絶対的な自信すら感じる。その模様だけで、本能が竦む感覚。
「俺は世界デュロル保護機構のゾディアック 吉岡 和ノ信だ。鬼の名【雷鬼】を授かっている」
凄い……全身の細胞が怯えるような重圧。
「おうおうおう!随分と余裕だな和ノ信さんよぉ!」
峯岡さんは堂々と張り合っている。さすがだよぉ。
「余裕?とは?最初は名乗るのが礼儀であろう」
「んぐぬ……確かに!」
納得しちゃうんだ……。
「俺は"大阪支部"の!!大阪チームエル・ソルの峯岡 卓だ!!お前をぶった斬る!!」
「威勢だけは認めよう」
「んだとおお!?」
熱くなるミネールさんを、由紀さんが宥める。
「俺は雷を使う。お前らは何を使う。エル・ソルならばさぞ強い力を使うのだろ」
「はあ!?言うわけねえだろ!!お前能力バラしたな!手間が省けたぜ!!」
僕たち雷を追いかけてきたんだよミネールさん……。
「ん?能力をバラしたところで何がマズい?手の内晒して負ける程、小心者ではないぞ」
「んああああ!!」
挑発したつもりが、逆に煽りを受けてる……。ミネールさんと和ノ信は相性悪いな。
「俺は油断などしない。戦るからには、本気で掛かってこい。気付いたら死んでいた、なんて最期は悔やまれるだろ」
この言葉からも伝わってくる自分への絶対の自信。
和ノ信……今まで見たデュロルの中でも、強さの格が違うってわかる。
まだ刃を交えてないのに、強制的に理解させられる感覚。
それでも、僕達はここで倒す。
倒さなければならない。
少しでも千歳の負担を減らす。
その為に、僕達は強くなった。




