33話 決闘の開始、実力差を示す決着
その日は、時折雲が日差しを隠しながらも、心地よい風が通り抜けていた。
しかし、中庭を満たす空気は、肌を刺すように張り詰めている。
「なるほど。私の到着が遅れている間に、そのような事態になっていたのですね」
私の隣では、困惑したように額を押さえるクラヴィスの姿があった。
彼は中庭の奥、対峙するレイフとトビーへと視線を向ける。
「エリシア様は魅力的なお方ですから、このような状況を招いてしまうのも理解はできますが……」
「ごめんなさい、クラヴィス。今後は、皆さんと接する際の態度を改めますね……」
私の消沈した謝罪に対しても、クラヴィスは柔和な笑みを浮かべた。
「気になさる必要はありませんよ。もう少し堂々とされても良いかとは思いますが、エリシア様はご自身の心のままに行動されるのが一番です。それに今回の問題は、エリシア様ではなく彼らの身勝手によるものですから」
クラヴィスは悩ましげに、決闘が始まろうとしている中庭を見やった。
「ただ、愛する者を他者に譲りたくないという想い……。彼らの胸中は、私にも痛いほど理解できます」
「……そうなの?」
敬虔な聖職者であるクラヴィスの口から出た意外な言葉に、私は驚いて彼を見つめる。
彼はどこか寂しげに口元をほころばせると、雲に覆われ始めた空を仰ぎ見た。
「私にも、かつてそのような感情を抱いた日々があったのですよ。……結局、何一つ成すことはできませんでしたが」
時折垣間見える、クラヴィスの秘められた感情。
他者を拒むような、遠い追憶に馳せるその表情を前に、私はそれ以上言葉を紡ぐことができなくなる。
「エリシア様、どうか今ある幸福を大切にしてください。いずれそれが……レイフにとっても、救いとなるはずですから」
「クラヴィス……。あなたは何を言って——」
「さあ、そろそろ始めましょうか」
私の問いかけをさえぎるようにして、クラヴィスが中庭の中央へと歩み出た。
そしてレイフとトビーの間に立ち、二人を交互に見つめる。
「私、聖教会枢機卿のクラヴィスが、この決闘の立会人を務めます。お二人とも、準備はよろしいですね?」
「ああ、いつでも始めて構わない」
レイフが剣の柄にそっと手をかけながら、トビーを見すえる。
「俺も、大丈夫です……」
トビーもまた、緊張の面持ちでその視線を受け止める。
二人の覚悟を見届けたクラヴィスは、天に向かって高く手を掲げた。
「始め!」
掲げられた手が振り下ろされ、決闘開始の合図が響き渡る。
「うおおおお!」
トビーが剣を構え、地を蹴ってレイフへと肉薄する。
対するレイフはその場から一歩も動くことなく、静かに剣を抜き放った。
——ガンッ!
甲高い金属音が、辺りに鳴り響く。
火花が散るほどの衝突。
訓練用の木剣ではない、本物の刃がぶつかり合っている。
「鍛錬不足だ。剣が軽い」
レイフは受け止めた刃を力強く押し返し、トビーをたやすく弾き飛ばした。
「うぐ!」
受け身を取りながらも、トビーは苦しげに地面を転がる。
しかし、すぐさま体勢を立て直し、剣を構え直して再び突撃を試みる。
「がむしゃらに攻めるな。牽制を交ぜ、相手の隙をうかがえ」
レイフはその勢いを受け流し、刃を滑らかに後方へと逃がしていく。
トビーは突進の勢いを殺しきれず、地面へと倒れ伏した。
「……これって」
私だけでなく、周囲で見守る者たちも異変に気づいたのだろう。
二人の攻防を前に、観衆の間にかすかなざわめきが広がっていく。
(レイフ、まるでトビーに稽古をつけてあげているみたい)
レイフもまた、内心ではトビーの気概を認めているのだろうか。
彼を導くように、助言を口にしながら刃を交えている。
(逆に言えば、それだけ圧倒的な実力差があるということなのだけれど……)
トビーの繰り出す攻撃は、全て軽々と受け流されていた。
まるで大人と子供の戯れのようだ。
その事実をトビー自身も痛感しているのか、悔しげに唇を強く噛み締めている。
そして、決着は唐突に訪れた。
トビーの剣が、レイフの一撃によってはるか後方へと弾き飛ばされる。
「ぐ……おおおおお!」
それでもトビーは闘志を失わなかった。
武器を失った状態のまま、レイフへと向かって走り出す。
「お前の不屈の闘志だけは認める。……私の実力を、少しだけ見せてやろう」
レイフが剣を薙ぎ払った、その瞬間。
中庭に、凄まじい突風が吹き荒れた。
視界を揺らすほどの激しい旋風に、私は思わず目を閉じる。
舞い上がった土煙が収まり、再びまぶたを開いたときには、そこに立っていたのはレイフとクラヴィスだけだった。
「え、トビーさんは……?」
慌てて彼の姿を、中庭の端から端まで視線を向けて探し回る。
すると、敷地内の生け垣に突っ込むようにして、意識を失っている彼の姿が目に留まった。
「ここまでですね。勝者、レイフ!」
クラヴィスは、緑髪を風の残滓に揺らしながら、高らかに勝者を宣言した。
レイフは勝利の余韻に浸る様子もなく、いつもの冷徹な面持ちのまま、静かに剣を鞘へと収めた。




