30話 初めての公言、トビーの純朴な告白
宿舎の雑用をこなし、乾いた衣類を取り込む頃には、陽は随分と傾き始めていた。
井戸のそばで洗濯物を畳んで籠に収めた私は、それを治療室へと運ぼうとした。
「聖女様!」
私は籠を持ちながら、声の方角に視線を向ける。
振り返ると、こちらに向かって駆けてくるトビーの姿が目に留まった。
「トビーさん、どうされたのですか? まだ安静にして休んでいなければいけない身でしょう……」
「いえ、何だか体の調子がすこぶる良くて……。聖女様の作業をお手伝いしようと思ってこちらに来たのです」
「そんな、私の仕事なんて大した内容ではありませんから」
とは言ったものの、実際には洗濯物は籠二つ分に及んでいる。
私の手では二往復しなければ運ぶことができない量だった。
籠に目を留めたトビーは、私の言葉よりも早く、衣類が山積みになっている籠を迷いなく怪我のない方の手で持ち上げた。
「俺と一緒に運べば、一瞬で終わりますよ! さあ、行きましょう!」
「それなら……お言葉に甘えさせていただきますね」
私はもう一つの軽い方の籠を抱え、彼と共に治療室へと歩みを進めた。
外廊下を渡っていると、中庭の方角から悲鳴や肉体への打撃音、そして鈍い衝突音が絶え間なく響き渡ってきた。
「……まだ、訓練は続いているのね……」
「俺も王都にいた頃、団長の訓練に参加したことがあるのですが……まさに地獄の一言でしたね……」
トビーは遠い記憶を呼び起こすように、夕暮れに染まり始めた空を見上げた。
レイフの課す訓練は、どうやら王都でも相当に苛烈を極めていたらしい。
「でも、レイフは聖騎士団の皆さんのことを想って鍛えてくれているのでしょう。きっと皆さんのこれからの糧になると思います」
レイフの名前を口にした瞬間、トビーの足がぴたりと止まった。
外廊下からは、わずかに中庭の凄惨な訓練の様子が見て取れる。
トビーはそちらの方角——レイフのいる場所を見つめていた。
「どうしたの、トビーさん?」
「聖女様は……レイフ聖騎士団長の……その、恋人、なのですか?」
予想だにしない問いかけに、私は持っていた籠を落としそうになった。
そういえば、彼と恋人になった事実を、まだ誰にも公言していない。
私は気恥ずかしさに口ごもりながらも、どうにか言葉を紡いだ。
「ええ……。レイフは私の恋人……なの」
「そ、そうですか……」
見るからにトビーは落胆し、肩を落とした。
私は彼の落胆の理由が分からず、ただ首を傾げることしかできなかった。
「レイフ聖騎士団長と聖女様……。とても、お似合いだと思います」
「あ、ありがとうございます……」
面と向かって祝福されると、どうしても照れてしまう。
私が頬を染めていると、トビーは抱えていた籠を地面に置き、突如として私の前に片膝をついた。
「聖女様! このようなことを口にするのが不敬の極みであるとは理解しています。ですが……どうしても諦めることができないのです!」
「え……何のことですか?」
トビーは、かすかに瞳を潤ませて私を見上げる。
「俺……聖女様のことが……好きです!」
「は、ええ!?」
私は今度こそ驚きのあまり籠を落としてしまった。
幸い、衣類は籠から飛び出さず、汚れることもなかった。
いや、今はそのようなことを気にしている場合ではない。
「端麗な容姿で、圧倒的に強くて、家柄も申し分ない団長には到底敵わないと自覚しています。それでも、今ここで想いを伝えておかなければ、一生後悔しそうで……!」
トビーは、純朴で熱い眼差しを私に注いでくる。
私は唖然としながらも、彼の真摯な告白を受け止めた。
「ごめんなさい……。私は、レイフのことが好きなの。だから、あなたの想いには応えられないわ」
「……そう、ですよね。申し訳ありません、最初から分かっていました……」
トビーは悲しげに視線を落とした。
私は胸に痛みを覚えつつも、彼に対して返せる言葉が何もなく、ただその様子を見ていることしかできかった。
「あの、聖女様。それならば、一つだけ俺に機会をいただけませんか?」
「機会?」
「俺と……祝祭を一緒に回ってください!」
彼が懇願するように叫んだ、その直後。
——ドン!!
彼の顔のすぐ横にある石の柱に、凄まじい勢いで木剣が突き刺さった。
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