43話ーDeep Swampー
8本の腕から繰り出される剣撃に、千歳チームは苦戦する。
流水は、苦戦の中で連携を見せた千歳チームの前で、ある疑問を抱いた。その疑問は過去へと問いかけた。
ー流水 定太 8歳ー
連れてこられた場所は陽も差さず、薄暗くジメッとしていた。4畳の狭い空間に1人閉じ込められる。見た感じ廃墟のような場所で、そこに居るだけで不安と恐怖を感じた。
1日2回の食事は簡素で、味も無かった。1日に1度、深くコートを被った大人に部屋から連れ出され、酷く拷問を受ける。俺たち子供はワケも分からず、ただひたすらに怖い思いをした。
その拷問方法は子供によって違うらしい。俺の場合は、木刀を渡され、大人と子供の本気の殴り合いをさせられた。それは毎日続き、次第に絶望していった。ずっとこれが続くのか、俺があの大人に勝つまで続くんじゃないか。ただ、死なせてはくれない。ギリギリのラインで生かされる。
俺はふと、心の奥底で独りになった。木刀で打たれているのに、静かだった。
"お前には何本腕があったって足りない!弱いんだよ!弱すぎるんだよ!"
腕が多ければ強くなれるのかな。
腕が多ければ、痛い思いしなくても済むのかな。
腕が欲しい。腕が!欲しい!!お願いだ!!
現実を見やると、俺の腕は4本になっていた。デュロルの身体という代償を得て。
「うん、デュロルになったね」
大人はそう言い残して部屋を去った。俺は部屋に転がるボロボロの木刀を4口拾い、大人を追いかけた。
「待てよ!逃げんじゃねえ!」
俺は何も考えずに追いかけてしまった。
「元気なことは良いことだけど、態度は改めた方がいいかな」
その大人には追いつけなかった。子供じゃ大人に追いつけないんだと、この時の俺は感じていた。
その日から大人は顔を見せるようになった。
「すまない。エキポナに侵入されて、君を見つけるのに時間がかかってしまった。君もデュロルになってしまったのか……助けるのが遅くなって、すまない」
深々と頭を下げた。
そこには他の子供達も居た。恐らく、俺と同じでデュロルになってしまった子達だろう。一体いつエキポナが侵入し、いつ助けられたのかわからずに腹を鳴らしていた俺の横で、他の子達は希望に満ちた表情をしていた。俺同様に酷い目に合わされたろうに。気付いていないのか?
「エキポナは君たちに酷いことをしただろう。俺達も同じだ。エキポナによってデュロルにされた。だからこうして、同じ境遇の子達を救って、同じ目に合わないように、デュロルとして強くなれるよう教えているんだよ」
俺だけがこの言葉に、強い吐き気と嫌悪感を覚えた。
ここを絶対に抜け出してやる。そう覚悟した。だが、まだデュロルとしての生き方がわからない。せめて能力の使い方や、噂には聞いていた人を食べることの意味を理解してからにしようと心に決めた。
それから、それぞれの能力に合わせた練習という名の強制訓練をさせられ、3日に一度、気絶した人を食べさせられた。デュロルの協力者だそうで、自ら進んで食べられることを望んでいた人だと言われた。俺は大人に気付かれないよう嗚咽し、無理に腹へと押し当てた。
確かに、食べる前と食べた後では、精神の安定性が違った。飢餓状態では、少しのことが不安になり、何もかもが怖くなった。能力もいつも通りに使えず、身体は言うことを聞かなかった。捕食後はボヤけていた視界も晴れ、能力をいつも通りに使うことができた。何らかの栄養があるのかわからないが、人を捕食することは絶対だと学んだ。
一度、その場所を抜け出し、裏に続く山の中で息絶えそうになった時、猪を捕食した。だが、人を捕食した時のようにはいかず、精神が不安定なままだった。倒れた俺は大人に見つかり、その場所に戻されることとなる。
俺は個室に入れられ、大人2人に圧をかけられた。
「どうして、裏の山に行ったのかな?」
「ちょっと、外の空気吸いたくて」
「それなら、僕達に言ってくれればいいのに、危険なことしなくても吸わせてあげたよ?」
「……」
「正直に言ってごらん?怒ったりしないよ」
そう言った時の笑顔は、引きつった口に、無理に目尻にシワを寄せた不完全で不気味なものだった。
「俺はここが嫌いだ。お前達が俺にしてきたことは許してやるから、逃げさせてくれ」
俺の目線まで腰を落とした大人は、気色の悪い笑顔のまま口を開いた。
「うん、やっぱりガキは嫌いだな」
「バカなガキだけじゃないって、あれほど言ったのに、聞かなかったのは市中だぞ」
「うん、殺していいよ」
目の前の大人は振り返って部屋を出た。もう1人、壁に寄り掛かって腕を組んでいた金髪でレザージャケットを着る男は俺に歩み寄ってくる。
俺は隙を見て男をすり抜け、何とか外に出た。必死に走った。だが、地面はおかしな方向へと傾き、進む方向を遮るように地面はズレ上がった。
「逃さねえぞクソガキ!!」
俺の両足は割れた地面に挟まれ、身動きが取れなくなる。遠く後ろの方で声が聞こえたから、少しの時間は捕まらずに済む。どうにかして抜け出したい。腕を4本生やして地面を掻き分けてもびくともしない。もう、追いつかれる。どうにかして……どうにかしないと……。
普段の俺では考えつかないことが、ふと脳裏に過ぎった。
"斬り離す!"
