34話 決着と約束、火急の知らせ
私は唖然としながらも、急いでレイフの元へと駆け寄った。
「レイフ、怪我はない……?」
「ああ、かすり傷一つない。君との約束通り、命までは奪っていない」
私がトビーの方へと瞳を巡らせると、彼を救護する聖騎士団員たちの姿が目に入った。
同僚達に担がれて運ばれていくトビーは、重い怪我は負っていないようだった。
私は彼が助かったことに、安堵の息を漏らす。
「レイフ、流石に魔法を乗せた剣術はやりすぎというものですよ」
クラヴィスが苦笑を漏らしながら、こちらへ歩み寄ってくる。
私はその言葉に驚き、レイフへと視線を向けた。
「レイフは魔法も使えたのね。最初は何が起きたのか全く分からなかったわ」
「実戦でも、そう使うものではないからな。……トビーにとっては、良い経験になったはずだ」
「この国はおろか、大陸全土を見渡しても、レイフのように剣術と魔法の双方を極められる者は極めて稀ですからね。彼に魔法を授けた身としては、非常に誇らしいですよ」
レイフの天性の性能にもだが、意外な関係性に驚いて二人を交互に見つめる。
「つまり……クラヴィスはレイフの師匠、ということかしら?」
「魔法の指南に限っての話ですが、そうなりますね。これでも私、多種多様な魔法を扱えるのですよ」
穏やかな笑みを浮かべるクラヴィス。
あのレイフの師を務める人物となれば、彼もまた計り知れない実力を秘めているに違いない。
しかし、レイフはクラヴィスのことをどこか不満げに見つめた。
「クラヴィスによる魔法の指導は、私の鍛錬など比にならないほどに苛烈極まりないがな。大半の者が途中で逃げ出すせいで、魔法を扱える団員が彼のもとで育たない」
「レイフよりも厳しいの!?」
昨日中庭に響いていた悲鳴を思い出し、私は優しい面立ちでいるクラヴィスを見つめた。
あの地獄のような訓練を上回る修練など、想像することすら恐ろしい。
「そうでしょうか? これでも随分と加減をしているつもりなのですが……」
「前触れもなく滝へ突き落としたり、魔獣の巣窟へ放り込んだりすることが、加減の内に入るのか? ……私でなければ命を落としていた修行も多かった」
「それはレイフの実力を信頼していたからこそですよ。他の者には、もう少し優しくしています」
相変わらず人当たりの良い笑みを崩さないクラヴィスだが、きっと陰では相当に畏怖されているに違いない。
聖教会の頂点に君臨する、規格外の指導者達を前にして、私はただ苦笑を浮かべることしかできなかった。
「……団長!」
その時、私達の間にレイフを呼ぶ声が響いた。
振り返ると、同僚の聖騎士団員に肩を支えられながら、こちらへと歩み寄ってくるトビーの姿があった。
「もう意識を取り戻したか」
トビーはレイフの目前まで辿り着くと、深く頭を下げた。
「完敗です。……約束通り、聖女様には今後一切近づきません」
頭を下げ続けるトビーの姿を、レイフは静かに見下ろしている。
そしてわずかな沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「……彼女に害を及ぼす意図がないのであれば、近づくことくらいは許容してやろう」
「え、ですが、それでは団長……決闘の約束が……」
「その代わり、聖女の身に危険が迫った時には、命を賭して彼女を守り抜け。それを約束するのならば、言葉を交わす程度は容認してやる」
トビーは、まさかの提案に驚きで顔を上げた。
そして感極まったように表情を歪ませ、地面に膝を突き、再び深く首を垂れた。
「神に誓って、この命を賭して聖女様の御身をお守りいたします。レイフ聖騎士団長の、寛大なるお計らいに心より感謝申し上げます」
地につくほど深く平伏し続けるトビーを、レイフはどこか満足げに静観していた。
その様子を、クラヴィスが少し悪戯めいた笑みを浮かべて見つめる。
「……よろしいのですか? 恋敵にそのような好機を与えるなど……」
「こいつがいようがいまいが、私のエリシアへの愛が揺らぐことはない。それに、どのような敵が相手であろうとも、彼女を他者に譲るつもりなどない。ただ、それだけだ」
彼は私へと視線を巡らせ、ふっとその目元を緩めた。
私は周囲の視線を意識して頬を染めながらも、小さくうなずきを返す。
全てが穏やかに解決した。
そう安心した、まさにその瞬間だった。
「団長! クラヴィス卿! 緊急事態です!」
悲痛な叫びを上げながら、中庭へ焦燥をあらわにした聖騎士団員が駆け込んできた。
その尋常ならざる気配に、その場の空気が一瞬にして凍りつく。
「お前は……周辺の哨戒に出ていた団員だな。何があった」
肩を激しく上下させて息を切らす団員の前に、レイフが一歩踏み出す。
レイフを見上げるその団員の額からは、一筋の血が流れ落ちていた。
「巡回先の湖畔の森にて、魔獣の群れと遭遇いたしました! おびたただしい数が……この街に向かって押し寄せてきています!」




