43話 最後の権能、残された時間
湖畔の街の人々から温かく見送られ、私たちは惜しまれつつもその地を後にした。
王都の神殿へと戻った私とレイフ。
そしてクラヴィスは、今回の事後報告のために、初代聖女の御像が厳かに鎮座する聖堂にて祈りを捧げた。
「それでは、聖域と治癒。その二つの権能を獲得された聖女エリシア様。あなたへ、最後のお役目についてお話しいたします」
クラヴィスは、聖堂の窓から差し込む陽光を背に受け、極めて真剣な面持ちで語りかけてきた。
彼とは、あの衝撃的な告白以来、私室以外で言葉を交わしていなかった。
お互いにその話題を避けるように、ただ業務上の対話のみを重ねていたのだ。
「最後の権能。それは『封印』。先代聖女様の祈りで、辛うじて維持し続けているその封印を引き継ぐことこそが、あなたに課された最後のお役目となります」
「……はい」
私はクラヴィスの淡い緑の瞳を、逃げることなく見つめ返した。
彼はどこか悲しげに、それでいて私の決意を歓迎するように視線を受け止める。
「封印の引き継ぎを行うその刹那、一時的に邪神を縛る力が失われます。その空白の瞬間を補うため、聖域を展開してその力を抑制し、さらに邪神の弱点となる治癒の光を注いでいただきます。生じた隙に、新たな封印の術式を施す……という段取りです」
クラヴィスは、私の覚悟を再び値踏みするように、静かに見つめてくる。
「代々の聖女様が繋いできた悲願を無駄にしないためにも、決して失敗は許されません。聖女エリシア様、その覚悟はおありですか?」
「もちろんです。自らの命を賭して、その大役を受け継ぎます」
その言葉に嘘偽りはなく、私の心に宿る覚悟は揺るぎない。
しかしそれと同時に、あまりの重圧に膝から崩れ落ちそうになるほどの恐怖が、足元から這い上がってくる。
「……あなたのご決意、しかと受け取りました。近いうちに、邪神が眠る霊峰へと発ちます。それまではどうか、お心を休めてください」
クラヴィスは静かに一礼すると、私とレイフを残して、足早に聖堂を後にした。
残された聖堂には、耳が痛くなるほどの静寂が満ちていく。
「エリシア、本当に体調は大丈夫なのか?」
レイフがなおも心配そうに、私へと憂いに満ちた眼差しを向ける。
私は何とか柔らかな表情を繕いながら、彼を見上げた。
「何も問題ないわ。むしろ以前より体が軽いくらい。あなたが心配することなんて……何一つないのよ」
「そうか……それなら良いのだが」
私のわずかな変化に、彼が何かを勘付いているのではないか。
そう危惧した私は、不安をごまかすように彼の服をぎゅっと掴んだ。
「そうだわ。この前、湖の街でいただいた焼き菓子がとても美味しかったから……また買ってきてくださらないかしら? もう一度、あの味を楽しみたいの」
私の言葉を聞き、彼はどこか安堵したように口元を和らげた。
「ああ、焼き菓子などいくらでも用意しよう。君の好む甘いものだけを、私が厳選してな」
きっと、これからの私があの菓子を口にしても、何一つの味わいも、心躍るようなことはないのだろう。
それでも、彼と共に過ごすその時間だけは、何物にも代えがたい安らぎとなるはずだ。
「私、もっとレイフとたくさん話がしたいわ。まだ、あなたのことをほんの少ししか知らないような気がするの。あなたの好きなもの、そうでないもの……その全てを心に刻みたい」
「……エリシア。私とて、君のことをもっと深く理解したい。時を惜しむことなく、言葉を重ねていこう」
初代聖女の御像の御前であることを忘れたかのように、彼は私を強く抱きしめた。
私に残された人間としての時間は、あとどれほどなのだろうか。
やがて訪れる無に怯えながらも、私はただ、その喪失を少しでも遅らせるように、彼の熱い温もりを求め続けるのだった。




