41話 祝祭、護衛の目を盗んで喧騒の中へ
祝祭の当日、青空には白い雲がゆったりと流れ、風が優しく吹き抜けていた。
往来には人々が楽しげに行き交い、街全体が弾むような活気に包まれている。
その賑やかな喧騒のなかを、私とレイフは並んで歩いていた。
「エリシア、体調はどうだ? 気分が悪くなったら、いつでも遠慮せずに言ってほしい」
「レイフ、その問いかけはもう三度目よ。本当に大丈夫だから、今は祝祭を存分に楽しみましょう」
見渡す限り、広場を中心に色とりどりの屋台がひしめき合っている。
香ばしく焼き上げられた食材の匂いや、子供たちが群がる果物の砂糖漬け。
前までの私なら歓声を上げていたであろう光景を前に、私は胸の内に生じた冷ややかな虚無を何とか覆い隠しながら、雑踏のなかを進んだ。
「エリシア、手を繋ごう。この人混みでは、はぐれてしまう」
「うん……」
私は彼が差し出してくれた手を握る。
その肌の温もりは心地よく、同時に、いずれこの温もりを愛おしいと思えなくなるのではないかという恐怖が、胸を締め付けた。
「エリシア、あそこに砂糖菓子がある。買おうか?」
レイフが指さした先には、綿雲を思わせる白い繊細な砂糖菓子が並んでいた。
かつての私であれば、真っ先にその出店へと駆け寄っていたに違いない。
「……ううん。今はそれほどお腹が空いていないから、大丈夫。それよりも……」
自らの感覚の消失をごまかすように、私は慌てて周囲へと視線を転じた。
そのなかで、きらびやかな装飾品が並べられた屋台が目に留まる。
「あそこを少し見てもいいかしら?」
「ああ。気に入ったものがあれば、何でも言ってくれ」
私は店主へと会釈をし、並べられた装飾品をひとつひとつ見つめていく。
しかし、やはり心惹かれるものは何一つとして存在しなかった。
「どれも意匠の凝らされた品だな。……エリシア?」
「あ、ううん。……ねえ、レイフ。もしよければ、あなたが選んでくれない?」
「私が、か? 女性への贈り物など、選んだ経験はないのだが」
彼はどれを選んでいいのか分からないように、困惑したように私を見つめる。
私はその愛らしい様子に、小さく笑みをこぼした。
「それなら、初めての贈り物を私にくれないかしら。あなたが私に似合うと思って選んでくれたものを身につけたいの」
「そうか。そういうことなら……」
彼は手前に置かれていた、一対の銀の腕輪を手に取った。
大きめの腕輪には赤、それよりも細身の腕輪には青の石が埋め込まれている。
「これにしよう。装飾の意匠が同じだから、対になるように、私と君で身につけることができるだろう?」
「ええ、とても素敵。私もこれがいいわ……」
レイフが代金を店主へと支払っている間に、私は青い石の腕輪を自らの手首に滑り込ませた。
その鮮やかな青は彼の瞳の色と同じで、見つめているだけで冷え切った心が温まるような気がした。
「それでは行こうか、エリシア」
彼が再び差し出してくれた手首には、赤い石が埋め込まれた腕輪が収まっていた。
それが、私たちが想い合っている証のように思えて、たまらなく嬉しくなる。
「それにしても、祝祭というだけあってかなりの混雑ね。護衛を務めてくれている聖騎士団の方々も見失ってしまうのではないかしら?」
流石に二人きりでの外出は許可されなかったため、遠巻きに護衛の団員たちが追従しているはずだった。
そう私が問いかけると、レイフは不意に足を止めた。
「むしろ、それこそが狙いだ。彼らが私について来られないように、あらかじめそう立ち回っている」
「え……?」
驚きに言葉を失った刹那、私の視界は一転して空を仰いだ。
感覚が追いついたときには、彼の両腕によって横抱きに抱え上げられていた。
「レ、レイフ!?」
「エリシア、私にしっかり掴まっていてくれ。少し速度を上げる」
言葉を終えるが早いか、彼は風のごとき速さで人混みをすり抜けていった。
突如として巻き起こった風に驚き、流れていく街の人々の顔が横目に映る。
私は彼に連れ去られるようにして、瞬く間に祝祭の喧騒を遠ざかっていった。
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