俺の手の平から白い刀が伸びていく。自分の足を斬り落とすことに抵抗は無かった。また捕まってあの場所に戻るくらいなら安いもんだった。思う程脚は硬くなく、少し力を入れただけで斬り落とすことができた。それからは死に物狂いで、4本の腕を使って走った。
走り続けて5時間。追手の気配は無くなっていた。人を捕食して数日経つと、失った両脚は元通りになっていた。こうして俺のデュロル人生はスタートする。
家に帰ると、家の目の前にカメラを持った報道陣の群衆と、パトカーが止まっていた。
「あそこの流水さん家、子供が拐われてから親御さん達の姿も見なくなったわよね」
「息子が拐われて、自暴自棄になって心中でもしたんじゃないの?子供に対しても厳しい人だったから、自分にも厳しくしちゃったんだわ」
「可哀想に。それか、デュロルになった子供が帰ってきて喰い殺したとか?」
「あらま!悲惨だわぁ〜」
家も無い。親も居なくなった。帰る場所なんて無い。これは、誰の所為なの?
俺の所為じゃない。全部、あのデュロル達が悪い。どう考えたってそうだ。あの人達に、俺が連れてかれたから。連れてかれなかったら、俺は親と居る人生だった。それが一瞬で崩された。
激しい目眩の中で、あの言葉が蘇る。
"弱いんだよ!弱すぎるんだよ!"
弱いからいけないのか?弱いとこんなにも理不尽な事は起こるのか?強ければ生きてて辛くないのか?強ければ、楽しいのか?
強ければ、あのデュロル達を見下すことが出来るのか?
俺はその日から、強くなることだけに固執して生きてきた。
そして、今から4年前、鬼神関連でデュロルになってしまった同士に出会う。
1人は、天狗のデュロルにさせられた中林 花男の従兄弟で、世界デュロル保護機構のゾディアックである橘花 現成に両親を殺された、櫻木 冬樹。
もう1人は、家族旅行中に居合わせた鬼神の幹部、上河原 良太に両親と兄弟を捕食され、満腹になった上河原に能力で飛ばされた際にデュロルになった、覇道 アステルターニ 。
同じ鬼神に恨みを持つ者達でチームを結成し、対鬼神に向けて能力を鍛えていった。
デュロルとしてチームを組んで表立たずに活動していると、"世界デュロル保護機構"と名乗るスーツを着た人物が接触してきた。所謂、勧誘だ。どこで目を付けたのか知らないが、概要などの堅っ苦しい説明をされた。
俺らに提案された仕事として、11人のゾディアックのうちの1人、橘花 現成の傘下チームの手伝いだった。
詳しく説明されるうちに鮮明になっていく橘花という男に、櫻木は激昂し、スーツを着た人物を殺害する。
そして3年前、俺と同い年の奴らの手によって、鬼神は壊滅した。
俺らは目標を変える。ゾディアックと呼ばれる橘花の殺害の為、世界デュロル保護機構を誘き寄せる為にデュロルを殺していった。
ゾディアックを狙っていると言いふらすことで、嗅ぎつけた世界デュロル保護機構の者を殺し、殺しまくって、やがて来る橘花を討つ算段だった。
行動を開始した俺らは、自分達の思う以上に強く、かのチームエル・ソルまでも倒すことになる。俺は無意識に楽しさを満喫していた。だって強いから。
昔には見れなかった、皆の驚く顔と、俺を怖がる顔が嬉しくてたまらなかった。やがて楽しさを求める欲も増していった。
強いから楽しい。楽しいはずなんだ。
楽しかったのは確かなんだ。
だけど、今目の前に居る千歳を始めとした4人には、楽しさを感じない。
俺の脳裏に散々語りかけたあの言葉が、やけにうるさく聞こえる。
8本ですら足りないのか?もっと必要なのか?
