3話 聖女誕生、騎士の誓い
選定会の会場となったのは、王都のなかでもひときわ高い権威を誇る大聖堂だった。
見上げるほどに高い天井と、色彩豊かなステンドグラスから差し込む光。
そこに集う人々の多さを忘れさせるほど、厳粛な空気が堂内を満たしていた。
「どうして、私が選ばれないのよ!」
大聖堂の正面扉をくぐった直後、荘厳な空間に響き渡ったのは、聞き馴染みのある妹の金切り声だった。
「聖女に選ばれる女性は、数十年に一度と言われております。どうかお心を鎮めてください」
選定の儀に用いられる大水晶の前に佇む神官が、困惑したように淡い緑髪を揺らす。
しかし、ルアナは到底納得がいかないようで、案内役の手を振り払わんばかりの勢いだった。
「何かの間違いに決まっているわ! だって、この私は特別なのよ!?」
「ルアナ殿、お下がりください。……おや?」
緑髪の神官が、こちらへ気づいて視線を向けた。
それと同時に、私の隣を歩んでいたレイフ様が一歩前へと進み出る。
「まだ選定会は終わっていないな」
「遅かったですね、聖騎士団長レイフ。ちょうど最後の一人の確認が終わったところです」
最後と聞いた私は、慌てて一歩前に出て緑髪の神官に声を張り上げる。
「ま、まだです! 大遅刻してしまい、本当に申し訳ありません! ウィロー男爵家長女、エリシア・ウィロー、ただいま到着いたしました!」
周囲に控えていた神官たちの視線が、一斉に私へと注がれる。
礼装ドレスの裾は破れ、泥と苔にまみれた不審極まりない格好の女が紛れ込んできたのだ。
怪訝に思わないはずがない。
「刻限の間であれば構いませんよ。それではエリシア・ウィロー、水晶の前へ」
しかし、その緑髪の神官だけは、私の装いを気にする素振りも見せず、水晶へと促すように手のひらを上に向けて差し出した。
「な、なんであんたがここに……!?」
すれ違いざま、ルアナの恨めしげな囁きが耳に届く。
『せっかく邪魔をしてやったのに』という含みが透けて見えたけれど、今は気づかないふりで通すことにした。
(ともかくこれで、義務を果たせず罰せられることはなくなったわ。悪役令嬢として生きる私が、まさか聖女に選ばれるわけもないしね……)
私はレイフ様へ視線で感謝を伝えてから、大水晶の前へと歩み寄った。
胸の高鳴りを抑えながら、おそるおそる手のひらを冷たい石の表面へと近づけていく。
——その瞬間だった。
大水晶の奥底から、視界を白一色に染め上げるほどの清廉な光が放たれた。
ずっと待ちわびていたかのように、白銀の粒子が渦を巻き、まばゆい流れとなって大聖堂を埋め尽くしていく。
「え、え……っ!?」
「これは……何ということでしょう……!」
緑髪の神官が、驚きのあまり言葉を失って目を見開いている。
目を焼くような光の塊に恐れをなして、私は思わず数歩後ずさった。
水晶との距離が開くと、あれほど吹き荒れていた純白の輝きは、嘘のように収まっていく。
「————」
水を打ったような、長い沈黙。
「聖女様だ……」
「我が国に、とうとう聖女様が降臨なされた!」
その言葉が引き金となったかのように、周囲の神官たちが一斉にひざまずく。
彼らの瞳には、先ほどまでの疑念の影などなく、ただ熱烈な信仰の光だけが灯っていた。
「どういうこと……?」
目の前で起きた事態が信じられず、私の思考は真っ白になって停止していた。
隣にいるルアナも、現実を受け止めきれない様子で口をぱくぱくと開閉させている。
その時、喧騒の中にあってもなお存在感のある足音が響き渡った。
「聖女エリシア……」
聖騎士団長であり、公爵家の跡取りであるレイフ様が、私のすぐ目の前まで歩み寄ってくる。
そして、白の外套を美しくひるがえし、私の前で片膝を突いた。
「今これより、私の命は君のものだ。……騎士として、生涯を賭けてエリシアを守り抜くと誓おう」
彼は厳かな誓言とともに、私の指先を自身の手で包み込み、そこへ唇を落とした。
「へ? え……!?」
触れた部分から熱が伝わってくるような感覚に、私の顔は一気に火照っていく。
男性への免疫が皆無な私には、あまりにも刺激が強すぎる所作だ。
この後、国を揺るがすほどの大騒動へと発展していくことなど露知らず、私はただ、己の顔が赤くなっていくのを誤魔化すことで必死だった。




