7話 聖教会の書類仕事を手伝う
大聖堂での華々しいお披露目、そして王宮への厳かな拝謁。
環境の激変に伴う一連の行事は、瞬く間に過ぎ去っていった。
「つ、疲れた……!」
息つく暇もなく押し寄せる儀式の数々に、私は心身ともに消耗し、机の上へと突っ伏した。
クラヴィスが「ゆっくりして」と言い含めてくれた理由が、今なら身をもって理解できる。
どこかで息抜きをしなければ、このまま倒れてしまいそうだった。
「エリシア、聖女の務めは過酷だっただろう」
私の前へ湯気の立ち上る紅茶の杯を置きながら、レイフ様は優しく口元を緩めてくれた。
「私のためにお茶のご用意なんてなさらないでください……! どうかお気遣いなく!」
慌てて椅子から彼を見上げるが、彼は私の遠慮を気にする風もなく受け流すだけだった。
聖騎士団長の礼装を凛々しくまとったレイフ様は、一連の儀式の間も、常に私の傍らに寄り添ってくれていた。
私がわずかでも疲労の色を見せれば、その都度いたわるような言葉をかけ、支え続けてくれる。
(でも、私以外に対しては冷徹なお人なのよね……)
配下の聖騎士たちを指導する際の彼は、北方の凍土を思わせるほど厳格を極めている。
指導の厳しさに身を縮める団員たちの姿は、小動物のようで少し気の毒になるくらいだった。
「エリシア、儀式は一段落したから、後はくつろいでくれ。何かしたいことがあれば、私が便宜を図ろう」
「そう言われても……。何をすれば良いのかしら……」
腕を組み、紅茶から立ち上る湯気を眺めながら思案する。
今の私の立場なら望めば何でも叶うのだろうが、自発的な娯楽など一つも思い浮かばなかった。
「今すぐ考える必要はない。今は英気を養うことに専念して、その後に考えても遅くはないはずだ。今まで、家の書類仕事をこなしていた疲労もあるだろう」
レイフ様の言葉を耳にして、私は不意に我に返った。
私にできること、そして今やりたいことが、一つだけ頭に浮かんだ。
私には得意なことが一つだけあるではないか。
「それなら……聖教会の書類仕事をお手伝いさせていただけませんか?」
「……執務を? エリシア、君がそのような雑務にまで身をやつす必要はない」
これまで私の望みなら何でも叶えようとしてくれたレイフ様だったが、この提案には眉をひそめた。
けれど、私は自分にできる役目を見出せた喜びで、むしろ意欲に満ちていた。
「私は聖女としてはまだ見習いの身で、神聖な力を一つも扱えません。だからこそ、帳簿の整理や書類の精査といった分野で、せめて影ながら誰かの支えになりたいのです。……いけませんか?」
「……君がそこまで言うのであれば……。わかった、教会の執務室へ案内しよう」
明らかに不本意そうではあったが、レイフ様は最終的に同意してくれた。
私はほっと一息ついて、目の前の紅茶をようやく口へと運んだ。
◇
休憩を終えて向かった執務室は、大勢の神官たちが慌ただしく行き交う空間だった。
私たちが室内へ足を踏み入れると、その場にいた全員が息を呑んで硬直した。
「聖騎士団長、それに聖女様……!?」
「ど、どうしてこのような場所へ!?」
気を遣わせて申し訳ないと思いつつ、私はあたふたとする彼らの前へ歩み出た。
「お忙しいところ申し訳ありません、私も書類仕事をお手伝いさせていただけないでしょうか。お邪魔になるようでしたら、すぐに退室いたしますので……」
私の言葉を聞いた神官たちは、一斉にうろたえて、同時に全員首を横に振った。
「聖女様にそのような雑務を強いるわけにはまいりません! どうぞ私室でお体をお休めください……」
恐縮する神官の前に、いつの間にか近づいていたレイフ様が威圧するように見下ろす。
「これは聖女の望みであり、私からの命令だ。彼女が手がけられる仕事を持ってこい」
氷のような無表情のまま、レイフ様は近くにいた神官に命令する。
この場に張り詰めた空気が流れるのを察し、私は慌てて割って入った。
「ほんの少しでも、皆様の負担を減らすお手伝いができればと思っただけなのです。できるだけ力を尽くしますので、どうかここにいさせていただけませんか……?」
私が身を低くして懇願すると、神官たちはさらに冷や汗をかいて顔を見合わせる。
「そ、そこまでおっしゃるのでしたら……こちらの未処理の書面を処理していただけますでしょうか」
神官達の中で最も年配と思しき男性が、畏縮しながらも山のように積み上がった書類へと視線を向けた。
「ありがとうございます! では、早速取りかかりますね」
最初に手に取ったのは、各地の教会における予算と決算の報告書だった。
私は実家での経験と前世の知識を総動員し、迅速に処理を進めていく。