「腕を……腕をもっと……増やせば強くなる!」
「腕が増えたからって強くなるわけじゃねえ!」
俺の全てを否定されたようで、俺ですら認めなかった奥底を肯定するかのように。
「腕が何本あったって強さは変わらねえ!強くなりたいって気持ちが!強さだ!!!」
何年も俺に纏わりついた言葉の縄がスルスルと落ちていく。
「確かに腕が増えたら手数も増えて大変だった!だけど、1口の刀を振るった時の想いは強かった!!」
とにかく強くなること、とにかく多くの腕を使いこなすことだけに集中してきた俺は、多くの腕を生やした状態が、多くの想を使えると勘違いをしていた。
多くの腕を扱う時点で、想を大量に使うのは当たり前だった。そこを見失っていたんだ。
親からもらったこの2つの腕に、全てを集中すれば良かったんだな。
子供の頃から、たった今までずっと縛られてきた想いは、1人の男によって認められた気がした。
その男は、俺がデュロルになった元凶を討った。同い年のこの男に認められたことは、今まで踠いて足掻いて掴んできた楽しさとは違う、嬉しさがあった。
後方へ引かれる目に見えない力を頼るように、背中から生える6本の腕は塵となって流れる。体は軽くなり、力に引かれ続けるも、それに耐えて動き回れるほどの想を全身に流せた。そのお陰か、雷によって痺れていた全身は治っていく。
右手に集めた想は、丁寧に、丁寧に1口の骨刀を作り出した。流れる小川に反射する太陽の光によって、それは白く輝きを増していた。
流水の全てを、受け止めてみろ。
「行くぞ千歳!!」
「おっしゃ来いや!!」
俺の振るった骨刀は、千歳の剣速を超え、千歳の左腹部を斬っていた。
「速え!!痛えええ!!」
千歳の刀を予測できる余裕まである。勢いを流す千歳の型も追いつかず、擦り傷程度に次々と体を斬っていく。
度々周りからの援護攻撃も的確に見抜き、斬り傷をつけていく。
「千歳くん!強くさせちゃってどうするのよ!」
「悪い!こんなに強かったなんて!驚いちまった!!」
心の底から、楽しい。強さを認めてもらっている。涙を流しながら、楽しさを実感している。
「千歳!まだこいつには滝原の磁力はくっ付いてる!俺の雷もまだ残ってるから、引っ張られる力は相当の筈だ!」
「そうね!千歳くんの刀を避ける時に、若干後ろに下がってる!」
「千歳さん!あと1分程しか磁力は保ちません!」
「わかった!ありがとうみんな!!」
周りは何か叫んでいるようだが、今の俺には聞こえない。楽しさに集中してるんだ。
「一瞬の!隙を!突く!」
千歳は言葉通り、避けた体勢の俺を刀で押し込んだ。後ろに引かれる力に足が追いつかず、よろけるように数歩下がってしまった。
その一瞬で千歳は首元をいじり、プシュッという音を響かせる。
俺が体勢を整え、踏み込む時。
既に千歳は、全身を蒼白く光らせていた。
感じたことの無い量。周りから集まってくる。
幻想とも思わしき、白き想の巨影を見せながら。
「その……白いのは何だ……」
目に見える程の、濃い想が集まっているのか。
"想"とは、想いそのものを力に変えるもの。目に見えるはずがない。しかし、目に見えてしまっているのも事実だ。千歳の能力なのか?
それに白い想は、他3人から溢れるように出ている。3人はそれに気付いているのか?とにかく、真っ直ぐな眼差しで千歳を見つめている。少しの不安も見せず、尚且つ信じきってる顔で。
「この蒼白い光のことか?これはな、俺の信頼できる仲間が開発してくれたんだ!凄えだろ!」
「違う、後ろのだ」
「え?後ろ?高千穂のことか?」
千歳自身には見えてないのか?
