5話 レイフの猛烈な愛の告白
レイフ様が連れてきてくださったのは、人通りのない廊下の奥に位置する客室のようだった。
室内に華美な装飾はなく、小ぶりなテーブルと長椅子、そして部屋の隅に小さな寝台が備え付けられているだけだ。
レイフ様は、私の体を労るように長椅子へそっと下ろしてくれた。
「あの、レイフ様。これから私はどうすればいいのでしょうか……?」
私は、この世界がかつて前世で一度だけ遊んだことのある乙女ゲームの舞台であることを思い出していた。
しかし、記憶にあるのはきらびやかな学園生活の場面ばかりだ。
『聖女』などという単語は物語のどこにも登場しなかったはずで、この先に待ち受ける運命の道筋は見当がつかなかった。
募る不安を隠しきれないまま、私は長椅子からレイフ様を見上げる。
「この後に来る神官が詳細を説明する手筈だ。だがその前に、私から伝えておきたいことがある。私から君への、個人的な事柄だ」
「レイフ様から、ですか?」
私は小首を傾げ、彼の次の言葉を待った。
「……エリシア。前触れもなくこのような話をすれば、困惑させてしまうかもしれないが」
彼は無表情のまま、少しだけ言葉を選ぶように口元へ指先を添えた。
「ウィロー家の調査で君のことは知っていたんだ。丁寧な帳簿、柔らかな人柄……以前からずっと、気になっていた」
「私のことを……?」
思っていたよりも前から知られていたことに、私は驚きを隠せなかった。
彼は私の顔を見つめながら、ほのかに熱を感じさせる視線を向ける。
「君を見かけたのは偶然だった。馬車を止めさせていた折、木を登り始める姿が目に入り……気がつけば君の元へと足が動いていた」
「あの時はご迷惑をおかけいたしました……。受け止めたレイフ様にお怪我がなくて、本当に良かったです」
私の言葉に、彼は眉根を寄せて小さく頭を振る。
「それはこちらの台詞だ。それにあの瞬間、エリシアをこの腕に受け止めることができて……私が救われたんだ」
「私が……レイフ様を?」
レイフ様は、長椅子に腰掛ける私の正面へと回り込み、私の指先を優しく包み込んだ。
彼の肌の熱が手から伝わり、胸の鼓動が高鳴りを増していく。
「己の利害を顧みず、他者のために動く君の姿に、私は心を動かされた。損得なしに他者を救おうとする人間を、私はこれまでの人生で見たことがない」
「そ、それは、いくら何でも評価が過ぎます。この広い世界を探せば、私よりも優しい方などいくらでもおいでになりますよ」
私は頬に熱が集まるのを感じながら、それとなく彼の手から指を引き抜こうと試みた。
しかし、それを阻むように、彼の指先に力が込められる。
「レイフ様……!? あの、これでは落ち着いてお話ができません。どうか、離していただけませんか……?」
「それはできない」
「へ……?」
思わず変な声が漏れてしまった。
鍛え上げられた彼の指先は、私をその場に繋ぎ止め、身動きを取る余地すら与えてくれない。
「逆境に身を置きながらも、実の両親に毅然と立ち向かい、妹への慈悲を忘れない。……君が聖女に選ばれたのは当然の結果だ」
「あの、さすがにそれは褒めすぎです……!」
微笑み一つ浮かべず、淡々と紡がれる賛辞に、顔の火照りを抑える術がない。
これ以上は身が持たない。
そう告げようと口を開きかけた、その時だった。
「エリシア、私の……恋人になってくれないか?」
「は……え!?」
これまでにない奇妙な叫び声を上げてしまった。
冗談でしょうと言おうとしたが、無表情とは裏腹に、彼の瞳に宿る情熱があまりに真剣で、言葉が喉の奥に張り付いてしまう。
「出会ったその日にこのような申し出をするなど、不埒の極みだと思う。だが、今ここで想いを告げねば、君は聖女として別の誰かとの婚姻を定められてしまうかもしれない。そう想像するだけで……もどかしくなる」
「不埒などとは思いませんけれど、私達が言葉を交わしたのは今日が初めてです! 何かの錯覚ではございませんか!? どうか、冷静になってください!」
「私は、至って冷静だ。君をこの腕に抱きとめた瞬間から、馬車のなかで君と向かい合っていた時間も、ずっとこのことだけを考えていた」
彼の氷のような美貌とはあまりに不釣り合いな、熱烈な求愛の言葉に、頭が呆然としてくる。
返す言葉が見つからず、私はただ、困惑のままに視線をさまよわせるしかなかった。
「エリシア、私は本気だ。これほどまでに心を焦がされた経験は、生涯で一度もない。君の返事を聞かせてほしい」
「私の、返事……?」
私はどうにか彼の顔へと焦点を合わせ、乱れる思考を何とか組み立てる。
レイフ様は、落下の危機からも、両親による不当な罪の擦り付けからも私を救い出してくれた恩人だ。
いかなる輝きよりも美しい、白銀の髪。
空をそのまま映し取ったかのような、澄み切った青の瞳。
見る者の心を奪わずにはおかない、完璧なまでに端正な容姿。
(……こんなにも美しい人が、私を求めてくれているなんて嘘でしょ……!?)
彼を見つめていると、胸の奥の鼓動が早鐘を打つように脈打つ。
この感情の正体が何であるかはまだ判然としない。
けれど、私はどうにか言葉を絞り出した。
「私……レイフ様のことを、お慕いしているかどうかは、まだ分かりません。ですが、その、決して、嫌いではありません。考える時間を頂けませんか……?」
それが、今の私にできる精一杯の返答だった。
私の言葉を耳にした彼は、ほんのわずかに、氷が溶けるように口元を緩めたように見えた。
「それだけ聞ければ十分だ。エリシア、必ず君に選んでもらえるよう……全力を尽くそう」
彼は包み込んでいた私の手の甲へと、再び唇を寄せた。
彼の息をもつかせぬ攻勢に、顔から指先に至るまで、ただただ全身を熱く染め上げるしかなかった。




