48話 レイフとクラヴィスの戦い、私の本当の願い
クラヴィスは、これまでに見たこともないほど厳然たる表情を浮かべ、レイフを冷たく見据えた。
「レイフ、今すぐにその手を離すというのであれば、全てを不問に付しましょう。聖女エリシア様を解放してください」
「……断る」
彼は腕を解くどころか、むしろ私をさらに引き寄せ、クラヴィスとの間合いを取った。
クラヴィスはレイフへと、冷厳に射るような眼差しを注ぐ。
「使命を放棄して逃亡を図る聖女。聖女を連れ去ろうと目論む者。……悠久なる時の流れのなかで、そのような選択をした者は少なくなかったといいます。それゆえに、あなたがこのような暴挙に出ることも予見できていました」
クラヴィスは、レイフから放たれる敵意に怯むこともなく、静かな足取りでこちらへと近づいてくる。
そして私に向けて、聖教会の枢機卿としてその手を厳かに差し伸べた。
「聖女エリシア様、あなたに逃避の意思がないことは重々承知しております。レイフを破滅させないためにも、どうかこちらへ」
「黙れ、クラヴィス。エリシアが望もうとも、お前達の手には決して渡さない……!」
レイフは私を背後に庇うようにして一歩前へと踏み出した。
腰に携えていた剣を抜刀し、クラヴィスに向けてその切っ先を突きつける。
その青い瞳には、隠そうともしない殺意が宿っていた。
「レイフ!? 一体何をする気なの……!」
「言ったはずだ。私達の行く手を阻むものは、その全てを斬り伏せると。今が、まさにその時だ……!」
私が彼を制止しようと手を伸ばしたものの、それよりも早く、レイフの腕が不可視の速さで一閃を翻した。
暴風が刃と化し、地を裂きながらクラヴィスへと襲いかかる。
「レイフ、あなたのことは我が子のように気にかけていました。このような結末を迎えることとなり、実に残念です……」
クラヴィスが静かに片手をかざすと、狂気のごとく荒れ狂っていた風の斬撃が、一瞬にして霧散させられた。
風の残滓にその緑髪を揺らしながら、クラヴィスは指先を鳴らす。
その高らかな音と共鳴するように、レイフの足元が一瞬にして氷床へと変貌していった。
「あなたを殺めたくはありません。このまま剣を収め、投降してください」
「戯言を……!」
レイフは捕らわれた足を強引に引き剥がすように、剣を凍りついた地面へと勢いよく突き立てた。
穿たれた亀裂から烈風が吹き荒れ、厚い凍土を粉々に打ち砕く。
「レイフ、クラヴィス……! お願い、もうやめて……!」
私の悲痛な叫びは、二人が引き起こす轟音にかき消され、虚しく宙に消えていく。
どれほど声を張り上げようとも、レイフも、クラヴィスも、決して武器を収めようとはしなかった。
「……ここでエリシア様が逃亡すれば、命と魂を捧げてこられた、歴代の聖女様方の決意をも冒涜することになるのですよ。全てが瓦解し、無数の尊い命が失われることになります」
「それがどうした! 誰かの犠牲なくして成立しない平和など、いっそ壊れてしまえばいい! 勝手に築き上げられた運命の螺旋にエリシアを巻き込むことなど……この私が、絶対に許さない!」
彼らの言葉を耳にした瞬間、私は息を呑んだ。
私がここで生涯をかけて封印の礎となっても、この過酷とも言える運命は、やがてまた別の誰かへと引き継がれるだけだ。
私と同じような悲哀を、苦痛を、何も知らない女性が、未来で再び背負わされることになる。
けれど、それが私がこの人生の全てを投げ打ってまで願う未来だろうか。
脳裏に、妹のルアナが私へ向けた言葉が蘇った。
——もっと欲望へ正直になってみたらどうなの?
——異世界への転生なんて二度と訪れないかもしれないのだから、自分の欲求に忠実に生きなさいよ。
(私がここに存在している意味……。心の底からやりたいことは……)
希望が潰えたかと思われた暗闇の先で、私は魂の最奥へと問いかける。
「私の、本当の願いは……!」
絶望を引き剥がし、私は一つの答えへと行き着いた。
「レイフ、クラヴィス、待って! 私の話を聞いて!」
内側から湧き上がった、私自身の真の願い。
私はためらうことなく、レイフの銀閃の前へと躍り出た。