「まさか、ヒョーゾーが見えんのか!?」
ヒョーゾー?どうやら千歳には見えているらしい。ヒョーゾー……どこかで聞いたことがあるような……ないような。
「まあいいや!あと40秒くらいしかねぇから急がねえとな」
そう言うと、千歳は目を閉じて深く息を吸った。俺は後ろの白い巨影に気を取られながらも、千歳に斬りかかった。振り下ろした骨刀は一切の擦りもせずに、小川の水を弾ませた。避けられたことさえ気付かなかった……。
「お前の想いは伝わってる!今まで大変だっただろう!けどな!人の命を軽く見たことは許さねえ!デュロルだって1つの命だ!!奪っていいわけがねえ!!!!」
千歳は先より増して蒼白く発光する。
俺は命を軽く見ていたのか?
一瞬で間合いを詰めてきた千歳を見ながら、まるで走馬灯のようにして、過去が入り乱れる。
悲痛に叫んで命を乞うデュロル達が、俺にまとわりつくようだった。自分が生きたいと思うように、叫んで死んでいったデュロル達も同じ気持ちだったのか。俺が捕食した人間達でさえ、生きたいと思っていたんだよな。
俺の中で、様々な命が交差する。
強いと、命の重さまでわからなくなってしまうのか。
何故、デュロルになんて成ってしまったのか。
俺らは、望んでデュロルになったわけではない。デュロルが故に、奪わなければならない命。あの孤独な世界に陥った瞬間を、身体が染みる程に覚えている。覚えているが故に……矛盾を思い出す……。
あの一瞬……ほんの一瞬……デュロルになれば楽になるのかと……少しでも望んだ俺がいた。
望んでいないデュロル。しかし、一瞬は望んでしまった。その一瞬を見逃すまいと、入り込まれたように。
"何故俺たちは、無実の命を奪わなければならないんだ"
"デュロルになった以上、仕方がないことなんだ"
"あいつらさえ居なかったらさ、俺らって、『普通』に暮らせてたんかな?"
"ああ、必ずな"
デュロルの期間が長くなるに連れて、命への執着は無くなっていく。自分が生き残る為には仕方のないことだと言い聞かせて。やがて命を奪う言い訳を辞めてしまう。無意識のうちに。
そうやって俺らは、深い沼の底まで沈んでいった。一度入ったら、抜け出すことのできない底無しの沼に。
抜け出すことはできるのか?どんなに足掻いても、少しも光が見えない。
一度でも、命を奪ってしまった者の宿命なのだろうか。
これも全て、デュロルに成ってしまったから。
俺には、余りにも代償が大き過ぎた。
千歳……頼む……デュロルを……俺を……助けてくれ……!!
もう俺には、こうすることしか出来ない。今まで自分を見失い、大切なものさえ分からなくなっていた。死んで報いることさえ許されないことをした。だからこそ、頼む。
「もちろんだ!!!お前は!強い人間だよ!!」
千歳はこんな俺にでさえ、"人間"という言葉で呼んでくれるのか。
【想太刀 雹千火 飛斬罰文字】
千歳は一瞬にしてバツ字に刀を振るった。形として添えた骨刀は、紙切れのように斬り裂かれる。艶絵世右寺に蝕まれた胸元をなぞるように1口、その斜めの傷口に縦へ1口。深く胸部へと入り込む刀身に、反射的に後退する。脚の力が抜けたと同時に、後方へと引っ張られる力に身を任せて飛んでいく。
千歳から放たれた目に見えるほど歪んだバツ字の斬撃は、辺りの竹林を両断しながら、俺の後を追ってくる。
やがて俺の背中は岩肌の崖へ衝突する。その衝撃でさえ、岩肌の崖を砕いていた。
追いついた斬撃は俺諸共、岩肌の崖に巨大なバツ字を刻んだ。崖に直撃しても尚、勢いを止めない斬撃は、竹林が倒れる音と共に轟音を響かせる。その勢いに跳ねた小川の水飛沫がパラパラと身体を濡らす。
身体に深く刻まれたバツ字の傷は、脊髄にまで達し、痛覚の限界をとうに超えていた。
これが、命を奪った者の最期なのだと。
心の芯から感じることができた。
後は任せたぞ。
千歳……。
一般人死傷者27名、エキポナ死傷者56名、デュロル死者78名。
組織名「Deep Swamp」 流水 定太 絶命。
総死傷者75名、総エキポナ死傷者104名、総デュロル死傷者107名。
デュロル組織 「Deep Swamp」 壊滅。




