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大遅刻した悪役令嬢、聖女に選ばれる  作者: しのギドラ


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40/50

40話 待っている未来、逃げ場のない道筋

 あまりにも非情な現実に、私は言葉を失う他なかった。

 乱れる呼吸をどうにか落ち着け、震える唇をこじ開けるようにして、何とか声を紡ぎ出す。


「それは、つまり……私の、レイフを想うこの心も……」


「……必ず、失われます」


 私は胸へそっと手を当て、その温もりを求めるように指先に力を込める。

 これほどまでに胸を焦がす熱情が、やがて跡形もなく消え去ってしまうというのか。


「嘘……そんなはず、ないわ……」


「残念ながら、神の摂理に例外は存在しません。私自身、その喪失をこの身で経験いたしましたから……」


 クラヴィスは静かな足取りで窓際へと歩み寄り、私に背を向けた。


「私と、先代の聖女であった……ネリスは、かつて恋仲だったのです」


「え……!?」


 唐突に明かされた彼の過去に、私は息を呑み、その背中を目で追う。

 けれどクラヴィスは、ただ静かに窓の外へ視線を落としたままだった。


「しかし、彼女もまた、私への愛を失いました。……この世界に、聖女以外の奇跡など存在しないのです」


 淡々と紡がれた残酷な事実に、私は完全に言葉を失ってしまった。

 クラヴィスはゆっくりと、こちらへと向き直る。

 その淡い緑の瞳の奥には、私を値踏みするような、かすかな冷徹さが宿っていた。


「エリシア様、一つお尋ねしたいことがございます。あなたは……元より、この世界の住人ではないのではありませんか?」


「…………!」


 私の隠しきれない動揺を認めたクラヴィスは、静かに息を漏らした。

 彼の確信に満ちた表情を前に、私の胸に混乱が押し寄せる。


「その表情で、全てを理解いたしました。……ネリスの祈りは、確かに届いていたのですね」


「ネリス……先代の聖女様と、今私がこの地に存在することに、一体どのような繋がりが……?」


「先代聖女ネリスは……封印と同時に、第四の権能たる『召喚』を行使しました。自らの命を削りながら世界を越え、聖女の資質を備えた女性の魂を、この地へと招き寄せたのです。それがきっとあなたなのでしょうね」


「私を……なぜ?」


「……召喚の理由について、彼女は話そうとはしませんでした。ただ『未来のため』だと。そのため、私が語れることはありません」


 次々に明かされる秘匿された真実の数々に、私の思考は飽和し、追いつくことすらできない。


「表向きは、聖女様は国の特権階級として崇められ続けます。しかし、実際は邪神が封印される神殿で、次代が現れるまで祈りを捧げる責務が待っています」


 クラヴィスは静寂のなかで、依然として私を見定めるような視線を向け続けている。


「エリシア様、動揺されるのは当然のことです。……この運命から、逃げたいと思われましたか?」


 彼は一切の感情を排した声で、まるで行く末を審判するかのように問いを投げかけてきた。

 私は小刻みに震える両肩をきつく抱きしめながら、どうにか問いを投げ返す。


「もしも……私が聖女の使命から逃げ出したなら、一体どうなるの?」


「この国は邪神によって滅び、数多の命が失われることになるでしょう」


 その無慈悲な答えに、私はさらに体を強張らせる。

 私に用意された道など、最初から選択の余地すら存在しなかったのだ。


「……逃げたりはしません。今、ここで逃げ出してしまえば……私は一生、後悔することになるから……」


「そうですか……。あなたならば、そうお答えになると思っておりました」


 私は肩を抱いていた手をほどき、静かにクラヴィスへと視線を戻した。


「レイフは……この事実を知っているの?」


「いいえ、彼は何も知りません。彼はただ、聖女の守護という職務が与えられています」


「それなら、どうかこれからも、彼にはこの事実を秘密にしたままでいてください」


 もしも彼がこの運命を知ってしまえば、どれほど絶望し、心を痛めるだろうか。

 せめてその時が訪れるまでは、何も知らずに、私のそばで穏やかな笑みを浮かべていてほしい。


「……承知いたしました。それがエリシア様のご意志であるならば。それでは、私はこれで失礼いたします」


 クラヴィスは、逃れるかのように、足早に部屋を後にした。


 私は取り残された静寂のなか、呆然とした心地で窓の外の景色を見つめる。

 そこにはただ、水をたたえた湖が、静まり返ったまま広がっているだけだった。

ご愛読ありがとうございます。


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