4話 暴かれる実家の不正、連行される両親と妹
「そ、そんなはずないわ……なんで、よりによってこの女が……!」
周囲の神官たちがひれ伏すなかで、ルアナだけが身を震わせていた。
私を指差す指先は小刻みに揺れ、その瞳には敵意が燃え盛っている。
「おお、エリシア! まさかお前が聖女に選ばれるとは!」
そこへ割り込んできたのは、私の実の両親だった。
その表情には、これまでの冷酷な仕打ちなど忘れたかのように、卑屈なへつらう色がこれでもかと浮かんでいる。
「お前は我がウィロー家の誇りだ!」
「これで我が家も安泰、ますます発展を遂げるわね!」
その見事なまでの変わり身の早さに、私はむかつくほどの嫌悪感を覚え、顔をしかめてしまった。
これまで散々冷遇し、小間使いのように扱っておきながら、立場が変わった途端にこの言い草だ。
しかし、調子よくにじり寄ろうとした両親の前に、一枚の白い外套が立ちはだかる。
「エリシアに近寄るな、不届き者が」
私を背後に隠すようにして前に出たのは、レイフ様だった。
彼はその広い背中で私の身を守り、両親とルアナを冷ややかに見据えている。
「レ、レイフ様……?」
レイフ様の放つ圧倒的な威圧感に、両親、ルアナさえも硬直している。
その哀れな姿を、レイフ様は凍てつくような眼差しで見下ろした。
「明日、正式に告発へ踏み切る手筈だったが、手間が省けた。ウィロー男爵、お前には多額の脱税、ならびに隣国との禁制品密輸の容疑がかけられている」
「な、何をおっしゃいますか……!?」
「言い逃れは不可能だ。帳簿の改ざんを示す裏付けは、すでに網羅している」
家中の金の流れを管理していたはずの私ですら掴んでいなかった事実が、次々と明かされていく。
私は動揺を隠せないまま、信じられない思いで両親を見つめた。
「どういうことですか、父上、母上! まさか、私の作成した帳簿を裏で書き換えていたのですか……!」
家のためにと身を砕いてきた日々が、彼らの悪事を覆い隠す盾にされていたのだ。
あまりのショックに目まいがして、足元が崩れ落ちるような錯覚を覚える。
「ち、違います! そうだ、すべてエリシア、お前が仕組んだことだろう! ……レイフ様、聖女の犯した過ちであれば、国としても不問に付すのが道理ではございませんか!?」
聖女は国の安寧を司る、国の重鎮とも言える特権階級だ。
父親はあろうことか、私にすべての罪をなすりつけ、その立場を利用して保身を図ろうとした。
「……私は、決してそのようなことはしていません」
度重なる不実と冷遇、そして最後の最後でのこの仕打ち。
私の中で何かがぷつりと切れた。
レイフ様の背の後ろから出て、両親の目の前へと詰め寄る。
「私は、自分の帳簿計算の腕に誇りを持っています。火の車だった家計を、事業のやり繰りでどうにか繋ぎとめてきたのは誰ですか! すべてはこの家を守るためだった。それを、このような形で踏みにじるなんて……!」
胸の奥から湧き上がる憤怒のままに、両親を猛然とにらみ据える。
「私が残した正規の記録と、レイフ様が押さえた裏の証拠を照らし合わせれば、どちらが偽りを述べているかは白日の下に晒されます。……往生際悪くあがくのはやめてください、父上、母上」
私の追及に、両親は言葉も出ない様子でたじろぐ。
しかし次の瞬間、その顔に逆恨みの色が一気に広がっていく。
「エリシア……! 誰のおかげでこれまで生きてこられたと思っているのだ!」
父親が逆上し、私の肩を掴もうと腕を伸ばしてきた。
私は日頃の恨みを乗せて、本で見た一本背負いで床に叩きつけてやろうかと身構えた。
——その時。
「エリシアに触れるな、俗物が」
風が吹いたかと思うほどの速度でレイフ様が割り込み、父上を床へとねじ伏せた。
「ぐあ……っ!」
「あ、あなた……!」
組み敷かれた父親の傍らで、母親とルアナはただうろたえることしかできない。
「この者たちを連行しろ」
レイフ様は冷徹な声で、周囲に控えていた聖騎士たちへ命令した。
一連の出来事に圧倒されていた騎士たちだったが、その指示を受けるや否や迅速に動き出し、両親の身柄を拘束して大聖堂の外へと連れ出していく。
「放してよ! 私を誰だと思っているの!」
ルアナは騎士の手を振り払おうと必死に身をよじるが、鍛え上げられた男たちの力に敵うはずもなく、あっさりと自由を奪われた。
その姿を見て、私ははっと我に返り、ルアナの元へと駆け寄っていた。
「お待ちください! ルアナだけは……どうか、罪に問わないであげてください!」
「エリシア……?」
私の懇願に、レイフ様は怪訝そうな表情を浮かべた。
ルアナは、私の間違った愛情、そして両親の歪んだ教育の被害者でもある。
もし育つ環境が違っていれば、シナリオ通り周囲から愛される素直な娘になっていたはずだ。
「おそらく……妹はこの不正の件には一切関与していません。それに、本来は根の優しい子なのです。どうか、お慈悲を……!」
「……君がそこまで言うのであれば。形式上の身柄確保は解けないが、不当な扱いを受けぬよう、私から手配しておこう」
レイフ様が視線で合図を送ると、ルアナは騎士に伴われ、ゆっくりと歩き出した。
「……私を庇ったこと。お礼なんて絶対に言わないし、あなたを認めたわけでもないんだから」
すれ違いざま、決してこちらを見ようとはせず、ルアナはそう吐き捨てた。
もしもボタンを掛け違えなければ、私たちは手を取り合える本当の姉妹になれたのだろうか。
去りゆく背中を見送る私の胸を、冷たい寂しさが通り抜けていく。
「エリシア。大丈夫か?」
のぞき込んできたレイフ様の表情は、相変わらず冷徹そのものに見える。
けれど、その青い双眸には、私を案じるような色がにじんでいた。
「私は平気です……。ただ、もう少しあの子に寄り添える未来があったなら、と考えてしまって」
「君が背負う必要のない感傷だ。もう、何も案ずることはない」
言い終えるのと同時に、レイフ様が軽やかで無駄のない動作で、私の身体が軽々と横抱きにした。
あまりの出来事に頭の理解が追いつかず、思わず息が止まりそうになる。
「レ、レイフ様!? 周囲の目が……!」
「聖女エリシアは心身ともに疲弊している。私が直々に休憩室へ送る。お前たちは彼女を迎える準備を整えろ」
私のささやかな抵抗など耳に入らない様子で、レイフ様は私を腕に抱いたまま、大聖堂の奥へと澱みのない足取りで歩みを進めた。
ここまでご愛読ありがとうございます。
次回、告白回です。
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