29話 レイフの訓練、凄まじい実力差
籠を抱えながら、私は中庭を抜けようと廊下を歩いていた。
元より体力に自信はあったが、最近は聖女としての修練を積んだおかげで、より体を動かせるようになっている。
ドサッ!
中庭の入り口に差し掛かった時、何かが地面へ落ちる鈍い音が響いた。
「え……?」
私は何事かと思い、視線を音のした方へと向ける。
そこには、若い聖騎士団員たちが幾人も倒れ伏し、山を成していた。
「情けない。訓練とはいえ、私に触れることすらできないとは」
人山の向こうには、簡素な訓練着に身を包んだレイフが、木剣を片手に佇んでいた。
その青い瞳は、昨日の熱量が嘘のように凍てついた光を灯している。
「もう一対一はいい。全員でかかってこい。剣先ひとつでも当ててみせろ」
レイフが木剣を構え、倒れている聖騎士団員たちを見据える。
その視線に身をすくませながらも、彼らは何とか立ち上がった。
「いきます……団長!」
そのうちの一人が駆け出すと同時に、レイフへと木剣を薙ぎ払った。
しかし、レイフは手元を少し動かしただけで、その木剣をはるか遠くへと弾き飛ばしてしまう。
「あ……っ」
「遅い」
がら空きになったその胴へ、レイフの木剣が容赦なく叩きつけられる。
「うおおおおお!」
崩れ落ちる聖騎士団員の後方、そしてレイフの背後から奇襲が仕掛けられた。
けれど、レイフは慌てる様子もなく、視線を向けることすらなく木剣をかわし、正面から迫る木剣をも腕ごと叩き落とす。
「大振りがすぎる。隙だらけだ」
木剣をかわしつつ、その聖騎士団員の首元を掴み、そのまま新たに迫ろうとしていた別の団員へと向けて投げ飛ばした。
予想外の挙動に、聖騎士団員達はそのまま塊のようになって地面へと転がってしまう。
「私に一撃を当てられるまで、訓練は終わらないと思え。気絶しても叩き起こす。寝ている暇があるなら、少しでも考えて剣を振れ」
レイフが倒れている団員たちに向けて一歩踏み出す。
それだけで、まるで怒れる神を前にしたかのように、聖騎士団員達は恐れおののいていた。
「す、すごい……」
レイフが戦う姿を初めて目にしたが、これほどまでに強いとは思わなかった。
流石は若くして聖騎士団長に任命されるだけのことはある。
きっと、彼は周囲を納得させるために、血の滲むような努力を重ねてきたのだろう。
私は邪魔をしてはいけないと思い、遠回りで井戸に向かおうと踵を返そうとした。
「……エリシア?」
しかし、その気配をいち早く察知したレイフが、こちらへと驚いたように視線を向けた。
私は少し気まずさを覚えながらも、駆け寄ってくる彼へと微笑みを向けた。
「訓練を邪魔してしまって、ごめんなさい。レイフって本当に強いのね。驚いてしまったわ」
「この程度、全く本気ではない。……いくらこの地の魔獣が少ないとはいえ、あいつらはあまりにも弱すぎる。私がここに滞在している間だけでも、戦力の底上げをしなくては」
私には見えないように、彼は顔を聖騎士団員たちへと振り向かせる。
よほど恐ろしい表情を浮かべていたのだろう。
団員達が泣きそうな顔をして震え上がっている。
「エリシア、その手に持っているものは? 洗濯なら他の団員に……」
「大丈夫よ。私が自分からやりたくてやっているのだから」
「君の手が、冷たい水に触れて、指先をこすり合わせるなんて……。私には耐えられない。もし肌を痛めたりなどしてしまったら……」
「おおげさすぎるわよ、レイフ。もう、過保護なんだから……」
なおも引き下がろうとしない彼に対し、私は背伸びをして、彼の耳元へと唇を寄せた。
「どんなに手が荒れてしまっても……私がどのような姿になっても、あなたは好きでいてくれるでしょう? あなたのその気持ちがあれば、これくらいなんてことないわ」
そう告げると、彼は木剣を地面へと放り投げ、私の肩を勢いよくつかんだ。
「もちろんだ。姿形が変わろうとも、私の心は変わらない。この命すべてがエリシアだけのものだ」
あまりに惜しみない愛の言葉に、顔が熱くなるのを感じる。
私は気恥ずかしさに身をすくめながらも、 こらえきれずに笑みをこぼした。
すると、中庭で山となっていた聖騎士団員たちが、こちらを唖然としながら見つめていた。
「団長って……あんな表情をするんだな……」
「くっ、いいな……。俺も恋人が欲しい……」
「というか、聖女様のおかげで訓練が中断して助かった。このまま終わってくれないかな……」
それを耳ざとく捉えていたのだろう。
レイフが再び、氷のような青の双眸を彼らへと向ける。
「無駄口を叩く余裕があるとは、まだ鍛錬が足りないようだな。次は少しだけ本気でいく。覚悟しろ」
聖騎士団員たちの悲鳴に苦笑しつつ、私は籠を抱え直して、ようやく井戸へと向かうのだった。




