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大遅刻した悪役令嬢、聖女に選ばれる  作者: しのギドラ


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35/50

35話 平穏な街の凶音、不退転の決意

 団員がもたらした凶報に、その場にいた全員が衝撃に打たれた。

 つい先ほどまで平穏を保っていた湖畔の街に突如として訪れた危機に、団員達に動揺が広がっていく。


「すぐに動ける者を全員招集しろ。クラヴィス、お前も手を貸してくれるな?」


「もちろんです。少しでも戦力が多いに越したことはありませんからね」


 団員たちが慌ただしく各所へと走り出し、周囲の空気は一気に緊迫の度合いを増していく。

 私はその緊迫感に胸を騒がせながらも、次々と指示を飛ばすレイフの元へと歩み寄った。


「私も同行するわ。きっと、聖女としての力が必要になるはずよ」


 私の言葉を耳にした瞬間、レイフの動きが凍りついたように止まった。


「エリシア、君の望みであっても……命の危険が伴う場所へ連れていくことはできない。群れを成して押し寄せる魔獣から、君を守りきれる保証がないんだ」


「でも、私の聖域があれば、魔獣の勢いを削ぐことができるかもしれない。それに治癒の権能を目覚めさせれば、皆さんの後方支援だってできるわ。この街を守るために、私にも役目を果たさせて」


 彼は迷いを隠しきれない様子で、その青い瞳を僅かに揺らした。

 しかし、苦渋の決断を下すように静かに首を横に振る。


「……駄目だ。こればかりは、エリシアの願いであっても聞き入れるわけにはいかない……」


 どう私が懇願しようとしても、彼は折れようとはしなかった。

 その時、クラヴィスがそっとレイフの肩へと手を置いた。


「行かせて差し上げましょう、レイフ。彼女を危険から遠ざけたいというあなたの心情も理解できますが、これもまた、聖女としての使命の一つです。案ずることはありません、神の御加護が必ずやエリシア様をお守りくださるでしょう」


 クラヴィスの言葉に対しても、レイフはなおも激しく苦悩していた。

 彼は両手で顔を覆い、思考を巡らせた末に、絞り出すような声音で告げた。


「……絶対に、私のそばから離れないと約束してくれ。君の身に何かあれば……私は生きていけない」


「ええ、約束するわ。決して危険な行動はしないから」


 彼は心を激しく揺さぶられているかのように、悲痛な面持ちで私を見つめ続けていた。


 準備が整うと、速やかに隊列を整えた聖騎士団が出撃した。

 街の人々が不安と祈りを宿した表情で見送る姿を目にして、これが決して敗北の許されない戦いなのだと、私は覚悟を新たにした。


 魔獣の群れが出現したという森は、馬を走らせれば瞬く間に辿り着くほど、街から至近の距離に位置していた。


「クラヴィス、お前は第一部隊を率いて東側へ向かえ。私とエリシアは第ニ部隊と共に、西側から森へ入る」


「承知いたしました。お互い、無事を祈りましょう」


 生い茂る木々が陽光を遮る鬱蒼とした森の内部へは、これ以上馬を進めることはできない。

 私はレイフの差し出してくれた手を借りて、静かに鞍から降り立った。


「エリシア、聖女としての力は極力使わないでほしい。君への負担と、それによって伴う危険を慮ってのことだ。どうか理解してくれ」


「ええ。でも、もしも必要だと判断した時には、聖女としての役目を果たすわ。皆さんの命を救うことが最優先だもの」


 私の揺るぎない言葉に、彼は思わず手を伸ばしかけ、しかし葛藤を押し殺すようにしてその手を引いた。

 本当は、私をこの場にいることすら嫌なのだろう。

 その心情は十分に伝わってきた。

 けれど、多くの尊い命を救うためにも、私自身がここで引き下がるわけにはいかなかった。


 わずかな光すら吸い込むかのように薄暗い、静まり返った森。

 私は眼前に広がる不穏な気配を見つめながら、聖女として、そして一人の人間として、逃げ出さない覚悟を決めた。

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