31話 レイフの激怒、決闘を挑まれる
石造りの柱に、鉄の楔を穿つかの如く、木剣が突き刺さっている。
私とトビーは、おそるおそる木剣の飛んできた方角へと視線を向けた。
「トビーと言ったな。……その首を折られたくなければ、今すぐにエリシアから離れろ」
立ち上る怒気が形を成しているかのように、レイフはこちらへと歩み寄ってきていた。
その凄まじい怒りは間違いなく、トビーへと向けられている。
「だ、だ、団長……」
そばにいる私ですら気圧されるほどの怒りを一身に浴び、トビーは全身を震わせている。
しかし、彼はレイフの放つ威圧感に屈することなく、強い決意を瞳に宿して立ち上がった。
「団長。俺……聖女様のことが、好きです! 今、俺の想いを聖女様に告げました!」
レイフの前に自ら立ちはだかり、天に誓うかのようにトビーは声を張り上げた。
体は小刻みに震え、今にも涙がこぼれ落ちそうなほどだ。
それでも、その声にだけは一切の迷いがなかった。
「彼女は私の恋人だ。お前が介入する余地などない。これ以上彼女に近づくというのなら、この手で叩き斬る」
「聖女様と団長が想い合っていらっしゃることは理解しています。ですが、俺の気持ちだって負けてはいません!」
その言葉を耳にした瞬間、レイフのこめかみが不快げに動いた。
「私のエリシアへの想いに、お前ごときが及ぶとでも? その戯言をこの場で撤回しなければ、首と胴をこの場で切り離してやる」
「レイフ、落ち着いて! 彼の想いには応えられないとはっきり断ったわ! 私が好きなのは、あなただけよ!」
私の切実な訴えを聞き、彼は胸を焦がすように瞳を細めた。
しかし、その少しだけ和らいだ空気を、トビーの張り詰めた声がさえぎった。
「撤回はしません! 事実ですから! たとえ聖女様の心が今は団長にあろうとも……必ず俺に振り向かせてみせます!」
「ト、トビー!? お願い、あなたも冷静になって……!」
「エリシア、下がっていてくれ。今からその不届き者を神の御許へ送ってやる」
私を愛おしむ瞳は冷酷な光を帯び、底知れない殺意となってトビーを射抜く。
その氷のような眼差しには、一切の慈悲も残されていなかった。
私は必死に、この緊迫した状況を打開するための手段を模索する。
「……レイフ!」
彼の名を叫びながら、私は勢いのままにその胸へと飛び込んだ。
今にもトビーに手をかけようとしていたレイフの動きが、ぴたりと制止する。
「大丈夫だから……。私はここにいるわ、だから心を静めて」
「……エリシア……。しかし、こいつは……」
なおも抗議しようとする彼を、私は全力を込めて抱きしめ続けた。
彼は葛藤するように視線をさまよわせたが、やがて私の肩をその手で優しく包み込んだ。
「……分かった。すまない、君を困らせたかったわけではないんだ」
いつもの穏やかな声音に戻り、私は安堵の息を漏らした。
これほどの私達の絆を目にすれば、トビーも諦めてくれるはず。
そう信じて彼からそっと離れようとした、その瞬間だった。
「団長……。俺と明日、決闘をしてください!」
「え……!?」
トビーのあまりにも無謀な宣戦布告が、外廊下に響き渡った。
一瞬彼が何を言っているのか分からず、私の思考と体が硬直してしまう。
「俺が勝ったら、聖女様と一緒に祝祭を回らせてください! そしてもう一度……告白させてください!」
「……彼女は勝利の景品などではない。だが……」
私の肩をさらに引き寄せながら、レイフは凍てついた青の瞳をトビーへと向けた。
「お前が勝てば、彼女に近づくことだけは容認してやろう。……もっとも、私に勝つことができればの話だがな」
「レイフ!? まさか、本当に決闘などするつもりなの!?」
この国における決闘は、相手が降伏しない限り命がけの戦いとなる。
聖騎士団の頂点に君臨するレイフと、怪我の療養中のトビーとでは、勝負にすらならないだろう。
最悪の場合、トビーが命を落とす結果になりかねない。
「私が勝った場合、お前は二度とエリシアに近寄るな。……明日の正午、中庭で待っていろ」
私の肩を抱き寄せたまま、レイフは有無を言わさずに外廊下から私を連れ去った。
いつの間にか周囲に集まっていた野次馬の団員たちが、騒然とざわめき始める。
「どうなるんだこれ!?」
「トビーの奴、命知らずにも程があるな」
「完全に死ににいくようなものだろ……」
もはや止めることのできない事態に、私の頭は混乱に支配されていた。




